第九話 選択

 豪邸の中では、ゾンビ達が生存者であったモノに噛り付いていたり、まだ見ぬ獲物を探しているところだった。


 守はそれを一瞥すると、そのまま上の階へと上がっていく。


(まだ生きている匂いがする)


 嫌な匂いの原因がいなくなった今、この豪邸に残っていたのは微かに感じる、生きている人間の匂いだった。守は、なぜかこの生きている匂いが気になった。そこには本人も気付かないような、今回の一連の作戦への罪悪感が原因だった。ゾンビになってから守は、幼馴染が全てを優先している。だが、元々の性質は残忍な人間ではない。自分がゾンビである為、人間と共にいる事は諦めているし、それは幼馴染であっても同じだった。それでも助ける事を完全にやめた訳ではない。全てを見捨てられる程、割り切れていなかったのだ。








 吸い寄せられるように一つの部屋を開けると、むせかえるような性の匂いで溢れていた。そして周囲を見ると、ゴミのように床に捨てられていた全裸の女達がいた。その様子から、碌な扱いをされていなかった事が容易に想像出来てしまい、守は思わず表情を歪めてしまう。見た限りでは既に、ほとんどの人が死んでしまっているようだ。


 歩きながら一人一人を確認していると、最後の一人が、微かに息をしている事に気が付いた。


(この娘から生きている匂いがしたのか)


 全身痣だらけで、悪臭もひどい。身体は瘦せ細っていて、立ち上がる事すら出来ないようだ。


 こちらに気が付いたのか、守を見ると、静かに口を開く。


「あなた……もしかしてゾンビ?」


 守は一瞬固まってしまった。この状況でまさか気付かれるとは思っていなかった。


「まさか……本当に、ゾンビなのね……?」


 沈黙に包まれる。守の方から一方的に気まずい空気を出しているが、意外と女性の方は穏やかな表情だった。どうするか迷ったが、嘘を付く方が良くないと感じた守はゆっくりと口を開く。


「ソ…ウダ。オレ、ニンゲ……ン、ジャナイ。スマ……ナイ」


 発音練習をしていたおかげでわずかながらしゃべる事が出来るようになった守は、申し訳なさそうに謝る。その守の声を聴き、こちらに向かって微笑んだ。


「ふふ、そんな顔しないで? あなたは悪いゾンビじゃない。なんとなくだけど、見ただけでわかるわ。その優しい気持ちだけでも嬉しい……」


(俺はそんなにいい人じゃない。ここに来るまでたくさんの人を見殺しにした。行けば助けられたかもしれないのに……だ)


 それは幼馴染を守る為、守は必要以上のリスクを負えなかった。それに、もし助けたとしてもゾンビである守にそれ以上の出来る事はなかった。最悪、襲われる可能性もあった。仕方ないと割り切っていた筈だったが、いつの間にか罪悪感を覚えていたようだ。


「ねぇ、優しいゾンビさんに最後のお願いを、いい……かしら?」


「ナン……ダ?」


 『優しい』という部分を否定したい欲求を堪えながら返事をする。雰囲気でわかったのか、ちょっと困ったような表情をする女性だったが、意を決し、力強いまなざしで守の目を見つめる。


「私ね、どうせ死ぬなら……あなたの一部になりたい」


 その願いに守は動揺した。一部になるという事はこの女性を食べろ、という事になる。守は今までゾンビを殺したり、人間を見殺しにした事があった。だが、自我が残っていたのもあって、他のゾンビのように人間を食べようとした事は一度もなかった。


(この人を食べる……?)


「ごめんなさいね……。無茶なお願いなのはわかってる。だけど、今のあなたを見ていたらとても綺麗だったから……。どうせ死ぬのはわかってる。だから最期だけはどうやって死んで、どうなりたいか選びたかったの」


(確かに、この人は俺が何もしなかったとしてもこのまま死ぬだろう。だが、だからといってこのまま放置してもいいのか?)


 放っておけばいずれ、衰弱死か、その前に襲われて死ぬだろう。


(それでいいのか?)


 守は迷った。だが、苦しそうに息をしているこの女性をこのままにする事が出来なかった。


「ワ……カッタ」


 守がそう答えると、女性は安らかな顔をして目をつぶった。


 最期に優しく抱きしめると、守は女性の首筋に噛みつく。首筋から流れ出てくる生命が守と混じり合っていく。


(何だこの一体感は?)


 二人なのに一人になるような不思議な感覚に包まれていく。どちらが守でどちらが女性なのか混濁する状況に戸惑いを覚える守だったが、女性の方から安らかな感情が流れ込んでくると、それも徐々に落ち着いてきた。そして、飲み込めば飲み込んだだけ力が増していく。守はなるべく痛みを感じる時間が短くなるように吸う力を強めていった。そして女性は抵抗する事なくそれを受け止め、最期まで守の背中をさすっていた。


 段々と女性から力がなくなり、背中にあった手が地面へと下りてしまう。守は首筋から離れると、少しでも安らかに眠れるように女性の頭を撫で続けた。


「ありが……とう」


 最期の言葉を残し、女性の瞳から輝きは失くなってしまった。わずかに開いていた瞳を優しく閉じ、綺麗に整えたベッドに寝かすと守は立ち上がった。


(こちらこそ、ありがとう)


 こうして守は、初めて人を殺したのだった。


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