9/20 Tue. それぞれの選挙戦――源田・織田

 やっぱ緊張するな。


 何せ聴衆は教師も含めりゃ約1000人。そんなの人見知りじゃなくてもプレッシャーを感じるってもんだ。


 聴衆視点で壇上の左側に立候補者が、右側に推薦人がパイプ椅子に座って待機してる状態だが、俺の右隣にいる生徒会長は余裕の面持ちで、2つ左の天野さんはそれ以上に自信満々のツラだ。こういうのは持って生まれたものなのかね。


 首の運動がてらにちょっと後ろの方に気を配ってみれば、掌に文字を書いては口に当ててる妖怪人食いも少なくないし、優姫みたいに目を瞑ってぶつぶつ言ってるのも見当たる。一番多いのはずっと原稿を見てるタイプだな。


「やはりいい度胸をしてるな」


 右隣から声を掛けられた。今はまだ選管の準備中で、聴衆の連中もがやがやしてるから私語も許されるとは思うけど。


「ご冗談を。俺、超人見知りなんですよ」


「とてもそうは見えんな」


「そうですか。眼科の名医を紹介してくれる女子に当てがありますけど」


 左後方60度くらいの場所にいるよ。寝てんのかなってくらい静かにしてる。


「いらん。年長者として忠告するが、その上条のような言い回しはやめろ」


「では年少者として具申いたしましょうかね。我々の年の差はたかだが2つ。同じ未成年のただのガキが、大人ぶって知ったような口を利くのは烏滸がましいのを通り越して滑稽でしかありません。そちらこそ悔い改めるべきかと存じます」


 困ったね。正論を言っただけなのに睨まれちゃったよ。心なしか周囲の視線も感じる。ちょっと左を見たら隣の男子は目を逸らしたし、天野さんも泡を食ってた。そんなに大きな声を出したつもりはないんだけどね。


「その態度が生意気だと言ってるんだが?」


「なるほど。では先輩の態度も生意気の範疇かと思うので一緒に正しませんか?」


「碓氷、お前っ」


「いい加減にご理解いただきたい」


 あんたの好感度はもうゼロだ。そして俺は好感度ゼロの相手を人間として判別しない。相手が人間じゃないなら人見知りもしない。そういう論理だ。


「多少は頭が回るようですけどね。俺なんかを説き伏せることもできないようなら、あなたの能力は上条飛白の足元にも及びません。それを自覚しているからこそ、上条先輩に噛み付く訳ですよね。男の嫉妬は見苦しいですよ?」


「碓氷!」


「何か?」


 返事をしても睨むばかり。埒が明かないから続けてやる。


「どっちの頭がよく回るかはともかくとして、俺の方が舌が回るのは明確です。これ以上の恥をかきたくなければ黙っていることをお勧めしますよ」


 我々の業界で言うリフィスの二択ってやつだ。これに反論したらさらに叩かれ、黙れば敗北を認めることになる。実質的な詰みの状態。さあ、どうする?


 舌打ち1つ。会長はそっぽを向いた。


「偉そうなことを言って年下相手に尻尾を巻くのか。情けない」


 会長が膝上の握り拳を震わせた。しかし露骨な挑発には乗ってこない。残念至極。


 舌戦で俺を負かしたきゃ悪魔を連れてこい。お前ごときじゃ力不足なんだよ。


 さて、隣が静かになったことだし、時間が来るまで情報の整理をしますか。


 当然ながら、立会演説にはルールがある。


 犯罪みたいな常識以前の問題はさておくとして、基本的に用意した原稿以外のことを言ってはいけない。生放送で失言をした芸能人が翌日のネットニュースで取り上げられるのと同じで、口は禍の門を地でいく形になってしまうからだ。今後の学校生活に陰りを落とさないためにも、これは厳守すべき事項と言える。


 けどそれに関しては原則的なものだ。少しくらいはみ出しても大目に見て貰える。


 最大の禁忌は制限時間を守らないことだ。何せ立候補者は数名の辞退があってもなお48人もいる。その実、推薦人を必要とするのは会長、副会長、会計の3役のみになるが、応援演説があるのとないのでは立候補者に対するイメージが変わってくる。だから全員とは言わないまでも、パッと見て8割くらいは推薦人を用意してるんじゃないかな。おおよそで40人程度かね。


 そんでもって制限時間は役職ごとでも違う。会長の立候補者は7分。その推薦人は5分。副会長が5分で、推薦人は3分。会計は3分と2分で、他の役職は1分半と1分って感じだ。当然、制限を過ぎてはいけないけど、早く終わるのは構わない。


 えっと、会長2、副会長3、会計5、他38だから。最大は、160分か。いいとこ2時間くらいで終わるのかな。終わればいいなぁ。


 という訳で生徒会役員選挙、スタートです。


 立会演説は放送演説を流したのと同じ順番で行われる。まず推薦人が推薦理由を語り、立候補者がそれに乗っかる形だ。


 放送演説のトップバッターは男尊女卑全開で織田氏だった。つまり一番手は現役の生徒会長、源田氏となる。お手並み拝見といこうか。


「3年5組の源田学人です。今回、生徒会会長に立候補する織田悠真くんとは小学校からの仲であり、当校に入学してからも調理部や生徒会などで親交を深める間柄にあります。なので彼の人柄については、親とまでは言いませんが、兄弟程度には理解しているつもりです。彼を一言で表現するのなら、品行方正。これに尽きるでしょう」


 さすがは生徒会長。はきはきしゃべるね。そんなことを思いながら、俺は右の手首を凝視してる。そこにあるのは腕時計。普段は着けないそれを眺めてる。38。


「織田くんはリーダーシップもあり、生徒会副会長と調理部部長の二足の草鞋を履きながらも、そのどちらでも強い存在感を示し、生徒会や調理部の生徒に慕われてもいます。責任感がとても強く、頼まれたことは最後までやり遂げ、他のみんなが嫌がるような仕事も率先して引き受けてくれる、まさにトップに相応しい人材なのです」


 81。へぇ、それは酷いね。


「とても几帳面な性格で、お菓子作りの際は1ミリグラムまできっちり整えないと気が済まないそうです。個人的に、そこは玉に瑕かなとも思いますが、そのお陰で生徒会室はいつも整理整頓がされた状態になっています。誰に頼まれる訳でもなく、そういうことを率先してしてくれる、非常に気が利く人物とも言えるでしょう」


 117。可哀想に。


「放送演説でもあった通り、過去の生徒会長の7割以上を調理部の部長が務めています。僕の前任者も調理部の部長でした。調理部はOBとの繋がりも強く、気軽に連絡を取れる関係なので、多くの生徒会長経験者から意見を伺えるのも強みの1つと言えるでしょう。事実として、僕もよく相談に乗っていただいていました」


 165。ならお前らが生徒会長である必要なくね。


「手前味噌を並べるようで恐縮ではありますが、今期の生徒会は上手く回っていたと思います。織田くんがその一助になっていたことは言うまでもなく、歴代の生徒会長が残してくださった数々の功績も大きく働きました。その点を踏まえるならば、彼の掲げる保守的な公約にも納得がいくのではないでしょうか」


 194。いかないねぇ。


「これまで進むばかりだった生徒会。その歩んできた道を振り返るのもまた、更なる成長へと繋がるでしょう。効果の大きかった政策はより効果を求める形で、効果の小さかった政策は改善のために見直すなど、ブラッシュアップに傾倒するのも悪くない手だと思います。このまま放っておくには惜しい政策も多々ありますからね」


 223。それより先にすることがあんだろ。


「会長になるからには何か特別なことをしなければと気負うのではなく、ただただ学校をよくしていきたいと考える姿勢には、僕も見習わなければいけないなと恥じ入るばかりでした。正直、脱帽です。僕では思いつきもしない考えなので」


 243。まだまだ羞恥心が足りないのでは。


「以上のことから僕は織田悠真くんを生徒会会長に推薦します。当選した暁には僕も力を貸すつもりでいます。なので、どうか織田悠真くんに皆さんの清き一票をよろしくお願いします」


 260。黙って受験勉強してろや。


「以上を持ちまして応援演説を終わります。ご清聴、ありがとうございました」


 267をカウントしたところで拍手が起こった。ふむ。つまらん話だったせいか4分27秒とは思えんくらい長く感じたね。


 引き続き、選管の紹介に合わせて織田氏が登壇した。


「全校生徒の皆さん、こんにちは。ただいま源田生徒会長よりご紹介いただいた、2年5組の織田悠真です。ご存じの通り、このたびは生徒会会長に立候補しました」


 17。源田先輩でいいのに。わざわざ生徒会長って付けるのがね。


「源田生徒会長。推薦していただきありがとうござました」


 24。まじかよ。聴衆をほったらかしで源田氏にお辞儀しちゃったよ。


 端的に言えば、織田氏の演説は聞くに堪えなかった。源田氏の演説に対するアンサーソングみたいな。たぶん大体の人が同じ話を連続で2回された気分になったと思われる。時間にして5分17秒。俺なんかあくびを噛み殺したわ。


 とにかく今期の生徒会を褒め、それ以上に生徒会長をヨイショし、歴代の生徒会長バンザイって感じ。ついでに調理部最高ってのも混ぜて、まあ、何というか、何をしたいのか分からんかったね。


 具体的な公約はゼロ。ただ学校をよくするって意気込みだけ。あれだけ噂になったいじめに関する言及もなし。聞こえの良い言葉を並べてるだけの、空っぽな演説に思えた。舟をこいでる聴衆も少なくなかったしな。


 いや、間違ってはないんだけどね。過去を顧みるのは重要なことだし、ブラッシュアップだって必要だ。政策に焦点を当てれば充分に価値のあるものだと思う。


 けどね。キッチンで火災が発生してるってのに、リビングのフローリングを修繕しようって提案するのはさすがに異常だぜ?


 先に火を消せよ。出火の原因を精査しろよ。再発防止策を講じろよ。


 ブラッシュアップはその後だろ。優先順位がとち狂ってんだよ。


 まあ、リア充のこいつらにしてみれば、いじめなんて対岸の火事だしな。


 どうでもいいんだろね。だって自分は苦しくないから。


 もはや日本の政治家さながらだよ。コロッケが言ってた通りで庶民の気持ちが分からん訳だ。大事なのは自分達の権威だけ。都合の良いことばっか言って有権者を唆して、果ては「政治はそんな簡単なものじゃない」って逆ギレする。アホかと。


 まあ、こっちにとっては好都合だ。


 あとは俺の覚悟だけ。


 これをやれば俺は完全にモブじゃなくなる。


 良くて有名人。悪くて腫れものだな。


 まあ、ぼっちは慣れてるし。今年度に限っては不安要素も少ないし。


 けどまあいいよな?


 優姫に川辺さん。そして、内炭さん。


 もうあんなの経験したくないだろ。


 あんなの経験させたくないだろ。


 息を吐く。


 脳裏に浮かぶのは昨日の出来事だ。


 頭に血がのぼる。


 目の前が真っ赤になる。


 よくもまあ。ああもコケにしてくれたもんだ。


 また息を吐く。さっきよりも大きく。


 冷静になれ。


 これまでの情報をかき集め、台本を作ることに勤しめ。


『続きまして、生徒会会長に立候補した上条飛白さんの推薦人による応援演説です』


 じゃあ、いきますか。


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