第6話

 出てきた検索結果には、さまざまなジャンルのWEBページが並んでいた。

 武道、サッカー、ゲーム、そして。

「霊の足に蹴られた」

という記事も、そこにはあった。

 私はそれらを――つまり「足の霊に蹴られた」もとい「霊の足に蹴られた」という記述のあるものを、次々に開いていき、読みふけった。

 動物霊。

という話が、多いようだった。

 動物の霊に憑依され、その霊に蹴られたり、或いは取り憑かれた者自体が壁や何かを蹴りまくる。

 そういった症例(というのか)と、浄霊で治癒させる話が、さまざま存在していた。

 浄霊――

 私の心は揺れた。

 足に取り憑かれた当初、それを考えないでもなかった。

 ただ、恐らくそういった作業を頼むとなると、金子が必要になる。

 それも恐らく、半端なき額の金子がだ。

 なので、心に浮かんだ直後、その方策を私は却下した。

 だが、どうだろう。

 もうすぐ、ボーナスも支給される。

 この冬のボーナスで、ひとつ奮発して、浄霊してみるというのはいかがか。

 どうせ、独り身だし。

 私はしばらくの間、考えた。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 足は、その間も迷うことなく私の腰を蹴りつづけた。

 ふ、ふ。

 私の鼻から、元気のない笑いの呼気が漏れた。

「この冬のボーナスは、お前のために、奮発してみるかな。ルームメイトよ」


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 足は特に返事も反応もせず、蹴りつづけた。

 こいつは、動物なのか?

 ふと、そんな思いが胸をよぎった。

 獣だから、言葉も冗談も通じないのか?

 私は後ろを振り返った。

 足は、いつもと同じ角度で、私の腰に蹴りを見舞っている。

 それは、どう見ても人間の足そのものだった。

 牛や馬や猪や猿や熊の足、ではなかった。

 私と同様に、五本の指が一方向を向いて付いており、その指先には擬似四角形の爪が付いている。

 血管もある――その中に、血が流れているのかどうかは知らないが。

 ナイフで、さくっと切ってみようか――

 私は首を振った。

 なんて恐ろしいことを!

 いや、なんで?

 そしてすぐに疑問に思った。

 恐ろしいって、何が?

 足を、傷つけることがか?

 いや別に、人の足じゃないんだから、そこはいんじゃね?

 私は唇を引き歪めて笑った。

 そうだ。どうせ幽霊の足だし。

 切ったって別に、血も出なけりゃ痛みもないだろう……そもそもナイフの刃が通るものなのか?

 私の内部でまた迷いが生じ、奔流となって脳内を駆け巡った。

 切るべきか?

 切らざるべきか?

 もし切って、奴が怒って、また塩を撒いた時のように激しく蹴り飛ばしてきたら、面倒だ。

 しかし、確かめてみたいのは事実だ。

 切るべきか、切らざるべきか――そうだ。

 つねって、みよう。

 私の脳内に突然、奔流に挿された一本の竿のごとく、素朴な思いつきが現れた。

 そしてその直後、私は手を背後に回し、私を蹴りつづける足の甲の表面に浮き出ている血管を、人差し指と親指でつまんだ。

 指は、空を切りお互いの指の腹を合わせただけだった。

 私はしばし呆然と指を見つめ、そして何度か、繰り返し足の血管をつままんとした。

 だが結果は同じで、指は空を切りお互いの腹をぺちぺちとぶつけ合わせただけだった。

 そして足は、その間蹴るのを止め、私が何をしようとしているのかを、観察していた。

 無論、観察といっても足には目がない。

 だが奴は、足は、私を蹴ることを忘れたかのように、じっと動きを止めて、私の所業――親指と人差し指による空中切りと、両指腹のぶつけ合い――が終わるのを、待っていたのだ。

 幾度かの指空中切り試行後、指を離し、私もまた足を見下ろした。

 私と同じような作りの、人間の、足。

 その形状は恐らく、男のものだ。

 指があり爪があり、脛毛も生えている。

 血管が浮き、くるぶしも突き出ており、その内部に骨の存在も想像できる。

 だが、つまめなかった。

 私の手には、この足に触れることができなかったのだ。

 私は自分の指を顔の前に持って来、じっと見つめた。

 その時、足がふわ、と浮き上がった。

 音もなく。

 私はあ、と小さくつぶやき、足を見た。

 私の、顔の前に持ち上げられた手。

 その手の向こうに、足はいた。

 しばらく私と足は、手を挟んで見つめ合っていた。

 無論足には目がついていないが。

 そして。

 足はおもむろに、後方に下がり、それから私の手を、


 ぱし。


と、蹴った。

 手は弾みで、私の鼻を直撃した。

「あだ」

 私は強く目を閉じ、のけぞった。

 それは、吃驚するほど意外に痛かった。

 しかも爪がもろに当たったため、下手をすると出血していたかもしれなかった。

「いてえな」

 私は思わず眉をしかめて足に文句を言った、だがもうそこに足の姿はなかった。

 何故なら奴は、すでに仕事を再開していたからだ。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 腰を蹴られながら、私は呆然とパソコンのディスプレイを見つめた。

 開かれたままの、浄霊サイトのページ。

 黒いベタ背景に、大サイズの白いゴシック体が中央揃えで並んでいる、だが私はそれを見ていなかった。

 私の手を蹴った時の、足の、せせら笑った顔が脳裏に焼き付いていた。

 無論足に顔はついていない、だがそれでも、私にははっきりと判っていた。

 足は、奴は、せせら笑ったのだ、その時確かに。

「へっ」

とか言って。

 私は矢庭にマウスに、叩きつけるように手を置き、開かれている浄霊サイトのトップページへのリンクをクリックした。

 連絡してやる。

 ここのサイトの主に、浄霊を依頼してやる。

 金子なんか、いくら掛かったって構うものか。

 お前を、貴様を浄霊してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る