氷と炭は愚痴で交わる

かがみ

6/17 Fri. 碓氷くんと内炭さん

 昼休み。それは高校生にとって憩いの時間。


 なんて思ってるのはリア充くらいだ。一緒にメシを食う奴がいない連中にとって昼休みほど苦痛な時間はない。いや、そんなことないか。授業でペアとか班を作らされるのも割と辛いな。苦痛な時間のベスト3に入るってくらいにしとくか。


 かくいう俺も一緒に食べる友達はいない。当然、一緒に食わね? ってクラスメイトに言えば断られることもないと思うが、万が一にも断られたら引きこもる自信があるからチャレンジしてない。現状では別に困ってないからな。


「ねぇ」


 ほうれん草の胡麻和えを摘まみ上げたところで内炭うちずみさんが呟いた。


 場所は技術科棟2階の家庭科準備室。料理研究会の部室だが、今は俺と内炭さんの2人しかいない。他の部員は基本的に放課後にしか来やしないからな。


 内炭さんは長机を2個挟んだ向こう側にいて、窓の方に体を向けた状態でパイプ椅子に座っているが、他に人がいないんだからさっきのは俺に言ったんだと思う。


「どうした?」


 ぶっちゃけ内炭さんに興味はない。可愛いか可愛くないかと問われたら普通って答えるくらいの見た目だし、どの角度から見ても胸の起伏が弱々しい。女子として意識する要素が薄い訳だ。よって俺は雑な返事をしてほうれん草の胡麻和えを楽しむ。


「1組の油野ゆのくんと3組の水谷みずたにさんが昨日から付き合ってるって話は知ってる?」


「知ってる。8組は朝からその話ばっかだな」


「5組も同じよ」


「ビッグカップルの誕生だからなぁ。片や定期テストで学年トップだったクール系美少女の水谷千早ちはや。片や定期テストで5位だったクール系美少年の油野圭介けいすけ。容姿端麗で頭脳明晰のお似合いカップルだよな」


「……お似合い?」


 おっと。早くも地雷を踏んだようだ。内炭さんが身体をこっちに向けてきた。


「それって水谷さんみたいな可愛い子以外に油野くんは似合わないってこと?」


 そこかよ。個人的にはそうだよって言いたい。言いたいが、空気を読もう。


「そういう訳じゃない」


「ならどういうわけよ」


 どういう訳だろうね。テキトーに合わせただけだからね。


「今日ね。クラスの男子が私に言ってきたのよ。やっぱ水谷くらいじゃないと油野には釣り合わないよなって。碓氷うすいくんと同じで、お似合いだよなって」


 あっ、これその5組男子のせいで俺も一緒に怒られるやつだ。


「そういうのほんとにやめて欲しいんだけど。お前なんかじゃ釣り合わないって聞こえるの。釣り合わないくらい不細工って貶されてるように感じるのよ」


「それはネガにも程が。どう見たって内炭さんは不細工じゃないしな」


 本音だ。可愛いとも思わんけどな。普通だ、普通。


「へぇ。お前なんかじゃ釣り合わないとは思ってるわけね」


 本音が過ぎたせいで見透かされてしまったわ。


「あのね。そんなの言われなくても分かってるのよ。私だって身の程知らずじゃないし。油野くんと私ごときが付き合えるなんて思ってないし」


 よく分かってるな。俺も思ってない。ならなんで怒ってるんだ。


「でもなんでわざわざ私に言うの?」


「内炭さんが一番近くにいたからじゃね?」


「そう。ところで碓氷くんって身長どれくらい?」


「唐突だな。4月の身体測定で168だったかな」


「油野くんは170だったそうよ」


 やばい。なんかイラっとした。たった2センチ。されど2センチ。160台と170台では天地の差がある。間接的にチビって罵られた気さえした。


「すまんかった。内炭さんの言いたいことが少し分かった」


「私はただ一番近くにいたから碓氷くんに言ったのよ」


「実際に経験してみると理不尽だな! その理由! 俺が悪かったよ!」


「でしょう? あの男子は私の容姿をテロみたいに否定してきたのよ。許せないわ」


「許せねえな。許せねえから弁当を食うわ」


「意味が分からないけど、そうしなさいな」


 まだほうれん草しか食ってないからな。草食系男子じゃあるまいし、この露骨に冷凍食品っぽいハンバーグを食おう。


「ところで碓氷くん」


「おっともう勘弁だ。このプチトマトをやるから許してくれ」


「それ碓氷くんが嫌いなだけでしょ。貰うけど」


 内炭さんは俺の弁当箱からプチトマトを摘まみ上げ、へたを取って口に入れる。口元を手で隠してもごもごするのが女子らしい。行儀が良いとは思わんが。


「それでね碓氷くん」


「プチトマトあげたでしょうが!」


「もう1個くれたら黙ってあげるわ」


 弁当箱の中身を知ってる状態でその交渉は卑怯だと思うんだ。


「食いながらでもいい?」


「いいわよ」


 内炭さんは通学用のリュックからスマホを取り出して、ロックの解除やらなんやらで何度も指を滑らせてから言った。


「さっき私と油野くんは釣り合わないって言ったじゃない?」


 言ってない。思っただけだ。


「これを見てくれる?」


 差し出されたスマホの画面に映っていたのは定期テストの成績表だった。氏名欄に内炭朱里あかりと書いてあるから内炭さんのもので間違いない。


「学年4位だったのか。すごいな」


「ありがとう。でもここは進学校じゃないから順位なんて大体の生徒は気にもしてないんじゃないかしら。碓氷くんもそうでしょ?」


「いやぁ。121位の俺がそうだよって言っても負け惜しみにしか聞こえなくね?」


「あら。せめて2桁以内には入るように努力した方がいいわね」


 ともかく、と内炭さんはスマホをしまって、


「これでも私は油野くんと釣り合っていないのかしら」


「あぁ、そういう」


 出し巻き卵を頬張って考えてみる。


 俺はさっき『容姿端麗で頭脳明晰のお似合いカップル』と言った。これは両方が揃っていないと駄目なのかと言うと、そうじゃない気がする。美男美女なら無条件でお似合いと思うし、どれだけ顔に不自由を抱えていても、医者と弁護士を目指している東大生カップルだと紹介されたら、釣り合うって判断すると思うしな。


 だが油野と内炭さんが聡明だからって、それのみで釣り合ってると解釈するのは無理筋だと思う。だって釣り合うって天秤とかの例えだろ。油野にはイケメンって称号があるんだからポイント制で言えば2:1だ。油野の方に傾く。


「ノーコメントで」


「釣り合ってないって思ってるのね」


 内炭さんは溜息を吐いて、ペットボトルのお茶を一口飲んだ。


「私、油野くんのことが好きなんだけど」


「知ってる」


 本人の口から10回は聞いてるからな。驚いたのは1回目だけ。2回目で痴呆を疑って、5回目以降は内炭さん渾身のギャグだと思ってる。


「たまにね。思ってしまうのよ。なんで水谷さんみたいな子が同じ学校に、しかも同じ学年にいるのかなって。あんな顔もスタイルも整っていて、運動も勉強もできて、性格まで良いなんて、みんな好きになっちゃっても仕方ないじゃない」


 諦めの境地に立ったかのような物言いだ。まあ、相手が悪いからな。嫉妬より諦観が優先されるのも理解できる。


 内炭さんは物憂げに頬杖をつき、愁いを帯びた瞳を窓の外へと向けて、


「チートよ、チート。さっさと美少女しかいない学園に転校してなぜか学年に1人しかいない男子を相手にラブコメでもしてればいいのよ。あの手の子が1人いるだけで私ら一般女子は男子から空気みたいな扱いをされるんだから」


 前言撤回。餅が焼けそうなくらいに内炭さんは嫉妬の炎を宿してる。


「不本意だが分からんでもないな。俺も油野に同じことを思ったことがあるし」


「ダメよ。油野くんはいてくれないと私が困るのよ」


「こっちだって水谷さんがいてくれないと困るわ。水谷さんみたいなハイスペックが同じくハイスペックな男子を捕まえてくれないと俺ら平民が彼女を作れないんだよ。油野とかがフリーのままだと、内炭さんみたいな夢見る系女子がワンチャンを狙って座れない席を追い続けようとするからな。俺ら一般男子に目もくれずによぉ」


「言っておくけど。私が夢から覚めても碓氷くんを好きになることはないわよ?」


「そいつは助かるな。てか夢を見てる自覚はあったのか」


「自覚がありすぎて美少女に好きな人をかっさらわれてもまったくもって平気だったわ。どうせ私は選ばれないって思ってたし。ただ、この件で油野くんのゲイ疑惑について色々と思うことはあるけどね」


「と言うと、油野が本当にゲイだったら諦めることができたとかそういうやつ?」


「そこはどっちでもいいわ。油野くんがゲイならゲイで燃えるもの」


「この話は終わりにしようか」


 腐った話になる気がしたから、俺は迷わず弁当に逃避した。が、内炭さんは逃がしてくれない。


「油野くんがゲイだって噂を流したのは過去にふられた女子なんじゃないかなって」


「油野の父親が原因で小学校の頃から噂されてるって話だけどな」


「いくらなんでも長引きすぎなのよ。実際に油野くんは水谷さんみたいな美少女と付き合ったんだし、女子に興味はあったわけでしょ? なのに環境が中学、高校と2回も変わってもまだその噂が流れてるのは、その都度その都度でわざわざ噂を流布してる人がいるからだと思わない?」


「一理あるとは思うけど、何のためにだよ」


 内炭さんはこれ見よがしに溜息を吐いた。


「油野くんにふられたのは自分が釣り合わないせいじゃない。油野くんが女子に興味がないせいだ。って言い訳で自尊心を保つためよ」


「まじか。そんな自己中な理由で好きな男の悪口を広めてんのか。女子こえーな」


 おどけながらも内心で焦った。俺の幼馴染もまた小学生の時に油野に告白して玉砕し、中学生の卒業式でもまた告白して粉々に砕け散ったからだ。


 俺の記憶が正しければ。小学生時代のあいつが告白した時はまだ油野にゲイ疑惑がなかった。その上、あいつと油野は小中高とずっと同じ学校だ。


「ところで内炭さん」


「珍しいわね。碓氷くんから話題を上げようとするなんて。いいわよ、なに?」


「一度ふられた男子にもう一度告白する女子ってどう思う?」


 突拍子もない問いに、内炭さんは小首を傾げながらも応えてくれる。


「短いスパンでの話なら身の程知らずだと思うわ。高慢というか、傲慢というか。1回目の失敗を何かの間違いだと思ってないと、すぐに2回目はいけないと思うし」


「5年くらいの間があったとしたら?」


「それなら女磨きをして見返したいと思ったとか? もしくは好きで好きで諦められなくて、ふとした拍子に感情が表に出ちゃったとか」


 なら違うか。あいつは1回目の失恋で目を腫らすほど泣いてたし。どうにかして油野に好かれようと勉強も頑張って、メイクの練習もして、バストアップエクササイズも毎日欠かさずやって。内炭さんの言う後者のタイプに当てはまると思う。


「内炭さん、なんかおかず食う?」


「ん? どうしたのよ、突然」


 好きな女子を良い感じに評価してくれたお礼だよ。


「別にお腹は空いてないからいいわよ?」


「俺は油野と同じ中学だったから知ってるんだけどな」


「え、なに?」


 内炭さんは面白いくらい前のめりになった。


「よく食べる女子って可愛いよなって修学旅行の時に言ってたらしい」


「卵焼きをいただくわね」


 潔い内炭さんに拍手。ついでに調子こいてデブらないことを祈っておこう。


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