10/9 Sun. 安中祭1日目――推理小説の楽しみ方
恋コンの開始まで残り10分。
家庭科室の人口は一気に3割まで落ちた。出場者の数が多かったのもあるが、体育館まで見にいきたいって思う人が意外にも多いらしい。
恋コンの様子は放送部のカメラを通して各教室のモニターで確認できるから、現地に足を運ぶ必要はないのにね。
50インチくらいの画面サイズだから大勢で眺めるのには不都合でしかないけど、現地だって最前列くらいしか顔を見ることなんかできやしないのにさ。
一応はどでかいプロジェクタースクリーンを利用して各候補者の様子が分かるようにするみたいだけどね。それならそれでどうして立会演説の時にこの設備を利用しないんだって疑問が生じるよね。
生徒会役員に求められるのはルックスじゃなくて人間性やら能力やらだから、顔面を写す必要はないって話なのかもしれんけど、投票する相手がどういうツラをしてるのかは知れた方がよくね?
まあ、人気投票って側面が強くなっちゃうのは否めないけどね。どれだけご立派なお題目や綺麗事を並べても、所詮この世にはルッキズムが蔓延ってる訳だしな。
なお、家庭科室にまだいる料理研メンバーは内炭さんと優姫のみ。皆川副部長は予定通りでレジ係を担い、リフィスと紀紗ちゃんは宿理先輩の誘いを断ってこの場に残った。調理部はレジ係を含めて2人だけ、8組の調理担当は0だ。
とりあえず料理研の関係者が5人しかいないのにバラバラでいるのもなんだから、碓氷班の調理台に集合してみた。俺の正面に安定の内炭さん、その隣に優姫、俺の左隣に紀紗ちゃん、さらに左にリフィスって状態だ。
「こういうのも右脳タイプと左脳タイプの差なのかねえ」
俺の突飛な呟きに、女子一同が不思議そうな顔をした。意図を理解したのはリフィスだけっぽい。
「どうでしょうね。確かに我々は物事の過程より結果を重視する傾向にありますが、この辺りはどちらかと言えば関心の有無と言いますか、多寡によるのでは?」
「そんなもんかね」
「尤も想像でしかありませんがね。過程を鑑みるのは、結果を改善改良するための反省や修正以外に必要ないとも思っていますし」
「ああ、体育館に行った人と行かなかった人の話をしてるのね」
いち早く理解を示したのは内炭さん。その恩恵を受けて優姫と紀紗ちゃんも論点を察したようだ。
「2人はスポーツの試合も結果だけで満足できるの?」
「結果すら要らね」
にべもない俺の回答に内炭さんのこめかみがピクっとした。
「ニュースでダイジェストが流れていれば見ないこともありませんが、あれも詰まるところは結果を捕捉するためのツールでしかないと解釈していますね」
「同意。定食屋で食べる時に最初から漬物が付いてるなら食うけど、ご自由にどうぞって書いてある漬物をわざわざ取りに行くことはないし、店員を呼ばなきゃいけないって条件が付くなら尚のこと要らねって感じだな」
女性陣が難しい顔をしていらっしゃる。分かり合えないねぇ。
「今のカドくんの話って過程と結果の話じゃなくない?」
優姫さんは何も分かっておりゃんな。
「今のはダイジェストに関する意見なので過程と結果の話とも言えます」
リフィスが助け舟を出した。何気にリフィスと優姫の絡みって少ないよなって思ってたら、優姫のほっぺたがほんのりと赤くなったよ。
なるほどね。謎が1つ解けた。こいつが油野を相手に赤面するのって今のと同じでイケメンに耐性がないせいなのかもな。すまんな。幼馴染の俺がイケメンだったらこんな苦労はさせずに済んだのに。
「今のがダイジェスト?」
紀紗ちゃんはイケメン耐性ばっちりみたいだ。普通にリフィスと目を合わせて話してる。
「正しくは、ダイジェストに対する関心度です。例えば私が昨日の野球の試合結果をLINEでサラに伝えたとしましょう。その際にダイジェストの動画を張り付けていれば見なくもない。これが最初からお漬物が付いている場合の話です」
「おお、わかりやすい」
遠回しなディスをいただきました。
「しかし『ダイジェストが公式ツイッターに載ってますよ』と伝える場合ではわざわざ見にいかないのです」
「それがご自由にどうぞのパターン」
「そうです。なので当然、ダイジェストを自分で探そうとはしないのです」
「それが店員を呼ぶパターン?」
「はい。おそらく検索することを店員を呼ぶことで例えているのでしょう」
「なるほど」
紀紗ちゃんはこくりと頷いて、
「よくわかるね」
「我々はしばらく文字のみでのやり取りをしていましたからね。相手の言葉にどのような意図があるのかを勘繰るのに慣れているのですよ」
「そっか。わたしも勉強しないと」
殊勝なことを言う紀紗ちゃんに対し、優姫はちょっとへこんでる。
「あたし。リフィスさんより10年以上も付き合いが長いのに、まだまだカドくんの言いたいことを理解できてないみたい」
「それは相性というより適性の問題なので気にする必要はないでしょう。何と言いましても我々はひねくれものですからね。察することができないのは相山さんが真っ当な性格の持ち主だからでしょう」
酷いことを言うね。
「それは確かに!」
納得すんじゃねえよ。
「じゃあ我々のことを理解できる水谷さんは真っ当じゃないんですかぁ?」
くらえ! 我が必殺の膏薬パンチ!
「当然でしょう?」
えぇ。認めちゃうのかよ。本人が聞いたらへこむどころじゃねえぞ。
「実質的に私が育てたようなものですし、それが真っ当なはずもないでしょう」
「説得力がパネエっす」
ふと見れば内炭さんが思案顔をしてた。真っ当じゃないってお墨付きを得た水谷さんと、真っ当な油野の相性について思うとこでもあるのかねぇ。
「結果至上主義の人って推理小説の犯人のネタバレも気にしないんですか?」
全然違った。
「気にしないっつーか、俺は最初に犯人を調べちゃうね」
「え?」
「私もそうですね。誰が犯人かはどうでもいいので」
「えぇ?」
内炭さん、大混乱。しかし今回は先程と異なる。
「あたしもカドくんの真似をして先に犯人を調べることにしてるよ」
「わたしは先に調べないけど、犯人はどうでもいい」
「ええぇ?」
理解に苦しむ内炭さん。これまたリフィス先生のご指南が始まる。
「これはおそらく推理小説の推理の部分がどこに掛かっているかの問題です」
「どこにって。普通は犯人じゃないんですか?」
「はい。普通はそうだと思います。しかし推理小説には頭を悩ますべき要素が他にもありますよね」
これに対して優姫と紀紗ちゃんが自信を持って答える。
「トリック!」
「動機」
回答は違ったが、どっちも正解だ。要するに、
「推理小説を読み解く基本って論理的思考になるよな」
「それはまあそうよね。そうじゃないと推理のしようがないし」
「だな。具体的に言えば5W1Hの欠けた部分を推理する訳だが」
「と言うと、基本的に開示される、
「そうなるが、この中で最も論理的に導き出すのが困難なのは当然ながら犯人になるよな。だって犯人を断定するには根拠となるトリックと論拠となる動機が必要になる訳だしさ。その2点を踏まえないで犯人を言い当てたとしてもふーんってなるだろ」
「それは確かにそうね。原則として犯人は登場人物の中にいるわけだから、当てずっぽうで言い当てることもできちゃうし」
「探偵役が犯人を指名した直後に『やっぱりこいつだったか』って言うのもな」
「ウチのお父さんがそうね。たぶん全登場人物に対して『こいつが怪しい』って思ってたに違いないけど。だって理由を言わないもの。きっとただの勘よ」
「あるあるだな。けどミステリーをサスペンスと捉えて楽しむのも自由ではある。謎解きは強要されるべきじゃないからな」
なんでもかんでも背景を気にしてたら頭が疲れちまうわ。
「これは持論だが、趣味の世界の話なら、手を抜けるとこは抜くべきだと思うし、やっぱ何事も身の丈に合った楽しみ方を模索するのが大事だと思うんだよな」
これは勉強も恋愛も全力で取り組む内炭さんには理解しがたいことかもしれない。
「身の丈って?」
「推理小説で犯人を当てるってのは、ボウリングで言う300点。野球で言う完全試合。学生で言う全教科満点みたいなもんだ。少なくとも俺は相当に簡単な類じゃなかったら、根拠と論拠を揃えての犯人探しに成功する自信がない」
てか素人ではよっぽど無理だと思う。だって基本的に推理小説の探偵役って警察より有能って設定だよな。読者は物語を俯瞰で見ることができるし、本来なら不必要に与えられる情報もページ数の問題で省いてくれるから、ある意味では有利とも言えるけど、それでも難易度が高すぎると思うんだよ。
「だから俺は犯人を先に調べて、トリックを探ることにしてる。それでも奇抜な内容だと分からん時もあるのに、ノーヒントでの犯人探しなんて無理すぎるんだよ」
それこそタイパが悪いにも程がある。何時間も掛けて犯人を特定したところで1円の儲けすら出ないし、得られるのは自己満足くらいだからな。
「同感です。そもそもがノックスの十戒やヴァン・ダインのニ十則、チャンドラーの九命題を守っていないものもちらほらありますからね。そんなのは少年野球でカーブを投げられるようなものです。ルール上で想定していない球種を打てないのは当然のことで、投手はそれで三振を奪えて嬉しいのかもしれませんが、打者は白けるでしょう。推理小説の場合、その反則に気付くのが最後の最後というのが問題なのです」
リフィスの意見に俺は力強く頷く。
「こちとらアンフェアな勝負に負けても、そんなのは論理的に考えれば当然だって思うし、仮に勝てちゃったとしてもレギュレーション違反のゲームに勝ったとこで冷めるだけなんだよな。こんなことまでして負けるのかよ、こいつ。みたいな?」
「そうそう。あたしもその話を聞いたときに確かにーって思っちゃったんだよね。カドくんがハンデを求めるようなゲームに、あたしが真っ向勝負で戦って勝てるわけないじゃん? って」
優姫は肩を竦めながら賛同して、
「わたしはひとえに宿理のせい」
紀紗ちゃんは顔をしかめてる。
「宿理は9割以上の確率で犯人を言い当てちゃうから」
どういうこった。
「勘が鋭いってこと?」
優姫がバカっぽい答え合わせを求める。そんな訳が、
「そういうこと」
ありましたね。
「しかも聞いてないのに勝手に言ってくるから。もう他の楽しみ方をするしかない」
「大変ですね」
リフィスが苦笑してる。どういう意味を含んだ苦笑なんだか。
「私はネタバレしてくる相手なんていなかったから……」
内炭さんは別方向からのダメージを受けてるな。そういや、
「蒼紫って文化祭に来ないのか?」
やどりんガチ勢っぽいけど。
「体育館にいるみたい」
想像以上にガチ勢だった。
「昼頃に1回ここまで来たんだけど、碓氷くんと紀紗ちゃんは生徒会室に行ってたのよね。間の悪い子だわ」
そこは姉弟ってことで。この子も少し目を離すとトラブルに巻き込まれてる感があるしなぁ。
「そろそろ始まりますかね?」
リフィスの視線の先には体育館の状況を写したモニターがある。人が多すぎ。よくあんな魔境に行く気になるな。どうせ油野姉弟が圧勝するのに。
「ネタバレを嫌うやつが多いはずなのに、なんでこんな結果が見え見えのイベントに人が集まるのかねぇ」
「イベントに参加することで思い出としてカテゴライズできるからでは? ネット中継をしてくれるライブにわざわざ交通費や宿泊費まで払って参加するようなものでしょう。きっと会場の一体感という不可思議なものを求めているのです」
言いたいことは分かる。みんなでやどりんを応援しよう! ってやつだよな。けどそれはモニター越しでもできるじゃん。それこそスポーツみたいに声援が力になるってのなら話は分かるが、どんだけエールを送ったとこで票数に変化はないだろ。
「けど、他人の優劣を決めるイベントを自分の思い出にされてもなぁ」
「それは私も思いますけどね。まあ推理小説と同じでしょう」
「楽しみ方は人それぞれってことか」
「分かり合える気がしませんけどね」
苦笑し合う俺らに女子一同も苦笑いを見せた。
「一定の理解を示すくせに認めようとしないってとこが本当にひねくれてるわね」
否定はしないけど、やっぱ共感はしにくいよね。
「ごもっとも」
俺のレスに顔をしかめる内炭さん。その向こうにあるモニター内では、ようやくイベントが始まるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます