第5話

 そういえば、これも理不尽の一種ではある。

 何がかというと、靴下だ。

 その日は休日で、私は洗濯をしそれを干し、乾いた後取り込んで畳んでいた。

 一人暮らしの身であるため、洗濯物がどうにも溜まりやすい。

 というと、これこそが理不尽に聞こえるかも知れない。

 逆じゃね? とお考えの向きも、当然あるだろう。

 だがそれは事実だった。

 何故一人暮らしだと洗濯物が溜まりやすいか、その原因として「油断」そして「忘却」この二点が挙げられる。

 つまり「あんまり少ないと水と洗剤が勿体無いから、もう少し溜まってからまとめて洗濯しよう」これが「油断」だ。

 そして「おっ、今日は○○の発売日か、忘れずに店に早めに行ってゲットしないとな!」或いは「おっ、今日は○○戦か、録画もいいけどやっぱリアルタイムで観ないとな! じゃそれまでに酒とつまみ買ってきとかないとな!」これが「忘却」だ。

 そう、そもそも大事なアイテムの発売日や大事な一戦のある日に洗濯物の存在など覚えていられるはずもない。

 そういうわけで、一人暮らしはとかく洗濯物が、ハッと気づけば大量に溜まっていることになる。

 そして溜まり過ぎた洗濯物は、どうしても、あとちょっとのところで、一回分の洗濯機の許容量を、超えてしまうものなのだ。どうしても、洗濯槽の中にすべての洗濯物が入りきらない。

 あまり詰め込み過ぎると機器に余分な負担がかかり、引いては電気代を無駄に食うような気もし、また最悪の場合機器の故障につながるのではないか。

 そんな、杞憂といわれればそれまでだが不安が脳内をよぎるため、どうしても、洗濯のたびに少しずつ、洗濯物が余ることになる。

 余った洗濯物は――次回の洗濯日まで、持ち越しだ。

 何故なら、ほんのちょっぴりの余り分だけのためにもう一度洗濯機を駆動してしまうと、水と洗剤が勿体無いからだ。


 以上述べたところの洗濯事情は、次のような現象を生む。

 つまり「畳んでみると、靴下が片方しかない」という、現象だ。

 そう、その日も私は洗濯をし、それを干し、乾いた後取り込んで畳んでいた。

 その中で、よくある現象として、片方しかない靴下というのがあった。

 片方だけの、靴下。

 相棒にはぐれた、コンビの片割れ。

 今日は、二種類あった。黒の無地と、ピンストライプ入りと。

 彼ら靴下に言わせれば、これも理不尽の一種であるということになるのかも知れない。

「はぐれたかよ」それぞれの靴下をそれぞれ半分に折りながら、私は語りかけた。「すまんな、いつも適当に掴み上げて放り込むからさ……まあ、いずれその内、再会するさ。仲間に」

 そこまで言った時、私はハッとした。

 片方だけ。

 そして、振り向いた。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 もう、私の日常生活のほんのひとこまと化したものが、そこに在った。居た。

 足だ。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 私は無言で、私の腰を蹴る足を見ていた。

 奴も、片方だ。

 奴は、右足だ。

 右足だけだ。

 奴には、仲間はいないのか? つまり、左足は?


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 しばらくして、私はまた前を向いた。首が疲れたからだ。

 そうして、残りの洗濯物を引き続き畳みはじめた。

 ──というか、それをいうなら、奴の本体は、どこだ?

 何故奴は、右足だけなのだ?

 奴の体の他の部分は、他の場所に存在しているのか?

 私の、タオルを持った手が止まった。

 例えば、右手。

 そして、左手。

 或いは、胴体。

 そして……首。

 それらは、今どこにいて、何をしているのだろう?

 まさかこの世の他の場所で、それぞれの部位を使って、誰か他の人間を――

 攻撃し続けているのか?


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 私は腰を蹴られながら、洗濯物の残りを畳み終えた。

 それからおもむろに立ち上がり、ノートパソコンのところへ行きそれを起動させた。

 ──だがしかし、それは果たしていいことなのか?

 輝くディスプレイを見つめるともなく見つめながら、私は今から自分がしようとしていることの是非を脳内で問うた。

 否、というよりも、むしろ何故今までそれをすることを思いつかなかったのか?

 この、デジタルデバイス依存社会において。


 ごつ。

 ごつ。

 ごつ。


 足は、私がしようとしていることにお構いなく、蹴りつづけている。

 私は、おもむろにマウスに手を置き、インターネットブラウザを開いた。

 スタートページ中に表示されている検索バーをクリックし、キーボードに両手を置く。

 ──でも、何て?

「足」。まず私が入力したのは、その文字だった。スペースを空ける。

「蹴る」。不思議といえば不思議なくらい、私の脳内では多数のキーワードが奔流をなしていた。

 しかし見ての通り、結果として入力バーに書きこまれる語句というのは、至極ありふれた、ごく普遍的かつ初歩的な、なんというか子どもでも思いつきそうなものばかりだった。

 もうひとつスペースを空け、さらに何の単語をもって絞り込むべきか、私は考え続けた。

 足 蹴る ……

「霊」。

 マウスポインタを検索ボタンのところに持っていき、後はクリックするだけなのに、私の手は、不思議といえば不思議なくらい、震えていた。

 果たして、いるのか、仲間は?

 足の、仲間――と、いうよりも。

 私の、仲間は?

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