10/9 Sun. 安中祭1日目――命令券の正しい使い方

 生徒会室のドアは開けられてた。それだけ人の出入りが激しいってことなのかね。


 俺も雑に入室するか。前までと違って今の生徒会役員は知り合いの巣窟みたいなもんだし、多少くらいは礼儀を欠いても何とも思われんだろ。


「こんちゃーす」


 まずは知り合いが何人いるか把握しよう。悪魔、モデル、可哀想な人、まいたけ、ストーカー。あと神崎くんもいるな。


 真っ先に目が合ったのはストーカーだった。


 こいつ、結局は暑くて着ぐるみを半分くらい脱いでるじゃん。優姫案を受け入れて猫耳のヘアバンドで済ませりゃよかったのに。


 トラ猫柄なのは下半身だけ。ジッパーが前にあるタイプだから上半身の部分は背中の方に回され、両袖を腹の前で縛って固定してる。頭部が逆さまになってる上に腰に手が回ってるせいで、トラ猫にバックドロップされてるようでシュールだな。


 けど真っ先に声を上げたのはモデルだった。


「こんちゃーす」


 文化祭の管理は生徒会の担当。運営は文化祭実行委員の担当だから、当日は特にすることがないと思ってたのに、やたらとぐでーっとしてんね。


 なんかトラブルでもあったのかな。それならこれは良い気つけになるだろ。


「こんにちは。お邪魔しますね」


 おお、人間ってこんなに早く動けるもんなんだね。カウンターショックでも食らったのかなってくらいの勢いで宿理先輩が飛び跳ねたわ。そのまま立ち上がり、しかし椅子を引いてなかったからテーブルで膝を打ち、あいたたーって言いながら蹲る。


 おお。人間ってこんなに冷たい目ができるもんなんだね。その様子を眺めてる紀紗ちゃんの目は液化窒素レベルの低温。お姉ちゃんのこんな乙女な部分を見る機会ってあんまないもんな。もうちょっと優しくしてあげて?


 そして油野とタメを張れるイケメンの登場に多くの女生徒が息を呑んだが、


「待ちかねたよ! 焼きそバーガー!」


 少なくとも生徒会の悪魔はリフィスに興味なし。ストーカーも俺に寄ってきたから興味なし。まいたけも興味ないらしく、俺の方にたたたーって駆けてきて、


「碓氷くん! 私のマイタケッタは!?」


 人の料理に変な名前を付けてんじゃねえよ。てかそれ自転車っぽいよ。


「とりあえずあっちで」


 会長・副会長用の卓に向かう。


「大丈夫ですか?」


 リフィスが宿理先輩の前で膝を付き、目線を合わせて尋ねてる。騎士かよ。少なくとも紳士と判断した女子は多かったみたいで、黄色い歓声が上がった。


「だ、大丈夫!」


 宿理先輩、色々な意味で顔が赤くなってるね。妹の方は色で言えば白けてるけど。


「って、え? リフィスマーチは?」


 今回の件は八百長って性質から他言無用でやってるからね。リフィマの連中がリフィスの早退をリークしてない限りは水谷さんすら知らなかったりする。


「サラに色々と手伝って欲しいと頼まれまして」


 その計画は頓挫したけどね。だから都合の良いことを言っとくか。


「宿理先輩はリフィスの仕事ぶりを知ってるけど、リフィスは宿理先輩の仕事ぶりを知らんからね。モデルの方は無理だから、こっちはどうだろって思って」


 ぐでーってしてるとこを見せちゃったから、別の意味でどうだろって感じだけど。


「それなら先に言いんさい!」


 今さらになって前髪を整え始めた。こいつ、知らんのか。美少女は前髪の乱れすら可愛く思えることを。


「少年、宿理のことなんか後回しにしよう」


 あれ? 美少女なのに可愛く思えんやつがいるわ。不思議だね。


 という訳でお裾分け。保温バッグからアルミホイルで覆った物体をいっぱい取り出す。保温効果に保温効果を重ねて最強ってね。


 上条先輩に焼きそバーガー+もち炭。宿理先輩にベコチ。リフィスにもお揃いでベコチ。そして玉城先輩に、


「これ、皆川先輩からの差し入れです」


 サーモンケッタとチョコクッキーのセットだ。


「……ありがとう」


 えぇ。嬉しそうじゃないんですけど。


「美奈ってなんにでもレモンを搾るんだよね」


 あー、なんか分かる。気が利くアピールで人様の唐揚げにまでレモンを搾りそう。あれ、久保田がマジギレするから本当にやめた方がいいよ。


「内緒ですよ?」


 もち炭とラストのベコチをくれてやる。塩味が欲しかろ?


「助かる」


 一方で上条先輩は焼きそバーガーに、はしたなくもガブっといって、満面の笑みを浮かべてる。防災の日に供えるべきは饅頭じゃなくて焼きそバーガーだったか。


 他方、まいたけと牧野が不毛な言い争いをしてた。


「これは碓氷くんが私のために作ったものなの!」


 不特定多数の人に向けて作ったものです。


「違います! お客さんのためです! だからあたしにも食べる権利があります!」


 おめーは客じゃねーよ。


「だから3つとも私が食べるんだから!」


「1個くらい分けてくれてもいいじゃないですか!」


「富の再分配をしろと!?」


「舞茸は富じゃないでしょ!?」


 ほっとこう。ついでに他の役員にも配ってく。学力2位で有名なメガネ少年の神崎くんは、


「誰がどれを作ったって教えて貰えるもの?」


 え。


「別にいいですけど」


 それって味より作り手に興味があるって言ってるようなもんだぞ?


 スマホで文化祭の特設サイトを開き、アップされてる各ブルスケッタに指を差しながら説明していく。


「愛宕先輩。皆川先輩。夏希先輩。内炭さん。相山さん。稲垣さん。中島さん。これが川辺さんで、これが俺だけど、この2種類はもう終了しました」


 正しくはベコチのみが売り切れだけど、このメガネをあの不毛な争いに巻き込ませるのは気が引けるからね。


 目的はどうせ恋コンファイナリストのやつだと思うけど、


「……じゃあ。このカボチャのやつを」


 は?


「あっはい」


 あれ? 指を差し間違えたか? 現場猫へのリスペクトが足りなかったか?


 これ、確認した方がいいのかな。それは内炭さんのだよ? って。


 てかカモフラしろよ。せめて2種類を選べよ。しゃあないから気を利かせるわ。


「1個で足ります? 2個でもいいですよ」


「ありがとう。じゃあ」


 カボチャだよ。2個とも内炭産パンプケッタだよ。どういうことだってばよ。


 嬉しげに席へと戻ってく神崎くんの背中を呆然と見送ってしまった。


「あの、私達も貰っていいのかな?」


 立会演説の時に見た気はするけど、名前はまったく憶えてないって感じの女子が話し掛けてきたから、


「どうぞどうぞ」


 碓氷とかいうやつは生徒会の連中から恨まれてる可能性大だからね。ちょっとくらいは好感度を上げとかないとね。


「ありがと!」


「どういたしまして」


 ふむ。思ったより普通な感じ? 落選した人からしか恨まれてないのかな?


「少年! 碓氷少年!」


 ヘイトをぶつけてきてる生徒会長はいるのになぁ。あー、もう。口の周りがソースとマヨでベチャベチャだよ。食べかた下手かよ。そこくらいは女子力を見せろや。


「これはどういうことだ!」


 あんたの口元こそどういうことだ。お手拭きがないって言いたいのかよ。


「はいはい。今度はなんすか」


「コーラがないじゃないか!」


 そんなの真っ先に気付けや。


「コーラってどこで売ってますか」


 少なくとも学校の自販機にはないと思う。基本的に飲み物は持参してきてるからラインナップを知らないんだ。購買のとこならあるのかな。


「5分くらいのところにスーパーがあるよ」


「あんた、俺を本気でパシリにさせようとしてたのかよ」


 ドン引きだわ。


「2年3組で売ってるよ。350ミリのペットで150円するけどね」


 玉城先輩がもち炭を食べながら情報を流してくれた。さすが副会長。会長よりよっぽど使える。


 それにしても、150円か。スーパーや通販での単価を踏まえるとかなり割高だけど、まあ、お祭り価格だから仕方ないね。


「本当に上条先輩は手の掛かる子ですね」


 チラッと見てみる。宿理先輩とリフィスはもうベコチを食べ終えてるようだった。


 ならば。俺は財布から1枚の紙を取り出した。


「碓氷才良の名においてリフィスに命ずる。コーラを買ってこい」


「……ご冗談でしょう?」


 リフィスさん、愕然としてらっしゃる。


「1万払うよかよくね?」


「それはそうですが。よもやこんなしょぼいことに使われるとは……」


「楽して消化できるならいいじゃん」


「正論はもう結構です。しかし、如何せん土地勘がありませんし」


 読み通り。ほら、出番を作ってやったぞ。


「あたしが案内しよっか!」


 宿理先輩の言葉に合わせて上条先輩が一瞥してきた。リフィスが宿理先輩に目を向けた瞬間に俺も上条先輩に視線を送る。OK。


「ふむ。ですが宿理には仕事があるのでは?」


「一区切りついたところなので結構ですよ? 何より私がコーラを飲みたい」


 これで形式上は上条先輩による宿理先輩へのアシストになる。当然、リフィスは俺に嫌疑を掛けるが、証拠はないからね。


「なるはやで頼むぞ。生徒会長閣下は喉の渇きに苦しんでおられるのだ」


「そこに紅茶のペットボトルが見えますが」


「コーラでしか潤せない渇きがあるってクボも言ってたでしょうが!」


「……ありましたね。そんなこと」


「え? なになに? それ、あたし知らないんだけど!」


 宿理先輩が食い付いてきた。お陰でリフィスもいよいよ観念する。


「では行き来の間に話しましょうか。案内、お願いできますか?」


「モチ!」


 宿理先輩は揚々と立ち上がり、


「あっ、一応は副会長の席に紀紗を置いとこっか。見た目がそっくりだし、影武者みたいな感じで使えるっしょ?」


 バカなことを言いだした。前にもこんなことがあった気がするなぁ。


「宿理」


 紀紗ちゃんが溜息を吐いた。そりゃあそうだよね。


「貸し1ね」


 やるんかい。


「おっけー! そんじゃあたしの席をよろしゅうに!」


 そんな感じで油野姉妹の立ち位置が変わった。紀紗ちゃんの無感情フェイスに変わりはないが、今の俺には分かる。これ、満更でもないって感じだな。副会長ごっこをしたかったんだな。


「では行ってきますね」


「いってくまー」


 イケメンと美少女が旅立っていった。退室の間際に宿理先輩が俺に向けてウィンクを飛ばしてきたね。ストーカーの顔が険しくなったけど、あんなのただの目礼みたいなもんだから。


「紀紗は宿理と違って真面目な雰囲気があるからこっちの方がいいまであるね」


 上条先輩がとんでもないことを言ってる。否定するのが難しいけどね。てかいい加減に口元を拭けや。あんたが1番不真面目に見えるんだよ。


「宿理にできるならわたしにもできそう」


 妹ちゃんもとんでもないことを言うね。あれでお姉ちゃんは学業方面もハイスペックなんだけどなぁ。


 って思ったとこでスマホが鳴った。川辺さんからのLINEだ。


 ☆美月☆:こちらムーン1

 ☆美月☆:ハンバーガーの注文が殺到して焦ってますどーぞー


「ちょっと家庭科室に戻らんといかんくなったみたいだわ」


「わかった。まってる」


 えぇ。俺とのデートより副会長ごっこを優先されちゃったよ。


 この子、本当に俺のことが好きなのかね。


「そんじゃ戻るけど」


 空になった保温バッグを回収して、


「お土産って欲しい?」


「食後のデザートを頼む」


 会長さんには聞いてないんだよなぁ。


「ブレッドプディングで」


「では私もそれにしよう」


「それって舞茸は入ってる?」


 ブレッドとプリンに舞茸の要素ねえだろ。いい加減にしろ。


「あたしも碓氷くんの手料理が食べたい……」


 結局、牧野はマイタケッタをすべて奪われてしまったんだな。


「美奈に美味しかったって伝えといてくれる?」


 あんたまだサーモンケッタ食ってないじゃん。


「じゃあなんかテキトーに持ってくるわ」


「ああ、助かる。我々はこう言った差し入れでしか文化祭を楽しめないからね」


 上条先輩はそれっぽいことを言って、


「しかしあまりにも時間を要するのなら明日の方がいいかもしれないね。14時半には恋コンの準備に入ってしまうし」


 ふむ。今はまだ13時をちょっと過ぎたとこだけど、場合によっては間に合わないかもしれんね。


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