魔王に勇者の情報が筒抜けの世界で孤独に魔王討伐を目指すことになった勇者の話

@Frithrik

第1話

 俺たちは南の果ての活火山で炎竜の王を倒し、竜王の逆鱗を手に入れた。この逆鱗があれば、俺の得物である魔槍はさらに威力を増し、魔王を打ち滅ぼすのに大きく近づくはずだった。

 しかし、代償も大きかった。俺たちは槍使いである俺、前衛を担当する戦士の男、癒しと防御呪文に優れた女僧侶、破壊魔法を操る女魔術師、そして死霊や魂を操る霊術師の5人で魔王を倒すための旅を続けていたが、炎竜の王との戦いで霊術師を失ってしまった。遺体か、死亡者の想いのこもった持ち物があれば蘇生が可能だが、そのどちらも炎竜の獄炎で消し炭にされ、霊術師を蘇らせることはできなかった。


 この世界は、遥か昔から人類と魔王が支配権をめぐって争いを続けていた。魔王は世界の果てに居城を構え、そこから魔物を生み出し進軍させ、人間の領域を狭めている。魔物に対し人類は防戦一方で、じりじりと土地を奪われていったが、人類の中から一つの時代に一人、魔物に対して類まれな力を発揮する人間が現れていた。その加護を受けた人間は勇者と呼ばれ、魔物の撃退、ひいては悲願である魔王を討ち取るという戦いのシンボルとなっていた。


 俺は数年前に加護に目覚め、この時代の勇者として各地で戦っている。旅の途中で命を預けられる仲間を集め、これもまた勇者の力の一部だが、加護を分け与えて魔物と死闘を繰り広げた。いくつかの魔物の巣窟となっていた魔王軍の拠点を解放し、人類の領域を押し返していった。


 俺たちが活躍するにつれ、世界全体が俺たちに魔王討伐への期待をかけるようになっていった。前線の魔物の拠点を潰すだけではなく、人類を苦しめる元凶を打ち破ってくれるのではないかという期待だ。勇者の存在に慣れた社会は当代の勇者がどれほどのものか常に値踏みしていて、俺たちはここ数世代の勇者の中では最も優れているという評価らしい。今では駆け出しの頃からは考えられないほどどの街へ行っても惜しみない協力が得られた。


 何よりも有難かったのは情報の提供だ。一般人には伝えられていないような武器を強める方法や強力な呪文、様々な効果の薬品などの知識を教わった。もちろんそのような強力なものは人間の領域で完成させられるものではなく、魔王の領域深くまで分け入って危険に打ち勝たなければ得られない材料を使うものだった。


 今回俺たちが入手した炎龍王の逆鱗もその一つだ。アイテムだけではなく、人類の重要拠点である火山とその周辺を解放するという目的もあった。俺たちは秘境の鍛冶師を探し出し、魔王に届く武器を得るにはどうすればよいかを聞いた。そして得られたのがこの逆鱗の情報だったのだ。俺の槍を逆鱗を使って鍛えれば、この世で最も強力な炎の魔力を帯びた槍となり、これまで振るっていたものとは比べ物にならない威力が得られるという。


 しかし、先ほど言った通り俺たちは大切な仲間を一人失った。俺たちが強くなり、魔王を倒すという目的を意識してからというもの、そのための強さを得るためには大きな危険に挑まなければならなかった。俺も含め仲間たちは何度も死を覚悟するような状況に追い込まれ、実際に死んだことも一度や二度ではないが、なんとか死体や遺品を回収し最後には蘇生することができていた。蘇生すらできない状況になり、本当に仲間が還らぬものとなったのは初めてだったのだ。


 俺たちは炎竜王を倒した後、火山の麓の集落へと戻った。火山に巣食った魔物に脅かされていた集落は、炎竜王を撃退した俺たちを最大限の歓迎で迎えてくれた。仲間を失った直後ではあったが、仮に誰かが欠けても魔王を倒すまでは前を向き続けようという全員で立てた誓いを思い出し、俺たちはつとめて明るく振舞っていた。


 集落の人々が開いてくれた宴の後、俺たちは宿屋のそれぞれの部屋へ入った。ベッドに腰掛け、革袋の中へしまった逆鱗をじっと見つめる。竜は巨大だったが、逆鱗は人の掌に納まるような大きさだ。しかし、竜の身体から切り離されても熱を持ち、膨大な魔力がみなぎっていることが魔術師ではない自分にもわかるほどだった。


 失った霊術師のことを想い、魔王を倒すことの決意を固めたとき、部屋の隅に青白いもやが漂っていることに気づいた。

 死霊の類だろうか。街や集落には結界が張られており、人に害をなす死霊は簡単には立ち入れないようになっているはずだが、この集落は魔物に脅かされていたこともあって結界が緩んでいたのかもしれない。

 俺は、武器と死霊に効果のある聖水の瓶を荷物入れから取り出して構えた。


 その青白いもやは、徐々にくっきりと人の姿を形作っていった。軽装の鎧に身を包み、背中に槍を背負った壮年の男だった。生前の姿を保っていることから、害をなす死霊ではないとわかり警戒を解いた。落ち着いてその霊の顔を見ると、実際に会ったことはないはずだが、最近どこかで見たような気がする、という不思議な感覚だった。


 霊はゆっくりと目を開くと、俺の方へ向き直り、じっと見つめ、そして口を開いた。

「お前の中に加護の力を感じる。どれだけ時が経ったかわからないが、この時代の勇者ということか。」

 現世に執着を残した魂がさまよっていることは稀にあるが、ここまで明瞭に意思疎通が可能な霊は見たことがない。同時に、俺はその霊をどこで見たことがあるかを思い出した。

「確かに、俺は今勇者として戦っている者です。あなたは、勇者ローレンスではありませんか。」


 ローレンスというのは、200年ほど前の時代に活躍した、槍の名手として有名な勇者だ。歴史に残っている勇者の中でも特に魔王に迫った人物で、魔王の領域の奥深くにある拠点を次々と打ち破り、魔王城に乗り込んで魔王そのものと戦ったと聞く。彼はこの火山の麓の村の出身で、その功績を称える銅像が残されていた。炎竜を破った宴の中で、村人から銅像を見せられ、ローレンスの功績を聞いた。同じ槍使いであることから特に記憶に残っていたのだ。

 ローレンスの最後は魔王城へ仲間と乗り込んだが、魔王を倒すことは叶わず、彼自身も共に戦った仲間も誰一人魔王城から戻らなかったという話だ。

 霊は名前を呼ばれ、驚いた様子だった。


「その通り、私は槍使いのローレンスだ。私の時代からどれほど時間が経っているかわからないが、かつて勇者として戦い、魔王に敗れ、仲間にいた霊術師の最後の力で魂だけが魔王の城から逃げ延びることができた。」

 ローレンスの霊は、俺が手をかけていた槍に目をやった。

「お前も槍を使うようだな。勇者の中でも特に武器を同じくする者同士、何か共鳴するものがあったのかも知れん。霊が想いや縁のある土地に結び付けられるということは知っているだろうが、私の場合は故郷のこの土地だったようだ。」


 この部屋は2階だったが、集落の広場に面した窓の外を見てローレンスの霊は続けた。窓の外には、まだ宴の続きをしている住民達が踊ったり酒を酌み交わしたりしている。

「今は祭りの時期ではないはずだが。少なくとも魔物に怯えてはいないようで何よりだ。勇者のお前がこの村にいることと関係があるか?よければお前の旅のことを聞かせてほしい。」

 ローレンスの霊が魔王の手に落ちているとは思えず、俺はこれまでの戦いの旅のことを話した。順調に仲間を集められていたこと。いくつか強力な敵の拠点を落とし、魔王を倒すための準備を進めていること。この集落を訪れたのも、槍を強くするための炎竜王の逆鱗を得るためにやってきたこと。その過程で優秀な霊術師を失ってしまったこと。


「……そうか。私の仲間だった霊術師が、命を投げうって私の魂を魔王の城から逃がした目的が、今やっと果たされそうだ。魔王を打ち倒すため、これから私が話すことを心して聞いてほしい。」

 俺は身構えた。200年前の勇者が俺に伝えたいこととは何だろうか。

「まず、誰も姿や能力を見たことのない魔王についてだ。それはこの時代も変わらないか。」

 過去、数少ない優れた勇者が魔王の領域を踏破し、魔王に挑んだと聞いているが、誰一人として帰ってきた者はいない。従って、俺の時代でも、魔王については何もわかっていない。そのことをローレンスへ答えた。

「やはりか。まず、魔王は人間たちが想像を膨らませているほどに強大なわけではない。もちろん並大抵の人間では足元にも及ばないが、加護を受け、技を鍛え、強力な武器を準備した我々勇者とではさほど戦う力は変わらないというのが実感だ。」

 ローレンスは続ける。

「では、なぜ魔王はどの勇者も退けているのか。それは、魔王は人間の領域に放った目と耳を使って勇者とその仲間を調べ上げ、徹底的に対策を練り上げているからだ。」

 それを聞いた俺は、火山の麓であることの暑さとは違う汗をかき始めた。ローレンスは、俺の動揺を見て取ったようだった。

「例えば、槍使いである私に対して、魔王は突き刺す攻撃に特別に強い鎧を身にまとっていた。霊術師への対策か、魔王の玉座は弱い生物の魂を浄化する魔術がかけられていて、霊術師が持ち込んだ、使役して戦わせるための魂は役立たずになってしまった。お前は今恐ろしく強い炎の魔力を帯びたものを持っているようだが、それを槍に纏わせたとて、魔王は炎への防御を固めてくるだろう。」


 確かに、普段俺たちが戦うことの真逆のことをやられている。俺たちは炎竜王に挑むために、炎を防御し、竜王が弱点とする氷や水の魔力をもった武器や呪文を用意して挑んだ。こちらが魔王について何も知らず、逆に魔王がこちらを知り尽くしているのであれば、勝ち目などあるのだろうか。

「かといって、ここまで名声を得たお前たちが戦いをやめることなど許されないだろう。お前たちが魔物相手に倒れることなどない強さだからこそ、魔王へ挑まざるを得ないはずだ。」

「……俺たちは、どうすればいいのでしょうか。」

「その前に、さらに希望を失わせるようなことを伝えなければならない。人類の中に、魔王に与する者たちがいるのだ。人類と魔王が戦い続けている世の中は、ある層の人間たちには都合がいい。武器の流通や、魔物から得られるものを扱う商人、蘇生や治療を扱うことで存在感を示せる教会の連中、魔術の探求に魔王の領域や魔物を利用している魔術学院…… 実際、俺の生きていた時代では既に、人間の社会は魔王との戦いありきで回っていた。今もそうだろう。」

 最近の自分の活躍で、人類の団結を感じていた俺としては信じがたい気持ちだった。


「そのような輩は、魔王と人類の戦いがいつまでも拮抗状態で続くことを望んでいる。おそらく魔王もそこにつけこみ、何らかの見返りを用意して自分の元までたどり着くような勇者の情報を流すよう仕組んでいるのだろう。心当たりがあるのではないか。」

 思えば、今回の炎竜王の情報も有力な武器商人からもたらされた。他にも、魔術学院からは強力な呪文のありかを教えられ、教会からは蘇生魔法の成功率を高めるための特殊な詠唱方法を書いた書物の探索を依頼されていた。

「それらは、端的に言えば魔王の誘導だ。勇者たちが力を伸ばす方向を誘導し、魔王を倒すのに十分な力を得たと錯覚させ、自分の元へ引き込む。しかし、その力は魔王にとっては簡単にあしらえるものというわけだ。」


 俺は、手の中にあった逆鱗を握りしめた。霊術師の命と引き換えに得たこれは、無意味ということだったのだろうか。

「その逆鱗には、魔王にとっては2つ目的があったのだろう。一つは今言ったようにお前の力を炎の槍に固定してしまうため。もう一つは、霊術師を排除することだ。魔王であれば、私の死体から魂が抜けだしていること、それが私の仲間だった霊術師の仕業であることに気づいただろう。魔王にとっては、魔王がいかに戦っているかという情報が漏れることを何より恐れているはずだ。また同じことが起こらないよう、霊術師は自分のもとに呼び込む前に消す必要があったのではないか。」

 戦っている時は夢中で気づかなかったが、今思い返すと、炎竜王は霊術師を特に狙っていたようにも思える。


「どうすればいいのか、というお前の問いに答えよう。お前は、魔王と魔王の手先の人間に気づかれないよう新たな力を磨く必要がある。これまで積み上げてきた槍の力は既に魔王に気づかれている。かといって、生半可な技や装備では、魔王の準備の外を突いたとしても倒すことはできないだろう。万全を期すならば、魔王に知られずに、その逆鱗を使って鍛えた槍ほどの武器を用意したいところだ。」

 俺は押し黙ってしまった。これまでに得た技や装備、魔法は数えきれないほどの人の助けによって得たものだ。俺たちはそれを魔王を倒してほしいという願いと善意と受け取っていたが、その中に魔王の手先として俺たちを陥れようとする悪意があったのだと聞かされると、軽い吐き気がこみあげてくるほどだった。


「俺の生きていた時代よりも、この時代の方が魔王の影響力は増しているはずだ。言うのは簡単だが、実行に移すことの難しさはわかっているつもりだ。追い打ちをかけるようだが、お前が加護を分け与えた仲間ですら、魔王の手が及んでいないとも限らない。」

 俺は立っていられなくなり、寝台に腰を下ろした。

「だが、魔王討伐は必ず成し遂げなければならないのだ。魔王は表向き、人類と魔物の拮抗を口に出して人類に取り入っているのだろう。しかし、魔王の言いなりになる人間が一定を超え、人類の抵抗する力が弱まったところで一気に人類を滅ぼしに来るはずだ。それに、魔王の戦い方が漏れたと知ったら、魔王は別の方法を考えるだろう。俺の話を聞いたお前が成し遂げなければならない。次があるかはわからないのだ。」


 俺は目線を落としていたが、ローレンスの霊が、現れた時よりも透き通っていることに気づいた。

「俺の魂は目的を果たした。これ以上この世に留まることはできないようだ。全てをお前に託すことになって申し訳ないと思っているが、俺と俺の仲間の無念を晴らしてほしい。」

 言い終えたローレンスの霊体は形を失い、部屋には俺一人が残された。

 気持ちの整理がつかずそのままの姿勢でいたが、部屋の扉が叩かれた。


「ねえ、話し声がずっと聞こえたけど誰か来たの……?」

 魔術師の声だった。俺は扉を開け、誰も来ていない、これからのことを考えて独り言を言っていたかもしれないと答えた。

「そう、今回の戦いは今までで一番大変だったものね…… 今日くらい羽目を外してもいいけど、ゆっくり休むようにね。」

 魔術師は隣の自分の部屋へ戻っていった。魔術師は旅の始まりから行動を共にしていて、最も信頼できる仲間だ。魔術師が魔王の手先である可能性など考えたくもなかった。


 俺はこれからのことを必死に考えていた。まず仲間の中に魔王の手先がいるのであれば、全員で行動していては情報が筒抜けになる。一旦解散し、一人か魔王の手先でないと確信の持てた者と行動するしかない。その上で新たな戦い方を身につけるにはどうするか。ローレンスの話しぶりでは、権力や富の集まるところは魔王の息がかかっていると思って間違いないように思える。であればギルドへ行って訓練することはできず、世俗に興味のないような師を見つけなければならない。装備や魔術に関しても同様だろう。何もかもを秘密裏に行わなければならないというだけで、これまでこなしてきたことが数倍にも数十倍にも困難になることは間違いなかった。


 俺はその晩一睡もできぬまま考え通した。朝になり階下の食堂へ降りていくと、仲間たちが既に朝食のテーブルについていた。全員から、寝ていない様子の俺へ心配の言葉を掛けられたが、俺は大丈夫だとそれを遮った。そして、俺は今持っている力をそれぞれ高めてまた集合しようという提案をし、反対する声を押し切って仲間全員に納得させた。


 そして、俺は一人でこの火山の麓の集落を出た。これまでと真逆の孤独な旅を思うと一歩目から心が挫けそうになるが、俺はなんとか第一歩を踏み出した。俺はどこかで、自分がしくじっても次の勇者に託すだけと考えていたが、魔王の真実を知るのは俺だけなのだ。必ず魔王を倒す、その決意が俺の歩みを支えていた。


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