第83話 隠し事


「今日はほんまにありがとう! 今日はうちの奢りやから、好きなだけ食うてな!」


 イベントが終わり、俺たちは焼肉屋に来ていた。


 今日持って来ていた分は、全て完売したらしい。

 興味本位で売上を聞いたが、耳を疑うほどの額だった。しかし、大きく売れるのは通販や電子で、このイベントでの稼ぎなど全体の一割にも満たないのだとか。


 ……女体化した俺と一条先輩を模したキャラの絡みが、それほどまでのビッグマネーに化けるなんて。当の俺本人は、肉体労働で普通のバイトよりもちょっといい時給を貰うのが精一杯なのに。嬉しいのか悲しいのか、どう気持ちを処理していいのかわからない。


「ゴリラ先輩、何難しい顔しとるん。もしかして、お腹空いてないん?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「後輩に奢られるのに抵抗あるなら、マジで気にせんでええからな。ゴリラ先輩と晶ちゃんがおったからこその、今日の稼ぎなわけやし。遠慮されたら逆に申し訳ないわ」


 その発言に、「そうそう」と一条先輩が腕を組みながら頷いた。


「糸守クンは神経質だなぁ。仕方ないから、僕が代わりに頼んであげるよ」


 ベルを鳴らして店員を呼び、ひとまず全員分のドリンクを頼む。

 次いで肉の注文に移り、彼女は人懐っこい笑みを浮かべながら口を開く。


「とりあえず、高いお肉を上から順に持って来てもらえますか? あっ、全部四人前ずつで!」

「遠慮せんでええとは言ったけど、その注文方法はおかしいやろ!?」

「そう? えーっと、じゃあ……すみません、全部二人前ずつで。確かに四人前は多かったよね。食べ切れなかったら悪いし」

「そことちゃうわ!」


 相対する二人の主張に挟まれたじたじの店員に、「お肉は飲み物が届いてから注文しますので」と朱日先輩は助け舟を出した。


 程なくしてドリンクが到着。

 俺と一条先輩はハイボールで、他三人はソフトドリンク。

 朱日先輩が代表して適当に肉を注文し、落ち着いたところで乾杯する。


「ぷはーっ! 後輩のお金で呑むお酒は美味しいなぁ!」


 などと言いながらジョッキを空にして、早くも二杯目を注文した。

 大丈夫か、この人。前みたいに潰れなきゃいいけど。


「あ、そうそう。糸守クン、今日写真撮ってもらっただろ? あれ、さっき送られてきたんだよ」


 「皆も見て」と、スマホの画面をこちらに向けた。

 ……な、何だこれ。フォトショか何かで加工を施しているのか、完全に糸村さんになっていた。俺の面影が微塵もないせいか、普通に可愛いと思ってしまう。


【糸守さん、可愛いです! 今度は別の服も着てみましょう!】

「い、いや……俺がこういう服着るの、今回が最後だから。ごめんな」


 フンスと鼻息を荒げる竜ヶ峰さん。俺がやんわりと断ると、彼は目に見えてしゅんと縮こまった。……だからやめてくれよ、そうやって安直に可愛いを振り撒くの。


「ゴリラ先輩も可愛いけど、晶ちゃんもメッチャ可愛いやん」

「あはは。そりゃ単純に、加工が優秀なだけだよ」

「生の一条さんも可愛かったですよ。制服、とても似合っていました」

「……い、いや、そういうのいいって! 今は糸守クンを褒めるターンだろ?」

「俺も一条先輩のこと、可愛いって思ってました。竜ヶ峰さんもだよね」


 コクコクと何度も頷く竜ヶ峰さん。

 一条先輩は顔を真っ赤にしながらスマホをテーブルに伏せ、届いたおかわりのハイボールに口をつけた。そのまま一気に呑み干して、「ぐぁー!」と野太い声を漏らす。


「僕はいいから、天王寺さんの写真も見てよ! これ、本当にすごくない!?」


 気を取り直して、再び俺たちにスマホの画面を見せた。

 そこに映されていたのは、天上院さんの格好をした朱日先輩。


 す、すげぇ可愛い。

 俺みたいに露骨な加工されてないし……っていうか、加工されてるのか? 素人だからよくわからないけど、生の彼女とほとんど変わらないような気がする。


「いやぁ、可愛いよね。何か身体が火照ってきちゃった」

「ひとの彼女のコスプレ写真片手に発情するの、やめてもらっていいですか?」

「んー……仕方ないなぁ。じゃあ、糸守クンの写真で発情するよ」

「何でそうなるんだよ!?」

「あ、ごめんね。今の感じだと、糸守クンが天王寺さんよりも劣ってるみたいな感じになっちゃうよね。僕は二人を平等に愛してるから、心配しなくて大丈夫だよ!」

「別にどっちが上とか気にしてねえから!」


 既に酒が回り、やや目が蕩けている一条先輩。

 俺はやれやれと肩をすくめて、ふと猫屋敷さんに目をやった。彼女は熱のこもった目で俺たちを見ながら、凄まじい速度でメモ帳に何かを書き込んでいる。……こうやってまた、新しい『さいかわ学園』が創造されるんだろうな。


「一条先輩。とりあえずその写真、俺にもください」

「そう言うと思って、もう他のも併せて送信済みだよ」

「ありがとうございます」


 一条先輩から写真を受け取り、改めてまじまじと見る。

 ……うん、可愛い。何度見たって可愛い。


「うーん。でもやっぱ、どこまでいってもコスプレやな。本物の高校時代の朱日ちゃんには敵わんわ」

「ね、猫屋敷さん、高校時代の天王寺さんの写真持ってるの!? 今すぐ見せてよ!」

「いや持ってへんけど、たまにーたり、文化祭に顔出したりしとったし。今もすごいけど、当時もアホみたいに可愛かったで」

「ずるいぃ! 僕も見たい! 写真はいいから、タイムマシン出してよドラえもん!」

「誰がドラえもんやねん!」


 楽し気にはしゃぐ二人を眺めつつ、ジョッキに口をつけた。

 一条先輩は相変わらずというか、本当に子供だなぁ。……まあ、俺も見たいけど。死ぬほど見たいけど。


「お待たせしました」


 店員がやって来て、テーブルに肉を並べてゆく。

 あれだけ恥ずかしい思いをしたのだ。遠慮なくいただくとしよう。




 ◆




「あれ、どうしたの糸守クン」


 胃袋も程々に膨れ、適当な一品料理をつつきながら他愛もない雑談を交わしていた。


 俺は席を立ち、一旦店を出る。

 店先の喫煙所で煙草を吸っていた一条先輩は、俺に気づいて火を揉み消す。


「俺のことはいいので吸っててください。臭いとか気にしないので」

「そう? 悪いね」


 唇の先で煙草を咥えて火をつけた。

 紫煙が一筋の糸のように、空へのぼって行く。


「糸守クンって喫煙者だったっけ? ダメだよ、天王寺さんに臭いとか付けちゃ」

「違います。ちょっと、一条先輩と話したいことがあって」

「心配しなくても、今夜なら空いてるよ」

「別に口説きに来たわけじゃないですから」


 「真面目な話です」と言い加えると、彼女は可笑しそうに煙を吐いた。


「そういうことなら、僕も君に聞いておきたいことがあってさ」


 とんとん、と灰皿に灰を落とす。

 「先に話してもいいかな」という問いに、俺は小さく頷く。


「今、君の周りを色々な人がちょろちょろしてるのは、天王寺さんから聞いてるよね」

「は、はい。ちょっと前も襲われましたし」

「向こうは君の粗探しを必死にやってる。……それでさ、実際のところどうなの?」

「どう、とは?」


 十一月の夜。

 涼しいというには冷た過ぎる夜風が、颯爽と紫煙を攫って行った。

 一条先輩は乱れた横髪を耳の後ろにかけながら、赤みの混じった瞳に俺を映す。


「糸守クンってさ……天王寺さんに絶対言えないような隠し事、あったりするの?」

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