10/9 Sun. 安中祭1日目――ルッキズム

 生徒会室に行くって言ったら色々と持たされた。主に皆川副部長に。


 お土産を保温バッグに詰め込み、紀紗ちゃんが変装用としても使ってるらしいバケットハットを装着。家庭科室から出発した途端、


「て」


 紀紗ちゃんが呟いた。どっかをぶつけでもしたのかな。って思ったら手を差し出してきた。いてって言ったんだと思ったのに。


 さすがに人目が気になるけど、学校だともう充分に悪目立ちしてるし、どうでもいいっちゃどうでもいいな。それより迷子になられる方が面倒だわ。転ばれたりして本当にケガをされても困るしなぁ。


 まあ、せっかくのデートだ。これをきっかけに恋心が疼くなんてことも可能性としてはある訳だしな。祭りの空気に当てられてちょっと前向きになってみるか。


 と言っても、俺と紀紗ちゃんだとビジュアル的にまったく釣り合ってないから、恋人ってよりは遠い親戚みたいに見えそうだけどね。


「そんじゃ行きますかね」


 差し出された手を取った。おい、なんで驚くかな。手を繋ぐつもりじゃなかったとか思われてたらショックすぎるんだけど。


「いこっか」


 相変わらずの無感情フェイス。嫌がってなさそうだし、まあいいか。


 料理研+調理部の行列は1階まで続いてた。スリッパの収納箱の底が見えそうだ。いつもてんこ盛りになってて、こんなにいらんだろって思ってたからびっくり。


「人気だね」


「だな。来年は料理研の名前で客を呼べるといいんだけど」


 てか視線がやばい。お祭りって言ってもここは学校だもんな。恋仲の連中もそれなりにいそうだけど、堂々と手を繋いでるのはそう多く見当たらんわ。


 これはもしかして見せ付けちゃってる感じになってんのかな。どっちも冷めたツラをしてるから誤解もいいとこなんだけど。


「あれ? やどりんじゃない?」


 違った。そっか。紀紗ちゃんを宿理先輩と勘違いされてんのか。


 それはそれでまずいな。これ、SNSで炎上するんじゃねえの?


「ほっとこ」


 紀紗ちゃんが俺をぐいぐい引っ張ってく。表情に反してアグレッシブですな。って思ったらピタッと止まった。なんだろ。


「どっち?」


 ですよね。土地勘ないですもんね。じゃあ俺がエスコートしないと。


 とりあえず渡り廊下を通って教室棟に行く。受験を控えた3年生は出しものを用意しなくてもいいらしいが、パッと見た感じだと全部がやってるね。お陰で1階の廊下も普通に人が多い。


 3年5組の前を通る時にチラッと中を見てみたけど、源田氏や北條先輩の姿はなかった。よってそのまま曲がって管理棟へGO。


「すみません!」


 右折しかけたくらいのタイミングで3人組の女子が駆け寄ってきた。やや露出が多い服装だから他校の女子高生っぽい。中学生かもしれんけど。


「やどりんですよね!」


 紀紗ちゃんが無感情のまま目を半分くらい閉じた。その帽子、まったく変装に貢献できてないね。芸能人の変装と言えば帽子とグラサンのイメージがあるが、グラサンのウェイトが大きいってことなのかな。


 とりあえずは、


「人違いです」


 相手からすれば『話し掛けたのはお前じゃねーよ』って感じなんだと思うけど、この手のアクシデントは男の俺の方で処理するべきだ。


「え? でも」


「この子は宿理先輩の妹です」


 下手に誤魔化すよりは素直に接した方がいいかなと思ったのに、


「あっ! ツイッターにアップされてたのを見たことある!」


 火に油でした。


「ほんとそっくり!」


「ある意味でこっちの方が話のネタになるんじゃない?」


「ラッキーだよねー」


 なんか好き勝手に言ってくれてるね。


 どうしようか。初対面の相手に出す印籠なんてないしな。かと言って何もしないと紀紗ちゃんが沸点に到達しかねないし。


 うん、やっちまうか。さっさと行動する方が合理的だわ。


「もういいですかね?」


 左手を前に出した。俺の唐突な行動に、紀紗ちゃんがびっくりしてる。まあ、繋いだままだからね。


「デート中なんですよ」


 印籠はないけど証拠はある。なんにしたって論より証拠に価値がある訳だ。


「え?」


 3人が俺を見て、紀紗ちゃんを見て、俺を見る。道路を横断する時みたいだね。尤も、確認してるのは車の有無じゃなくて釣り合いに関してだろけど。


「考えてることは分かりますけどね」


 それは失礼では? なんて言う気はない。俺だって思ってるからね。あんたらだって人の外見を評価できるようなルックスじゃねえだろって。


 だから右手の保温バッグを床に置いてスマホを操作。まだ内炭さんにも見せてない最新版の油野圭介画像を表示させて、


「わっ! 超イケメン!」


「これってやどりんの弟じゃなかったっけ?」


「確かこの人もこの学校にいるんだよねー。上手く見つかんないかなー」


 きゃっきゃと騒ぐ女子ども。


「あなた方はこの男に釣り合うと思いますか?」


 一言で黙らせてやったわ。珍しく紀紗ちゃんが狼狽えてるけど、今は目の前で歯噛みしてる連中の相手をしないとだね。


「ではこの男との恋を夢見るのは間違いだと思いますか?」


 3人の表情から硬さが抜けた。夢を見るのは自由だもんね。


「恋愛って将来の夢と同じで努力次第なとこがあると思うんですよ。どんだけ小中でバカだアホだと罵られようとも、一念発起して勉強に集中すれば将来的に弁護士になるのも不可能じゃないし、そもそも釣り合いなんて言葉は、先天的な才能のせいにして努力をしない口実でしかないんですよ。だって釣り合いって言葉を持ち出すのはいつも本人か第三者でしょう? けど選ぶのは相手じゃないですか」


 紀紗ちゃんを一瞥する。俺の期待に応えて頷いてくれた。


「釣り合いとかどうでもいい。好きになったら好き。それだけ」


 不細工が言えば鼻で笑われそうだが、美少女が言うと説得力があるね。良いことを言ったと思うよ。


「だから外野にうだうだ言われるとむかつく。不愉快。しらける」


 台無しだよ。3人娘が引いてるよ。しかも若干へこんでる。


「自分達だったらどう思う?」


 どう思うも何もまずこの人達は美少女じゃないので、外野にうだうだ言われた経験があるか微妙なんですけど。


「初対面なのにいきなり突っかかってきて」


 まあ、無礼だよね。


「しかも人違いだった」


 そこはしょうがないかもしれない。俺も人の顔を憶えるのは苦手だし。


「なのに謝らない」


 そこはぐうの音も出ねえわ。3人娘もしゅんとした。


「こっちはデート中なのに」


「……最悪ですね」


 早々に1人が罪を認めた。


「好きな人もバカにされて」


「……申し訳ないです」


 2人目。てか好きな人って公然と言われたのは初めてでは。


「頼んでもないのになんで評価しようとするの? なにさま?」


「……ごめんなさい」


 3人斬りを達成した。気持ちは分かるけど、この辺で許してあげな。


「そもそも。わたしは告白した側で、ふられた側。釣り合ってないのはこっち」


 おい、俺にまで斬りかかってくんなよ。4人斬りしても記念トロフィーなんて貰えないよ? 貰えたとしてもブロンズだよ?


「そうなんですか?」


 女子の問いに、紀紗ちゃんは答えない。俺をじっと見つめてくる。


「事実だけを言えばそうなるのかな」


「え? でもこんな可愛い子にコクられて、もったいなくないですか?」


 もったいないってのは訳わからん。好きじゃないけど可愛いからとりあえず付き合おうって考えが真っ当だとでも言いたいのかね。それにだよ。


「けど付き合ったら付き合ったで、きみらみたいなのが釣り合わないから別れろってケチを付けてくるじゃないですか」


 このダブルスタンダードがまじで気持ち悪いんだよなぁ。


 お前ごときがあの美少女をふるなんて生意気だって難癖をつけるのに、お前ごときがあの美少女と付き合うなんて身の程を知れって罵倒してくる。


 結局は他人の行動にケチを付けたいだけの、ネットによくいる逆張りをかっこいいと思ってるタイプというか、何にでもアンチを決めるやつと同じだ。


 ただ、他人のことを認めたくないだけ。おおよそ、自分が負けた気分になるから。


 究極の自意識過剰というか、自己中心というか、まあ、わがままなんだよな。


 陽キャ御用達の『調子に乗ってる』と同じだ。自分の感覚を基準にケチを付けて、相手の言動を阻害しようとする。どうしてそこまで付け上がることができるのか分からんわ。そこに論理や合理って基準があるなら納得のしようもあるけどさ。


「個人的には、他人の評価に勤しむ暇があるのなら、自分磨きを優先した方が建設的だと思いますけどね。だって他人にネガティブな評価をするのって人に嫌われる行為でしかないし、それをして得することって何もないですよ?」


 ちょっと説教くさくなっちゃったかな。けど3人娘は思いのほか真面目に聞いてくれた。紀紗ちゃんもね。


 我ながら良いことを言ったのかもな。とか思ったのが悪かったんだと思う。


「あなたの場合は自身にネガティブな評価をするのもやめるべきだと思いますが」


 振り返ったら私服姿のリフィスがいた。驚きはしなかったけど、学校にこいつがいるって状況がなんだかね。脳が処理に困ってるね。


 3人娘はイケメンの唐突な登場にまたもやきゃっきゃし始めてるが、


「もう来てたのか」


「ええ、本当にいま来たばかりなので8組のチケットすら持っていませんが」


 見た感じだと持ってるのは手提げ袋だけだな。外来者はスリッパ持参の上、靴の保管も各自で行わなきゃいけないから中身はスニーカーだと思われる。


「そっちは後でいいや。ちょっと問題が発生したし」


「と言いますと?」


「6問正解がもう2人いる」


「おやまあ」


 うん、本日のリフィっさん、事実上のお払い箱です。


「今から生徒会室に出前を届けに行くんだけど、お前も来るか?」


「ふむ。そうですね。お邪魔でなければ」


 リフィスが紀紗ちゃんを見遣った。


「邪魔じゃない」


 3人娘が何か言いたげなツラをしてますよ。イケメンと美少女はデートの邪魔をしても許されるんだよ。受け入れろ。


「ではサラのパーティーに参加しましょう」


 なんか珍しい組み合わせになったな。


「という訳で俺らは失礼しますね」


 一礼して右折を再開する。リフィスとの合流を考えれば今のイベント発生は助かったと言えるが、


「ところでお二人はデートの最中なので? サラも隅に置けませんね」


 こいつにこの状態を見られたくなかったなぁ。その気持ちを察してか、紀紗ちゃんが手を握る力を強くしてきたし。大丈夫だよ。放す気はないから。


「前に話したデート券のやつだけどな」


「あー、ありましたね。皆さん、なんだかんだで命令券を全然使おうとしないので、それの存在自体を忘れていましたね」


「忘れられない思い出を作ってやってもいいけど」


「ご勘弁を。なんでしたら手品をお見せしましょうか?」


「なぜ急に手品」


「あら不思議。なんと私の命令券が福沢諭吉に変化します」


 力業が過ぎるね。


「その手品。後で見せて欲しい」


 紀紗ちゃんも1枚持ってるもんね。


「中学生を相手に見せる手品ではないと思いますが」


「てか俺相手だからこそ言えるジョークみたいなもんだしな」


 それに今から会う人なら双子の諭吉と交換してくれそうな気もするしな。どうせ売るなら最も買取価格の高い相手にするべきだろ。


 いや、違うな。タダほど恐いものはないって言うし、ここは1つ、リフィスの機嫌を損ねない範囲で動いてみるか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る