宇宙蠱毒

水銀コバルトカドミウム

1話完結

「お前達を産み出してしまって本当にすまなかった」

ガラス越しに黄色い地球のよく見える一室、

目の前の老人が贖罪を意識するような声色でそう呟く。

「お前のこれまでの人生を語ってくれ。

それがここに来た特典だ」

奴の選民思想めいた言葉選びに覚えた怒りを抑えて、僕は対話を続けようと決意した。

「僕の人生は、……」

僕は、黄色のガスで包まれた地球がよく見える宇宙コロニーで産まれた。

親は居なかったし同世代は20人しか居ない。

とにかく閉鎖された空間だった。

それ以外にも多少の不満はあったが、何一つ不自由無く生活出来るよう物資が与えられ、教育も、威圧感を周囲に振りまくアームが付いた子守ロボットによって彼が知る全てを教えられた。

あの醜い地球は我々の祖先の母星であったが、愚かな戦争によって滅んでしまったこと。

我々は地球の文化を次世代に継承するために作り上げられたこと。

我々20人はその第一世代であること。

最初はその現実が辛かったが、僕達も旧世代の文化は大好きだったし、その役に立てるのであれば喜んで協力しようという事になった。

思えばあの頃は幸せだった。



23歳になったある日、教育ロボットのモニターにオーダー「フコ」が発せられた。

文字自体の意味は知らないが、我々を作り上げた存在に会えるという意味のコードだと事前に習っていてた。

僕達は喜んだ。

旧世代の人間に会えるのだ。

当時ハマっていたトロマ映画や世紀末美術について彼はどのような感想を持っているのだろう。

その期待とは裏腹にコード「フコ」の中身は酷いものだった。

創造者に出会えるのは、20人の内誰か1人。

それ以外は死滅しなければならない。

教育ロボットの無骨なアームから、人を一瞬で煙にする光線銃が配られた。

僕達は旧世代の悪行を知っているから、何事にも話し合いというルールを遵守した。

一人だけ生来の過激派が居たが、殆どが穏健派として無益な殺し合いは辞めることとして、その場は収まった。



1ヶ月が経ってコード「フコ」に関して仲間内で気の緩みを見せ始めた頃、僕達の前に新たな問題が浮上した。

食糧の供給が停止したのだ。

非常用物資があったから半数は穏健派に留まったものの、半数は過激派に傾いてしまった。

何もしなくても腹はすくし喉は乾く。

物資が減るにつれ穏健派の次々が過激派に傾き、残ったのは愛し合った彼女と僕だけだった。

共に育った仲間達が殺し合う事のなんと惨めなことか。

コロニーが無政府状態になってからしばらくして、彼女が銃で射抜かれ煙として消えた。

彼女を撃った親友を僕は撃ち殺した。

幸か不幸か、僕には銃の才能があったみたいだ。

全員の生存という理想を諦めた僕は、仲間だった人達を次々と殺戮した。

そして扉が開いて、創造主たるお前に招かれた。



「そうか、辛いことを経験させてしまった。

だが、私の辛い過去も聞いてほしい。

辛い経験は共有せねば」

僕は断ろうと口を開いたが、奴は黙らず、そのまま続けた。

「地球がまだ、緑がいっぱいの夢の星だった頃、私はピンク映画の助監督をしていた。

人間関係は上手く行っていたが、あることが起きて私は奴らを見限った。」


ピンク映画、助監督、緑の地球。すべて子守ロボットから教わったことがある。

僕は続きが純粋に気になった。


「あること?」

「巫蠱だ。子守アサルトロボットに習っただろう。君が落第生じゃなければ」


巫蠱、東洋史の授業で習った気がする。 

虫を同じ容器に入れて共食いさせる呪術。


「別名は蠱毒ともいう。いや、現実を直視するのは何事においても辛い。蠱毒という表現のほうが世間では有り触れていた。

おそらくネットも含めると、日に100回ほど使われていただろう。それほどメジャーな表現だった。

本来ならば蠱毒と使うべきシチュエーションにて私は巫蠱という単語を選んでしまった。

奴らは、なんすか山下さんフコって蠱毒でしょ蠱毒。と、こちらを囃し立ててきた。

結局のところいい反駁も思い浮かばず、職場でのあだ名が巫蠱になってしまったのだ。

私はそれを許せず、仕事を辞め自分を見つめ直した。元々理系だったからな私は。奴らに復讐したいその一心で、地球に可住区域が無くなるほど増殖する生きた毒物と、私一人だけが住めるこの衛星を完成させてしまった。

……気付いた頃にはもう遅かった。何十億という無辜の民の悲鳴を聞いた。殆どが長い間苦しみながら死に絶えた。私はたまに黄色くなった地球表面を観察するが、生き残った人類は毒物に適合し文明ごっこを始めている」


一片に取り込んだ情報が多すぎて消化が追いつかない。

それでも奴は言葉を続ける。


「自己カウンセリングを何回重ねても効果がない。

そこで、私は衛星にクローンを生成するモジュールを増築した。

その中において、住民を蠱毒によって選別し、私に許しを与えてくれる存在を作ろうと考えたのだ。

さあ、ここまでの話を聞いて、君は許してくれるか」


僕は、こんなもののために愛する人を、友人を、仲間を、失ったのか。

そう感じて、言葉より先にホルスターに手を伸ばしてしまう。

旧世代だろうが新世代だろうが、きっと人類であれば、皆同じだろう。

僕の光線銃から出たそれは、奴の透明なシールドに弾かれる。

それと同時に威圧感を与えるアームが僕を掴む。

見覚えがあるのは、僕らを教えてきた子守ロボットと同じ型番だからなのだろう。

骨が砕ける音がした。


「教えた筈だぞ。暴力よりも言論で立ち向かえと。

今回も下品に育ったな。さらばだ」



気付いたら、僕は衛星のごみ処理装置に居た。

ここは血の匂いが染み付いていて、押し潰されそうな程圧迫されている。

周りを見ると、僕と同じように、身体中が複雑骨折している仲間達がそこにいる。


「みんなここに居たんだ。」

ごみ処理装置のフタが開き、僕と同じ姿形をした存在が降ってくる。

彼も奴に許しを与えなかったのだろう。

クローンとして誇らしいと僕は思った。

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宇宙蠱毒 水銀コバルトカドミウム @HgCoCd1971

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