第73話 固有名詞は知識量次第

どこまで詳しく固有名詞を書くのかは知識量次第




材質はどこまで詳しく書けばいいのか

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(1) うちの浴室は木で出来ている。

(2) うちの浴室は檜で出来ている。

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 日本の浴室でよく使われる木材は「檜」です。だから(2)のように具体的に書くことが正しい。


 ……と思いきや、ここで木の材質を「檜」だと確定する必要がどこまであるでしょうか。


 この小説は木の種類を丁寧に書き分けたい。

 というのでしたら「檜」でよいのです。


 もしそれほど「木の種類にこだわりたくない」場合は、ここで「檜」と確定してしまうと、それこそ木が出てくるたびに「杉」「松」「楓」「銀杏」「梅」「桃」「桜」などと書き分けなければなりません。


 木に詳しいのであれば、アピールポイントにもなりますので積極的に「木の種類」を書いていくべきです。

 しかしそれほど木に詳しいわけではないのなら、浴室の材質を「檜」と書く明確な理由はありません。その場合は(1)のように単に「木」とするのが正しいのです。

 書いているのが異世界でしたら「檜」はあるのか、というそもそも論もあります。


 また、浴室の材料としてホーローを使うメーカーもありますから、

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(3) うちの浴室はホーローで出来ている。

(4) うちの浴室は金属で出来ている。

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 (3)の「ホーロー」との対比であれば(2)の「檜」がふさわしく、(4)の「金属」との対比であれば(1)の「木」がふさわしいですね。




花はどうか

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(1) 真っ赤な薔薇の花束を渡した。

(2) 真っ赤な花束を渡した。

(3) 花束を渡した。

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 花についても同じことが言えます。

 「薔薇」は定番ですからたいていの人は「薔薇の花束を渡した。」と書きます。

 色味を付けると(1)「真っ赤な薔薇の花束を渡した。」になりますよね。

 では他にも花が出てきたとき、その種類を事細かく書けるかどうか。

 詳しく書けないのなら(2)「真っ赤な花束を渡した。」でもかまいません。少なくとも色味くらいは誰にでもわかるでしょうから。

 もし色味も連想させたくないのなら(3)のように「花束を渡した。」と書けばよいのです。ただ、それだと想像力の欠如を問われかねないので、少なくとも色味くらいは書いた(2)であるべきです。


 「梅」「桃」「桜」のように代表的な花は皆さん思いつくはずです。

 「芍薬」「睡蓮」だと明確に花のイメージと名前がリンクしない方も多いでしょう。

 その場合、わかるものだけ「梅」「桃」「桜」と書いて、わからないものは「花」とだけ書く方法もあります。

 一度「薔薇」と書いてしまうと、他の「花」も種類が気になるのが読み手の性質です。


 また、「花」には「花言葉」があって、どの花のどの色を書くかで送り手の気持ちを匂わせることもできます。書き手の伏線にもできるのです。

 だから「花」の名前だけでなく「花言葉」にも詳しくないと、「花」の種類を明確に書くのは難しい。

 文章に「色付きの花」が出てくるとある程度「花言葉」に詳しい読み手は裏を探りたくなるのです。

 だから花を全面に出したい場合は、「花言葉事典」のようなものを買ったり検索したりする必要があります。

 単にノリとイメージで「黄色い薔薇の花束を愛する人へプレゼントした」と書いた場合はどうなるか。「黄色い薔薇」の花言葉は「嫉妬」ですから「あなたに嫉妬しています」という意味合いを愛する人へ送ることになります。

 これではちぐはぐですよね。

 愛する人には「情熱」の「真っ赤な薔薇」であるべきです。

 それでも「黄色い」花を送りたいなら「黄色い花束を愛する人へプレゼントした」とすればよいでしょう。あえて「薔薇」と書いて花言葉を探られる手がかりにされても困りますからね。




純文学は広範な知識を求められる

 木にせよ花にせよ。詳しく知っていて書き分けている文章には格式が生じます。

 知識に裏打ちされた情報量の多い文章です。

 純文学を書く方は、とにかく「木」「花」だけでなく「動物」「魚」「自動車」「飛行機」などにも詳しくなるべきです。可能なら数学や科学・化学にも知識が及ぶべき。

 そこから得られる情報量が、文章の格式を高めてくれます。

 文学作家がニュースバラエティのコメンテーターになる理由がそこにあります。


 逆に言うと、「現実の物事に詳しくなければ、現代ドラマは書きづらい」ということでもあります。

 それでも現代ドラマを書きたい場合は、あくまでもエンターテインメントに振って木や花、動物、魚、自動車、飛行機などを詳しく書かなくても面白ければそれでよい作品を書くしかありません。


 現代ファンタジーでも、できるだけ現実の物事に詳しいことが有利なのは確かです。

 しかし、ダンジョン配信もののように、現実の物事にほとんど触れず、独自の世界観を構築する人が現代ファンタジーでは多く見られますよね。

 ラブコメも現実世界で繰り広げられるのなら、物事に詳しいことが求められます。


 では歴史・時代・伝奇ならどうか。こちらも舞台とする時代に詳しいことが大前提です。歴史関係に詳しくないのにこれらを書くのは難しい、というより受け入れられないのです。書きたければ資料を集めて徹底的に研究しなければなりません。先駆者が有利な一面があります。


 だから「小説投稿サイト」では余計な知識が要らない異世界ファンタジーが一大勢力を誇っている面もあるでしょう。

 現実の物事に詳しくなくても面白い小説に仕上げるには、異世界を舞台にするのが最も手っ取り早いからです。

 現実世界であればどうしても読み手の知識と比較することになってしまいます。

 だから現代ファンタジーやSFでも、書き手が好きに構築でする「ゲーム世界」を舞台にすることが多いのです。

 現実の物事に詳しくなくても面白い小説にできますからね。

 未来科学としてのSFは、相当な考察力を必要とするため、書き手が少なくかつ読み手も少ないのが現状です。未来SFよりもゲーム世界のほうが構築しやすいですからね。




一般名詞か固有名詞か

 「木」「花」のような一般名詞を使うのか、「梅」「桜」「ひまわり」のように固有名詞を使うのか。

 知識が豊富なら固有名詞を、知識がなければ一般名詞を使うとよいでしょう。

 一部分だけ固有名詞を選ぶとバランスが崩れる元になります。

 ただ、その「睡蓮」が物語を通してキーアイテムとなるのであれば、他の花は固有名詞を使わず、「睡蓮」だけを固有名詞にすると、作品のキーアイテムとして確立できます。

 もちろん「睡蓮」を引き立てるために対比となる花の固有名詞を書くのも効果的です。




あとがき

 今回は「固有名詞は知識量次第」について述べました。

 詳しいものなら固有名詞を使い、それほどでもないものは一般名詞を使うと知識のバランスが保ててよいですね。

 ただし「Windows」「iPhone」などの商標登録されている固有名詞を使うと、商標権の侵害となります。そういったものは似ているけど違う固有名詞を付けるようにしてください。「Desks」のようなものですね。即興で考えたのですが「oPhone」は中国のスマホOSらしいですね。となるとこれは排除するべきです。

 今はネット検索で商標かどうかが調べやすくなっているので、作品で使いたい固有名詞があったら、商標登録されているか確認するとよいでしょう。




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