10/9 Sun. 安中祭1日目――宣伝はより効果的に

 LINEを送るまでもなく、6番手の愛宕愛美部長は名前に愛を2つ持つのに俺へのラブにする言及を行わなかった。副部長と違ってまじで頼りになるね。


 なにせ愛宕先輩は恋バナそっちのけで、ちょいちょい料理研の話題を出してはブルスケッタなどの宣伝を行い、部長としての責務を果たそうとしてた。真面目だなって思ったけど、実はただ恋バナをするのが恥ずかしかっただけなのかもね。


 その分だけ進行役のまいたけは少し苦労を見せてたが、お陰で1つ気付いたことがある。


 愛宕部長が行ったのは典型的なマスマーケティングだ。テレビCMや新聞みたく全方向に対して画一的に宣伝を打つ方法。中二っぽく言えば広域型無差別式広告だね。


 それで言うと北條先輩とまいたけの宣伝もそうだ。料理研やマイタケッタなどの名称を挙げて、こういうのもあるよって広範囲の人に伝えてくれてた。


 それに比べて夏希先輩は『料理上手な人が好き』や『部活中は碓氷に料理をおねだりしてる』と言った曖昧なもので、ただ、1つ前の北條先輩の話を聞いてる人からすると、高確率で『料理研』と『碓氷のマイタケッタ』を連想することになる。


 つまり、ステルスマーケティングだ。


 女性蔑視や俺へのいじり、恋バナなどを巧みに利用し、聴衆に宣伝の意図を知らせずに、料理研やブルスケッタのアピールをしたことになる訳だ。本人は『料理研』も『ブルスケッタ』も1回すら言ってないのにね。


 要するに、上条先輩も同じだ。幼馴染の夏希先輩がステマをしたから、自分も乗っかってみようってね。差し入れのお礼なのかな。ただ俺をからかいたかったって理由の方がしっくりくるけども。


 となると、わざわざ焼きそば好きをアピールしたのも、まいたけに『焼きそバーガー』なる言葉を引き出すためと思われる。


 しかもまいたけが『碓氷が作った』や『美味しそうにもぐもぐ』って言葉を使ったことから、これまた聴衆は『また料理研の碓氷か。そんなに美味しいのかな』って心の底で思うことになる。表面上は俺へのいじりとして受け取りつつね。


 うん、やっぱあの2人はダメだわ。性格が反社会的だわ。


 空良先輩も同じようなことをしたのは偶然か、狙ってのことかは知らんけど、おそらく水谷さんはそのステマに気付いてた。


 けど自分も1年3組の宣伝のためにコスプレ状態で出てきた訳だから、タダで2人の計画に乗っかるのは気が引けたんじゃないかな。


 とはいえ最近は俺らとの関係性も浅くはないからね。最低限の協力はしようと思ったんじゃね。だから料理男子に対する言及はなく、ただ俺をいじっただけ。それも挨拶でちょこっとって形でな。


 これで「借りは返したわよ」って言ってきたら確定だな。個人的にはいじりを無くす方が望ましかったが、夏希先輩の意図を察しちゃったから批難しにくいね。


 まいたけと7番手の天野さんのやり取りを眺めながらそんなことを考えてたら、ふとリフィスの視線を感じた。苦笑いしてるわ。


 今のとこ天野さんは料理研や俺の名前を出してない。それどころか8組の宣伝すらしてくれてない。そのせいで今までの異常ぶりに気付いて、ステマの可能性に辿り着いたんだと思われる。つっても「あれ? 今回は料理の話はないんだ?」って思わされてる時点でステマの餌食になってんだけどな。


 なるほどね。世界的に規制される訳だわ。無意識のうちに操られてる感覚が気持ち悪い。気付いた瞬間が特にね。悪い夢から覚めた感じがする。


 校内でベスト10に入る「恋人になって欲しい」と言われる女子達が、挙って「料理研の碓氷が作るものは美味しいよ」と言うのは、インフルエンサーが「これを食べないと損だよ」ってSNSで発信するのと大差がない。


 よく考えると露骨な優良誤認だよなぁ。


 なんてやってるうちに天野さんの番が終わってしまったわ。後で「どうでした?」って聞かれた時のために天野さんガチ勢から見所を聞いておくか。


 おおお@エレナちゃんしか勝たん!:一字一句のそのすべてだよ!


 うん、分かってた。


 そして続く8番手は我らの女神。


『1年8組の川辺美月です!』


 乗り気じゃないと言ってたのに渾身のどや顔を披露してる。


『はい! では早速ですが! やはり最初は好きなタイプからいきましょう!』


 一目で分かった。あっ、これ、あかんやつや。


『むっふー! 料理上手! これは外せません! 胃袋を掴まれたら白旗を揚げるしかありませんし! 別腹まで掴まれたらもうどうしようもないです!』


『分かります! 料理男子ってやっぱり魅力的ですよね!』


『ですです! それに気遣い上手! 悩みがあるときにそっと声を掛けてくれたり、迷ってるときにちょっとだけ背中を押してくれたり。後ろ向きな気持ちになってるときに応援をしてくれるような、わたしの気持ちをわかってるというか、尊重してくれるというか、親身になって接してくれると、どきどきしちゃいます!』


『おお! 妙に熱の入ったコメントですね! その経験が実はあったり?』


『ありますね!』


 おいおい。


『なんと! それは気になる展開ですが! ここを掘り下げると他のお話を聞けなくなるので、断腸の思いで尋ねるのを諦めようと思います!』


 えー? って男子の声がやたらと大きく聞こえたが、


『いまブーイングした人は気遣い上手じゃないと思いまーす』


 川辺さんが一太刀のもとに切り伏せた。こういうとこは変わらないね。


『ところでさっき料理男子の話がありましたが! 川辺さんは料理研究会のメンバーですよね!』


『よくご存じで! 2学期になってから加入しました! 夏休み中に料理を始めたんですけど! すっごく楽しくて! 美味しくできると嬉しくって!』


『やどりんが美味しいって言ってましたよ! ベーコンチーズのブルスケッタ!』


『ふふーん! 売り上げ好調なんですよ! わたしのベコチ!』


 ハイテンション同士の絡みって見てると心が冷めてくんだけど、この2人のやり取りはそうでもないな。少しばかりハラハラする程度だわ。


『うんうん! 舞茸を載せるともっといいかも!』


『それはピザみたいで美味しいかも? 試してみよっかな!』


『碓氷くんが舞茸を持ってるはずなので分けて貰うといいかもしれませんね!』


 結局はそこに行きつくのか。


『そういえば川辺さんの好きなタイプは北條先輩と似てますが、川辺さんも碓氷くんみたいなタイプが好きだったりするんですか?』


 これに関しては肯定しないように言い含めてある。返事は来なかったけど、既読にはなったから俺の意図は伝わってるはず。


『否定はしませんね!』


 おい待て。それは事実上の肯定じゃねーか。


 案の定、聴衆はそう捉えたようでざわざわとし始めた。


『おお? これは脈ありの予感!』


『否定はしませんね!』


 忘れてた。川辺さんは合いの手がど下手。相槌もまた然りだ。こうなるのは予想できる範囲だったわ。心に余裕がなかったとはいえ、大失態と言っていい。


『あれ? これまじのやつですか? 大丈夫?』


 まいたけの方が冷静になっちゃったわ。司会進行の役目は恋人になって欲しい女子達の当たり障りのない、ただし余り知られてない感じの情報を開示させることであって、重大な秘密の暴露をしたい訳じゃないからね。


『大丈夫ですよ!』


 そうは見えねーな。最初から大丈夫じゃないって思ってたけど。


『そう? じゃあ、川辺さんも碓氷くんラブじゃない感じ?』


 本日何度目かの質問内容。今回はストレートに聞いちゃってるが、これまでの傾向を知っていれば回答なんて知れたものだ。なのに、


『それに対するコメントは差し控えさせていただきます!』


 おいおい。ここでそのカードを切るのなら、いっそのこと好きなタイプの時でもそうするべきだったろ。


 だるい。これは雑にお願いした俺の失策だな。川辺さんを責められん。


『ええっと』


 まいたけもお困りの様子。聴衆もざわざわしっぱなしだわ。


「みっきー、やっちゃったなー」


 優姫は真顔で溜息を吐いてる。やっぱ普通はそう思うわな。


 紀紗ちゃんもどこか落胆してるような感じだ。内炭さんはハラハラした様子。リフィスは苦笑いで、皆川副部長は瞳をキラキラさせてる。メガネはさっきから俺を睨みっぱなしだね。なんだよ、言いたいことがあれば言ってこいよ。受けて立つぞ。


 しかし。


『どうでした?』


 川辺さんのその質問の意図を理解できた人は果たしてどれほどいたのやら。


『どうって?』


『わたしが碓氷くんのことをラブだって勘違いしちゃいましたか?』


『……え? あれ? 違うんですか?』


『今のは思わせぶりな態度を取るっていう恋愛テクニックです!』


 まじかよ。


『わたしみたいな策略家じゃないタイプがこの手を使うと効果的だよって、ちーちゃん、水谷さんが教えてくれたんですよ!』


 アホか。効果が強すぎるわ。川辺さん、そんな器用なタイプじゃねーし。騙される以外の選択肢がねーわ。


『ふふん! みんな見事に騙されちゃいましたね! わたしが一枚上手!』


 どやぁって文字が見えるかのような態度だった。まあ、今回はまじで1枚どころか10枚は上手だったけどね。たぶん上条先輩ですら驚いてると思うよ。リフィスもびっくりしてるもん。動揺しなかったのは水谷さんくらいじゃね?


 てか今のも解釈によってはステマみたいなもんだよな。川辺さんは俺を好きとは言ってないし、肯定しないっていう中途半端な態度を取ってただけ。核心的な問いに対してもノーコメントを貫いた訳だし、聴衆が勝手な思い込みを始めたに過ぎない。


 ふむ。やっぱステマってクソだよな。


 こうして1発貰うと何が正しい情報なのか分からんくなってくるわ。


『わたしは碓氷くんが好き!』


 川辺さんは何百人もの前で堂々と宣言した。その表情は自信に満ち溢れてる。


『この情報を信じるも信じないも、あなた次第ですよ!』


 こういう言い方をされると、さっきのやり取りのせいで信じられなくなる。百歩譲っても疑念止まりだ。確信なんて夢のまた夢ってくらいに遠い。


 うん、やっぱこれは俺の失策だな。


 計画の立案者は水谷さんだって分かってるのに、川辺さんにキュンとしたもん。


 

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