10/9 Sun. 安中祭1日目――恋人になりたい女子

『おいーっす! MCやどりん、いっくよーん!』


 クライマックスの一歩手前にして本日最大の歓声が体育館に響き渡った。


 9番手のまいたけに代わり、宿理先輩による司会進行がスタート。不安要素が多いものの、最初からこの人をMCに据えておけばもっと盛り上がったのかなって思わないでもないね。まいたけも聴衆の反応を目の当たりにしてぐぬぬってしてるし。


『そんじゃあまずは好きなタイプでいいんかな?』


 自然体というか何というか。壇上で聴衆からの視線を一身に浴びていても、宿理先輩は普段通りだ。まいたけみたいな敬語ベースになったりもしない。


『さっきから自分で尋ねておいてなんだけど、好きなタイプって言うのがよく分かんないんだよねー。好ましいとか、望ましいとか、そういうものはあっても、それに当てはまったからって好きになるかって言われるとそうでもないような?』


 真面目か。テキトーに舞茸農家ですって言っとけや。


『あー、わかる。イケメン。身長が高い。清潔感がある。気遣いができる。頼りになる。動物や子供が好き。正義感が強い。話が面白い。爽やか。勉強や運動ができる。料理上手。男子に好感を持てる要素って別にあたし独自のものじゃなくて、女子なら大半の人が同じことを思いそうなんよね』


 こっちも真面目だ。そんな宿理先輩の言葉をリフィスもまた真面目に聞いてる。


『確かにー。例えるなら、もはやラブじゃない男子の代名詞と化した碓氷くんで言えば、イケメンとは言い難いし、身長は普通くらいだし、爽やかではないし、勉強や運動はできないし、たぶん動物や子供は言うことを聞かないから嫌いって感じだし』


 名誉棄損で訴えられたいのか、このきのこ。


『逆に言えば他の部分は割と当てはまってるんよね。だからあたしはサラに対して好感を持ってるし、やっぱあたしもラブって感じではないけど、好きなんよ』


 ヘイトの大量獲得をした予感。


『分かるー。碓氷くんはいわゆる「良い人」ってカテゴリだよね。一緒にいると楽しいし、美味しい思いもできるし、楽もできるけど、恋愛対象にはならない的な?』


 酷い言われようだが、やどりんファンのヘイトを軽減してくれるのは有難い。


「分かってないね。普通に恋愛対象になるよ」


 優姫がぶつくさ言ってる。紀紗ちゃんもコクコクと頷いてるが、やっぱ普通じゃないと思うわ。幼馴染とか、元いじめられっ子とか、元ぼっちとかの特殊な条件もないと俺に惚れるのは難しいんじゃないかな。


 牧野が俺にどうして惚れたのかってのは未だに不明だけど、そんなの興味ないし、何よりあいつの存在自体が特殊だからね。


『んー、そこはちょっと共感できないかも』


 宿理先輩、またいらんことを言いそうだな。


『好きになるって直観的なものっしょ? 何かのきっかけでふと恋しちゃうかもしんないじゃん。人間として好きって思っちゃってる相手なんだし』


 まあ、正論ではあるね。論理的でもある。


『言い分としては分かるけど。異性として意識してないだけってことでしょ?』


『そそ』


『することなんかあるのかなぁ?』


『あるんじゃない? そんな感じのイベントに恵まれてないだけでさ』


『そんな感じのイベントって。例えばどんなの?』


 さっきからただの世間話っぽくなってるけど大丈夫なのか、これ。やっぱ宿理先輩に司会進行役は重荷だったんじゃないかね。


『例えばー、すっごく落ち込むときってあるじゃん。恋愛が上手くいかないでも、成績が思ったように振るわないでも、何か大きな失敗しちゃったでもさ』


『うんうん、あるねー』


『そんなときに慰めてくれるってよりは寄り添ってくれるって感じ? その優しさに甘えたくなっちゃうというか、思わず胸に飛び込んじゃいたくなるというか。女子って立場を利用してるみたいで悪いけど、そんな感じのイベント』


 優姫が睨んできた。あの夜のことを思い浮かべてるんだと思うが、これはあくまで例え話。宿理先輩の恋の矢印はリフィスに向いてるってお前も分かってんだろ。


『……妙にリアリティがあるんだけど。やどりん、それって体験談だったりする?』


『うんにゃ。ネットの友達がそう言ってたんよ。ただパクってみただけ』


 それが事実かどうかは分からないが、


『てか今はまいたけのターンっしょ?』


 またしても正論だ。今日の宿理先輩は一味違うね。


『個人的には私の時間をやどりんに回したほうがいいと思うんだけどねー』


 会場の空気もそんな感じだ。けどそれを言い出したら男子の分も含めて、すべて宿理先輩のオンステージにした方がいいって極論が成立することにもなる。


『まいたけだって沢山の票を貰ってここにいるんだから、そんなことを言ったらいかんよ。投票してくれた人を悲しませちゃうかんね』


『それも分かるけど、私ってMCやってたから誰よりも多くしゃべってるし。私のことはもうお客さんもよく分かってるんじゃないかなって思うんだよね』


 こっちはこっちで正論だ。けどルールはルール。


『そんじゃあ、まいたけの恋愛観について聞いてみよっかな』


『恋愛観? 私、そんな大層な恋愛をしてきてないよ?』


 小規模であったとしても、このきのこが恋の経験を持ってることが驚きなんだが。


『例えばー』


 そう言い始めた宿理先輩の目は笑ってなかった。


『好きな人に強力なライバルがいたらどうする?』


 おいおい。


『強力ってやどりんくらい?』


『まいたけが強力と思えるなら別にあたしでもいいし、このステージにいる女子の誰かでもいいし、とにかく敵いそうにないなって思うような相手で』


『そんなの全員だけどなぁ』


 まいたけはファイナリストをぐるっと見回した後に腕を組み、


『まあ、やどりん想定ってことでいこっか』


『おっけぃ。じゃあ好きな人を誰で想定しよっか。サラがいい?』


 よくねえよ。


『んー、そうだね。碓氷くんのことならよく知ってるから考えやすいかも』


『そんじゃあサラってことで。あたしとまいたけはサラを奪い合うライバル』


「モテモテですね」


 そう煽ってくるリフィスの心は決して穏やかではないと思われる。


 なぜなら、これは宿理先輩によるリフィス攻略の糸口を見つけるための思考実験だからだ。


 巨乳の美人ってことでまいたけを仮想弥生さんに、論理の使徒ってことで俺を仮想リフィスに設定して、今後の戦略に利用しようと画策してる訳だ。


『ちなみにサラはあたしとまいたけのどっちも好きじゃないって条件。でも特定の誰かに恋してるわけでもない。男友達とバカやってるほうが楽しいって感じ』


 油野と久保田が軽くディスられてしまった。巻き添えにしてすまねえな。


『んー、私はどのくらい碓氷くんのことが好きなの?』


 質問がサイコっぽいね。


『結婚したいくらいかや』


『絶対にやどりんに譲りたくない感じ?』


『何をしてでも自分のものにしたい感じ』


『なるほど。そういうことなら』


 ゾクッとした。まいたけ、こんなに色っぽい表情を作れるんだ。


『身体を使う』


 爆弾も爆弾。生徒指導の教師の平常心が吹っ飛びかねないくらいの爆弾発言。


 これには宿理先輩も完全にフリーズ。まいたけの先制攻撃が完全に決まった形だ。


『一生を添い遂げるって条件ならともかくとして、ゴールが結婚ならまずは交際をしないといけないわけでしょ? なのに碓氷くんは私に恋愛感情を抱いてない。なら意識させる必要がある。だとしたら女性の部分を利用するのが効果的じゃない?』


 思いがけない論理的思考がきた。まいたけ、左脳もいける口か。


『特にやどりんと私だと胸のサイズが全然違うでしょ? やどりんはAかBで、私はGだし。自分の優位性を見せ付けるのは理に適ってると思うんだよね。それにほら、男子って基本的に大きなおっぱいが好きだし?』


 Gカップ。その情報に会場の男子が大騒ぎだ。こっちでは優姫さんが歯噛み中。


『いやー、それはどうだろ。サラはそういうの引くと思うんよね。逆効果っていうかさ。あの子ってロマンチストなとこがあるし』


 フォローされてるような、されてないような。複雑です。


『分かるけど、そこはただロマンチックの過程にえっちな要素を混ぜればいいだけだよ。引かれない状況を作り出すというか、上手いことムラムラさせるというか』


 どういうことだ。まったくもって想像が付かない。ぜひとも体験したい。


『そんなことできるん?』


『難しいとは思うよ。碓氷くんは頭いいし、勘も鋭いし、途中で作戦だとバレたら冷めると思うし。そこをどうにか逆算して臨機応変に対応してくって感じかな』


 ふむ。そういう化かし合いとか腹の探り合いは普通に楽しそうだな。


『逆にやどりんはどう動くの?』


『んー、どう動けばいいんだろ』


 なんだそれ。って思ったのはまいたけも同じみたいで、


『私、そこそこ真面目に答えたんだけどなー』


『ごめんて。ただ、身体で来られると打てる手が思い浮かばないっていうか』


『まあ、そこはやどりんも女性なんだから同じことで対抗できなくもないとは思うけど、そもそも碓氷くんは目立つのがあまり好きじゃないから、有名人とお付き合いするっていうのが嫌かもしれないよね』


『……そうだよね』


『釣り合いとかを気にするタイプっぽいから美人過ぎると引きそうだし』


『……そうかもね』


『最終的には碓氷くんの気持ち次第だけど、私の予想で言えば、どっちも選ばない。仮に必ず一方を選ばないといけないって条件なら、私になるんじゃないかな』


『……そんなにおっぱいは偉大なんね』


『それもあるけど、それ以前の話でもあってね』


 まいたけの目はやや冷たい。怒っている訳ではないようだけど。


『やどりんは人に好かれることに慣れ過ぎてる。もっと言えば好きになって貰えるって心のどこかで思っちゃってる。だから打つ手がないなんて簡単に言えるんだよ』


 まいたけは溜息を吐き、


『本当にどうにかしたいならさ。言葉遊びになるけど、万策が尽きたのなら1万と1個目の策を考えるしかないんだよね。やどりんみたいな美少女じゃない私らは、嘆いたり諦めたりしてる余裕なんかないんだから』


『……そっか。そうかも』


『真面目な話っぽかったからちょっと厳しめにいっちゃったけど、大丈夫だった?』


『そこは大丈夫。やっぱあたしって甘えてんだなーって自覚できたし。あんがとね』


『それじゃあMC交代する? もう時間が近いし』


『そうしよっか。MC上手くできなくてごめんだけど』


 個人的には上手くやったと思うけどね。まいたけにこんな一面があるなんて知らんかったし、人によっては魅力的に思えたんじゃないかな。


 舞茸狂信者って部分に対してただのキャラ作りって疑念が生じたけどね。個人的にはガチ勢だと思ってるが。


『ではではー! 今度はこっちが攻める番ですよ! 覚悟してくださいね!』


 一転してハイテンションでやり取りをする2人。


 まいたけの話術はやはり卓越していて、会場の人々も大満足のようだった。家庭科室の方でも盛り上がり、


「思いのほか参考になっちゃったなー」


「油野くんの出番がもっと欲しかったかも」


「大人しい宿理は宿理じゃない」


「来年はわたしもまたあっち側にいきたいなー」


「……碓氷が羨ましい」


 口々に感想を述べる中、


「面倒ですね」


 その冷たい言葉が妙に心をざわつかせた。


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