7/5 Tue. 起承転結に届くまで
出る杭は打たれるって言葉があるが、あれって色んな解釈があるよな。
例えば、出過ぎた真似をしたら頭をぶっ叩いて他の杭と高さを揃えるって解釈。
個性を奪うって観点で言えば、我々高校生みたいに制服や通学用のリュックを学校指定のものに限定させるのも似たようなもんだ。私服OKにすると「なにあの服、ダサすぎw」っていじめも出てくる。だからいじめっ子に出る杭を打たせないように無個性な服装をさせてる訳だ。出る杭の良い使い方と言える。
例えば、出過ぎた真似をしたら頭をぶっ叩いて地中に沈めるって解釈。
邪魔者は邪魔にならない形にしてしまうのが最良ってことだな。下手に放置してるより問題が発生しなくなるし、排除して何らかの悪影響が起こらないなら間引くのも悪くない手と言える。社会人で言う左遷や一方通行の出向がこれに近いかね。論理的かつ合理的だから俺的には好みの出る杭だ。
例えば、出過ぎた真似をしたら頭をぶっ叩いて綺麗に並べるって解釈。
1つめに似てるが、こっちは同調圧力の方だ。みんなこの高さになってんだからお前もこの高さになっとけって感じだな。正直、俺はこれが嫌いだ。ママ―、みんなスイッチ持ってるから僕にも買ってーってくらいアホな理屈だと思う。みんなって誰だよってやつな。過ぎた主観で他人に自分の要望を強いていいのは小学生までだろ。この世から消えて欲しい出る杭の1つだ。
例えば、出過ぎた真似をしたら頭をぶっ叩く。なんかむかつくしって解釈。
自己中丸出し。主観全開。ジャイアン的思考のどうしようもないバカのすることじゃないかね。これは考察や評価に値しないな。だってバカの考えてることって論理性も合理性もないし、過度な感情でものを語るって癇癪を起こすガキと大差ないだろ。この年になってそれも分からんかったら発達障害だわ。
なんでこんなことを思ってるかと言うと、目の前にハンマーを持ったやつがいるからなんだよな。当然、比喩だ。どうやら俺は出る杭の扱いらしい。
「お前さ。調子に乗ってるよな」
ぶっちゃけ名前が分からん。クラスメイトなんだが、記憶するのが脳の無駄遣いな気がして覚えてない。8組の中だけで言えば一二を争うイケメンだ。
つっても、油野やリフィスっていう一級品を知ってるせいで、こんな髪型を今風にして、ちょっとメイクもして、眉毛とかも整えて、やっと雰囲気はイケメンかなって程度のやつなんか値引きシールの張られてるワケアリの野菜みたいに思える。美味しいけどね。ナスとかよく傷が入ってるってだけで安くなってるし。ありがたいよ。
だけどな。こいつはワケアリはワケアリでも消費期限間近ってタイプのワケアリなんだ。なんかもうね。中身が腐ってんだよ。腐臭が漂ってんだよ。
これは持論だが、調子に乗ってるってセリフを吐くやつがまず調子に乗ってんだよな。そもそも調子の原点はどこだって話よ。定義をくれや。
困ったもんだね。4限が終わって部室に行こうとしたら今日も川辺さんに声を掛けられて、数分くらい世間話をしてから教室を出たところ、技術科棟に続く渡り廊下の途中でこいつに捕まった。わざわざダッシュで追いかけてきたのかねえ。
ご苦労なこった。そんな呆れてる俺に名称不明は明らかに見下してる顔を見せた。
「なんだお前、びびって声も出ないのか」
あらまあ都合の良い考えですこと。
「もう行っていいですか?」
おおぅ。確認したら笑われてしまったわ。
「敬語って。どんだけびびってんだよ。オレってそんなに恐く見えるか?」
バカにしか見えません。てか質問に質問で返すならせめて回答を付けろや。
「まあ今回は許してやるわ。けど川辺にちょっかいを出すようならボコるからな?」
ふむ。この辺でいいか。俺はズボンのポケットからスマホを出した。
「なんだ? 仲間でも呼ぶのか? クラスじゃぼっちだけど油野とも仲が良いみたいだもんな。いいぜ。呼べよ。そんかわしこっちも呼ぶぞ? 俺、
「……」
「なんだ? 呼ばないのかよ、チキン野郎。これに懲りたら二度と調子に乗んな。てか学校にくんな。目障りなんだよ。このクソ陰キャ」
「…………はい、カットー! おつかれっした!」
三文芝居を披露してくれた名称不明に拍手を送る。
「なんだこいつ。頭おかしいんじゃねえか?」
「失礼だな。至って正常だわ」
「おい、なにタメ口きいてんだよ」
「俺は初対面相手には敬語で話すって決めてんだよ。それをお前が勝手にご都合主義のお花畑な頭で自分にびびってるって解釈をしただけだろ」
名称不明が分かりやすく苛立ちを見せた。具体的に言うと手がグーになった。
「お前、まじでボコるぞ?」
「笑わせんな。本気でそう思ってんなら油野や佐藤みたく先に手を出してんだよ。お前はただイキってるだけのアホだ」
最近は女子の赤面ばっか見てたから男子が顔を赤くしてんのは新鮮味があるな。とりあえず本当に殴られる前に先手を打とうか。
「ちなみに呼び止められた直後から録音してたんだが」
「はぁ?」
「これってたぶん学校に提出したらいじめの証拠として扱ってくれると思うんだよなぁ。敬語で話す俺に対してお前は高圧的な態度で、ボコるだの、学校に来るなだの、目障りだの、クソ陰キャだのと言ってた訳だし」
教師に報告する時も録音しておいて、反応が悪かったら合わせてネットにアップするって示唆をすれば親身になってくれるだろうしな。
「お前、卑怯じゃねえのか」
「暴力や後ろ楯の存在をチラつかせて脅そうとする方がよっぽど卑怯で愚かだわ」
「うるせえな! それ寄越せ!」
「今度は強盗かよ。犯罪者予備軍にでも従属してんのか?」
「犯罪はお前だろ! 盗聴なんて汚い真似をしやがって!」
「盗聴?」
なに言ってんだこいつ。
「しらばっくれんな! オレの許可なしで勝手に録音してただろ!」
「してたけど?」
「だから盗聴だろうが!」
「まさかとは思うが、盗撮と混同してんのか?」
「あ?」
「そもそも盗撮も犯罪になるのとならんのがあるが、被写体の許可を得ずに勝手に撮影すんのは盗撮でほぼ違法だ。けど勝手に録音すんのは秘密録音ってやつで合法だ」
見るからに理解できてないっぽいな。補足するか。
「盗聴は読んで字のごとく盗み聞きのことだ。本人がその場にいなかったり会話に参加してなかったりするのに盗聴器を使って聞くとか、会話の参加者に録音を依頼して後で聞くとかな。今回は俺本人が聞いてんだから盗み聞きって理由で怒るのはおかしいだろ。こんなんメモをとってんのと同じ扱いなんだよバーカ」
「お前っ!」
「言っとくが、ここで暴力を振るえば録音の内容に真実味が帯びるだけだぞ?」
名称不明の目がスマホにいった。分かりやすいな。
「もう録音データはクラウドに移したからこのスマホを奪おうが壊そうが無意味だ。罪を重ねたいなら好きにしろ」
こっちからスマホを差し出してやった。日曜に撮ったリフィスの写真はバックアップを取ってないから宿理先輩に申し訳ないが、そろそろスマホを新しくしたいなって思ってたしな。さあ壊せ。いま壊せ。すぐ壊せ。そして弁償しやがれ。
だが名称不明は手を伸ばさずに、
「覚えてろよ」
伝説の捨て台詞を吐いた。リアルでこれを言うやつってまじで存在すんのか。
「こらこらお前こそ弱みを握られたことを覚えとけよ。このまま去ったら明日からクラスでの居場所がなくなるかもしれんぞ?」
「俺にどうしろってんだよ!」
とうとう逆ギレですよ。
「とりあえず謝れや」
名称不明は小さく舌打ちし、そっぽを向いて言った。
「悪かったよ」
「アホか。そんなんで罪が許されるなら裁判も示談も必要ねえんだよ」
名称不明は小さく嘆息する。そして背筋を伸ばし、頭を下げた。
「オレが悪かった。碓氷、許してくれ」
「謝る相手が違うんじゃボケェッ!」
唐突に怒鳴られて名称不明が凄い勢いで上体を起こした。めっちゃびびってる。
「俺が許せねえのはなあ。川辺さんを呼び捨てにしたことなんだよ!」
そう。このボケは我らみっきー教徒の女神を冒涜したのだ。許せるはずもない。
「そもそもなぁ! 俺も困ってんだよ! あの子! なんか無邪気に話しかけてくるし! 周囲の視線はきついし! シカトしたらそれはそれで文句を言われそうだし! 川辺さんもしょぼんってしそうだし! どうすりゃいいんだよ! なあ!」
名称不明は唖然としてる。俺だって好きで出る杭になってる訳じゃねえんだよ。
「いや、その、すまん。そうだよな。碓氷って静かなのが好きそうだしな」
「静かってか俺は悪目立ちしたくないんだよ。ひっそりと過ごしたいんだよ」
「……なんか嫌な思いでもしたのか?」
「さっきお前に絡まれたな」
「申し訳ない」
正直に謝れるじゃねえか。
「あとさっき言ってた塚本って2年5組のか?」
「そう、だけど。知ってんの?」
「同じ中学だしな。そっちはサッカー部か?」
「そう。碓氷も塚本先輩と仲が良いのか?」
「中2の時にな。宿理先輩にちょっかい出すなって校舎裏に呼び出された」
そのお陰でよく知らんやつに声を掛けられたら録音するようにしてる。
「……申し訳ない」
「気にするな。塚本の弱みもちゃんと握ってあるからもう俺には逆らえない。たぶんさっきお前がヘルプコールしたとしても俺の名前が出たら逃げたと思うぞ」
「お前、凄いな」
「人の弱みを握るのは陰キャの嗜みだからな。とりあえずは年内に1年の陽キャ全員の弱みを握る予定だ。そして人目を気にしなくていい高校生活を過ごすんだ」
「壮大な計画の割に細やかな望みなんだな」
「壮大でもないけどな。弱みをバラされたくなかったらお前の知ってる他のやつの弱みをバラせって言うと芋づる式で情報が増えてくし」
名称不明の頬が引きつった。冗談だよ、冗談。そんなことしたら逆にこっちの弱みになるし。久保田と2人で情報共有しながらコツコツやってんだよ。
「お前だけは絶対に敵対したらいかんってよく分かった。もしかして碓氷と友達って言ったら塚本先輩の執拗なしごきが減ったりするか?」
「川辺さんを呼び捨てにするやつとは友達になれんな」
「そこは直す。だから名前だけ貸して欲しい」
「貸すだけだぞ。お前の弱みも握ったままだからな」
「おし。それでお釣りが来るくらいきついんだよ。まじで助かる」
こうして俺は雰囲気だけイケメンの友達(仮)ができた。これで授業でペアを作って何かする時も安心だ。こいつには既にペアを組む相手がいると思うけど、一睨みでもすればこっちに来るだろ。やったね。これも女神のご加護かね。
初めは持ってるハンマーをぶんどって頭をかち割ってやろうかとも思ったが、頭が悪いだけで根はそこまで悪くないのかもしれない。この、なんだっけ。
「ところでお前って誰だっけ」
「……
この浅井ってやつはな。
「ちなみに碓氷は川辺さんとなんで急に仲良くなったんだ?」
「端的に言えばショッピングモールで水谷さんとはぐれちゃってたから一緒に探してあげたんだよ。スマホで連絡が取れない状態だったみたいでなぁ」
「……お前、普通に良いことして好かれてたんだな」
頷いていいのかな。実際は一緒に水谷さんをストーキングした訳だけど。
ついでに1つ2つ要求をしたら部室へGO。今日も今日とて内炭さんは1人でいつもの席に座ってた。スマホを見ながらにやにやしてるのが実に気持ち悪い。
俺も席につき、早速とばかりに弁当箱とほうじ茶を長机に置く。
「ねぇ」
なんか笑えた。なんだかんだで俺はここでの時間が好きなのかもしれんわ。
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