第21話
「原作者が『話したい』ってそれ絶対怒られる奴だよね……」
英治は大仕事を成功のうちに終えた後なのに助手席でうなだれていた。
「いや、まだ分からないけど……事務所の近くでお菓子でも買って帰ろっか……」
楓はハンドルを握りながら答える。
英治と楓はスタジオを出て事務所に向かっていた。
楓は事務所仕事が残っていたので、西村くんには帰ってもらって、楓が英治を車で事務所まで送ることにした。
「お前のせいで甘宮のイメージが台無しだ!!とか……?何の反論も出来ない……」
英治は涙目だった。
「まぁ、怒られたとしても、謝るしかないわよ。別に英治に悪気があったわけではないし。一緒に謝ってあげるから」
楓のその言葉に何度救われてきただろうか。英治は少し気持ちが落ち着いてきた。
「そういえば、社長、かえでちゃんに何の話があったの?」
英治は気を紛らわすためにも話題を変えた。
が、楓にとってはいい話題ではなかったようだ。
「あぁ……朝の話ね……」
楓は思い出して憂鬱な顔をした。
「4月からSTARSのチーフじゃなくなるの。統括マネージャーだって」
「とーかつマネージャー?」
英治には馴染みのない言葉だったようだ。
「平たく言えばうちにいるソロアーティストとか俳優さんの管理……かな。」
アップフラックスではチーフマネージャーがグループのマネージャーを束ね、統括マネージャーがその他タレントのマネージャーを束ねている。
楓は4月から現在アップフラックスでソロで活動している10人程度のタレントの統括マネージャーとなる。事実上の大出世である。
――しばらく英治の「保護者」は必要だろうからなぁ。
社長の鳴海が話す抜擢の理由はそれだった。
楓もそれには同意だが、まさか統括マネージャーになるとは……。
そこまで思い出して、楓は感情が爆発したのかハンドルを強く叩き始めた。
「あぁー!!!STARSがなくなったからチーフじゃなくなるのは分かってたけど!!何で私さらに出世してるのよ!!!STARSのチーフの時もいっぱいいっぱいだったのに!!!」
「か、かえでちゃん、落ち着いて」
こんな取り乱している楓を見るのは珍しかった。
「かえでちゃんなら大丈夫だよ。一緒に仕事できなくなっちゃうのは寂しいけど……」
英治は素直な気持ちを零した。
「え?」
視線は前に向けたまま楓は怪訝な声を出した。
「え?」
「……英治、私の話聞いてた?」
「え、聞いてたよ!?とーかつマネージャーになるからチーフじゃなくなるって」
「……一応念の為言っておくけど、英治もソロアーティストだからね……?」
「あ」
きちんと理解していたようでまだ体に馴染んでいないことに英治はこの時初めて気づいた。
「じゃあ、これからもかえでちゃんと一緒なんだね」
英治は心底嬉しそうな声を出した。
その声を聞いて楓はくすぐったい気持ちになった。
――しょうがない、「保護者」頑張るしかないか。
「さすがに頻繁に現場に顔出したりは出来ないと思うけど。ちなみに取り扱ってるタレントだと英治が一番芸歴浅い」
アップフラックスに所属するアイドルがグループ解散後ソロ活動をするケースが多いので、自ずとそうなってしまうのだろう。
それが楓の気を重くさせる一番の原因だった。
「あぁー、哲弥さんとか水原さんとか、ってことかぁ。哲弥さんはよくご飯とか連れてってもらうけど、水原さんはたまーに局ですれ違うくらいだな。哲弥さんがよく『めんどくさい奴』って言ってるね」
英治は楓を和ませようとエピソードを話したが、チョイスが最悪だった。
「いやぁぁ、めんどくさいとか言わないで!!」
「あ、ごめん!!いや、水原さんいい人だよ?だ、大丈夫だって、かえでちゃん!」
英治が荒ぶる楓をなだめているうちに、車は駐車場に到着した。
二人は車を置いて事務所へと歩き出す。
事務所まで歩いている途中に洋菓子店がある。
お祝い、揉め事――事務所で何かあると大体ここのお菓子やケーキを買っていくのが通例だった。
ドアを開くと可愛い鈴の音が聞こえ、店員が笑顔で迎えてくれる。
確か先生はクッキーがお好きだったはず――以前の打ち合わせでの話を思い出しながら、楓は焼き菓子コーナーへ足を進める。
大きさと賞味期限を勘案しながら、良さそうなクッキーの詰め合わせを手に取る。
楓が振り返り会計をしようとすると、ショーケースにギリギリまで顔を近づけてケーキを眺めている英治の姿があった。
今までダイエットしていた人間からすれば、たくさんケーキが並んでいる画は刺激が強すぎたのかもしれない。
「ケーキも買って行く?」
あまりに真剣な顔で眺めている姿に苦笑しながら、楓は英治に声を掛けた。
英治は気まずそうに立ち上がった。
「ううん、いい」
「ブンちゃんからはもうお許し出たんでしょ?」
「……そうだけど……」
英治は勿体つけた後、楓の耳に唇を近づけた。
「かえでちゃんにご褒美もらうまでは我慢しようかな、って」
楓の耳が思わず赤くなる。
「……英治のバカ……」
楓がそう言うのを聞いて英治はぺろっと舌を出して笑った。
クッキーを買って、二人は事務所へと向かった。
楓が腕時計を見ると、待ち合わせの時間までは30分ほどあった。
「先に社長に挨拶する?まだでしょ、復帰の挨拶?」
「うー……そうだね……」
「何?大丈夫よ?別に社長には怒られないわよ?」
そう言いながら事務所入口の自動ドアを抜けると、二人の姿を確認した受付嬢が駆けてきた。
「松島さん!お約束の姫川様、先ほどいらっしゃってます!!」
「えっ!?」
英治と楓の驚く声が揃う。
「先に応接室にお通ししてしまいました」
「あ、ありがとう……」
「お、怒ってましたか?彼女……」
英治は楓の後ろから受付嬢に声を掛ける。
「怒……ってたかもしれない……ですね……すごい剣幕でした」
言葉を選ぼうとして選べなかった受付嬢の言葉に英治はため息をついた。
「行きましょ、英治」
楓は英治にクッキーが入った手提げ袋を渡した。
「もう謝るしかないでしょ。元々姫川先生は英治のファンなんだから、誠意持って謝ればきっと大丈夫」
「……愛想つかされたかも……」
「そうだとしても謝るしかないでしょ、ほら行くよ」
受付嬢に頭を下げながら、楓は英治の腕を引っ張って応接室へと向かった。
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