7/4 Mon. 起承転結の向こう側

 我が校の1年の期末テストは13科目ある。月火水に3科目、木金に2科目。テストを終えた後は4限まで通常授業を行い、午後放課となる。原則として部活動は禁止だ。大会が近くて実力のある部だけが特例で活動を認められる。


 まあ、部活動が禁止なだけで部室の使用は禁じられてないから俺はまだ帰らないんだけどね。弁当を持ってるし、帰ってもぼっちめしだし。


 内炭さんがいるかは分からんけど部室に行ってみようかね。彼女をぼっちめしから救うという名目で恩を売り、自分のぼっちめしを回避するという完璧な作戦だ。いなかったら泣いちゃうんだからねっ。


 という訳で、川辺さんの再臨でここ最近の中では幾分か穏やな空気が流れる教室をさっさと出ていこうかね。


「あっ、碓氷くん、またねー」


 心臓が止まるかと思った。少なくとも教室内のざわめきは止まった。


 なんてことをしてくれたんだ、川辺さん。


 自慢じゃないが俺の名前を知ってるクラスメイトなんかいいとこ半分だ。実際に碓氷って誰だよって顔をしてるやつも多く見当たる。こんなことをされたら顔も名前も覚えられるし、みっきー教徒から迫害を受けてしまうわ。


 さあ、考えろ、ウルフ1。スルーか、返事か。どう対応するのが正解だ。


「またね、川辺さん」


 てか笑顔で挨拶されたのにシカトはないよな。そんなことしたらみっきー教徒から流刑に処されるわ。進むも地獄退くも地獄ならば俺は世界に反逆するね。


「そういやリフィスに例のシュークリームを頼んどいたから、テスト期間が終わったら油野と宿理先輩も呼んで食べようか」


『リフィス』と『シュークリーム』で調べればリフィスマーチという、やつの働く洋菓子の店がヒットする。抹茶味のことをわざわざ『例の』なんて言ったのは興味を引くためだ。油野姉弟の名前も出しておけばさらに宣伝効果は高まるってもんだ。今度あのイケメンに宣伝費を請求しよう。


 案の定、何割かの女子と多数の男子がスマホをいじり出した。くっくっくっ。愚か者どもめが。まんまと惑わされおって。いつの間にか川辺さんと親しい感じになってることに対するヘイトをかき消してやったわ。


「やった! ありがと! 楽しみにしてる!」


 川辺さんが満面の笑みを見せたことでさらに周囲の関心を引けたようだ。今のうちにフェードアウトしよう。手を振って廊下に出たら普段の倍速で歩いていく。


 あっぶね。昨日のうちに「あれー? リフィスさんとこのお店に抹茶のシュークリームってないんですねえ。川辺さんはとても美味しかったって言ってましたよ? あんたらの尾行を中断してまで食べようとした抹茶のシュークリームがね。もしかしてだけどー、あれより美味しいのを作る自信がなかったりします?」って煽り倒しておいてよかったぜ。川辺さんと宿理先輩の好感度も上がるし、油野の野郎も洋菓子は好きだから恩を売ったことになるし、リフィスからは宣伝費が入るし、一石で何鳥を落とすんだって感じだよな。我ながら己のセンスが恐ろしいぜ。


 それ以上に川辺さんが恐いけどな。昨日、あの後になんやかんやでゲーセンとかで一緒に遊んで、リフィスと水谷さんは車で帰ったから、まだ明るかったけど一応は川辺さんの家まで自転車で付き合ったんだが、帰路の途中で油野への愚痴で盛り上がったせいか、或いはごっこ遊びで親近感が湧いたせいか、やたらと精神的な距離感が近い。昨日の夜だってLINEが来たしな。今から寝るーってどうでもいいやつだが。


 兎にも角にもメシだ。いつもより人気を感じない技術科棟に渡り、2階に上がって左折する。家庭科室を通り越した次のドアをスライドさせ、


「ねぇ」


 早すぎだわ。今世紀最速の『ねぇ』だわ。


 俺的にこの『ねぇ』は昼休みの起承転結で言う承の部分に当たるとこだと勝手に思ってるのに、起に当たる俺の登場とほぼ同時に承が始まっちゃってんじゃんよ。


「どうした?」


 返事をしながらの入室。内炭さんはいつもの席にいた。やや憮然とした感じだ。俺は俺でいつもの席へと向かい、


「私、油野くんのことが好きなんだけど」


 転に入っちゃったよ。なんだよこれ。内炭トークのダイジェスト版かよ。はい、今日はここまでって言って結に入っちゃえばいいのかよ。


「……知ってる」


 俺は油野席に通学用のリュックを置いて自分の席に座った。弁当箱とほうじ茶を長机に乗せ、その間も真正面からどこか刺々しい眼差しが飛んでくる。


「なんだね。土曜日の聖地巡礼が気に入らなかったのかね」


「その節は大変ありがとうございました。お陰様でお招きされた際の妄想のクオリティが格段にアップしました。また次の機会があればよろしくお願いいたします」


「検討しよう」


 弁当箱の蓋を開けてみる。今日はラッキーデーのようだ。赤い玉や森が見当たらない。部室に来た意味の半分が消滅してしまったな。


「ところで碓氷くん」


 内炭さんの視線には変わらず険がある。よく見るとクマもある。寝不足か?


「どうした?」


「私、あれからずっとそわそわしてしまって勉強もままならないんだけど」


「油野家訪問の刺激が強すぎたってことか? じゃあ次は」


「行きます」


「けど勉強や睡眠に差し支えがあるってなるとなぁ」


 一口サイズにカットされた厚揚げとピーマンの煮物を口に入れる。やや甘めの煮汁を吸った厚揚げとピーマンの苦みが絡み合って美味い。


「そうじゃないの」


 何がだよ。口内に食べ物があるからツッコミ不可能だ。まあ白米を口に追加投入するんですけどね。マイペースでもぐもぐしてる俺に内炭さんは顔をしかめて、


「あの写真ってどうなってるの?」


 あぁ。まじで忘れてたわ。ほうじ茶で口内を綺麗にするか。


「油野家の前で撮った記念写真のことか」


「それよ。いつになったら届くのかなってワクワクして眠れなかったのよ」


 想像を絶するくらいどうでもいいことで体調不良になってんのな。そもそもが、


「俺ってあの写真を送るって言ったっけ?」


「……は?」


「は? じゃなくて。内炭さんは写真を撮ったらまずいか? って俺に聞いて、俺は本人に聞いてみるかって返して。そっからは俺が勝手に撮っただけじゃね?」


「……は?」


「いや、は? じゃなくて。あれは俺個人の都合で撮影した俺の記念写真じゃん。写真を撮りたかったなら自分も撮ればよかっただけでは」


「……は?」


 あっ、なんか内炭さんの目尻に涙が浮かんできた。そこまで期待してたのか。


「前にも言ったけどな。油野はフリー素材だからいいとして、他に人が映ってる写真は俺の独断であげることができないぞ?」


「……相山さんの許可を取ればいいってこと?」


「そういうこったね」


 内炭さんが俯いた。恋のライバルに頭を下げるのに抵抗でもあんのかな。


「だめって言われたら殴っちゃいそうなんだけど」


 おっと。想像以上にバイオレンスな結論が出たわ。


「んー、あの時に俺が写真を何枚くらい撮ったか覚えてるか?」


「5か6枚くらいだったと思う」


「5枚だな。あれ実は5枚とも違う写真なんだよ」


「そうなの? 笑ってなかったからもう1枚。とかそんな感じで撮ってたから同じ構図で何枚も撮ってたと思ってたんだけど」


「1枚目は両手に花で顔がやや緊張気味の油野圭介単品」


 ガタッ! と内炭さんが勢いよく立ちあがった。


「それ。フリー素材ってことよね?」


「いらすとやと同じだな」


「素晴らしいわ。素晴らしいわよ、碓氷くん」


 拍手をしながら内炭さんが席に着いた。早くもご機嫌だね。


「2枚目は3人とも上手く笑えてないバストアップ写真」


「むぅ。それは相山さんの許可次第ってことになるのね」


「そうだな。まあ優姫が許可を出さなかったら内炭さんも許可を出さないと思うから共倒れになっちゃうし。それなら2人ともが貰う方が建設的じゃないかって説得したら簡単に頷くとは思うぞ」


「なるほど! 碓氷くんってそういう人の弱みに付け込んで心をコントロールするのが本当に上手ね! 尊敬するわ!」


 あれ。褒めてるようでディスられてね? これ、ディスられてね?


 まあいいか。二度とそんなことを吐けないようにしてやる。


「3枚目。優姫が見切れてる、内炭さんと油野のツーショット写真」


 内炭さんがぽかんとした。想定外の反応だ。信じられないのかね。


 俺はスマホをいじってその写真を見せてやった。


「……前から思ってたんだけど」


 そのお宝写真に釘付けになりながらも内炭さんは呟いた。


「碓氷くんって天才なんじゃないかしら」


 ふっ。バレてしまっていたか。


「そんなにおだてても油野の写真しか出ないぜ!」


「きゃー! 碓氷くんは天才だわ!」


 テンション高すぎ。この状態で「まあ、あげるとは言ってないけど」って言ったら普通に刺されそうだよな。


「つまらないものですがお納めください」


「詰まります! めちゃくちゃ詰まります!」


 LINEで送ってやったらしばらくきゃーきゃー煩かったから俺は黙って弁当を食うことにした。5分後くらいかな。ひとしきり騒いだ内炭さんは背筋を伸ばして、


「4枚目はどんなの?」


「内炭さんが見切れてる、油野と優姫のツーショット写真」


「それこそつまらないものじゃないの」


 俺もそれは否定しないが、もう少し言い方ってもんがあると思うんだよな。


「いっそのこと消しちゃわない?」


 俺、高校に入ってから乙女心ってやつに不信感を抱きっぱなしなんだが。


「これはこれで使い道があるからダメ」


「……警察の厄介になるようなことはしちゃダメだからね」


「しないしない」


「……言い方が軽すぎて不安なんだけど」


「大丈夫大丈夫」


「……」


「……」


 俺ってそんなに信用ないですかね。内炭さんのために色々とやってるのに。


「まあ、いいでしょう。5枚目は?」


「目的通りの油野家をバックに置いた全体写真だな」


「と言うことは実質的に4枚貰えるのね?」


「優姫が許可を出せばコンプリートもいけるけど」


 途端に内炭さんの目が据わった。


「貰ったら相山さんの顔を黒く塗り潰すことになるけど」


 恐ろしい。間もなく待ち受けにしたっぽい油野とのツーショット写真を見てにやにやし始めたことも恐ろしい。情緒が不安定にも程がある。


 最近よく思うんだが、油野さえいなくなればこの2人はもっと仲良く、それこそちゃんとした友達になれると思うんだよな。


 有史以来、油野が悪くなかったことなんか一度もない。


 確か久保田が言ったセリフだ。当時はそのフレーズが面白くてみんなでよく言ってたが、ここんとこの周囲の環境を鑑みるとあながち間違ってないと思えてくる。


 内炭さんと優姫の関係に関しては俺が両方を応援するスタンスをとってるのも原因の1つかもしれんし、そのうちにでも親睦会みたいなものを開いてみますかね。

 

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