10/9 Sun. 安中祭1日目――恋人になって欲しい男子?
恋人になって欲しい人コンテスト。
このタイトルを聞くたびに違和感があるのは俺だけなのかね。
単純な疑問だ。恋人になって欲しい相手って好きな人じゃないんですか?
芸能人の抱かれたい男ランキングもそうだけどさ。好きな人以外に抱かれたいと思うんですか?
まあ、分かるよ。夢を見たいってことだよね。ただの理想論だよね。
理想主義者に対して正論を語る現実主義者ってTPOを弁えてない感じがするし、俺も声に出して言ったりはしないけどさ。
なんでここまで熱狂的になれるんだよって疑問はある。まだ生徒会選挙の方が有意義なはずなのに、ここまで生徒の関心を得てたかって言うと、そうじゃないよね。
それはそうとして、恋コンがスタートする頃にはもう料理の購入者は数えるほどしかおらず、
「お、俺が料理研の分もやっとくから! 皆川さんは玉城の応援をしちゃってよ!」
ってポイント稼ぎを始めた調理部2年がいたせいで、副部長も家庭科室に戻ってきてる。素晴らしい気遣いを見せてくれたけど、きっとってか、確実にあの男子は恋人になって欲しいって思われなかったよね。
女子って何を基準に恋人になって欲しいって思うんじゃろ。
好きな人。恋人になって欲しい人。結婚したい人。
この3種類って実は似て非なるものなんじゃないかって思うんだよね。
上条先輩で言えば、好きな人は玉城先輩。もう年単位で恋をしてるからね。
けど予想だと恋人になって欲しいは宮島くんだと思うんだ。お金があるからね!
そして結婚したい人は以前の言葉を信じるなら俺になる。面倒事が少なそうだからっていう消極的な理由だけど。
今現在、家庭科室にいるのは先程までの5人に皆川副部長と調理部のメガネの7人だけだ。7人だけなら50インチのモニターでも充分にデカく感じる。
ウチのリビングにあるテレビが55インチだけど、それをそこそこ離れた位置から見てるのに対して、今は1メートルも離れてないとこに集まってるからね。
円弧を描くように7つの椅子を並べてわいわいやってるけど、お客さんが途切れたタイミングでレジ係の男子がこっちの様子を見に来たら、すごく疎外感を覚えそうだよな。念のために椅子を1つ増やしといた方がよくね? 俺はやらんけど。
「
副部長のお陰で難題の1つをクリアできた。調理部のメガネ、荻野って言うのか。
「去年に後悔したんだよ」
「後悔?」
「皆川さんはステージの上にいたから分からないと思うけどさ。去年の文化祭初日って真夏日だったじゃん。ただでさえ体育館全体が熱気に包まれてたのに、人が集まることでさらに室温が上がって、しかも観客がヒートアップするからさ。油野さんの出番の時とか会場は灼熱地獄そのものだったよ」
それで言えば今年は少し恵まれてるな。曇り空のお陰で本日の最高気温は21度って出てるし。そのぶん湿度が高いせいでムシムシした暑さがあるんだけどね。
「だから皆川さんも行かない方がいいかもね」
おいおい。何を言ってくれてんだ、こいつ。たぶん現状で副部長にどっかいけって思ってないのはあんたとリフィスだけだよ。
「元からそのつもりだよ。今のわたしは料理研の代表なんだから」
じゃあ今すぐレジ係に戻れや。代表の職務を全うしやがれ。
「そっか。偉いな。碓氷もこんな立派な人が副部長をしてくれて頼もしいだろ」
おいてめえ少し黙れや。いい加減にしねえとそのメガネ叩き割るぞ。
「そうなの?」
この人はこの人で嬉し気だしさ。下心丸出しのリップサービスに心を浮つかせてんじゃねえぞ。その褒めて褒めてオーラをしまえや。
内炭さんと優姫は他人事みたいな感じでモニターを見続けてるしよぉ。俺がその気になればボールをそっちに投げることもできるんだからな?
まあ、仕方ない。心を無にして応じよう。
「ソウデスヨ」
「そっか。わたしって頼りになるんだ?」
おかわりすんな。
「ハイ」
「そっかそっかー!」
おい、まいたけ。さっさとMCを始めろや。いつまでマイクのテストと称したまいたけコールをやってんだよ。
その願いが天を通じてきのこに届いたのかもしれない。
『へい! れでぃーすあーんどじぇんとるめーん! ぼーいずあんどがーるず! うぇるかむとぅあんちゅーさーい!』
日本語でも英語でもないようなイントネーションだな。安中祭を缶チューハイみたいな言い方をしてるし。それでもどこか耳に残るのは菌類の呪いなのかね。
「ふむ。久々に聞きましたね。今のフレーズ」
リフィスが変なことを言い始めた。
「そうか? 耳タコレベルのテンプレじゃね?」
「もしも最近になって見聞きしたのなら、それは古い媒体なのでは?」
「いや、何で聞いたのかってのは憶えてねーけど。そのくらいよくある言葉だろ?」
「一昨年くらいから空港や駅を始め、有名なテーマパークでも次々と廃止しているはずですよ。ジェンダー問題が原因で」
あー、その手のやつか。
「トランスジェンダーに配慮してってやつか。そこは自由に受けとりゃ良いと思うんだけどな。身体的な性別で受け取るか、精神的な性別で受け取るかをさ」
「正論ではありますね。ただ、当事者でない我々では計り知れないものがあるのも事実です。実際にトランスジェンダーの何割くらいがアレに嫌悪感を抱いているかは知りませんが、1人でもいるなら廃止すべきだというのが昨今の流れですから」
ごもっともな意見だな。そのせいで極端なことばっか宣うフェミの台頭を許しちゃう訳だが。
「そーゆー難しい話は今度にしなよ」
優姫さんの正論がぶっ飛んできた。はい、これは俺らが悪いです。
という訳でモニターの中のまいたけを眺めてみる。こいつ、ファイナリストの1人なのに画面に映りすぎだろ。アンフェアにも程があるぞ。
兎にも角にも、まいたけの情報ではまず男子のアピールタイムを行い、投票の時間を取らずに女子のアピールタイムに入るらしい。
どうして男が先なのよ! ってフェミが騒ぎそうだが、ギャラリーの大本命であるやどりんをなるべく後ろに回したいからって事情は少し考えれば分かることだ。
投票期間は本日の17時まで。結果は明日の12時に発表するそうだ。誰が大賞を取るかなんて知れてるのに、随分と引っ張ってくれるね。
気になるアピール順はその場でのくじ引きらしい。何らかのトリックを使って油野を最後に回すと思ったのにな。1番が浅井、2番が油野って結果になった。
男子が左端、女子が右端にぞろぞろと移動して、浅井とまいたけがその場に残る。そこを放送部のカメラマンがバストアップで捉えてくれた。と言っても浅井とまいたけだと身長が30センチ近く違うため、構図としてはやや中途半端だね。
きっと同じ画面がバックのプロジェクタースクリーンに映ってるんだと思うが、
「これ。モニターで充分だね」
副部長がボソっと呟いた。まあ、7人で画面を独占できるっていうこの環境が異常なんだけどね。
『ではではー! クラスとお名前をお願いしまーす!』
ところで、まいたけは黒いクラスTシャツを着てるんだけど。
「……荻野くん、見過ぎじゃない?」
同じ巨乳として見過ごせなかったらしい。皆川副部長が苦言を呈した。今は浅井が自己紹介をしてんだから黙ってなよ。
「え? な、何が?」
そこは『俺もまいたけのファンなんだよね』にしとくべきだったな。見てたのはまいたけ全体であって、局地的なものではないと示すんだよ。何がって聞かれたら何をか答えちゃうぞ、この人は。
「麻衣ちゃんの胸をじっと見てたでしょ」
「そ、そんな訳ないじゃん! なあ、碓氷!」
こいつ、そうやって俺に振ればどうにかなると思ってんなら大間違いだぞ。
「俺は浅井の雄姿を見てたんでよく分かんないっす」
「ちょ! おま!」
悪いな。下手に庇うと俺が見てたこともバレちゃうからな。
『それでは女子の皆さんにアピールをお願いしまーす!』
「ほら。浅井が良いことを言うんで静かにしてください」
せめて副部長の追及は止めてやるよ。
『オレ、恋人になって欲しい男子ベスト10に入ってるはずなのに、まだ高校に入ってから1回もコクられてないんすけど! オレの彼女に立候補してくれる人ってまじでいるんすかね! いたら後でこそっと声を掛けて欲しいんすけど!』
笑われちゃってる。結構な勢いでギャラリーに笑われちゃってるよ。恋人になって欲しい代表みたいな感じでステージにいるのに、必死過ぎるのが面白いのかねえ。
「浅井、高校でコクられたことないんだ」
紀紗ちゃんが憐憫の眼差しを送ってる。荻野先輩が密かにダメージ受けとるわ。
「意外だね。ウチのクラスでも浅井クンが良いって子いるのに」
こういう感想を聞くと優姫の将来が心配になるわ。ピュアかよ。
「私のクラスでもいるわね。どこがいいのか分からないけど」
内炭さんは後ろの一言が余計すぎるね。完全に同意するけどさ。
「あいつ、俺の知ってる範囲で2回は彼女いたけどな」
「え。あれ嘘なの? 浅井クン、最悪じゃん」
「さすが浅井くんだわ。女子を捕まえるためなら何でもするのね」
「浅井、さいてー」
ボロクソに言いますね。3か月で2人と別れたって言ったらどうなることやら。
「嘘じゃないぞ。2回ともコクられてはないみたいだから」
「あー、嘘つきじゃなくて詐欺師のほうだったんだ」
「同情を誘って勘違いさせようとしてるわけね。なかなかのクズだわ」
「浅井、優良誤認で訴訟」
女子の浅井に対する好感度がやばい。皆川副部長が引いちゃってるよ。
その間に会場ではまいたけの質問コーナーが展開されていて、
『初デートはどこに連れていってくれますかー?』
『んー、それは相手がインドア派かアウトドア派かで変わるっす。ただ映画はちょっと無しかな。男女で同じ映画を見たいってあんまならないじゃないっすか。しかもデートで見るもんってなると恋愛系か感動系になると思うし、それじゃオレが楽しめないんで。別に彼女を優先してもいいんすけど、やっぱ初デートはお互いに良い思い出を作りたいじゃないっすか。だからどっちも楽しめるプランにしたいっすね』
めっちゃ良いこと言うじゃん。現地のギャラリーも「おおー」って唸ってるわ。
「とか言って初日からラブホに連れ込むんでしょ? ベッドで楽しもうぜって」
「それっぽいことを言えば女子の好感度を得られるって思わないで欲しいわね」
「言葉がうすっぺらい」
ちょっとー。ここのギャラリー、浅井に厳しいんですけどー。
『彼女のお誕生日にサプライズを仕掛けるとしたらどんなもの?』
『サプライズっすか。んー、そうだなぁ。実はいま料理にハマってるんで、バイト先のパティシエさんにお願いしてケーキ作りを教わるって感じになりそうっすね。そんで一緒に食べて、実はオレが作ったんだぜって暴露するみたいな』
お前、料理を始めたの昨日だろ。そんなんで弥生さんの教えを請うとか身の程を知れや。素直にリフィマのケーキをテイクアウトしろ。
「えー、それなら弥生さんのケーキがいいー」
「リフィスマーチのバースデーケーキって凝ってるものね」
「フルーツいっぱいで美味しそうだった」
「ありがとうございます」
リフィスが頭を下げちゃったよ。
そんな感じで会場では大盛り上がりなのに、家庭科室ではひんやりとした空気が流れるという訳の分からん状態になった。そして間もなく2番手が現れる。
拍手がデカい。浅井の退場時と比べて倍はデカい。なのに無表情を崩さないとこがまじでイケメンクソ野郎だよな。
『すごい人気ですねー! これは学校で1番のイケメンって噂も頷けますねー!』
当の本人が頷かない件。代わりに内炭さんがしたり顔で何度も頷いてる。あっ、こいつ、いま溜息を吐きやがったぞ。
そんなやる気のないお兄ちゃんに妹ちゃんはこれっぽっちも興味を見せず、
「浅井、かわいそう」
だよなー。完全に油野の引き立て役だよなー。出汁だよ、出汁。
『ではではー! クラスとお名前をよろしくお願いしまーす!』
『1年1組』
きゃー! とバカでかい声が画面越しに届いた。1年1組のどこに萌え要素があるんだか。
『油野圭介』
いや、まじでうるせえな。ただ名前を言っただけなのによ。
「……圭介。うるさい」
妹ちゃんがぷんぷんですよ。お兄ちゃんは悪くないんだけどね。
『それでは女子の皆さんにアピールをお願いしまーす!』
一瞬にして静かになった。きっとその一言、一息すら聞き逃すまいと全神経を聴覚に集中させてる女子が大勢いるのと、その邪魔をしたら殺されると察した男子どもが黙ったせいだな。
実際に内炭さんは両目を閉じ、指を組んで祈るようにして、その言葉を待ってる。
うん、今くだらんことを言ったら右手が飛んでくるね。間違いない。
さあさあイケメンさんよぉ。この乙女をせいぜいキュンキュンさせてくれや。
『俺には彼女がいます。他の女子の恋人にはなれないのでアピールしません』
うっわ。
立会演説でやらかした俺が言うのもなんだけど、これはそれ以上じゃねえかな。まいたけも泡を食っちゃってるよ。会場も耳が痛いくらいにシーンとしてるし。
えー、まじか。まじかよ。どうすんだよ。あいつ、まじで油野だな。
内炭さんの顔色を窺うのが恐い。突発的にふられたようなもんだしなぁ。心の準備なんてできてる訳がないし。
けどへこんでたら友達としてフォローするべきだ。よし、覚悟を決めて、GO!
えぇ。にやにやしてるよ。なんでやねん。
「圭介らしいですね」
リフィスの呟きに、内炭さんは大きくゆっくりと頷いた。
「そう。油野くんらしい。これにガッカリする人は油野くんを分かってないって証明になるのよ。逆に言えば私は油野くんをよく分かっていることになる!」
ポジ炭さんだ! 極稀にしか輩出されないURポジ炭さんだ!
「会場の人らはダメね。私と違って油野くんのことをまるで分かっていないわ。どこまでも彼女を大事にする姿勢。私と違ってその素晴らしさが分からないだなんてね。そう。私と違ってね」
あっ、これどや炭さんだ。ただ調子こいてるだけのやつだわ。
『え、えっと……』
まいたけ再起動。いいぞ、きのこの底力を見せてやれ。
『もういいですか?』
ここでまさかの取材拒否。このイケメン、企画を潰しに来てるよ。来年や再来年のことを鑑みればそれも悪くない気がするっちゃするけど。
『は、はーい。彼女への愛が強すぎるみたいなのでしょうがないですねー』
まいたけはどうにか笑顔を作って1歩下がり、バシンッ! とマイクが大きく拾うくらいの強さで油野の背中を叩いた。
『その彼女! 大事にするんだよ!』
叱咤激励に見えて、あれは八つ当たりだな。まいたけ、そういうとこあるもん。
『はい。激励ありがとうございます』
たぶん油野も真実を理解してるが、まいたけの肩を持つために頭をしっかりと下げた。やることなすことイケメンでむかつくな。
「さすが油野くん。先輩へのリスペクトも忘れない」
内炭さんが有頂天になってんなぁ。まあ、実質的に水谷さんとの別れ待ちって作戦でよくなったもんな。他の女子になびくことなんてないって確信できるし。
『それでは! 油野圭介くんでしたー! ぱちぱちー!』
まいたけが誘発した拍手はまばらなものだった。それも仕方あるまい。空気を読まないのにも程があったからな。
しかしその硬派な姿勢に心を打たれたやつがそれなりにいたのかもしれない。或いは1つ前のやつが軟派すぎたのも良い方向に働いたのかもな。
やがて拍手は大きくなり、最終的には割れんばかりのものとなった。
少女漫画のヒーローみたいな、絶対にヒロインを裏切らないって姿勢が乙女心をくすぐった可能性もあるか。
彼氏に浮気されたことのある女子とかは憧れすら抱いたと思うわ。そのくらいあいつはまっすぐで、まあ、かっこよかったね。ヒヤッとはしたけど。
「だから圭介はつまんない」
そんなことを言いつつも、紀紗ちゃんはどこか嬉しげだった。
けどね。今のはやっぱテロみたいなもんだと思うよ。
だって浅井は相対的に軽薄って印象が付いちゃったしさ。
源田氏はステージ上に好きな人がいる訳だから、油野と似たようなアクションを取らないと尾を引きそうだしさ。
何より、
「拓也くんもアピール拒否してくれるかな?」
ステージにいる彼氏に期待しちゃってる人がいるんだよね。
ああ、もう。玉城先輩、本当に可哀想な人だな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます