偏愛

「叶ちゃん、この間男の人と歩いてたでしょ」

「え?」

琴子はベッドの上で、足の親指の先を弄びながらそんな風に切り出してきた。私が聞き返すと、その丸い目を責めるように眇めてくる。

「水曜日。30代くらい、星野源をもう少し崩して茶髪にした感じの人。背が高い人。あの人、一体誰なの?」

「ああ、取引先の人だよ。谷津村さん。打ち合わせが終わっていい時間だったから、食事でもどうですかって誘われたんだけど断った」

「スマホ見せてよ」

ほらきた。私は肩をすくめて、言われた通りにいじくっていた端末を差し出す。何も困ることも、隠したいこともない。それでも琴子は、隅から隅まで決して見逃すまいというような顔で、猛烈なスピードでスマートフォンを弄くり始める。

私の恋人、琴子にはこういうところがあった。私には琴子しかいないのに、他の人間がことごとくちょっかいをかけている気がする時があるらしい。

「昔っから思い込みが激しくてねえ。叶さん、本当にいいのかしら。この子ったら……」

疑り深くてひたむき。生まれつき警戒心が強くて、お産がたいそう長引いたのだと、琴子のお母さんからは話に聞いている。

でもそんなところが可愛いのだ。琴子は私を疑って、心配ばかりするけれど、彼女のほうがよっぽど可愛くて、危ういところがあった。

ガラス玉のような丸い瞳、よく手入れして伸ばした真っ直ぐな髪、輪郭はふにゃっと丸くて、背丈は私の胸に収まるくらいに低い。

警戒心が強いとは言っても、この子が、この世界で今まで何事もなく生きてこれたことが幸運だと思う。だってこんなに可愛くて、食べちゃいたくなるくらいだ。

半ばほほえましい気持ちで琴子の様子を眺めていると、彼女はケーブルを取り出して自分のスマホと私のスマホを接続し始めた。それから、何か変なふうに弄っている。

「……琴子ちゃん? それ、いったい何なんだい?」

「削除したものとか、通話履歴とか、色々調べられるの。ちょっと前に身につけたんだよ。叶ちゃんが心配だから」

「ああ、そう……」

本当に、そんなに調べたってなんにも出てきやしないのだけど。でも、私は琴子の好きなようにさせてあげることにした。こういう風に琴子が必死になる時、想われているような気がする。

何も出てこなくて、琴子が苛立ったり、悲しげな顔をする時。「疑ってごめんなさい」と琴子が謝ってくる時。そもそも彼女が私の周りをつぶさに観察して、やきもちをやいてくる時。

そういう時、私は腹の奥から沸き立つものを覚える。多分、興奮している。琴子があまりにもひたむきで、可愛くて。

だから私はたまに、少しだけ、興味もない他の人に近づいていったりする。それは同僚だったり、取引先の人だったり、もう二度は行かないだろうというカフェの店員だったり。

琴子は私が気に入っている鞄の裏地に、薄型の盗聴器を仕込んでいる。GPSは常に琴子が把握できるようになっている。

それはすべて、私が気付いていないふりをしている彼女の秘密で、そのために琴子を弄んでいる。

決して、いじめたいわけじゃないけれど。彼女が嫌になっては困るので、そんなに頻繁にはやらないけれど。

「あ、ねえ、叶ちゃん! ちょっと待ってよ、こんな文面、星野源崩れに送ってたら誤解され……」

私がばらまいた偽の証拠をやっと見つけられた琴子に、私は黙ってキスをした。


お題:あきれた誤解

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