8/1 Mon. 友達の友達は友達?

 目覚めたら眼前に紀紗ちゃんの顔があった。


 当然、焦る。焦るけど、これ焦ることか? とも思った。


 これってフィクションだとおおよそ2パターンに別れる展開だよな。


 1個は明晰夢を疑うパターン。


 これは夢だ。まったくなんてリアルな夢なんだ。せっかくの夢だからあれやこれや試してみようって非論理的な考え方。


 夢じゃなかった場合のリスクとリターンが見合ってないんだよな。ここで俺が意識的に紀紗ちゃんを触ったらセクハラどころの騒ぎじゃない。社会的に死ぬか、紀紗ちゃんの奴隷に成り下がる未来が訪れる。


 もう1個は慌てふためくパターン。


 ラブコメで飽和してるやつな。久保田の好きなシチュエーションの1つでもある。アニメだと一人称視点で描かれることが多いから、まるで自分が主人公になったような気分を味わえるってことでオタクには人気みたいだ。鉄板ネタと言ってもいい。


 けどあれって反応が過剰ってか、リアリティがないんだよな。女子ならともかく男子があんなに取り乱すとか意味が分からん。命の危険があるわけでもあるまいし。貞操の危機があるわけでもあるまいし。男女が逆なら分かるんだけどね。


 まあ、なんだ。そんなこんなでさっきからずっと紀紗ちゃんと見つめ合ってる訳だが、埒が明かないからそろそろこの状況に決着を付けようと思う。


 起きたら目の前に美少女がいました。ってシチュに対する俺の答え。


 それは、二度寝だ!


 だってまだ眠いし。今日は紀紗ちゃんと会う予定もないし。夢かもしれないし。なんかめんどいし。はい、今日はここまで。ってことで目を閉じる。


 きっとこれが一番さー。さあ、聞かせて紀紗ちゃんのアンサー!


「キスのおねだり?」


 こんなリリックじゃダメだったね。もっとライムも考えないと。


「違います」


 目を開けたらさっきより近くに顔がある。危ねえ。やらかすとこだった。


 それにしても。中学生に添い寝させてるって絵面がやばいな。そもそもだけどさ。


「どうやって入ったの?」


「おかみさん」


「ん?」


「おはよ」


 挨拶が大事ってのは分かるけどね。今はちょっと違うかなぁ。


「おはよ。それで家にどうやって入ったの?」


 お隣さんの場合は幼馴染みのよしみで合鍵を渡してあるけど、これはガチの不法侵入なのではなかろうか。


「おかあさんに入れてもらった」


「んん? それって俺のオカン?」


「そう。インターホンを押したら出てきた」


 そりゃ出てくるよね。


「あれ。LINEとか貰ってないよね」


 枕元のスマホを確認してみる。川辺さんと内炭さんからLINEが来てるな。どうやら川辺さんの先攻らしい。内炭さん、初めて女友達の家に行くの巻。


「近くに来たから寄ってみた」


 営業職の常套句じゃないんだから。てか家が近いんだから理由として成立してなくないかそれ。毎日来てもおかしくない感じになっちゃうぞ。


「オカンもよく通したね」


「わたしのこと憶えてた。大きくなったねって言われた」


 身長の話か。


「それでおかみさんと遊ぶ予定って言ったらあがっていいって」


「……嘘じゃん。ダメだよ、そういうの」


「嘘じゃない。わたしはおかみさんと遊ぶ予定。おかみさんの予定は知らない」


 こういうのを知ると本当に姉妹だよなって思う。宿理先輩よぉ、妹に悪影響を与えないでおくれよ。


 んー、どうしようか。時刻は8時半を回ったとこだけど。


「紀紗ちゃん、朝ご飯は?」


「食べる」


 食べたかどうかの質問だったのになぁ。


 まあいいや。紀紗ちゃんにはダイニングまで先に行って貰い、俺は着替えて朝の支度を済ませたら冷蔵庫に直行する。オカンはもう仕事に行ったみたいだ。お手軽3点セットで済ますか。


「トースト。ベーコンエッグ。コーンスープでいい?」


「スクランブルエッグがいい」


 まあいいけど。男子は朝から肉を食べたいのです。肉を。


「じゃあスクランブルで。ベーコンも焼くけどいる?」


「いる」


 飲み物は紅茶だ。ティーバッグでヌワラエリヤを出した。ストレートで飲むならやっぱこれが良い。ダージリンはなんか合わないんだよな。


「おいしい」


 淡々と食べてく紀紗ちゃんを眺めながら俺も飲み食いして、


「そういや女1人だと入りにくいって言ってたのになんで俺の部屋に入ったの?」


 後片付けの時に疑問を覚えたから尋ねてみた。


「おかみさん。わたしを女子って見てないから」


 ふむ。これはこれでよくない気がするね。女子のガードは固い方がいい。


「お手を拝借」


 手を差し出すと、紀紗ちゃんは躊躇なく右手を預けてくれた。それを俺の左胸に当てる。口を開けて驚いてくれた。


「心音が早い」


「可愛い子と2人きりだからね」


「どきどきしてるってこと?」


「だね。男なんて外側はクールぶったりかっこつけたりするけど、内側は大体がこんなもんだよ。油野だって仏頂面の内側では水谷さんにどきどきしてるんだよ」


「そうなんだ」


 紀紗ちゃんの右手をお返しする。


「だから簡単に男の部屋に入ったらダメだよ? 赤ずきんになっちゃうからね」


「……おかみさんに襲われる?」


「狼ね。そこは間違えないでね」


「分かった」


 承諾を得たから後片付けをパパっと終わらせて、


「おかみさんの部屋に行こう」


 分かってねえじゃん。全然ってくらい分かってねえじゃん。まあいいけどさ。


 部屋に戻ってきたらまずパソコンを立ち上げた。いつもなら顔を洗う前にやる行動なんだけどね。


 今回もダイニングからかっぱらってきた椅子をパソコンラックの手前に置き、モニターの画面を紀紗ちゃんにも見えるようにしてるが、前回と比べて俺との距離が近い気がする。こうした方が見やすいのは確かだから黙ってるけど。


 まもなくスタートアップに入ってるディスコが起動して、ネトゲのサーバーを見てみたら新しいテキストチャンネルができてた。


【#オフ会のお知らせ】


「オフ会?」


 紀紗ちゃんの目にも留まったらしい。


「ゴールデンウィーク、お盆、年末のどっかで毎年1回はやるんだよ。多いと3回ともやるけどね」


「200人も集まるの?」


 サーバーの所属メンバーがオンラインー81、オフラインー201って出てるからそう思ったのかねぇ。


「すごく集まったとしても30人くらいじゃないかな。毎回15人くらいは絶対に集まるみたいだけど」


「多いような。少ないような?」


「どうなんだろね。日本全国から集まる人数が15って言うと少なく聞こえるかもだけど、スケジュールを合わせて特定の場所に集まるって難しいんだよ」


 言いながら詳細を確認してみる。日程は8月13日の土曜と翌日曜の2日間。場所は大阪。二十歳未満の参加者はおっさん達が飲食費、宿泊費、交通費を出してくれるとのことだ。なお、二十歳未満の女性はソロでの参加不可能となっている。ゲームと無関係の人でもいいから付き添いを用意するか、保護者とオフ会の幹事が話をして承諾を得た場合のみ参加可能だ。


「きびしい」


「まあ、何かあった時のことを考えるとこれくらいはしないとね。バカの1人がその女の子を襲っちゃったら、そのオフ会に参加した全員が犯罪者扱いでSNSに晒される可能性もあるし。そうなったらその人達は超高確率で職を失う上に、家族や恋人にも距離を取られちゃう。当然、一番可哀想なのはその女の子なんだけど、男にも一応は人生とか守るものってもんがある訳でして」


「じゃあ女子の参加を禁止にすれば?」


「それはそれで叩かれるんだよね。男女差別かよってフェミが暴れるんだ」


「……むずかしい」


「現実問題、ミソジニスト女嫌いミサンドリスト男嫌いの問題は割と深刻みたいだね。みんな仲良く! って小学生のクラス目標みたいなことを幹事がちょくちょく言ってるもん。しかもそこにフィロジニスト女好きが絡むとクソゲーレベルのややこしさになるんだ」


「……オフ会やめればいいんじゃ」


「そうなんだけどね。けどここの仲間が一番信頼できるって人もいるんだよ」


「じゃあその15人くらいの人達だけで集まれば?」


「1回それあったみたいなんだけどね。後で大問題になったんだ」


「……なんで」


「参加者の1人が酔った勢いで当時の話をしちゃって。それを聞いた、不参加だったけど参加したかったって人が除け者にされたって怒った」


「……あー」


「ここまで人数が多いとね。AさんはBさんが来るなら参加するけど、Cさんが来るなら参加しない。BさんはCさんが来るなら参加する。CさんはAさんとBさんがいるなら参加したい。とか謎解きクラスの相関図ができちゃうんだよね」


 実際にさっきの例え話は、この人が来るなら来ないって複数の意見が出たから誘うのをやめたが、本人は嫌われてる自覚を持ってないから幹事に嫌がらせをされたと勘違いを起こしてしまった。幹事さん、とばっちり。


「やっぱむずかしい」


「この人数のオフ会って握った10本の針に糸を一発で通すくらいの難易度だと思うんだよね。ほぼほぼ何かしらの要素で不満が出てくるから」


 紀紗ちゃんがしょっぱい顔をしてる。本当にね。大人になってから小学校の教えが身に染みるそうだよ。人が嫌がることをするなとか。みんな仲良くしましょうとか。相手の気持ちになって考えなさいとか。元気よく挨拶しましょうとか。暴力はいけませんとか。口は出しても手は出すなとか。そういうの。


「とりあえず参加者でも見てみるか」


 参加。不参加。未定。のいずれかのコメントを打つと誰かが勝手にまとめてくれるシステムだ。未定の人が補足で『〇〇さんが参加するなら』って条件を書いてたりもするが、シュク=やどりんを知る人が少ないから騒ぎは起きてないっぽい。


「おもしろい」


 紀紗ちゃんの口元が緩んでる。なんだろ。面白い部分が分からない。


「変な名前が多い」


「あー」


 ネットの世界にどっぷりいってない人からするとそうかもしれないな。


「ラードって」


 声に出して笑ってる。珍しいな。そんなにツボるかね、これ。


「ラードさんはブタさんって愛称で呼ばれてるウィロビーさんのフレンドだね」


 ラードさんのアイコンを表示させてあげる。


「ブタさんだ。なんでブタさん?」


「養豚場で働いてるらしいよ」


「ブタさんがブタさんのお世話をしてるの? おもしろい」


「それが餌を貰ってる側らしいんだよね」


「……え」


「養豚場で育てられてるブタのロールプレイをしてる人」


「頭おかしくない?」


「否定はできない」


 そう言いつつもお互いが笑ってる。


「この人は女の人?」


 紀紗ちゃんが指さしたのは、みやこという名前の人だ。


「みやこさんは男性の大阪人だね。この人もウィロビーさんのフレンドで、初見のみやこって二つ名がある」


「初見殺し?」


「いや、誰が相手でも『初見です』って挨拶をするんだ」


「え。初めましてじゃない人でも?」


「うん。俺も最初はなかなか覚えて貰えないなーって思ってたけど、5年以上の付き合いがある人が相手でもそう言ってるからね」


「頭おかしくない?」


「否定はできない」


「このいかって人は? これも人じゃない?」


「イカスミさんだね。この人もウィロビーさんのフレンドで、いかぬみって呼ばれることもある。いかって略される方が多いみたいだけど」


「いかぬみ? なんで?」


「ネトゲとかって禁止ワードがあるんだけどね。例えば殺すってコメントしようとすると、殺って字が伏せられて表示されたり、そもそも発言が反映されなかったりするんだ。そんでもって『カス』が禁止ワードなんだよね」


「あー、イ、カス、ミだから」


「そういうこと。あのネトゲだと発言不可になってるから名前を呼ぼうとしても呼べないんだ。それでカタカナのスとヌが似てるからイカヌミって呼ぶみたい」


「あだ名にも色んな理由があるんだね」


「おかみさんだって相当だと俺は思ってるけどね」


「よくない?」


 どうでしょう。インパクトはあるけどね。


「ちなみにイカスミスパゲティってヴェネツィアが発祥だから、いかぬみさんはイタリア生まれって公言してる」


「本当にイタリア生まれなの?」


「日本生まれの日本育ちだね」


「頭おかしくない?」


「否定はできない」


「この人もロールプレイ?」


 次に紀紗ちゃんの興味を引いたのは、家猫のノラという人だ。


「この人はウィロビーさんのフレンドのなんたらさんって人のフレンドだからそこまで接点がないんだよね。作家さんらしいよ」


「そうなんだ。猫の作家さん?」


「なのかなぁ」


「家猫なの? 野良猫なの?」


「動物分類学で言えば野良猫も家猫に分類されるんだけどね」


「そうなの?」


「野生の猫って存在しないからさ。一応は狭義で放し飼いしてない飼い猫のことを家猫って括ることもあるし、その対義を野良猫ってする場合もあるけどね」


「むずかしい」


「二律背反的なやつだと俺は思ってるけどね」


 それからも紀紗ちゃんは指をさしては質問をしてきて、30分くらいが経ったくらいで少し複雑そうな顔をし始めた。どうしたんだろ。前に上条先輩が言ってたフレンドの多さがなんちゃらってのが原因なのかね。


「おかみさん」


「なんざんしょ」


「今の人達って全員が『ウィロビーさんのフレンド』みたいなのだった」


「……はい」


 気付かれてしまったか。


「おかみさんのフレンドはいないの?」


「えっと。リフィスとか。クボとか。シュクとか。カイとか。シンとか」


「それ。ネットの友達じゃないよね」


 またしても気付かれてしまったか。


「おかみさんって友達が多いんだなって思ってたけど」


 紀紗ちゃんが小首を傾げて尋ねてくる。


「フレンドのフレンドはフレンドなの?」


「……どうなんだろ。フレンド登録はしてるけど」


「わたしとおかみさんは友達。おかみさんとブタさんはフレンド。つまりわたしとブタさんはフレンド?」


「いやぁ、紀紗ちゃんはブタさんとフレンド登録してないしなぁ」


「友達は登録制ってこと?」


 そうじゃない。友達は気付いたらなってるもんだ。俺の場合は一緒に遊びに行くとかの条件を作っちゃってはいるけど。決して登録制ではない。


「んー、難しいね」


「むずかしい」


 無駄に難しく考えてることになんか笑えてきた。紀紗ちゃんも笑う。


「そいえばおかみさん」


「はいよ」


「これあげる」


 紀紗ちゃんがミニリュックから2枚のチケットを出してきた。


『サラ用命令券――やどりん』


『リフィス用命令券――きさ』


 ボウリング大会の時に発行した命令権改め命令券だ。


「リフィスさんのことよく知らないから」


 まあ、そっちは分かるが、


「なんで宿理先輩のチケットを持ってんの?」


「圭介が宿理とトレードして、それを預かってきた」


 まじか。宿理先輩はリフィスの命令券が欲しい訳だし、確かに交換条件は成立するけど、それを俺に渡してくるとは思わなかった。


 実質的な権利放棄。これはボウリング大会終了後にリフィスと俺でもやった。お互いが命令される回数を1回減らすためにね。


 だから俺の手元には俺用の命令券がこれで2枚あることになる訳だが。


「紀紗ちゃんに得がないけどいいの?」


「いい。命令したいことないし」


 ちょっと感動した。宿理先輩なら絶対に条件を付けてきてる場面だ。


「でも。お願いを聞いて欲しい」


 いいよって即答したいとこだけど。ちょっと付き合って欲しいのやつだったら困るしな。内容を先に聞こうじゃないか。


「どんな?」


「料理を教えて欲しい。たまにでいいから」


 予想外すぎた。そんなの油野でいいじゃん。宿理先輩も最低限はできるし。


「いいけど。師匠が俺でいいの?」


「おかみさんが良い。上手だし。あと先輩になるし」


「先輩?」


「4日。体験入学に行く。来年、わたしも料理研究会に入る」


「まじか。全学年に油野が勢揃いになっちゃうね」


「そう。やどりんやどりんうるさいかな?」


「うるさいと思うね。ロバを売りたくなったら付き合うよ」


「付き合ってくれるんだ」


「ロバを売るのにね」


「……強調しなくても」


「紀紗ちゃんはある意味で上条先輩とか水谷さんくらい気が抜けないからね」


 くすっと紀紗ちゃんは笑って、上目遣いで俺を見てくる。


「来年、よろしくね? おかみ先輩」


「そこは碓氷先輩にしようか」


 最近、人間関係で色々とあったせいかもね。


 こういう日常も悪くないなって思った。


 これが本当のハッピーマンデー。なんつってね。


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