10/9 Sun. 安中祭1日目――恋人になって欲しい男子
実を言うと、上条先輩に尋ねたことがある。
「玉城先輩のどこに惚れたんですか?」
単純な疑問だった。上条飛白は本当に人間を愛せる生き物なのかって。
「え? 気になるの? 私の初恋が気になるの? なんで? なんでなんで?」
超ウザかったから秒で話題を切り替えたが、
「しかし。照れるね……」
あの時の表情は、この先もなかなか忘れられないと思う。
『ではー! クラスとお名前をお願いしまーす!』
まいたけのお陰で上条先輩の乙女ヅラが雲散してくれた。褒めてつかわす。
マイクを受け取ったのは我が校の生徒会副会長。2年で1番と噂されるイケメンくんにして、あの悪魔の化身たる上条飛白の幼馴染という可哀想な人。
『2年3組の玉城拓也です』
玉城先輩のお辞儀に合わせて大きな拍手が起こった。
「拓也くーん!」
こっちでも拍手してる人がいるね。あっ、めんどくせえことに荻野先輩も拍手しちゃったよ。こうなったらもう自然と連鎖してくよね。空気を読むのが得意だったり、守護霊が鶏だったりする人なんかは真っ先に手を叩いちゃうよね。
悲しいけど5秒後には7人全員が拍手してた。笑顔なのは1人しかいないけどね。
『はい! 玉城拓也くんです! 私は小中高と一緒なのでよく知ってますが、これほどのイケメンなら違う中学の出身者でも名前くらいは知ってるはず!』
そりゃあ知ってるだろ。生徒会副会長なんだしさ。会場の連中はまいたけのノリに合わせてるのか、わーわー言っちゃってるけど。
『そしてこれもご存じかと思いますが、油野くんと同じで彼女がいます!』
「おー」と「えー」の両方の反応があった。家庭科室の方はどっちもいないけどね。ただ紹介のあった彼女さんが誇らしげにしてるだけ。
『しかも超可愛い!』
超は言いすぎ。
『勉強もできる!』
上条先輩には劣るけどね。
『おっぱいもでかい!』
そこは上条先輩じゃ太刀打ちできんけど、少なくともお前の方がでかいだろ。
「もうっ。麻衣ちゃんったら」
ご機嫌だね。にっこにこだよ。皆川副部長の時代がキタ! って感じ。
けど、普通に考えたら分かるよね。持ち上げるのには理由ってもんがある。
『実に羨ましい! 羨ましいけど! これでまた油野くんみたいな塩対応をされたら私が困る! だから辞退しちゃダメだよ!』
ほら、先手を打ってきた。そーだそーだ! って声も聞こえるし、これで玉城先輩も副部長の望むアピール拒否を行うのは相当に厳しくなったね。
一転して副部長がむすっとしてるし、一応はフォローを入れとくか。玉城先輩、これは貸しだぞ。交換条件で上条先輩の弱点を教えてくれ。
「玉城先輩、大人気ですね」
「っ! そうなんだよね! だからちょっと心配で!」
本当に、表情が子供みたいにコロコロ変わるな。
「玉城先輩は副部長のことしか見てないと思いますよ」
「そ、そう?」
照れてるよ。
「なので余計なことは考えずに玉城先輩を見守りましょう。恋コンは生徒会の主催ですし、それを副会長が投げるのは良くないと思いますし」
「言われてみればそうかも? 拒みたくても拒めないっていうか」
『辞退しないよ。あのめんどくさがり屋の会長でさえ出てきてる訳だしね。副会長の僕がここで逃げたら後ろ指の代わりにシャーペンの先端で刺されちゃうよ』
ごもっとも。俺の誕生日プレゼントをそんなふうに使うのはやめて欲しいけどね。
「さっすが拓也くん! 責任感が強いとこも素敵!」
物は言いようにも程があんだろ。最初からなんでもそうやってポジティブに捉えてくれりゃあいいんだよ。
『こういうのを英断って言うのかな! 玉城くん、ありがとね! では早速だけど、本題に入りたいと思います! ただ、今回は彼女持ちなので質問の内容を少し変えちゃいますね! 初デートなんてとっくに終わってると思いますし!』
まいたけのこれがアドリブなのか脚本のセリフなのかは分からんけど、
「初デートってどこにいったんですか?」
優姫がクソどうでもいいことを尋ねやがった。尋ねられた側は分かりやすく機嫌を良くして、
「植物園!」
渋いな。植物園って行ったことすらないわ。どこにあるのかも知らん。
「デンパークのですか?」
「あれは樹木園じゃないかな。デンパーク全体を植物園って括ることはできるかもしれないけど、わたし達が行ったのは東山植物園だね」
「東山は動物園では?」
なぜか紀紗ちゃんも会話に入った。玉城先輩、しゃべってるのに。
「正しくは東山動植物園なの」
「そうなんだ」
どうでもよすぎるからモニターに集中しよう。内炭さんもそうしてるし。
『ではせっかくなので彼女持ちの包容力を見せていただきましょうか!』
また無茶なことを。
『理由はよく分からないけど彼女が落ち込んでます。どう慰めますか!』
副部長の場合、どうせ構って欲しくて必要以上に落ち込んだ雰囲気を醸し出してくると思うし、俺なら慰めないね。放置だ、放置。
「ハグしてくれる!」
ネタバレされたよ。せめて本人が言うまで待ちなさいな。
『まあ、普通に。どうしたの? って聞くけど』
ちゃうやん。彼女ちゃん、不正解じゃん。
「……拓也くん、恥ずかしいのかな」
そりゃあそうだろ。公開処刑みたいなもんだしさ。
「ちなみにカドくんもハグしてくれます!」
優姫がいらんことを言った。視線が痛いぜ。特にメガネの視線がグサグサくるぜ。今はモニターの方を見るべきだと思うんだけどなぁ。
「ハグした上に頭をなでなでしてくれます!」
何のアピールだよ。対抗心を燃やすのは勝手だけど口に出すのはやめろや。
「なでなでいいなぁ」
よし、怪我の功名ってやつか。副部長が妄想の世界に旅立ってくれた。
「おかみさん、あとで」
デート中なんだからそれくらいサービスしろってか。踏んだり蹴ったりだな。
まあ別にいいけどね。女子って髪型が崩れるから触られたくないもんだと思ってたわ。それなら、かゆいとこはありますかーってレベルでやってみるか。
そんなこんなで玉城先輩への質問は進み、
『では最後に、彼女に一言!』
これまたいじりますね。副部長が背筋を伸ばして聞き入れ態勢に入ったわ。
『そうですね。じゃあ……』
玉城先輩は咳払いを1つした。好きだよって言ったりするのかな。ちょっとわくわくしちゃうね。
『いつもきみの笑顔に救われてるよ。これからもよろしくね』
ふむ。会場の方では盛り上がったけど、これってどうなんだ。
「やっぱ笑顔は大事だよね」
副部長的にもOKだったみたいだ。ご満悦の様子だし。
まあそうか。公然と好きって言われるより、目の前で言われる方がいいよな。
けど、考えすぎかな?
玉城先輩が上条先輩の幼馴染ってことを加味すると、
『きみの笑顔に救われてるよ。だからいつも笑顔でいてよね』
こんな感じの意味を含めてそうな気がする。
気分屋の彼女に対する超遠回しな皮肉の可能性。
違うって言いきれないのがつらいとこだね。
惜しみない拍手を受けながら下がっていく玉城先輩。その背中を眺めながら思う。
レモン汁の件もそうだけど、玉城先輩って皆川副部長に対する熱を余り感じないんだよな。そもそもこの2人ってどっちから告白したんだろ。
そうこうしてるうちに最後の1人がまいたけの元にやってきた。
『はい! これで男子はラストです! クラスとお名前をどうぞ!』
『3年5組。源田学人』
わっと会場が盛り上がり、まいたけはそれが冷めるまで待ってから、
『皆様ご存じの前生徒会長です! 3年連続のファイナリストということで、さすがの貫禄ですね! これっぽっちも緊張が見られません!』
確かにな。これは告白しようと思ってるやつの顔じゃねえわ。つまんねえの。
『それじゃあ、いってみますか! 恒例のあぴーるたーいむ!』
そして何を言うかと思えば、
『私事で恐縮だが、実は最近になって失恋というものを経験した』
「お?」
「え」
「おお」
優姫と内炭さん、紀紗ちゃんも一瞬で食い付いた。会場も沸きまくってる。これはこれで上手い掴み方って言えるのかもしれんな。
「男女蔑視がひどいもんね。しょうがないんじゃない?」
副部長は辛辣で、
「イケメンの振られ話は良い肴になるな!」
メガネはゲスだったが、
「そうなのですか?」
リフィスが俺を見てきた。なんでやねん。さすがに恐いわ。
「そうなんじゃね」
勘違いなんだけどな。今のを北條先輩がどう受け取ったのかが一番気になる。
『はーい。静かにしてくださーい。静かにしないと続きが聞けませんよー?』
まいたけのコントロールで徐々に会場が静まっていく。その間に色々と質問の内容を考えていたようで、まいたけは観覧者の代弁を行ってくれるらしい。
『不躾で申し訳ないですけど。彼女がいて、別れたということですか?』
『いや、片思いだった』
「おお」
紀紗ちゃんが前のめりになった。この子も意外と恋バナが好きなのね。
『片思いですか。どのくらいです?』
ガンガンいきやがるね。これは次回の広報もまいたけが当選するかもな。
『確か1年の5月からだから。2年半近くになるか』
『2年半も!?』
まいたけの驚きに合わせて会場が大盛り上がり。その分だけ俺の気が滅入る。おそらく現状で北條先輩の気持ちを知ってるのは俺だけなんだよな。このすれ違いをどうにかできるのも俺だけってことになる訳だが。
「たった2年半じゃん。あたしなんか10年以上だよ」
どや顔を披露してる優姫は放置するとして、
『源田先輩ならコクればOKを貰える確率が高いと思うんですけど』
『確率? 恋愛はゲームじゃない。想われているか、想われていないか。そこに尽きるだろう。結果など告白をする前から決まっている訳だ。そしてオレの目には、彼女の気持ちがオレに向いているようには映らなかった。ただそれだけのことだよ』
おお、なんかちょっと良いことを言われた感がある。ただその目は節穴でしかないけどな!
「想われているか、想われていないか。そこに尽きる、ね。心に刻み込んでおきましょう」
内炭さんが真顔でそんなことを言ってるが、
『んー、でも女子って感情的な部分が強いじゃないですか。だから好きって言われたらそれをきっかけに意識して、好きになっちゃうことって結構あると思いますよ?』
あぁ。好きって言われたらー、好きになっちゃうよねーってパターンか。上条先輩が言ってたやつだな。好意の返報性だっけ。
『そ、そうなのか?』
源田氏、めっちゃ狼狽えてる。
『ありますよー。たまに聞きますもん。イケメンにしか用はねえって散々言ってたくせに、ちょっと告白されたらいけしゃあしゃあと、自分のことを好きって言ってくれる男子こそが最強じゃね? って掌返しをするみたいなの』
「いるね」
「いるわね」
「いる」
いるそうですよ。もう女子のことなんか信じられねーわ。
「告白を受けると承認欲求が満たされますからね。特に自分に自信を持っていない人はそれだけでコロっといくかもしれません。この人は私を認めてくれる。この人は私を求めてくれる。この人こそが私の求めていた白馬の王子様なのでは? と」
リフィスの意見は論理的と言えなくもないな。
『いやしかし。そんなものは恋心と言えないだろう。一時の感情に任せた、刹那的なものに過ぎないのではないか?』
そうだね。源田氏は過去を悔いないためにも反論しなきゃ気が済まないよね。
『でも好きな気持ちに変わりないじゃないですか。恋のきっかけなんて人それぞれですし』
てかなんでこいつら公衆の面前で恋愛談義をしてんだよ。
『逆に尋ねますけど。じゃあその好きって気持ちはなんなんですか?』
そーだそーだ! ってまいたけへの声援が聞こえた。源田氏、たじろぐ。
『いや、まあ、そうか。好きは、好きか。すまん。俺の視野が狭かった』
『いえいえ。こちらこそ生意気を言ってすみません』
まいたけはぺこりとお辞儀して、
『ちなみに、告白はしていないのに失恋をしたということは。お相手に彼氏ができちゃったとかそんなのですか?』
『まあ、そんなところだ』
嘘を吐いちゃったよ。しかも超悪手じゃん。たぶんはぐらかしのつもりだったんだと思うけど、今の発言で北條先輩が失恋した気分になったと思うよ。
『んー、それだと打つ手がありませんね。相手に申し訳ないですけど、上手くいかないことを願うしかないっていうか』
『いや、オレはそこまで薄情じゃない。彼女が幸せになることを祈っているよ』
ああ! もう! てめえが幸せにしろや!
『じゃあ私も源田先輩が幸せになれることを祈っておきますね!』
『嬉しいことを言ってくれるな。ありがとう。胸のすく思いだ』
えぇ。しかもまいたけに失恋のケリを付けられちゃったし。
『あっ! すみません! もう時間だそうです!』
『構わんよ。今は新しく恋愛する気にもなれんしな』
どこか諦観の念を見せてる源田氏。的外れにも程があんのに。
『はい! では源田先輩! ありがとうございました! そしてこれにて男子の部は終了でーす! 10分のインターバルを挟み、女子の部に移ります!』
どうしよう。本当にどうしよう。取り返しが付かなくなる前に動くべきなのかな。
つっても、これってどこから着手すればいいんだ?
源田氏? 北條先輩? いっそのこと2人を一緒に呼び出す?
いやいや。源田氏も相当だが、北條先輩のメンタルもダメになってる可能性もあるし、ここを雑にいくのはリスクが高すぎる気がする。
ああ、まじで。どうすりゃええねん。
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