第2話 第一の月(2)

 セレーネは部屋中のランプに火を灯してドクロを室内に迎え入れた。給湯室から茶器を用意して二人分の紅茶を淹れる。その間、ドクロはコートラックにローブを掛けて席に座ってセレーネを待った。ドクロは女の子だった。


 ランプに照らされた彼女をよく見ると、顔のドクロは被り物であることがわかった。窪んだ眼窩の奥には素顔がある。ガイコツの装飾が施された衣装は禍々しく奇妙だが、どことなく人間らしさがある。


 巷で流行りのコスプレかと思われたが、それとも違う。彼女は巨大な鎌を持っていた。三階建ての窓まで浮遊できたのは、その鎌に跨って飛んでいたからである。


 見れば見るほど不思議で不気味な少女。

 セレーネは紅茶を注ぎ終えると、少女の対面の席にかけた。座高で見ても少女はセレーネよりも遥かに小さい。ガイコツの格好をした少女が目の前にいる異様さに、セレーネは少しだけ非現実に逃避することができた。


 しかし、それは彼女が口を開くまでの僅かな時間のみだった。少女は紅茶を口に含み、指で唇の縁を拭った。


「さて、単刀直入に言おうか。わたしは死神。君を迎えに来たんだ」

「私を……迎えに来た?」

「そう。君はなかなか変わった病に侵されているそうじゃないか。死神のわたしが見るに、君の寿命はあと三十日といったところか。その時が来たら、わたしは君をあの世へ連れて行かなければならぬのだよ」


 膝の上に握ったセレーネの拳が震え出す。非情にも死神はその様子を見てカップを口へ傾けるだけだった。やはり、私は死ぬのだ。しかも三十日という短い期間しか生きられぬという。凍りついた狂気が目覚め、呼吸が乱れる。


「ケケケ、そう怖がるもんじゃないよ。死ぬっつったって何もなくなるわけじゃない。住む世界が変わるってだけさ。あの世の住まいにお引っ越しって感じ。体は捨てなくちゃいけないけど、そんなボロボロな体持って行ったって仕方ないだろ?」


 死神は淡々と語る。だがそれはセレーネの恐怖を増長させるだけだった。手足の先端まで冷え固まったみたいに冷たく、虚しい。


「ケケケ、もっと単純に考えてよ。死神たるわたしがこう言ってるんだからさ。それまでの間、食事に睡眠、色事なんかも楽しめるだけ楽しんどきなよ」


 死神はクイッと紅茶をひと飲みすると、コートラックのローブを手に取り、肩に羽織った。途端、すべてのランプがゆらりと消えた。彼女の一挙一動で不気味なことが起こる。月明かりのない夜を闇が覆う。


「ごちそうさま。まずはゆっくりと睡眠を楽しみな」


 暗闇の中から死神の指が生える。

 指先まで施された白骨の装飾は震えるセレーネの眉間を突くと、そのまま膝を砕いたように床へと横たえさせた。あれまでの緊張が解けたかのようにセレーネは安らかな寝息を立てた。


「また明日遊びにくるからね」


 眠ったセレーネにそう言い残すと、死神は鎌に跨り窓から外へ飛び出して行った。

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