10/8 Sat. 煩悩――源田学人の場合

 オーナーは正午を前にして出掛けてしまった。どんな賄いを出そうかと考えてた側からすると肩透かしにも程があるが、夕方にまた戻ってくるらしい。


 一難去ってまた一難って訳でもないけど、代わりにスマホがぶるぶる震えた。北條先輩と源田先輩の到着だ。正規のお客さんじゃないから裏口までお出迎え。


「らっしゃい」


「ふぉおおおお!」


 開幕から北條先輩が全力だ。先が思いやられるね。それともマサさまとやらも「らっしゃい」って言ったりするのかな。だとしたら地雷を踏んだ気分になるわ。


 それはともかく、あれ? ってなったね。だって北條先輩の見た目が初対面の時と全然違う。学校寄りというか、ウィッグを被ってない。黒髪のままだ。一房に結った長い髪を肩に掛けて胸元の方に垂らしてる。


 服装も随分と清楚な感じ。前回は大人っぽいってかややエロかった。上も下も露出が激しかったのに、今回は袖も裾も長々としてる。女子単品で動く時と男子とペアで動く時とでこんなに違うもんなんだね。


「すまないな」


 源田氏はいつも通りだ。服装もきっちりしてる。学校の時と同じで黒のスラックスに白のワイシャツをタックイン。無難だね。デートだからって浮かれるような感じもなく、久保田みたいに上下を黒ジャージにするでもない。


「うっす。まあとにかく。ようこそ、リフィスマーチへ」


 休憩室にご案内。本来なら見ることのできない空間を前に北條先輩のテンションが上がる一方だ。パイプ椅子に座った後も壁に掛けられた大きなモニターを眺めながらガキみたいに足をパタパタさせちゃってる。早くも清楚感ゼロですね。


「ほんとにやどりんの人気はすごいね!」


「そうですね。俺は宿理先輩と幼馴染なので、ちょっと変な感じです。昔から可愛くはあったので男子にモテることこそあっても、女子に囲まれるってことはなかったですからね。去年の誕生日会だって質素なものでしたし」


 主役、油野、久保田、俺の4人だけでやったもんな。まじで変な感じ。


 そんな感慨深くなってる俺と暴走気味の北條先輩を余所に、源田氏は困惑した様子だった。


「今日は油野の誕生日だったのか」


 あー、よくよく考えると伝えてないな。土曜は空いてるかって感じの誘い方をした気がするし。北條先輩から聞いてないってのもちょっと意外だったけど。


 しかしながらそんなことより早急に修正したい点がある。


「今日は油野圭介も来ていますし、俺らは基本的に圭介の方を油野って呼ぶので、宿理先輩のことを油野って呼ぶのをやめていただけると助かります」


 なんか気持ち悪いんだよね。源田氏はこれまでずっと油野呼びをしてたと思うから逆にしっくりこないかもしれんけどさ。


「ふむ。いや、そうだな。これほどの人気者をオレごときがぞんざいに呼び捨てするのは分不相応と言うものだ。ファンもいい気分にはならんだろう。指摘に感謝する」


 丸い。今日の源田氏、めっちゃ丸い。好きな女子の前だからって変わりすぎだろ。そんなにポイントを稼ぎたいのかよ。ファンに囲まれてしばかれたらいいのに。


「じゃあ源田くんもやどりん呼び?」


「いや、そういうのはものすごく親しいか、逆に無関係というくらい距離が遠くないと、妙な馴れ馴れしさを感じるものだ。オレは生徒会で接点もあったし、そのどちらにも当てはまらんと思うから。そうだな、油野さんと呼ぼう」


 それはそれでその接点を知らない人からすると特別感を覚えそうだけどね。少なくとも俺の知り合いで宿理先輩を油野さんって呼ぶやつは1人もいないし。


「それでだな。オレは油野さんへの誕生日プレゼントを用意していないんだが」


「そんなん俺も用意してませんが」


 要らんって言うしな。祝ってくれるだけでいいって。まあ、好きな料理を作ってあげる券でも制作してみようかなーってくらいの軽い気持ちはあるが、


「てか今日のイベントもプレゼントの持ち込みは禁止ですし」


「む? そうなのか?」


「今日の参加者って600人以上いますからね。そんな人数にプレゼントを持ってこられても置き場もないですし、持ち帰るのも大変ですから」


 プレゼントを贈りたいならティーンリーダーの出版社に郵送をしてくれって油野宿理、リフィマ、その出版社の各公式SNSで何度もお知らせをしてるから大丈夫だと思いたい。絶対に1人や2人は守らないと思うけどね。


 だから北條先輩も持ってきてないはずだ。ちっちゃなハンドバッグしか持ち物がなかったしな。財布とかスマホとか化粧品とかハンカチとかの必需品をぶち込んだら、もう何も入らないんじゃないかってくらいのサイズだし。


「あぁ、なるほどな」


「あとでお手洗いのついでに一瞬だけ来るとは思いますけど、おめでとうって言うだけであの人は喜ぶと思うんで」


「分かった。そうしよう」


「じゃあ作ってきますけど、ご注文はお決まりで?」


「それがだな」


「えへへ。まだ迷ってるの」


 まじかよ。どんだけ優柔不断なんだよ。


 源田氏も元生徒会長なんだからその辺の段取りくらいは組めや。根回しは慣れっこだろ。提案して、交渉して、上手いこと言いくるめろよ。


「どの辺で迷ってるんです?」


「えっと。やっぱりリフィスマーチに来たからにはハンバーグを食べたいなって。でも洋食以外のものも捨てがたくて」


 範囲が広すぎる。せいぜい3択くらいで迷ってるんだと思ってたわ。んー。


「じゃあもう少しだけ悩みます?」


「そうさせてくれると嬉しいかな!」


「おっけ。なら俺はちょっと厨房の様子を見てきます。ついでに飲み物を持ってきますが、何がいいですか?」


 熱くていいならここのポットで好き勝手やって貰ってもいいんだけどね。


「……ランチの内容を決めてからでもいい?」


「いいですけど。外も暑かったでしょうし、水分補給はした方がいいと思いますよ」


 チラッと源田氏を見てみる。頷いてくれた。


「では水をいただこう。それとすまないが、手洗いの場所を教えて欲しい」


「分かりました。では北條先輩、ごゆっくり」


 という訳で、源田氏と通路に出た。しかし行き先は倉庫となる。


「色々な意味で貸しですよ」


 俺が手渡したのはコックコートだ。北條先輩がコックコート姿の男性に対して並々ならぬ執着をお持ちだと教えたら頭を下げられたんだよね。


「恩に着る」


「メニューをさっさと決めさせてくれると助かるんですけど」


「……幸せそうな顔で悩んでるからな。邪魔する気になれん」


「そんなに好きならさっさと告白すりゃいいのに」


 イケメンの無駄遣いってやつだぞ。


「オレはお前ほど口達者じゃないんだ」


「人間は行動しない理由を考える時に最も才能を発揮するって知ってます?」


「……本当に口が減らんな。オレに勇気がないことは認めるが」


 そんな感じのやり取りをしながら源田シェフが完成した。


「戻ってもまだメニューが決まってなかったら、具体的にどれで迷ってるかを聞いてくれません?」


「それは構わんが、2択ではすまんと思うぞ?」


「4択くらいまでなら善処します。ハーフプレートっていうか、ピザのハーフ&ハーフみたいな感じにして、源田先輩のと合わせて4種類を提供するって感じで」


「なるほど。2択ならオレがもう片方を選んでシェアすることも考えていたが、お前は本当に智恵が回るというか。臨機応変に事を進めようとするな」


「多角的視野は俺の持ち味の1つなので」


 人によっては屁理屈って認識になるけどね。


「ただ種類が増えれば増えるほど作るのに時間が掛かるので、2人きりの時間が長くなっちゃいますけど、大丈夫です?」


「大丈夫だ。と言いたいのは山々だがな」


「来る途中に何かありました?」


「話が上手く噛み合わんと言うか」


 推定腐女子と生徒会長のペアだもんな。年齢以外の共通点が思い付かねえよ。


「困ったら俺の話でもすりゃいいかと」


「お前の?」


「そう。俺を褒めるんです」


 本人の前でそこまで顔をしかめることもないだろうに。


「いいですか? 客観的に考えてみてください。北條先輩視点での話ですが、俺と源田先輩、どっちの方が好感度が高いと思います?」


 さらに顔をしかめやがったよ。黙ってないでさっさと負けを認めろや。


「俺ですよね。コックコート男子が好きだし、料理の味が口に合うみたいだし、賄いを食べてみたいっていう願いを通常のルールを捻じ曲げてまで叶えてあげた訳で」


「……遺憾ながら認めよう」


「そして女子は、特に右脳タイプの女子は共感というものを大事にします。つまりですよ。北條先輩の好感度の高い俺を褒めると、どうなると思います?」


「……喜びそうだな」


「そうです。それな! って感じで乗ってくると思います。やりすぎると裏があるって露骨に思えるでしょうから軽くで充分ですけどね」


「むぅ」


 源田氏は腕組みをした。その表情はとても険しい。


「しかしどこを褒めろと言うんだ」


 こいつ。


「おい、あんた、そういうとこだぞ」


「……あぁ、そうだな。言い方が悪かった」


 おうよ。まるで俺に褒めるとこがないみたいじゃんな。


「分かればいいです」


 まったく。本当に仕方のない先輩だ。


「口が達者とか。敵に回したくないとか。そういう本音の部分でいいですよ」


「本音か」


 源田氏が5秒ほど黙りこくって、


「賢いな」


 あらやだ。


「とても気が利く」


 なにこれ、やだこれ。


「オレの敵う相手じゃない」


「それは要らないです」


 おそらく学力なら完敗だしさ。


「なぜだ?」


「ドラマとかでもたまにありますよね。俺はあいつみたいに頭がよくない。性格も暗いし、面白いことも言えないし、取り柄なんてアレくらいだ。そんな俺だけどいいのか? みたいな」


「あるな。さっきのやつもそれに近いじゃないか。女子ってやつは弱っている男を放っておけないと聞いたことがあるぞ」


「ただしイケメンに限るのテンプレみたいなやつですね」


 そこに関しては間違ってないと思うんだけどさ。


「それは感覚の話ですよね。俺が言いたいのは論理的な話です」


 分からないみたいだ。源田氏がほんのちょっとだけ首を捻った。


「では質問です。源田先輩は新しいパソコンを買いたいと思っています」


「あぁ、実際に思っている」


 そこはどうでもいいわ。


「CPUが化石みたいなやつなんで動画を見るのに苦労しますし、メモリも足りないからちょくちょく処理が止まります。グラボも刺さっていないので3Dのゲームも動きませんが、ケースだけは立派なものを用意しました。いかがです?」


「いかがも何も。そんなものは買う気にならんだろう」


「つまりはそういうことです」


「……そういう?」


 あれ? 伝わらない。言い方が下手だったのかな。


「今のはここの副店長の言葉なんですけどね。恋愛っていうのは相手に自分を認めて貰わないと先に進めないじゃないですか」


「そりゃあそうだろう」


「だから源田先輩は北條先輩に自分の良さをアピールしなきゃいけない訳です。なのに1年坊主に劣るってネガティブな評価を入れてどうするんですか」


「あぁ……」


「源田先輩がやるべきことは自分の売りを語ることであって、落ち度なんてわざわざ言うことじゃありません。それが高所恐怖症みたいな絶対的なものならともかく、相対的なものなら尚のことです。アレと比べて型が落ちるけどっておすすめするのは論理的じゃない。北條先輩が買いたくなるようなセールスポイントを語りましょう」


「お前は本当に年下なのかと疑問に思うくらい勉強になるな」


「そいつは結構なことです」


「しかしそれで言うならお前を褒めるのもダメじゃないのか」


「あのですね。人ってのはなかなか人を褒めることができないもんです。同性に対してはプライドが働くし、異性に対しては羞恥心が顔を出すからです。実際に、今日の北條先輩の服装や髪型を褒めましたか?」


「……いや。言うべきだとは思ったが、行動しない理由とやらを考えてしまってな」


「そうでしょう。女子だって友達にカワイーカワイーってよく言いますが、あれは他人を認められる私ってすごい。カワイーって言える私の性格はカワイーみたいな。ある種のマッチポンプみたいなもんなんですよ。本心では可愛いなんて思ってません。思っていたとしたら『私の方が可愛いけど』って深層心理が隠されています」


「お前。とんでもないことを言うな」


 クレームはリフィスにどうぞ。


「とにかくですね。敗北感を滲ませているか、相手が親友でもない限りは、同性を褒めるのはとても難しいんです。なのに源田先輩はポジティブに後輩の俺を褒める。これって度量がデカいってことになりません?」


 今になってピンと来たようだ。


「見せ方によるということか」


「それです。例えば気が利くと言った時点でおそらく北條先輩は乗ってくると思いますが、自分もああなりたいと思っていると言うだけで心証は変わるでしょう。向上心があるとか、真面目だなとか。北條先輩は根が素直っぽいですし」


「その通りだ。北條は人を褒めるのが上手くてな。それで性別を問わず人気を獲得している。かく言うオレもそれが原因で恋したと言っても過言じゃない」


 そっすか。そこは興味ねえっすわ。思えば川辺さんも恋人に見えるみたいなことを言われて浮かれてたけど。


「てかそろそろ戻りましょうか。サプライズで着替えをしてたって言い訳をするにしても長すぎますし。まだメニューを決めてないなら時間なんか気にしてないとも考えられますが。念のためにね」


「ではそうしようか。……緊張するな」


「大丈夫ですよ。きっと、ふぉおおおおおおお! って言ってくれます」


 源田氏が言われたいかは知らんけど。


「だといいが」


 まあ、結論から言えば杞憂だったね。


 水を持って休憩室に戻ったら、北條先輩は喜びの咆哮をあげてくれた。


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