第27話 シたい
ついに来た、この瞬間が。
落ち着け。流されるな。
先輩とキスがしたい。でも、アルコールのせいにはしたくない。
お酒を呑んでいるから仕方ないと、やりたいことをやった上で言い訳をしたくない。
俺の意思と責任で……恋人として、先輩に触れたい。
今だ。告白するなら、今しかない。
「……どうしたの?」
そう言って表情を曇らせて、不安そうに首を傾げた。
俺は先輩の両肩に手を置く。それをキスの合図だと勘違いしたのか、先輩はすっと瞼を下ろす。
「ち、違います! そういうことじゃなくて……!」
「……えっ?」
瞼を開けて、困惑する先輩。
まずい。このままでは変な勘違いをされてしまう。
早く言えよ、俺!
好きですって。付き合ってくださいって。たったそれだけのことだろ!
「俺……じ、実は今日、風邪っぽくて。うつしちゃまずいかなー……って」
違う!!
ふざけるなよ、何だそれ!?
「別に私、気にしないよ?」
「いや、でも――」
「私が寝込んじゃったら、ちゃんと看病してね。お粥食べさせたり、身体拭かせたり、寝るまでそばにいてもらったり、全部やってもらうから……♡」
そう言って、にんまりと笑った。
ソフトクリームに練乳をかけたような胸焼けしそうなほどの甘い笑みに、頭の中が溶けてゆく。
「ひっ……!?」
片方の手を俺の後頭部に回して固定し、唇を耳元に近づけた。
若干荒い吐息が耳たぶに当たり、こそばゆさと淡い快感が背筋に走る。
「ちょ、せ、先輩っ、あぅっ」
「ほほよふぁいの? もっとやっふぇあへうー(ここ弱いの? もっとやってあげるー)」
いきなり俺の耳を食み始め、更にそのまま喋るせいで、喉の奥から出したくもない艶やかな声が漏れた。
先輩はそれが面白いらしく、小鳥が餌を喰らうように何度も啄む。
流石にこれ以上はまずい。
そう思って押しのけようとした瞬間、ぬらりと耳の中へ舌を差し込まれ今日一大きな声が出る。
「――――っ!?」
声をあげた際に左手を前に突き出してしまい、それは先輩の胸に行き着いた。
下着越しにもハッキリとわかる、尋常ではないボリューム。
やわらかさと体温。
「ご、ごめんなさ――」
謝罪と共に手を引こうとしたが、先輩はそれを阻止した。
俺の手首をぎゅっと掴み離さない。
黄金の双眸に灯った甘い熱が、ゆらゆらと揺らめく。
「あの……せ、先輩?」
「……今、すっごいドキドキしてる。ねえ、わかる?」
左手をそのままに、今度は俺の唇を奪った。
反射的に指に力が入ってしまい、むぎゅっと沈み込む。
重ねた唇と唇の間から、先輩の艶やかな呻き声が漏れる。
「……どう?」
「ど、どう、とは……?」
「触った感想」
「……やわっ、やわらかい、です」
「そう。……じゃあ、もっと触っていいよ」
「いや、も、もっとって……」
「その代わり、私は
最初は控えめに、唇同士を触れ合わすだけ。
次第に先ほど耳にやったように啄み始め、軽く吸い、少しだけ噛む。
そして舌で味見をして、唇を割って俺の歯茎をしごき、食事でもするように貪る。
「……だ、だめっ。ダメです、本当にっ」
胸から手を放し、先輩を押しのけた。
先輩は不思議そうに眉を寄せ、子犬のように首を傾げる。
「大丈夫、大丈夫だから。何も心配しなくていいよ。酔ってるわけだし」
「違うんです! そうじゃなくて――」
「ノーカン……ノーカンだから、もっとしよ? 私たち、友達でしょ? 一ヵ月の埋め合わせには、まだ全然足りないよ?」
頭がどうにかなってしまいそうなほどの誘惑を、口の内側を噛み千切ることでどうにか振り払った。
……これ以上流されるな。
このままずっと、友達なのか恋人なのかわからないまま先輩と接するのか。
何の責任も負わないまま、美味しいところだけ頂き続けるのか。
全部お酒のせいにし続けるのか。
違うだろ! そうじゃないだろ!
「せ、先輩……!!」
勢いよく立ち上がり、ゆっくりと後ろへ身体を向けた。
ソファに横たわる先輩は、何が起こったのかわからず目を白黒させている。
「お、俺っ! 先輩のことが――」
◆
糸守君の様子がおかしい。
あれだけしておいて、まだ緊張しているのだろうか。
まあ一ヵ月ぶりだしね。私だってドキドキしてるし。
「せ、先輩……!!」
突然立ち上がった糸守君。
見上げると、彼の目にはいつになく熱いものがこもっていた。
……え、何?
今から何か始めるの?
「お、俺っ! 先輩のことが――」
そこまで言って、ピタリと動きを止めた。
まるで石像のようで、瞬き一つせずに私を見つめている。
「……い、糸守君? おーい、糸守くーん!」
手を振ってみるが、まったく反応がない。
おかしい。本当にどうしてしまったのだろう。
「――――っ!?」
ふらっ、と。
彼の身体が傾き、私に覆いかぶさってきた。
「えっ、ちょ、ちょっと糸守君!? どうしたの!?」
見た感じでは痩せ型だが、筋肉がみっちりと詰まっている彼の身体はかなり重い。
早くどいて欲しくて藻掻くが、中々どうしてその願いは届かない。
「……も、もしかして、我慢できなくなっちゃった? そういうことなら……うん、いいけど。糸守君がシたいなら、私……初めてだけど、頑張るよ……?」
糸守君も男の子だ。ついに限界に達したのだろう。
あまりにもいきなりで驚いたが、こういう日が来るのを待っていた。私にだって、そういう欲求はある。糸守君と……し、シたいと思う。
体調は万全だし、下着もとっておきのを着けてきた。
たぶん、きっと……可愛いと言ってくれる。褒めてもらえる。へへっ。
「……ん?」
待てど暮らせど、何の反応もない。
糸が切れた操り人形のように、ピクリとも動かない。
「糸守君? だ、大丈夫……?」
胸のあたりを強めに押した。
彼はそのまま、抵抗することなく床に落ちて行く。
「えっ!? ちょ、ちょっと、どうしたの!? 糸守君っ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます