第37話 自慢の恋人です
「マジで!? 糸守先輩やっば! スナイパーやん!」
焼きそばやかき氷もいいが、射的やくじ引き、金魚すくいもお祭りを代表する屋台だろう。
腹ごなしが終わり、俺たちはそういった屋台を巡っていた。
くじ引き屋を二軒回り、現在は射的屋。先輩が指し示したぬいぐるみを俺が的確に倒していくため、そのたびに猫屋敷さんが大袈裟に声をあげ、ギャラリーも声を漏らす。
「いやぁ、すごいな兄ちゃん。これ以上やられたら、うちが潰れちまうよ」
ヤンチャしていそうな店主から、ぬいぐるみ三体を受け取って店をあとにした。
先輩の両手には、先ほどのくじ引き屋で獲得した景品がある。片方は大きなテディベア、もう片方は人気のゲームハード。どちらも俺が引いたくじで当たったものだ。
「ええ彼氏捕まえたやん、朱日ちゃん! あの射撃の腕前と運の強さは、並の男とちゃうよ!」
「はい。糸守君は自慢の恋人です」
「あぁ……は、はい。ありがとう、ございます……」
礼を述べつつ、先ほどの射的屋に目配せした。
……いや、おかしいだろ。こんなのどうかしている。
猫屋敷さんと竜ヶ峰さんも射的をしたが、ちょっとしたお菓子しか取れなかった。
他の客も同じような戦績で、おそらくそういう細工がしてある。こういった屋台では、別段珍しい話ではない。
それなのに、なぜか俺だけ。
くじ引き屋もそうだ。
全員が引いたのに、上位の賞が当たったのは俺だけ。しかもそれが二軒続き。こんな頭に隕石が直撃するみたいな偶然があって堪るか。
「本当にすごいねぇ、糸守クンは! 僕のハートを撃ち抜いてもぎ取っただけのことはあるよ!」
「いらないんで返品させてください」
「酷い! あんなことやこんなことをしたのに……!?」
「いやだから、先輩の前で変なこと言うのやめてくださいよ!」
何の変哲もないいつもの絡みをこなし、「ちょっと僕、タバコ吸って来るから」と一人離脱した。
遠ざかってゆく背中。
その歩き方にちょっとした違和感を覚え、俺は眉を寄せる。
「どうされましたか、糸守君」
「あっ、いや……」
先輩に目をやって、すぐに一条先輩に視線を戻した。
随分と小さくなった背中は人ごみにまぎれ、ついに視界から消え失せる。
「ごめんなさい、先輩。俺ちょっと、一条先輩に用があるので……!」
◆
「やっと見つけましたよ。こんなところで何してるんですか」
「えっ? い、糸守クン!?」
お祭り会場の神社を出てすぐの歩道を、一条先輩はトボトボと歩いていた。
かなり走り回って、ようやく発見した。
暑さも相まって、額には大粒の汗が浮かぶ。手の甲で汗を拭い、一条先輩がやけに庇う足に目をやる。
「歩き方が変だったんで、もしかしてって思ったんです。何で教えてくれなかったんですか」
所謂、鼻緒擦れ。
下駄や草履などを履くと、たまに起こることだ。
おそらく、絆創膏を買うためコンビニ行こうと神社を離れたのだろう。
激痛の中、たった一人で。
「……いやだって、そんなことしたら楽しい空気を壊しちゃうだろ」
「それでも、一人で無理をするよりずっといいと思いますけど」
「この下駄も、この浴衣も、天王寺さんの提案だからね。僕が下駄で足を痛めたなんて知られたら、彼女が傷ついちゃうよ」
その言葉に、俺は納得せざるを得なかった。
俺が彼女の立場だったら、間違いなく同じことをしている。
「わかったなら、さっさと皆のところに戻りな。僕も絆創膏買ったら、すぐ合流するから」
笑顔を作りつつ、一歩前に出た。
明らかに、無理をしながら。
俺は一条先輩の隣を横切って前に立ち、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。
「なに? どうしたの?」
「俺がおぶってコンビニまで一緒に行きます」
「だ、大丈夫だって! そんなことしてくれなくても――」
「もう遅い時間ですし、変なのに絡まれるかもしれないでしょ。それに先輩だって、一条先輩が早く戻って来る方が嬉しいと思うので」
「さあ早く」と急かすと、一条先輩は渋々といった様子で俺の背中に覆いかぶさった。
……正直、この人の気持ちをいくらか疑っていた。
ただ単純に、先輩の肉体が目的なのではないか。もしくは、先輩の誕生日会で見たような邪な連中と同類なのではないか。
でも、今ハッキリとわかった。
一条先輩は、本気で先輩のことが好きなんだ。
もう既に俺という相手がいるのに、それでもまだ諦めない。
先輩の気持ちを第一に行動する。
この人はすごい。
間違いなく、尊敬に値する。
「へへっ、糸守クンの背中だ。このまま首筋にキスマークとかつけたら、糸守クンにマーキングできて、天王寺さんと間接キスってことにならない? 実質天王寺さんにキスマーク付けたことにならない? なるよね!? うわ、僕天才じゃん!!」
……尊敬に値、するのか?
いや、まあ、うん。このあたりは目を瞑ろう。いちいち勘定に入れていたらキリがない。
「一条先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何だい? 僕の経験人数なら――」
「そんなのどうでもいいですよ! ……変な質問になるんですけど、お祭りの屋台、一条先輩が何かしました? くじ引きとか射的とか、裏でコッソリお金払ったり」
「……あぁ、それか。お金は払ってないから安心して。糸守クン、そういうの嫌だって言ってたし。前に呼び出して乱暴しちゃったからね、その借りを返そうと思って。天王寺さんにいい顔できたし、結構気分よかっただろう?」
最初にくじでゲームハードが当たった時は、確かに気分が高揚した。
しかし二軒目のくじ引き屋で同じことが起こった時は普通に怖かったし、射的屋でのあれはやり過ぎだ。
……とは思うが、せっかくの厚意、文句は言わない。
実際、先輩は喜んでいたわけだし。
「お金払ってないって、じゃあどうやったんですか? 無償で一条先輩に協力したってことですか?」
「えーっと、それはちょっと説明が難しいんだけど――」
前から走って来た黒い大型のバンが、俺たちのすぐ隣で停車した。
スモークガラスで隠された後部座席。ガラガラと音を立てて扉が開き、中から男が二人顔を出す。
「おい、さっさとやれ!!」
運転席の男の声を合図に、一人が持っていた金属バットを持ち上げ。
俺の頭に、思い切り振り下ろした。
◆
「女の口を塞げ! あーくそっ、手際悪ぃなー!」
「仕方ないだろ! こっちは初めてなんだから!」
「早く車出せ! 早くっ!」
運転席に一人、後部座席に二人。
三人は怒声を飛ばし合いながら、僕の身体を揉みくちゃにしながら車に引っ張り込む。
地面に倒れ伏す糸守クン。
出血はしていないようだが、意識があるようには見えない。
……僕のせいだ。
こいつらが何者なのかは、あらかた想像がつく。
重要なのは、ここからどう脱出するか。
殺されはしないと思うが……。
まあでも、乱暴をされる覚悟はしておかないと。
「うぎゃぁああああ!?」
鼓膜を劈くような鋭い音を鳴らしながら、車の窓ガラスを障子紙のように拳で突き破り、車内に腕が侵入した。それは一人の顔面を引き千切る勢いで掴み、残った窓を割りながら車外へ引きずり出す。
……は、ははっ。
おいおい、嘘だろ。
ターミネーターじゃないんだからさ。
「……あんたら、先輩の友達に何してんだよ」
ぽっかりと空いた窓から、頭の血管が破裂しそうなほどにブチ切れた糸守クンが顔を出した。
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