8/10 Wed. 月夜の晩に――中編

 今日の誕生日会はお泊り会も兼ねてる。


 男子は水谷家の1階。女子の一部は水谷家の2階。酔っ払いどもは川辺家でまだ飲むらしい。明日は山の日でお休みだからね。川辺夫妻はリフィマの店員達とそこまで年が離れてないから話も弾みそうだ。


 アルコールにそこまで強くないリフィスは既にくたばってる。水谷さん家にお泊りとかまじかよ! って騒いでた浅井は部屋を男女別にすることを知って不貞寝した。油野と堂本はネトゲの話で花を咲かせ、久保田と蒼紫は好きなマンガのことで盛り上がってる。みんなが楽しそうで何よりだよ。


 あれー? おかしくなーい? みんな碓氷のこと忘れてなーい?


 そう。俺はこの身内だらけの環境でぼっちになっていた。


「あ、蒼紫さん、自分はどうしたら……」って言いに行くか少し迷ったが、なんか本当に楽しげなんだもん。そんな空気じゃないんだもん。自分で紹介しときながらなんだけどさ。お姉ちゃんに頼れよな。その天パは俺のなんだからねっ。


 俺のことをよく知ってるやつなら分かると思うが、この手の時に俺は必ず取る行動がある。そう、寝ます。浅井みたいに不貞寝をします。はい、おやすみー。


 弥生さんの家に泊まった時もそうだけどさ。ほら、俺ってナイーブじゃん? 内弁慶だし。人見知りするし。初めて来る場所だと熟睡できないみたいなんだよね。そのせいで今回も真夜中に起きてしまったわ。


 時刻は2時21分。惜しい。にゃんにゃんにゃんまで後1分だった。


 丑三つ時かぁ。とりあえず寝汗を掻いてたみたいだし、水分補給でもしますかね。


 足音を殺してリフィスの部屋を脱出。ダイニングに向かってみる。


「あら?」


 美少女がいた。ドSだけど比較的害の小さい美少女だ。


 てかほんとなんで俺の周りの美少女って揃いも揃ってああなんだろね。1人くらい普通なのがいてもいいじゃんよ。


「失礼なことを考えてない?」


 水谷さんの目が鋭くなった。このセンサー感度が良すぎる系女子め。


「滅相もない。水谷さんはお美しいなーって思ってましたが何か?」


「へぇ」


 隣の家に囲いができたのかってくらい素っ気ない返事が来ましたよ。


「まあいいわ。碓氷くん、今って暇よね?」


「暇じゃないです」


 悪魔を警戒するあまりに脊髄反射で否定しちゃったよ。


「水分を取る。眠る。スマホをいじる。トイレに行く。考え事をする。呼吸をする。以外で何か用事がある? あるなら3秒以内に答えられるわよね。はい、1、2」


 詰め方が陰湿的じゃないですかね。


「ないです」


「なら少し付き合って欲しいのだけれども」


 断りたい。けど良い断り方が思い浮かばない。いっそのこと宗教上の理由ってことにして回避することはできないかな。


「近くの公園まで行きましょうか」


 返事を待たねえし。行ってもいいけどその前に水を飲みたいな。


「奢るわよ?」


 丸形の小銭財布を見せられた。もう観念しますよ。付いていきゃいいんでしょ。


 シャツにハーフパンツの格好だけどいいか。水谷さんもキャミソールにショートパンツだしな。水谷さんがサンダルを足に引っ掛けたから俺もリフィスのっぽいサンダルを勝手に拝借することにした。


 熱帯夜ってほどじゃないけどやっぱ暑いね。蒸し蒸ししてる。


「まだやってるみたいね」


 隣家の居間はまだ明かりが付いてた。極小の話し声も聞こえる。


 川辺家を通り過ぎ、小さな無花果畑も越えたくらいに自販機があった。そこで水谷さんにお茶を買って貰い、市営住宅に囲まれた猫の額くらいの公園に向かう。


 水谷さんが座ったベンチはやたらと手狭だったから突っ立ってようかと思ったが、無言の圧をぶつけてくるから仕方なく隣に座る。触れ合うほどじゃないけどやっぱ近いわ。良い匂いがするわ。今日は同じお風呂セットを使ってるはずなのになぁ。


「そこの砂場。かなり小さい時に美月と一緒に遊んでたのよね」


「あれ? 川辺さんとは中2からじゃないの?」


 水谷さんは中2まで関東でリフィスとお隣さんをやってたはずだけど。


「あの家は母方の実家なのよ。その里帰りで何回か来てたの」


「なるほど。それで川辺さんが作った砂山を水谷さんが踏み潰してた感じ?」


「は?」


 どうやらこの悪魔は真っ当のようだな。安心したぜ。


「上条先輩がね。幼馴染の男の子が大きな砂山とか城とかを作るのが好きで、自分はそれを踏み潰すのが大好きだったってクレイジーなことを言っててさ」


「歪んでるわね」


「でしょ? あの人の性格は歪みすぎなんだよ」


「性格の話じゃないわよ」


 ん? と首を捻った俺に水谷さんは苦笑した。


「歪んだ愛情表現だなって思ったの」


「……どこに愛情が」


「その男の子は山や城を作るのが好きだったんでしょ? それを壊せばまた作ることになるじゃないの。男の子の方も飛白先輩が破壊を楽しみにしてることを理解して何度も作ってたのかもね。創造と破壊の無限ループで幸福の無限ループって感じ?」


「……やべえ。それ正解くせえ。前に似た話をあの人が言ってたわ」


 俺と交代で四苦八苦させ合えば幸福の無限ループに入れるとかなんとか。あの人ってそんな小さい頃からガチのサイコパスだったのかよ。


「無邪気でいいじゃないの」


「邪気しか感じないんですが」


「感想は人それぞれね。さておき、美月のことなのだけれども」


 ですよね。


「私は煽っていいのかしら?」


「それは俺を? 川辺さんを?」


「美月をよ。碓氷くんを煽っても逃げるだけだし」


 恐いからね。あなたも含めた色々がね。


「ここのところよく相談されるのよ。例えば、碓氷くんは美月にどきどきするみたいだけど脈があるってことかな? とか」


 そう受け取られてんのかよ。


「碓氷くんとしては、お互いに緊張してるんだからそんなに気負わずにもっと楽にいこうって趣旨で言ったんでしょ?」


「はい、そうです。ご理解いただき誠にありがとうございます」


「でも女子の99%は美月と同じ解釈をすると思うわね。つまり悪手ってこと」


「だって俺は女子じゃないし。そんなことを言われてもさ」


「別に責めてるわけじゃないのよ。評価をしてるだけ」


「物は言いようだね。ちなみに水谷さんならどうしてた?」


「さあ? だって私は碓氷くんじゃないし。そんなことを言われてもね」


 こいつ。


「碓氷くんの気持ちを知らないんだから答えの出しようがないじゃないの」


 ごもっとも。って言おうと思ったけど殴られそうだから止めとこう。


「なら俺の気持ちを知らない水谷さんは川辺さんの問いにどう答えたんだ?」


 とりあえずはしかめっ面で応えられたわ。


「それがね。私が意見を言うと怒るのよ」


 えぇ。まじかよ。正直、想像できんわ。


「私も無責任なことを言いたくないから濁すわけ。そうかもね。みたいな」


「まあそうなるよね」


「そうしたら、真面目に考えてよ! って怒鳴ってくるの」


「……面目ない」


「だから、私より美月の方が碓氷くんに詳しいんじゃないの? って言ったのよ」


「まさに正論だね」


「自分の方が優位にあると思わせて有頂天にさせた方が場をコントロールしやすいかなと思ってね」


 親友相手にシビアなことしてんだね。


「言った直後はにやにやでれでれしてくれたのに、ちーちゃんはどう思うかを聞いてるの! って結局はヒスってくるわけ」


「おおぅ」


「そうなるともう私の回答は決まっちゃうじゃない?」


 論理と合理と効率の権化だもんね。


「私は別にどうも思わないわよ」


「辛辣ぅ」


 お前に興味ねーからって言われた気分だぜ。普通にへこむわ。


「けれどもそんなことを言ったら口論になっちゃうし、そもそも私の意見を聞いたところで何の足しにもならないでしょ?」


「それも正論だね。言ったら怒られそうだけど」


「だから言わなかったわ。私の方で上手く探っておくわねって棚上げしたの」


「それでこの状況か。けど渡せる手土産がないんだよね」


 脈があるかないかの話なら、ないとは言えないって感じの曖昧な回答になるし。


「好きな人はいないのよね?」


「そこは普通、好きな人はいる? って聞くものじゃね?」


 いない前提で尋ねられたのは初めてだわ。根拠でもあんのかね。


「碓氷くんって酒臭くないのよね」


 は? そりゃそうだろ。


「だって飲んでないもん」


「そうじゃなくてね。私と先生は恋する人を酔っぱらいって揶揄してるのよ」


「ふむ。その表現は分からんでもないな」


 上条先輩も恋をしたら論理的思考が上手くできなくなったって言ってたし、それが酔っぱらってたからって理屈を添えられると納得もする。言い得て妙ってやつだ。


「視線の流れ。口角や眉根の高さ。頬や雰囲気の緩み。情緒の乱れやすさ。関心や敵意の方向。他にもあるけれども、その辺の情報を一気に読み取ったときに吐きそうになったら超高確率で相手は恋してるわね」


 なるほど。人間業じゃないからまったく共感できないね!


「その感覚をまとめると、酒臭いって表現になる訳だな」


 水谷さんが微笑み、ペットボトルに口を付けた。


「そんでもってその水谷センサーに引っ掛からんから俺が恋をしていないと?」


「……変な呼称をするのやめてくれる?」


「検討します。で、それって精度どんなもんなの?」


「98%くらいかしら。堂本くんのも1秒で分かったわよ?」


 自慢じゃないが、俺は宿理先輩に聞かされるまで彼女の存在を知らなかったぜ!


「じゃあ俺はその2%の方だな。好きな人がいるし」


「……本当に?」


「んー、思い込みかもしれんけどね。上条先輩にも懐疑的って言われたし」


「飛白先輩は知ってるのね」


「内炭さんも知ってるね。他は知らんはず」


 水谷さんが口元を隠した。これ、たぶん癖なんだよな。ボウリングの時もそうだったし。悪巧みをする前兆だと思った方がいい。


「取引しない?」


 ほらきた。取引なんて言葉。高校生の日常生活で聞きますかー?


「どんな?」


「一方的に秘密を聞くのは申し訳ないから私の秘密を担保にしようと思うの」


 担保なんて言葉。高校生の以下略。なんか色々と怪しくなってきたね。


 けど、この人って上条先輩の砂山の件をすぐに看破したんだよな。もしかしたら優姫が油野に告白することになった原因の、分からずじまいの例の2つの可能性+上条先輩がドーナツを食ってる時にも思い付いた1つの可能性に気付くかもしれんし。


「担保はいいや。ただ他言無用でお願いしたい」


「そんなのでいいの?」


「実は俺も持て余してるんだよね。そこそこ時間を貰っちゃうけど」


 という訳で上条先輩との会話内容をすべて話してみた。その結果、


「……」


 黙っちゃったよ。しかもめちゃくちゃ難しい顔をしてるよ。えー、碓氷くんって相山さんのことが好きなのー? ヒューッ! って言われた方がマシだよ。


「さっきの担保の話をしてもいい?」


 なんでだよ。そんなに重かったか。重かったよね。ごめんね。


「実は関係あるのよ。こっちの話とそっちの話」


「まじか。どういうこっちゃ」


「端的に言うわね」


 実は妊娠してますって言われたらどうしよう。


「私と圭介って実は付き合ってないの」


「………………は?」


 これ。本当に俺が聞いていいやつか?


「大丈夫よ。知ってる人って実は多いから」


「まじか」


「先生。美月。華凛。やどりん。堂本くん。寺村てらむらさん。久保田くんは知ってる」


 寺村って例のシンの彼女か。小動物系の垂れ目女子だな。本人の前でうっかりこれを口にしたらリアルカイシンの一撃を食らいそうだから気を付けないと。


「久保田も知ってんのか。ってか宿理先輩が知ってるのに噂が広がってないってのが驚きなんだけど」


「やどりんには口止めしてあるから。というか碓氷くんは驚かないのね」


「どっちかっつーと納得した。川辺さんと宿理先輩がたまにおかしかったんだよね。川辺さんにネトゲを見せた時も水谷さんと油野が出会ったツールって認識が消えかかってたし、紀紗ちゃんと2時間付き合った話をした時も川辺さんと宿理先輩の両方が『ああ、あのパターンね』みたいなリアクションだったから」


「隠し事をするのが苦手そうな2人だもの。しょうがないわ」


 水谷さんはなんでか知らんけど嬉しそうに笑ってる。


「この話をしたのってまだ優姫と油野でワンチャンあるからってこと?」


「あー、そこはごめんなさい。圭介は私に惚れてます。かなり酒臭いです」


 唐突な惚気に憤りを感じてしまいますよ。


「最初はお互いにある同性愛の噂を消すために付き合ったのだけれども」


「ああ、そうか。ゲイと百合のやつか。美男美女のカップルだから釣り合ってるし、裏があるって考えにならんかったわ」


「ありがと。その過程で圭介が私に惚れちゃったみたいでね」


「もう惚気はお腹いっぱいですけど」


「それが私も当てられちゃったみたいで」


「は? 結局は水谷さんも油野のことが好きなの?」


「心理学的な見地で言えばそんな現象と呼べない可能性もなくはないわね」


「まどろっこしいわ。認めろや」


「んー、今はそうでもないのよね」


「よく分からんな。もう冷めたってこと?」


「冷めたって言うとまた語弊があるのだけれども。かと言って好きじゃないとも言い難いというか。でも好きって言うにはエビデンスが不足してる気もするし」


「だからまどろっこしいわ。好きなの? そうじゃないの?」


「むー、それがね。一時的に感情が高ぶってキスしちゃったのよ」


 おっと。左脳フルドライブの水谷さんとは思えない行動だね。まじでびっくり。


「でもその後に、なんであんなことしちゃったんだろって冷静になってね」


 ふむ。これ以上を知ると油野を見る目が変わりそうで危うい気がする。


「まあいいや。話を戻そうか」


「ごめんなさいね。重かったわよね」


「その辺はお互い様だからいいけど」


 あっ、なんか閃いた。


「それってもしかして川辺さんが一週間ストレートで休んでた時のこと?」


「正解。一緒にかき氷を食べた2日前ね」


「道理でね。川辺さんが油野を殴って欲しいって言ってたからね」


「……あの子ったら」


 水谷さんは苦笑した。それでもどっか嬉しそうなのが気になる。ガチの百合か?


「じゃあ話を戻すけれども」


「はいよ」


「飛白先輩が示唆した3つの可能性。たぶん分かったわ」


 まじかよ。さすがは第二の悪魔ウォーターバレー。


「でも言うか迷うのよね。かなり重いっていうか」


「それでさっき難色を顔面に塗りたくってたのか」


「まあね。飛白先輩もたぶん言う気になれなくて突き放したんだと思う」


 そんなにかよ。あの悪魔が躊躇うほどの悪意を宿してるのかよ。


「確実に気分が悪くなると思うけれども。聞く?」


 そう言われるとなぁ。聞きたいけど。ちょっと覚悟がいるな。


「3つともそんなに重いの?」


「重いわね。私が偽装交際の話をしたのは本命の話に絡むからなのだけれども、これは特に重いわね。可能なら自分で気付いて欲しいってくらい」


「ふむ。気付けるもん?」


「碓氷くんと相山さんの件。飛白先輩からの情報。私と圭介の件。この3つがあれば解けると思うわね」


 たぶん、水谷さんは聞けば答えてくれる。


 けどそれは何というか。卑怯じゃないかなぁ。水谷さんの心にも負担を負わせちゃう訳だし。もう負わせてそうだけどさ。


「ちょっと考えてみる。ありがとね」


「どういたしまして」


 水谷さんは立ち上がり、おしりを両手で払った。


「結論、美月に脈ありってことでいいわよね?」


「あんたは何を聞いていやがったんですか」


「碓氷くんは巨乳好き」


「曲解にも程があんだろ」


「違うの?」


「違いませんけどね!」


「こんな夜分遅くに手土産をくださってありがとうございまーす」


「この辺はまじでリフィスそっくりだよな」


「あら? 褒めても何も出ないわよ?」


「貶してんだよ」


 皮肉の投げ合いをしながら帰路につく。


 今回の話で得た重要っぽい要素はこの2つだ。


 上条先輩は水谷さんと油野の関係を知らないのにその可能性に辿り着いた。


 水谷さんは自分と油野の関係をきっかけにその可能性に辿り着いた。


 ルートが違うのにゴールが同じ。


 それはきっとその2つのルートに大きな類似点があるからだと思う。


 どうしよう。1週間くらいで気付けなかったら水谷さんに頭を下げようかなぁ。


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