第73話 普通の友達

 遅れて来た竜ヶ峰さん、そして猫屋敷さんと朱日先輩を入れて呑み会は再スタートした。


 一条先輩のターゲットである三人の目は、朱日先輩と竜ヶ峰さんに釘付け。……俺もメンズ服を着た竜ヶ峰さんを初めて見たが、なるほど、猫屋敷さんが隠したがるのも理解できる。同性ながら、見惚れるほどに格好いい。


「すみませーん! 生ビールのおかわりくださーい!」

「一条先輩、まだ呑むんですか……?」

「呑まなきゃやってらんないよ! あぁ楽しいなー! 皆と一緒で楽しいなぁー!」


 当の一条先輩はというと、もう完全に攻略を諦めヤケ酒をしていた。顔を真っ赤にしながらバカ話を披露し、俺たちを笑わせることに全力を尽くしている。


 ……頭の中は真っピンクだけど、やさぐれて帰ったりしないあたり、この人って優しいというか真面目というか。朱日先輩が貞操を狙われながらも、友達として付き合い続けているのも納得がいく。


「えっ! 天王寺さんって、あのブランド作った人なんですか!?」

「私大好きで、今も着てるんですよ! ほらこれ!」

「一条さんの交友関係って広いなぁ……」


 そういえば随分と前、趣味でアパレルブランドをやっているとか何とか言ってたっけ。

 深く聞いたことはなかったが、若い女性の間では有名なのかもしれない。……朱日先輩って本当にすごいんだな。


「竜ちゃん、こういうとこにそんな服着て来たらあかんで」

「で、でも、真面目な会っぽかったから……」

「晶ちゃんが誘っとる時点で真面目なわけないやろ。……そんな格好して、変なのが寄って来たらどないすんねん」

「……いやぼく、猫ちゃん以外を見たりしないし、喋ったりもできないよ……?」

「うっ……! あ、あぁもう! 外で恥ずいこと言うなやあほー!」


 コソコソと話す、竜ヶ峰さんと猫屋敷さん。

 こっちもこっちで楽しそうだ。

 

「お待たせしました。生ビールでーす」

「ありがとうございます!」


 届いたジョッキの中身を瞬く間に半分まで減らし、一条先輩によるバカ話が再開された。


 それからおよそ二時間。

 呑みまくり喋りまくり、ついに一条先輩はダウン。呑み会もお開きとなり、会計を済ませて店を出る。


「今日はありがとうございました!」

「本当に楽しかったです!」

「……て、天王寺さん、最後に握手して下さい!」


 満足そうな三人。

 ……と、俺に肩を借りてどうにか立つ一条先輩。辛うじて意識を保っているが、もはや顔を上げる余裕もない。


「一条さん」


 三人のうちの一人が、彼女に話しかけた。

 しかしピクリと身体を動かすだけで、それ以上リアクションを取れない。


「私たち、一条さんのこと誤解してた。今日は誘ってくれてありがとね。これからも、普通の友達として仲良くしてくれたら嬉しいな」


 残りの二人も駆け寄り、同じように感謝を述べた。

 一条先輩は気合いで視線を上げ、「普通の友達……?」と首を傾げる。


「うん。また今度、ご飯行ったり遊びに行ったりしようよ。一条さんと一緒にいたら楽しいし! あっ、でも変なことは期待しないでね?」


 そう言ってはにかむと、一条先輩のアルコールで淀んだ瞳に純粋な熱が灯った。「普通の友達かぁ」と噛み締めるように呟いて、しっかりと自分の足で立って背筋を伸ばす。


「わかった! またどっか行こうね!」


 子供のような屈託のない笑みに、なぜか俺の口元まで緩んでしまう。


『僕さ、セフレとか悪巧みする友達は福袋に詰めて売るくらいいるけど、こうやって普通のお願い事できる友達は少ないんだよー!』


 今日の昼間、彼女が言っていたことを思い出した。


 一条先輩は単に、普通の友達の作り方が極端に下手なのではないか。だから安直に身体の繋がりを求めたり、お金でどうこうしたがるのではないか。

 そう考えると、この結末は彼女にとって最良だったのではと思う。


「じゃあねー! ばいばーい!」


 駅へ向かう三人の背中に手を振り見送った一条先輩は、ちょうど到着したタクシーに乗るなり爆睡した。満足そうな寝顔に、仕方ない人だなと俺たちは息をつく。


「しゃーないから、ウチと竜ちゃんが付き添うわ。もうこれ、ぶん殴っても起きへんやろうし」

「お任せしてよろしいのですか?」

「気にせんでええよ、晶ちゃんにはまだ用があるからな。……ウチに何の断りもなく、勝手に竜ちゃん連れてったんや。顔に落書きの一つでもしとかんと気が済まん」


 ふんすと鼻息を荒げてタクシーに乗り込んだ猫屋敷さん。

 竜ヶ峰さんは俺たちに一礼して、彼女の隣に座った。


「あの……帰る前に、ちょっといいですか?」


 店内にいるのがバレてから、ずっと俺と目を合わせようとしない朱日先輩。

 人目を避けて路地に入り、彼女の肩に手を置いてジッと目を見つめる。


「偶然同じ店にいた……ってわけじゃないですよね。何で見に来たんです? そんなに俺、朱日先輩から信用されてないんですか?」


 そう問いかけると、彼女はふるふると首を横に振った。

 戸惑いながら俺を見上げ、ふっと視線を伏せ。それを何度か繰り返し、ようやく唇を開く。


「……私が勝手に、不安になっちゃって。だって要君、強いし、優しいし、格好いいし。私にとって掛け替えのない人だから……も、もし誰かにとられたりどうしようって……」

「だったら別に、隠れたりせず最初から同席すればよかったじゃないですか。俺が見つけた時も別人を装ったりして……」

「私が行くように勧めたんだから、そんなことできないよ! 余裕がない奴だって思われて、嫌われたくないんだもん……!」


 黄金の瞳を小刻みに震わせながら、彼女は必死な面持ちでそう紡いだ。


 ……あぁ、そういうことだったのか。

 俺はこの人に愛されているのだと、今一度理解した。嬉しいのと同時に、少しだけ申し訳ない気持ちに駆られる。


「そんなことで嫌いになったりしませんよ。……何かすみません、あれこれ悩ませちゃって。俺の愛情表現が足りてれば、朱日先輩を不安にさせることはなかったのに……」

「えっ!? い、いや違うよ! 要君は一つも悪くないから! ……確かに女の子にチヤホヤされてる時はムッてなって変な写真送っちゃったけど、すぐに離れてくれたし! 要君が私のこと好きってことは、十分わかってるし!」

「あれくらい当然のことですよ。それより俺、どうしたら朱日先輩が今より満たされるのか知りたいんです。教えてください、何でもするので」


 出会ってからずっと、俺はこの人から与えられてばかりだ。

 友達として楽しい時間をくれて、自家用ジェットなど貴重な経験をさせてもらって、俺のコンプレックスを受け入れてもらった。恋人になってからもそれは変わらず、最近は彼女と一緒に寝ているおかげか悪夢からも解放されつつある。


 一応俺なりにできる限りのことはしているが、足りていないという感覚は常に付きまとっていた。


 それを解消する手立てがあるなら、ぜひとも実行したい。


「……な、何でもって、本当に何でも?」

「はい。火の中に飛び込めって言われたらそうしますし、エベレストに登って来いって言うなら全力を尽くしますよ」

「そ、そういうのはいいけど……! えっと、その……」

「何ですか?」


 モジモジと内股を擦り合わせて、躊躇いがちに俺の顔色をうかがう。

 ぶわっと顔に汗が浮かび、喉が渇くのかゴクリと唾を飲む。


「…………だ、だめ」

「だめ?」


 俺の服の袖を掴み、キュッと唇を結ぶ。

 伏せていた視線を上げて、不安気に震える瞳に俺を映す。


「……外じゃ、だめ。恥ずかしくて、言えないから……っ」


 そう言って、子犬が飼い主にちょっかいをかけるように服の袖を引き、早く家に帰ろうと目で訴えた。

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