第140話 旗幟鮮明にせよ

長野業正の居城箕輪城

山の峰を垂直に削り外敵の侵入を防ぐように作られた大きな堀切、そして大きな空堀が特徴の難攻不落の城だ。

上杉晴景は景虎と合流し、箕輪城で城主である長野業正と会談をしていた。

「業正殿、これが関東管領上杉憲政殿が書かれた上野国一任の書状である。目を通されよ」

上杉晴景が書状を渡すと長野憲政は書状を開き目を通していく。

「こ・・・これは、間違いなく上杉憲政様自らの字と花押」

長野業正は書状を読んだ瞬間、驚きしばらく言葉が出なかった。

しばらく呆然としていたが、慌ててその書状を上杉晴景に返した。

「晴景様。よもや、憲政様がこのような書状を書かれるとは思いもよりませんでした」

「我らは、本来なら関東の揉め事に関わりたくは無かった。だが、関東管領殿が我らの越後に逃げ込んでこられた以上は、そのままには出来ん。だが、関東管領殿の現状認識がとても甘い。儂らを利用すれば、再び関東で権勢が振るえると、甘い夢を見ているように見受けられた。それゆえかなり厳しいことを言わせてもらった。上野国を取り返し自らが治めるならば、自らの命をかけて先陣を切らねばならぬことを教えたら、気後れしたたのであろう。自らが先陣を切らねばならぬ怖さを初めて知ったのだ。その結果がこの書状だ」

「名門ゆえの甘さでしょうか」

「名門もあるが個人の資質も大きいであろう」

「この先、この上野国をどのようにされるおつもりで、上野国から北条を追い出しても越後上杉家が帰られたら、また北条の支配に戻ります。これを延々と繰り返すことになります。そうなれば、国衆はもちろん領民も疲弊してしまいます」

長野業正は、疑うような視線をしながら懸念を口にした。

「それは、儂も承知している。この上野国に住む者達を疲弊させたくない。この書状にあるとおり、関東管領殿から上野国に関する全てのことをこの上杉晴景に一任されている。それ故、この上野国を我らの領地として扱い、領民達が豊かに平穏に暮らせるようにする。そのためには、長野業正殿、お主の力が必要だ」

長野業正は目を見開いて驚いていた。

「晴景様が領有されている他の国と同じように扱っていただけると言うことでしょうか」

「当然だ。もし領地を略奪せんとする者いれば我らは全力で戦おう。多くの新田を開発し、飢えに襲われないように多くの実りが得られるように力を貸そう。鍛治、木工などの産業を活発にして豊な国としてみせよう」

長野業正は、上杉晴景の言葉を聞き姿勢を正し平伏した。

「承知いたしました。晴景様は多くの国を従え、従えた国の国衆と領民達は豊かに平穏に暮らせていると伝えきいております。ならば、我らはそのお言葉を信じ、この長野業正及び我が一族郎党は、本日只今より上杉晴景様に誠心誠意お仕えいたします。どうかこの上野国を平穏に豊かに領民達が暮らせるようにお願いいたします」

「承知した。この上杉晴景は上野国を豊に平穏な国とすることを約束しよう。ならば、平井城にいる北条勢を追い払わねばならん。業正殿、上野国衆に呼び掛けてくれ、北条に付くか、我ら越後上杉に付くかハッキリせよとな。中途半端な真似は許さんと伝えてくれ」

「承知しました」

旗幟鮮明きしせんめいにしないものは残らず敵とみなすと、この上杉晴景が言っているとも伝えてくれ」

「ハッ、承知しました。では早速」

長野業正は急ぎ部屋を出て行った。



上野国青柳城

城主である赤井照康の元に上杉晴景からの書状と長野業正からの書状が届いた。

赤井照康は緊張した面持ちで書状を開きゆっくりと読んでいく。

「照康様、上杉晴景殿と長野殿はなんと申しておりますか」

赤井照康は、富岡秀親に二通の言葉に書状を渡す。

富岡秀親は素早く書状に目を通していく。

「越後上杉家の上杉晴景殿は、全ての上野国衆に対して旗幟鮮明にせよとのおおせだ。ようするに、越後上杉家に従うか、北条家に従うかハッキリ決めろとのことだ」

「旗幟鮮明ですか、中途半端な態度は許さんと言うことですな」

「その通りだ。日和見を決め込むと敵として扱われることになる。北条もろとも討伐されることになるぞ。さらに、憲政様の上野国一任の書状に従い、この上野国を越後上杉家の所領として扱い、越後上杉家の国内と同じ扱いとするそうだ」

「なるほど、それゆえに敵対は許さんとの事ですか」

「小幡顕高殿は既に上杉晴景殿に従うそうだ」

「小幡殿ですか・・早いですな」

「北条に伏兵として使われ、越後上杉の軍勢からさんざんに鉄砲を撃ち込まれたからな、同じ目には会いたく無いであろう」

「ならば、我らはどうします」

「上野国を越後上杉家の所領として扱い、越後上杉家の国内と同じ扱いとすると書いてある。つまり、今回のことは一時的な単なる遠征では無い。越後上杉家として本格的な統治を行うと言う事であろう」

「越後上杉家は北条を圧倒的に上回る巨大な大名家。上杉晴景殿、景虎殿お二人は類まれなる戦巧者と聞いております。その越後上杉家がこの上野国においてしっかりと統治されるのなら、我らの答えは決まっております」

「我らは越後上杉家に従う。それが今できる最善の道だ。北条に分からぬように上野国の主となる上杉晴景様に挨拶に行かねばならん。遅くなるほど立場が悪くなる。これより直ちに挨拶に向かうぞ」

「承知いたしました」

赤井照康、富岡秀親らは僅かの供回りを連れて上杉晴景のいる箕輪城に向かった。

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