10/8 Sat. 煩悩――久保田玲也の場合

 間もなく油野と久保田が現れ、そこから1分もしない間に上条先輩もやって来た。


 今日の電車は急行だ。内炭さんの最寄り駅が各駅停車しか止まらないから、いつもみんなでそっちに合わせてたけど、今回は事情があってこうなった。


 土曜の7時台なのに電車内はそこそこ混みあってる。急行と各駅停車が1時間に2本ずつしかないからしょうがないね。


 各駅停車なら新安城で乗り換える必要があるが、急行なら神宮前まで直通だ。一応は女子達に座席を譲って、我々男子一同はやや離れたドア付近で突っ立ってることにする。お互いの会話が聞こえるようで聞こえない感じの距離感だ。


 恋コンファイナリスト2名に巨乳にクラスで1番可愛い子。そこに油野を添えたら目立つに決まってんだよね。だから俺と久保田だけで避難しようとしたんだけど、油野が捨てられた子犬みたいな目をしてたから仕方なく連れてきた。


「ところで今日は内炭さん不在なの?」


 さすがは久保田。そこに気付くとはなかなかやるね。きっと俺にしか連絡が来てないのに、誰もそこにツッコミを入れないから女子に対する不信感を抱いてたよ。


「俺も気になってた」


 ほんとかよ。白々しいんだよ、このイケメンクソ野郎。久保田に乗っかったんじゃねえのか。


「宿理への誕プレの相談を受けてたから来ると思ってた訳だが」


「もしかして体調不良だったりする?」


 久保田は相変わらず良い天パだなぁ。あっちの女子4人なんか酷いもんでっせ。


 まあ、上条先輩と愛宕部長と優姫に関しては「こいつが何も言わないってことは特に問題はないはず」みたいに受け取ってんだろけどね。牧野は内炭さんのことをよく知らんし、つまり事実上で酷いのは油野だけ。これだからイケメンはよぉ。


「新安城で待ってる」


「ん?」


「え?」


 そうなるよね。このメンツだと理由を察することができるのは上条先輩くらいじゃないかな。ワンチャンで愛宕部長もいけるかもだが。


「みんなの出発時間が内炭さんの都合に合わせられるのが申し訳ないんだってさ」


「ふむ。そんなの気にしなくていいのにな。目的地は同じ訳だし」


「内炭さんらしいね」


 本当にね。けど分からんでもない。電車に乗ってるのは自分の方が先なのに、他の全員が同時に乗ってくるから遅刻した気分になるんだよな。実際、論理的に考えれば南安城に到着するのが一番遅いのは内炭さんだしさ。


 だから先に行ってるって話。これでよく人のことを鶏肉屋とか言えるよな。


「内炭と言えば」


 こいつら、口を開けば内炭内炭だな。これもある種の内炭トークか。


「碓氷も恋コンで内炭に投票したのか?」


「俺はすべて白票にした」


「波風を立てないようにか。お前らしいな」


「らしいって言えば久保田もだけどな。内炭さん、喜んでたぞ」


「え」


 え?


「ぼくが投票したこと言っちゃったの?」


「……言っちゃいましたね。本人が気にしてたから」


 あれー。まずったか? どうせ同情票だから問題ないって思ってた。


「ダメだったのか?」


 油野が尋ねてくれた。俺の気持ちを斟酌してってよりは単純な疑問っぽい。


「誰も投票してくれないに決まっていると内炭は卑屈になってたからな。久保田が投票したと伝えるのは悪くない判断だと思うが」


「そっか。じゃあいいけど」


 おいおい、どうした天パ。なんでふてくされてるんだ。


 思わず油野と目を合わせてしまった。こいつ、本当にイケメンだな。


 それと同じくらいで新安城に着くってアナウンスが流れた。つり革に手を引っ掛けて減速による慣性の法則と摩擦力に抵抗しながら、


「ここで内炭さん、天野さん、大岡さんと合流する予定」


 一応は大畑くんと吉田くんも誘ってみたが、2人ともに遠慮された。リフィマとの繋がりがないもんね。吉田くんはもっとガツガツした感じにならないと大岡さんを落とすのは無理だと思うんだけどな。


 という訳で到着。そして女子3名と合流。華やかな女子2人とモブっ子1人というのはある意味で目立つな。合流後も陰キャは1人だけになるけどね。


 てか乗り換え用の駅だけあって一気に満員近くになったな。イケメンクソ野郎の間近にいるせいで異性の視線をめっちゃ感じるわ。やっぱこいつはあっちに押し付けるべきだったな。その方が内炭さんも嬉しかったと思うし。


「……内炭さんはなんて言ってた?」


 ふむ。無かったことにしたかったんだけどな。まあ、答えるけど。


「クボ1はワンチャンで私と付き合いと思ってたりするのかな的な」


 久保田が目を瞬かせた。


「え。内炭さん、ぼくと付き合う可能性を視野に入れてるの?」


 んー? そう言われたらそうか。ワンチャンって言葉を使われるとそんな感じにも受け取れるような気がする。


「ぶっちゃけそこはどうだか分からんけど」


 なんか話がおかしな感じになってきたな。


「実は油野と久保田以外にもう1人だけ票を入れた1年男子がいるみたいで」


「ほう」


「そうなの?」


「私、モテちゃったのかしらって調子こいてたな」


 油野はいつもの仏頂面なのに、久保田はいつもと目の色が違う。


「それって誰か分かる?」


「いや、誰かは知らん。上条先輩がそう言ってたってだけ。要するに、根拠はあるけど証拠はない。こんなことでいちいち嘘を吐くとも思えんけど」


「……上条先輩かぁ」


 久保田が上条先輩の方に視線を遣った。人が多すぎて俺の位置からは見えんな。


「久保田、ちょっといいか?」


 油野が神妙な顔をしてる。こいつ、絶対に要らんことを言うだろ。


「なに?」


「その、もしかしてだが。内炭のことが気になるのか?」


 言っちゃったよ。これはあれか。水谷さんとの一件で間に入って貰ったからその恩返し的なムーブのつもりか。余計なことを。


「そういう訳じゃないんだけど」


 あれ? 違うのか。四苦目かと思ってビクビクしちゃったわ。


「内炭さんってぼくの趣味とかも丸ごと受け入れてくれる唯一の女子だから。今の関係が崩れて欲しくないっていうか。だから投票したことを気持ち悪いって思われたらやだなって。そんなことを思う子じゃないっていうのは分かってるんだけど」


 そういうことか。びびった。まじでびびった。


 今の流れで最悪のシナリオは油野のクソボケが「内炭のことが好きなのか。じゃあ今度は俺がお前に協力しよう」みたいなことをほざくって内容だからな。


 要するに、


「なるほどな。その投票した男子が内炭さんにちょっかいをかけたら、一緒にメロンやアニメイトとかに行くことも無くなると思うし、リフィマにも来なくなるかもしれないから寂しいってことか」


「彼氏ができちゃったら一緒に買い物をするのも気が引けるからね」


 それに関しては油野を諦めない限りは大丈夫だと思うけどな。てか内炭さんってあんなに分かりやすいのに、こいつって内炭さんが油野ラブってことに気付いてないのかね。油野の方は半信半疑くらいで止まってるんだとは思うが。


 半年前なら「こんなん見りゃ分かるだろ。どんだけ鈍感なんだよ」って言えたんだけどな。俺も川辺さんとか紀紗ちゃんの気持ちをなかなか認めなかったし、紀紗ちゃんに至っては今も認めてないし、優姫のこともずっと油野ラブだと思ってたやつだから何も言えね。


 そもそもの話だけどさ。この子は自分のことが好きって相手が告白するまで確信を持てないよね。告白されてないのにそう思い込むのは自意識過剰ってもんだよ。検察で言うなら証拠不十分で不起訴だよ。


「ふむ。趣味なら川辺とも合うんじゃないか?」


 なんでやねん。って思ったけど、そうか、油野は内炭さんのハードな方の趣味を知らんからな。


「ふっ、ムーン1は我が宿敵。肩を並べて買い物なぞできようものか」


 恥ずかしいんだね。


「大岡さんも理解のある女子だと思うぞ」


 百合とか好きそう。


「ギャルはちょっと……」


 素で言われちゃったよ。プール掃除中は一緒にきゃっきゃしてたのに。


「高橋はどうなんだ?」


 あぁ、川辺さんと内炭さんが言うにやや腐ってるみたいだね。


「高橋さんとはたまにアニメ談義してる。同じクラスだし。でも西中出身だから家は遠いと思うし、わざわざ一緒に薄い本を買いに行くってことはないかなぁ」


「それもそうか。内炭ともバイト帰りに寄ってるみたいだしな」


 この反応だとやっぱ健全なやつを買ってると思ってるんだろね。余裕でR指定ってか。普通に18のやつだよ。


「夏休みに1回だけ2人で東岡崎のアニメイトに行ったことがあるけどね」


「は?」


「ほう」


 初耳だわ。てかそれってデートじゃないの?


「店舗特典付きの本を買いたいけど、名古屋まで往復すると交通費が高いからどうしようって言っててね。ぼくも東岡崎店は行ったことがなかったからちょっと見にいってみようかってなったんだ」


 仲のよろしいことで。内炭さんて対俺に関してもそうだけど、男の誘いにポンポン乗るよな。浅井にだけは気を付けろって言っとこうかね。


「女子と2人で出掛けたのって初めてだったなぁ」


 それはもしかしたら内炭さんもそうかもしれんね。何気に俺は2人でどっかに行くって経験がまだないような。家に行ったことはあるけど。


 感慨深げにしてる久保田を油野がじっと見つめてる。なんだろね。何を考えてるんだろね。


 そういや、こいつ。川辺さんや高橋さんを推奨してたけど、それって内炭さんに対して若干の独占欲みたいなのが働いてんのかな。


 ただの代替案なのかもしれんけどね。なんであれ、このメンツで恋バナみたいなのをするのって心臓に悪いわ。


 よく考えるとだよ。一緒にバイトして、一緒にお出かけして、趣味も合って。そんな女子との関係が続いたら、恋心が芽生えてもおかしくないんだよな。


 久保田が内炭さんに惚れちゃったら、申し訳ないけどクソ面倒なことになる。


 困ったね。


 なんだかんだで内炭さんは魅力的な子って言っても過言じゃない感じになってきたしな。


 久保田にこないだのメイクアップあかりんの写真を見せてやったら、果たしてどんな反応をするのやら。


 そこで思う。


 仮に久保田が内炭さんに恋をしたとしても、俺は内炭さんの恋を応援するつもりだが、俺の好感度で言えば内炭さんよか久保田の方が上なんだよな。


「どうすりゃいいんだろ……」


 不安が口から零れ出た。


「何がだ」


「どうしたの?」


 心配ヅラしやがって。誰が原因だと思ってんだか。やっぱ四苦目だな、これ。


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