第13話 存在理由

 ダンジョンの中に入ると、俺たちは早速モンスターと遭遇した。三匹の水蛇だ。奴らは空を泳ぎながら、悠々と俺たちをその紫色の目で見てくる。一匹の水蛇が毒霧を吐いた。


「レイシー! 頼む!」

「承知!」


 俺は後ろに下がり、レイシーに防御を任せる。


「――《アクアインバース》!」


 魔法陣から生み出された大量の水が壁の形になり、空中の水蛇たちと俺たち三人を隔絶する。そして、水の壁はパラボラアンテナのような形となって毒霧を反転させた。水蛇たちは毒霧を食らう。


「よし。俺も行くぞ」


 今回はミナギではなく程よい刀のサンマで行く。サンマを手に、俺は消えゆく水の壁の残滓を通り抜けて、怯んだ水蛇三匹の位置を把握する。


 まず一匹目に狙いを定めた。


「ふっ!」


 俺はサンマを振るう。その一太刀は一匹の水蛇を真っ二つにした。続けて二匹目。俺は三つステップを踏んで、三歩目に力を入れて高く跳ぶ。そして、一番高いところに飛んでいた水蛇を一撃で屠る。


 最後の一匹はレイシーに任せる。


「ハァッ!!」


 レイシーは剣を振りかぶると、水蛇に向かって振り下ろした。水蛇は身体を上下に分断され、絶命した。


「終わったな」


 俺は刀についた血を払う。


「ああ。さすがセカイ殿だ」

「いや、レイシーが怯ませてくれたのは大きい」

「そうか。役に立てたようでよかった」


 俺とレイシーはハイタッチをする。だが、何かを忘れているような。


「ねぇ、二人とも」

「なんだ?」


 声をかけてきたジルに訊く。


「私、何もできていないわ」


 ジルは下を向きながらそう言った。戦闘を思い返してみても、確かにジルは戦闘に参加してなかったな。


「そもそもジルは今、レベルいくつなんだ?」

「私? 私はレベル1よ」

「え、まじか」

「だって、王女だもの」


 そこを、胸張って自慢されてもなぁ。はっきり言ってレベル1だと、かなりこのダンジョンは危険だ。せめて戦闘には参加しない方がいい。だが、ジルは悔しそうな顔をしている。


「私も戦いたい!」

「だめです、王女様」

「俺も認められないな」

「なんで!」

「そりゃあ、王女が死んだら大変だからな」


 俺がそう言うと、意外にもジルの表情は変わった。


「……分かったわよ。大人しくしてるわ」


 ジルは頬を膨らませながらも納得してくれたようだ。それからは順調に階層を降りていく。蛇のモンスターが中心だったが、俺とレイシーでなんとかした。


 だが、ついに壁に当たる。俺のレベルも上がっていくが、それ以上にモンスターが確実に強くなっている。それに、ゲームでは存在しないものがこの世界ではある。疲労だ。手や足の筋肉が痛む。ぐったりと疲労が着々と蓄積していた。


「流石にまだ早かったかもな」


 俺はまた一つ戦闘を終えると、肩で息をしながら呟いた。


「そうかもしれないな。それに、もうちょっと休んだほうがいいのでは?」


 レイシーが提案する。


「そうだな。少し休むか」


 俺たちは一旦休憩することにした。


「私だけ役に立てなくて申し訳ないわ」


 休憩していると、ジルが俯きながら俺とレイシーに言う。俺は手をひらひらとさせながら笑って応えた。


「あー。気にすんな。最初はみんなそんなもんだ。これから強くなっていけばいい。それにさっきパーティー組んだから、レベル上がってきているだろう? 今は何レベルだ?」

「今はレベル7よ」

「そうか。きっとこれからもっと上がっていくよ」

「ありがとう、セカイ」


 それからしばらく休憩して、俺は再び立ち上がる。すると、レイシーから声がかかった。


「なぁ、セカイ殿。やはり攻略は諦めないか?」

「諦める?」

「あぁ。あの天級ダンジョンをここまで攻略したんだ。もう帰還しよう。それに時間の問題もある」


 諦めるか……。それは嫌だな。だって、俺は世界一位になりたいんだ。妥協なんてしていい訳がない。


「いや、諦めない」

「うむ。だが、正直厳しいだろう」


 レイシーの言うことも一理ある。俺だって理性的に判断すれば、今は引きどきだって分かっている。だが、いや、だからこそ、やらなきゃいけないんだ。そこが俺の足りなかったところ。世界一位になれなかった理由なのだから。


「すまない。俺は一人でも行くぞ」


 俺は【虚空刀ミナギ】を手に、レイシーとこちらの様子を伺っているジルを見据えてから、二人に背を向ける。だが、歩む一歩が地に着く前に、後ろ手を掴まれた。振り返るとレイシーが苦悶の表情をしてこちらを見ている。


「待ってくれ。分からない。私には分からないのだ」

「なにが分からないんだ?」


 レイシーは俺の手をぐっと握りしめる。


「セカイ殿をそこまで駆り立てるものはなんだ? 私には分からない」

「分からなくていい。きっと馬鹿にされるだけだ」

「馬鹿になんてしない。セカイ殿は私を……」

「俺を、どうしたんだ?」


 俺はレイシーの瞳を見据えて訊く。レイシーは俯き加減で、何かを躊躇っているような表情だ。きっと俺に対してこれから言おうとしたことなのだろうが、この状況だ。大方言いたいことは分かる。


「まだセカイ殿と出会って少ししか経っていない。だから、まだ私もセカイ殿のことは完全には理解できていない。だが、少しは分かると思うんだ」

「そうか。それで何が言いたかったんだ」

「それはだな……」


 またしてもレイシーは言い淀む。じれったくなった俺は、だが、レイシーの口が開くのを待つしかなかった。しばしの沈黙の末、レイシーは呟いた。


「私はだな」

「うん」


 レイシーは頬を赤くして俯いている。その口からは意外な言葉が紡がれた。


「私はセカイ殿のことを尊敬し、慕っているのだと思うのだ」

「ほう」


 てっきり、俺は諦めが悪いだの、自分勝手だのという指摘を婉曲的に言われると思っていた。だが、どうだ。実際は尊敬し、慕っているのだという。というか、これ、告白じゃねえかよ。俺はどう答えればいいのかあまり分からなかったが、レイシーは続ける。


「きっと、ミナギ殿のために戦う理由があるのだろう。私はミナギ殿ではない。だから、代わりにはなれない。だが、私達は同じ旅をする仲間ではないか?」

「そうだな。仲間だ」


 ミナギのことは完全に誤解だけどな。


「それに、王女を連れ出すという大馬鹿者の共犯者だ。どうか、頼ってほしい。そしてどうか聞いて欲しい。だから、引き返そう」


 俺は黙り込む。引き返すということは諦めるということ。それはどうしても避けたいことだった。レイシーは考え込む俺を心配そうに見ている。俺らの会話を聞いていたジルも俺の答えを待っているようだった。


「ありがとう。レイシー、気持ち嬉しいよ」

「では!」

「だけど、諦めるのは無理だ。諦めたら、俺の存在理由がなくなってしまうからな」


 俺の言葉を聞くとレイシーははっとして、悲痛な顔を浮かべた。ジルは黙りこくっている。


「だから、俺は行く。一人でもな。どうか、二人で先に帰還しておいてくれ。必ず戻る」


 俺は二人に背を向けて、ダンジョンの先へと歩み始める。


「嫌だ」

「え?」


 突如、後ろから抱かれた。柔らかい感触が、背中に当たる。腕を回されている。レイシーの甘い香りがした。


「私達ではだめなのか?」

「離せ、なんのことだ」

「いや、離さない。離すものか! ここで離したら、セカイ殿は遠い場所に行ってしまう気がするのだ」


 俺は必ず帰ってくる、と言いかけたが、確かに世界7位だった俺でも、今のレベルで天級ダンジョンのソロ攻略はかなり厳しいだろう。


「セカイ殿には私とジルがいる。セカイ殿の存在理由に私達はなることはできないだろうか」


 レイシーはそう言って俺をより強く抱きしめる。その声は泣いているのか、震えていた。


「俺は……」

「セカイ殿」


 俺の名前を言うとレイシーは俺を解放し、俺と向き合うように俺の前に立つ。やはりその美しい瞳は涙で溢れていた。


 泣くなよ。


「セカイ殿。私は」


 泣くなんて卑怯じゃないか。レイシーは俺の右手を両手で掴んだ。そして、彼女の胸元に当てる。


「私はいなくなったりしない。だから――」


 レイシーの瞳から、大きな雫がこぼれ落ちる。こっちまで泣きそうになるではないか。


「ああ、もう! わかったよ。わかったから」


 俺は誤魔化すようにそう言って、レイシーに背中を向けた。


「そうか。よかった」


 レイシーの安堵の声が後ろから聞こえた。


「さっさと帰るぞ!」


 俺がそう言うと、レイシーは頷いた。


「ねえ、セカイ」


 ジル王女が俺のもとまでやってきた。


「どうした? ジル」

「私もいなくなったりしないから」

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