第7話 第二十二の月

 第二十二の月。再び月は翳る。


 セレーネは覚悟していた。


 毎晩のように訪れる死神ルナ。三十日ばかりの寿命を宣告するとともに、その日が来るまで毎日現れると宣言した。彼女が現れると必ず紅茶でもてなすことにしている。毎日の日課であり、楽しみでもある。いつの日だったか、セレーネは彼女との時間が愛しく思うようになっていた。


 彼女に会いたい。忌々しいドクロの仮面でもいい。再び彼女の顔を見たい。神がいるなら、願いが叶うなら、仮面の下をこの目に焼き付けたい。


 どうやらそれも叶わぬらしいと、悟ったのは彼女が窓を叩く前のことだった。


「ぐッ、ゔぐゥゥゥゥゥ!」


 月が翳り入る頃からずっと感じていた終わりの予感。

 セレーネに巣食う奇病が体を蝕み始めた。今までに感じたことのない内部からの激しい痛み。死神が徐々に姿を取り戻すのと同じように、体の厄介者もまた同じように動き出していた。セレーネは床に蹲り、狂うほどの痛みに耐えるしかなかった。


「セレーネ!」

「ルナ……ぐッ、ウグッ、ルナ……!」


 酷いひきつけを起こすセレーネのもとへ、死神が現れた。その姿は月の満ち欠けにより下半身のみだった。見えない腕でセレーネを抱き起こし、見えない顔をセレーネの胸に宛てる。死に近づく人間を心配する様は死神というより人間のようだ。


「病気だな? 病が悪さをしているのだろう?」

「ハァ、ハァ……ルナ、私の寿命は本当にきっかり三十日だったのか」

「わたしの見立てではそうだ」

「嘘だな……信じないぞ」

「セレーネ……」

「それよりもっと早いはずだ」


 絶え絶えの呼吸と不規則な心臓のうねり。酷く汗もかいて瞳孔もあやふやだ。


「今日のお茶はいい。君はもう眠れ。魔法をかけてやるから」

「い、嫌だッ! 待ってくれ!」


 セレーネは自由の利かない体を必死に動かし、咄嗟にルナな腰に抱きついた。死神の体。いつかの、自分が男であった頃の思い出が蘇る。彼女の体は、少女の体そのものだった。


「セレーネ……!」

「ぐッ……今夜は、一緒に、いてくれ!」

「……」

「頼む、お願いだ」

「……わかった。気休め程度の痛み止めはかけてやる。さ、ベッドに行こう」


 ルナに抱えられ、セレーネはベッドに横たわった。

 見えない手と手を繋ぎ、彼女の頬に宛てがわれる。死神の顔には、もう仮面はなかった。

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