Holy-March ~賢しき聖女の行進曲~

小本 由卯

第1話 聖女と魔書

 この世界では、人間と魔女が共生する時代があった。


 しかしその関係は穏やかなものばかりではなく、お互いが傷を

付け合い、さらには命を奪うものまでが現れるようになっていた。


 そしていつしか魔女はこの世界から姿を消し、一方の人間からも

その存在を忘れられつつあった。


 …………。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!」


 物静かな聖堂の中に響き渡ったのは、書物の落下音と絶叫。

 この場所に身を置く修道女、アムレータが発したものである。


 その音を聞きつけ、悲痛なうめき声を上げながら頭部を

押さえるアムレータの元へと慌てて駆け寄る存在があった。


「レタちゃん、大丈夫か?」


 そう言いながらアムレータの元へと近づいてきたのは、彼女と同じく

この修道院で働く修道士、タルリスである。


「ご、ごめんねぇ……変な声出しちゃって……大丈夫、賢しき聖女は

これくらいじゃ死なないよ」

「縁起でもないことを言わないでくれ」


 頭巾で覆われた額を摩りながら、普段の様子と変わらない態度で答える

アムレータを見て、タルリスは呆れた声を出しつつも何処か安堵した表情で

言葉を返すと、彼女の傍にある本棚へと視線を移す。


「うう……掃除しようと思って手を伸ばしたら落ちてきた……」


 上段部分が欠損した本棚を落ち着いた態度で見据えるタルリスに、アムレータは

悔しそうな声を上げながら本棚へと視線を向ける。


「げ……やっぱり壊れてる……」

「院長に報告して直すか新しいものを用意してもらおう」


 タルリスはアムレータの足元に散乱した本へと手を伸ばすと、アムレータも

続くように自身の周囲の本を拾い上げた。


「ありがとうスー君、助かるよ」


 周囲を本を片付けていく2人であったが、ふとアムレータが拾い上げた

一冊の本が自身の目へと留まった。


「……?」


 疑問の表情で本を見つめるアムレータの様子を見て、タルリスが声を掛ける。


「何かあった?」

「これ……見慣れない本があるんだけど……」


 タルリスの問いに、アムレータは持っていた本を彼の視線の前へと差し出す。

 表紙には文字などの表記が無く、微かに特徴のある模様が確認できるだけの

古びた本であった。


(何の本だろう……?)


 アムレータは手にした本を開くと、タルリスも合わせて本の中身へと視線を移す。

 その本の頁を見据えた2人は、自然と同じ表情を浮かべていた。


「全く読めないね……」

「何処の文字だ?」


 本の中に記されていたのは、2人の見慣れない文字によって頁一杯に

綴られた文章。

 その先の頁をめくり進めるも、同じような文字で綴られた本の様子を

見て、アムレータは静かに本を閉じた。


「あの……まさかとは思うけど、呪いの本の類じゃないよね……考えなしに

開いちゃったけど大丈夫だったかな……?」

「曰くつきの本なら、このような人の触れる場所に置いておくとは思えないが……」


「本棚の件と合わせて、それも院長に聞いてみてはどうだろう」


 苦い顔を浮かべながら問い掛けるアムレータに対し、タルリスはなだめるように

冷静な態度で言葉を返した。

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