第196話 美濃守護代斎藤家終焉②
上杉景虎率いる軍勢は稲葉山城の麓に着いた。
斎藤道三による上杉本陣への夜襲以外は大きな戦もなくここまできた。
本陣から見上げる稲葉山城は巨大な天然の要害である。
稲葉山城は山頂にある。
そこに至る道中に数多くの砦が築かれており、山自体が巨大な城と言っていい作りとなっている。
「景虎様、諸将が集まりました」
「分かった」
景虎は、自らが率いてきた武将達と恭順を示した美濃国衆を本陣に集めた。
「いよいよこの稲葉山城を落とせば、美濃平定が終わる」
「景虎様、稲葉山城はかなりの要害。かなり厳しい戦いとなるかと」
柿崎景家は、稲葉山城を見て厳しい戦いになるとの見通しを話した。
「景家。必ずしもそうとは言えん」
「それは一体・・」
「理由の一つが、稲葉山城は籠城戦には向いていない」
「あれほど堅固な城が籠城に向いていないとは」
麓から見える稲葉山城。
山頂には稲葉山城。
峰々には幾つもの砦が見える。
そこに至るために険しい山道を駆け上がりながら、幾つもの砦を落とさなければならい。
堅固な城にしか見えない。
「井戸が無いのだ。いや、正確に言うと、いくら井戸ほっても水が出ない。それゆえ雨水しか水がない城なのだ」
「井戸が無い・・そんな馬鹿な・・それでは守りきれません」
「そうであろう、明智殿」
美濃国衆の明智光秀に話を向ける。
「は・・はい、その通りです。いくつか城内に井戸と名付けられたものはありますが、その中に湧水の井戸はありません。雨水を貯めておくためのものです」
「だからこの城は、本来周辺の支城で敵を防がねばならない。城の麓まで敵がきた段階で詰んでいるのだ。この城は、いわば権威を示すだけの城にすぎん。どんなに険しい山道を巧みに利用して守っていても、水がなくなれば城を維持できん」
「なるほど、今回の我らの様に圧倒的な軍勢で周辺を全て平定し、取り囲めば落ちるのは時間の問題ということですか」
稲葉山城に井戸が無く籠城に向かない城である理由に納得している柿崎景家。
「さらにもう一つある」
「もう一つとは・・」
「立てこもっている斎藤利尚の兵は、五百を切っている。おそらく四百いるかどうかであろう」
「なんと、斎藤利尚側がその数では全ての砦を守ことは不可能でしょう」
「おそらく砦を維持することは出来ないだろう。山頂の稲葉山城を維持するのがやっとであろうと思う」
上杉本陣に集まった者たちは、景虎の言葉に驚いていた。
特に、稲葉山城にいる兵の少なさに驚いていた。
「では、今後の攻めは如何いたします」
「まず、稲葉山城に至る道を全て封鎖する。南側斜面を登る七曲口。西側斜面の百曲口。北側斜面の水の手口。東側斜面を登る達目を封鎖する。その上で稲葉山城に向けて総攻撃をかける」
「はっ、承知しました」
「景虎殿、少し待ってもらえないか」
上杉勢が動き出すことに待ったをかけたものがいた。
本陣の者たちが声をかけて入ってきた者に一斉に視線を向ける。
美濃守護であり上杉家が保護している土岐頼芸であった。
美濃国衆は驚き、一斉に頭を下げる。
「土岐頼芸殿。なぜここに、ここは危険。信濃でお待ちください」
「上杉家に助けを求めおきながら、自分だけが安全な場所でのうのうとしていることはでき無いだろう。稲葉山に籠っている者達の数はわずかと聞いた。数に物を言わせればあっという間に落城であろう。だが彼らも一時は、美濃守護である私に忠節を誓っていた者たち。彼らに我らに降るように最後の勧告をさせて貰いたい」
土岐頼芸は上杉景虎に頭を下げた。
上杉景虎はしばらく考えたのち土岐頼芸に応えた。
「分かりました。ならば、我らに降るようにしたためた書状を、この景虎と土岐頼芸殿の連名で作成して、各砦と稲葉山城に届けましょう。それで宜しいか」
「かたじけない」
「明日の朝までに我らに降るものは、命を助けることを約束しましょう」
「それでお願いしたい」
土岐頼芸は美濃国衆に声をかける。
「誰か、我らの書状を各砦と稲葉山城に届けてくるものはおるか」
美濃国衆は皆考え込んでしまう。
「いないか・・ならば、この土岐頼芸が直接赴こう」
土岐頼芸の言葉に驚く景虎。
「お待ちください。書状は我ら上杉の者たちが届けます。土岐頼芸殿が行くのは危険です」
「だが、美濃がここまで・・・美濃がここまで荒れたのは儂の不徳の致すところ」
「お待ちください」
一人の美濃国衆が声を上げる。
「明智光秀と申します。その大役、ぜひこの私にお任せください」
本陣にいる者たちが一斉に明智光秀を見る。
そこには真っ直ぐに景虎たちを見つめる若者がいた。
「光秀殿、貴殿が行かれると言われるか」
「はい、ぜひお願いいたします」
「砦は良いかもしれんが、稲葉山城に赴けば、裏切り者呼ばわりされて斬り殺されるかもしれんぞ」
「それは、行ってみなければわかりませぬ。人間、どんなに安全な場所にいても死ぬときはあっさり死にます。どんなに危険な場所にいても死なぬ者は死なんものです。討たれたなら、元々それまでの運命であったということ」
明智光秀の言葉を聞き、嬉しそうな顔をする景虎。
「よくぞ申した。明智光秀殿。お主は肝の座った奴よ。良いだろう。お主に任せる」
「はっ・・ありがとうございます。必ずやその大役果たして見せます」
上杉景虎と土岐頼芸は書状の作成に取り掛かった。
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