第7話 テッテレ~! おっぱい~!


「はーっ、はーっ……」

「……や、やばかったね、この映画」

「えぇ……笑い死ぬかと思いましたよ」


 映画が終わり、俺たちは激しく呼吸を乱しながらソファに寝転がっていた。


 ワインの瓶は既に空。

 せっかくの沖縄だからと購入していた泡盛にも手を付けており、ここまで呑めば当然できあがっている。


「ねえ糸守君、せっかくだからプール入ろうよ!」


 バッと身体を起こすなり、満面の笑みで庭のプールを指差した。


「ダメです。酔った状態でそんなことしたら、最悪死にますよ」

「ぶーぶーっ。けちんぼー」


 先輩は唇を尖らせて、子供のように足をバタつかせた。


 駄々を捏ねてもダメなものはダメだ。

 飲酒後に入水すれば溺れかねないし、心臓にも負担がかかる。それくらいのことは、酔った頭でも理解できる。


「じゃあ糸守君は、私の水着姿……見たくないんだね?」

「は、はい?」

「見たくないなら見たくないって言いなよ」

「……そ、それは」


 見たい。すごく見たい。

 しかしそんな意思表明をするのは恥ずかしく、眉を寄せて難しそうな表情を作る。


「ハッキリと口に出してくれなきゃわかんないよ? 糸守君の気持ちを聞かせて?」

「ち、近いですよ……!」


 俺が座るソファの肘置きに手をついて、ぐいっと距離を詰める。

 先輩の荒い鼻息が、俺の前髪を揺らす。


「……こうしたら、もうちょっと素直になれるかな?」


 と、蠱惑的な声音で言って。

 しなやかな指先で、シャツの一番上のボタンを外した。


 視線を吸い取る胸元。

 更にボタンを一つ外したところで、俺は目を剥いて「い、いやいや!!」と絶叫する。


「まずいです!! まずいですって!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶが、先輩の手は止まらない。


 流石にこれは見てはいけない。そう思って目を瞑ること、数十秒。

 先輩が一向に喋らないことが気になり、薄目を開けて状況を確認する。


「うえっへっへっ。やらしーこと想像したでしょ?」


 シャツの下に着ていたのは、白いビキニのトップス。


 悪戯大成功! と言いたそうな表情で、先輩はピースサインを作った。

 全裸になるのではと気が気ではなかった俺は、未だ落ち着かない心臓に手を当てて呼吸を整える。


 この一ヵ月でわかったことだが、大人な演技を長年続けた影響か、先輩の素は小学生か中学生レベルだ。

 そこにアルコールの気持ちよさが加わってブーストがかかり、一緒に呑むたびにドキドキさせられる。

 役得だとは思うし、もちろん楽しいことに違いはないのだが、如何せん心臓に悪い。


「んじゃ、下も脱ぐから。ちゃんと見ててね?」

「……いや、もう水着きてるのはわかりましたから。もう大丈夫ですって」

「えー、やだやだ! せっかく買ったんだもん、ちゃんと見てよー!」


 そう言いながら、下に履いていたスカートを足から抜き取った。


 これといって飾り気のない水着。

 だが、先輩自身が金髪金瞳と宝石のような見た目なため、シンプルな白のビキニが暴力的なまでに似合っていた。

 スタイルは今までに見たどのグラドルよりもよく、ソファの上でポーズを決めるという限りなくアホな状況なのに、卑怯なまでに気品に満ちており神々しい。


「……」

「……」

「……何か言ってくれないと、流石の私もちょっと恥ずかしいんだけど」

「あっ。えっと、いや。……ご、ごめんなさい」

「見惚れちゃって言葉も出ないって感じ?」

「……」


 なぜバレた。

 ……エスパーか?


「んじゃ、はいっ、これは糸守君の水着ね」


 どこからともなく取り出したレジャー用の海パン。

 早く着替えろとこちらに差し出すが、俺はそれを受け取らずため息だけを渡す。


「何で俺まで水着にならなくちゃいけないんですか。しかも室内で……」

「私、糸守君の身体見たいなぁ。糸守君の逞しい腹筋、触りたいなぁ」

「別に逞しくないですし、見せられるような身体してません」


 両手をわきわきとさせながらニヤつく先輩。

 面倒くさいなと頭を掻いて、ジッと半眼で睨む。


「テメェがおっぱい晒さねえ限り、俺の腹筋は見せてやらねぇぜ! ってこと?」

「俺、いつそんなこと言いました!?」

「仕方ないなぁ、糸守君は。そんなに朱日ちゃんのおっぱいが見たいのかい?」

「ドラえもんみたいな口調で変なこと言わないでください!! ってか、声真似くそ上手いですね!?」

「テッテレ~! おっぱい~!」

「うわバカバカ!! 何考えてんだあんた!?」


 秘密道具を出す時のドラえもんそっくりな声を発しながら、右手でトップスを捲り上げた。

 敬語も忘れて絶叫するが、先輩の手は下乳を数センチ露出させたところで止まる。


「……へへっ。ほんとに見せると思った?」


 こちらの情欲に薪をくべるような淡い熱を纏いながら、二ッと白い八重歯を覗かせた。

 「残念でしたっ」と囁くように言って、トップスにかけていた指を放す。


 やめろと叫びはしたものの、正直なところ見たかった。

 男として、先輩のおっぱいに興味がないなど口が裂けても言えない。


「よーし糸守君、そろそろ脱ごっか」

「……まだ続けるんですか? もういいでしょ、流石に」

「えー? ぶーっ、見たかったの――」


 その瞬間、外で大きな光が炸裂した。

 数秒後、凄まじい雷鳴が鳴り響く。


 次いで雨が降り出し、外は一気に灰色に染まる。


「天気、やばくないですか?」

「……うん。ちょっとびっくりした」

「これって帰りの飛行機、ちゃんと飛べるんですよね?」

「大丈夫、だとは思うけど。風が吹いてなければ問題はないし」


 俺たちは雷に持って行かれたテンションを取り戻すべく、改めて酒を酌み交わした。







 それからしばらく経ち、先輩のもとに連絡が入る。

 ――強風により飛行機を出せなくなった、と。

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