第18話
「英治またねー」
「はーい、みんな気を付けて帰るんだよ」
子供たちを見送ったあと、川島は英治にペットボトルの水を差しだした。
「あ、ありがとうございます」
英治はまだぎこちない様子で川島から水を受け取った。
英治の顔にはうっすら汗が浮かんでいた。
川島ははーっとため息をついた。
「元気そうで安心したよ。キミが休むと聞いて気が気じゃなかった」
「先生、英治のこと凄い心配されてたのよ。私に出来ることは何かないか、って」
レッスンが終わったので楓が西村くんとスタジオに入ってきていた。
「聞けばキミがダンスに苦手意識を持っているというじゃないか。私も責任感じた。でも来てくれるお客さんのためを思って心を鬼にしていたんだ」
「いや、それはプロとして当然だと思います」
だからこそ英治も何度怒られても食らいついていったのだ。
川島は少し微笑んだ。
「だけど、今後キミが一人で活動していく上で、その誤解はきちんと解かないといけないと思った。それで今日来てもらったんだ。キミはSTARSの中……ではもちろんだったし、この事務所のアイドルの中でもトップクラスでキレイなダンスを踊る」
英治は川島の思ってもみない言葉に面食らった。
「だからこそもっともっと上を目指してほしくて、つい指導に熱が入ってしまった」
……あれが「つい」か。英治は当時を思い出して背筋に寒いものを感じた。
「……他のグループも一番出来る子を叱っていた。大体の子はそれに気づいて自分への指導だと思って練習した。……だが、あのグループはダメだった。正直すぐ終わるんだろうなと思っていた」
川島はまたため息をついた。
「でもすぐ終わらなかったのはキミの努力の賜物なんだと思う」
「い、いや、俺なんか全然……」
川島の言葉に英治は慌てて首を振る。
川島はまた微笑んだ。
「その否定する癖、直した方がいい。謙虚なのはいいことだが、卑屈になりすぎるな」
「……ありがとうございます」
英治は少し考えて言葉を選び直した。
「で、復帰はいつなの?」
川島は英治に向かって尋ねた。
「はい、来月のBIBIの撮影で復帰します。その後はラジオとか……」
「ライブはやらないの?」
英治の言葉に間髪入れずに川島は問いかけた。
「そこまでまだ考えてなかったです。やるにしても曲がないし……」
「曲はどうにでもなるだろう、STARSの曲でも先輩の曲でも。ファンのみんなが一番楽しみにしているのは生のキミに会えることなんだから」
「確かに、そうですね。考えます」
脇で西村くんが一生懸命メモを取っているのが見える。
「構成とか振り付けとか私が出来ることがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます」
そこまで話したところで、英治は川島に気になっていたことを聞いてみたくなった。
「川島先生は俺と同じ年くらいにグループ解散して、その後ダンスの講師になられたんですよね?」
「うん、そうだよ」
「一人でアイドル続けようとは思わなかったんですか」
「私が?この性格だよ?」
川島は大声で笑ったが、英治はどう反応するのが正解か分からず硬直してしまった。
「まぁ、私はダンスが好きだったからその道で生きていきたい、って思ったというのが一番だけど、ダンスしかできない、って周りから指摘されたら何も言えないのも正直なところかな。アイドルって好きなことだけすればいいんじゃなくて、歌ったり話したり色んな事が求められる。柔軟さ、って言えばいいのかな」
昔、楓がしてくれた話と似ている――川島の話を聞きながら英治はそんなことを思った。
「不安なの?」
川島は英治に尋ねた。英治の質問の意図を見透かしていたようだ。
「……はい」
英治は正直に答えた。
「俺の歳で一人でアイドル続けてくって、本当に大丈夫かな、って」
自分の決めたこととはいえ、完全には不安は拭えない。
「何か他にやりたいことでもあるの?」
「……それが……先生のように『コレ』というものもなくて」
英治は思わず川島から目を逸らした。
「……私もキミの才能は認めているけど、『絶対大丈夫、キミの今後は安泰だ』とは言えない。それは世間が決めることだからね」
英治もそれは分かっていた。浮き沈みの激しい芸能界、誰も『絶対』なんてことは気軽に言えないのだ。
「だから、『キミには絶対無理』なんてことも全く思わないよ。それに、きっと今までずっとキミが頑張ってきたことを見ている人がたくさんいる。その時に得た経験だったり繋がりだったりが今後のキミを助けると思うよ。」
普段から人にも自分にも厳しい川島の言葉だからこそ、すっと自分の中に入ってくる感覚が英治にはあった。
お世辞なんか言う人じゃないからだろう。
実は私も……と川島は昔のことを語り始めた。
「解散する時にその時のダンス講師に声をかけてもらったんだ。私がダンスを頑張ってたことをその先生は見てくれていた。だから今がある。英治も頑張れ、私から言えるのはこれだけだ」
「――はい、ありがとうございます」
「そんなに不安なんだったら、私のダンス講師の助手として使ってやろうか?みっちりしごけばキミも立派なダンスの先生になれるだろう」
川島に対する誤解は解けたが、川島にマンツーマンでみっちりしごかれる自分を想像して昔の嫌な思い出が蘇ってきた。
「……いえ、もう少しアイドルとして頑張ります」
「ふふ、気が変わったらいつでも教えてくれ」
英治のその反応を引き出すのが狙いだったようで、川島は満足げに頷いた。
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