第二話 瑠璃の事情

 沈黙が辺りを包み込んでいた。やけにうるさく感じる耳鳴りと、吸い込まれるような瑠璃の瞳に気圧されそうになったが、決して目を逸らす事はしなかった。


 これまでで一番真剣な表情をしている守に観念したのか溜め息を吐いた瑠璃は守に背を向ける。


「いつから気づいてたの?」


「最初のショッピングモールに行った事に気づいた時はそんなに驚かなかったんだ。なぜショッピングモールなんだ? とは思ったけどな。ただ、それが最後にあのケースにるぅだけがいた時、この展開は都合がよすぎると思った。今一緒にいるのも仕組まれてるんじゃないかって実は考えてるよ」


 守の言葉に俯いてしまう瑠璃。


「そこまでわかってるのね。まぁくん、ごめんなさい……。ただね、私にもよくわからないの」


 再び沈黙が辺りを包み込んだ。守からも中々次が口に出せず、時間だけが過ぎていった。


(このままじゃいけない……か)


 守は意を決して口を開く。


「なぁ、るぅは何を知ってるんだ? 俺はゾンビになって色々な経験をしてきた。最初は死のうとも思った。だけど、るぅ、お前を守りたくて今も生きている。俺はどんな姿だろうと守りたい。これだけは変わらない」


 守の言葉に泣きそうな表情になる瑠璃。


 守は瑠璃をそっと抱きしめた。そうしないと瑠璃がダメになってしまいそうだったからだ。突然の事に驚く瑠璃だったが、次第に力は抜け、諦めたのか、ポツポツと話し始める。


「いつまでも嘘を付く訳にもいかないもんね。……きっかけは小学生の頃の事よ。ねぇ、守は私が交通事故に遭った事覚えてる?」


 突拍子もない話に少し困惑する守だったが、真剣に話している瑠璃を見て、守も当時を思い出しながらゆっくりと返事をする。


「あぁ、トラックに轢かれたけど、奇跡的に殆ど無傷で退院出来たやつだろ? 一回、俺もお見舞いに行ったじゃないか」


「ふふ、そうね。必死になって走ってきたまぁくんの姿、素敵だった」


 瑠璃の言葉に守が照れてしまい、思わず瑠璃を放してしまいそうになるが、ぐっと我慢して強く抱きしめてしまう。


「おまっ! 今そういう事言ってる場合じゃないだろ?」


「ごめんなさい。つい懐かしくなっちゃって。えっとね、ちょっと力強い……かな?」


「ご、ごめんっ」


 少し力を緩めると、瑠璃は再び口を開いた。


「ありがとう。で、話の続きだよね。今、まぁくんは奇跡的に殆ど無傷って言ったよね?」


「あぁ、実際、俺がお見舞いに行った時にはピンピンしてたしな」


「そうね。けど実際には違うの」


「違う……?」


「実はあの時、私は人なら死んでしまうようなケガをしたの」


「え?」


 瑠璃の言葉に何も返せない守。瑠璃はそんな事は気にせず、話を進める。


「けど、まぁくんも見た通り、あの時、何もケガは見当たらなかったよね?」


「あ、あぁ……」


 瑠璃の問いに、困惑しながらも返事を返す守。


「治ったの」


「治った……?」


「うん。ケガなんて最初から無かったかのように治ったの」


 瑠璃は守から名残惜しそうにしながら離れる。そしてお互いの顔を見合った時、瑠璃の瞳から涙が流れていた。その涙の意味が守にはまだわからなかった。


「そこからパパの様子が変わってしまったの。どこで会ったのか、おかしな雰囲気の人達とも会うようになって」


(おかしな雰囲気ってのはきっとあの眼鏡男達の事だろうな)


 実験体、覚醒、色々なワードが出たが、どれもがあの連中から出た言葉だ。


「まぁくんはママが重い病気なのも知ってるよね?」


「あ、あぁ……」


 ここまで来て予想が付いてしまった守は目を逸らしてしまいそうになるが、瑠璃の力強い瞳がそれを許さなかった。


「ママの病気を治す為に私は様々な事に協力したわ。そして今回が最終段階の筈だった」


「それって……」


 守と瑠璃の目と目が合う。


「そう、今起きているゾンビ騒動は、私のこの力を元にした治療薬の実験が失敗してパンデミックが起きているの……」


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