第12話 公爵令嬢の矜持

 ミツキは本日、王宮を訪れていた。あの卒業パーティー以来だ。


「やあミツキ、久しぶり。元気だったかい?」


 ラウール王太子から教会支部、聖女への依頼があるとの事で呼び出しがあり、面談のために訪れていたのだ。


「ラウール!久しぶり。もちろん元気よ!」


 今回の面談には王太子以外の人物も同席していた。


「相変わらずですのね。品位の欠片も存在しない。成長という言葉をご存知ありませんの?」


「あ!アンネマリーさんもこんにちは!」


「くっ、相変わらず会話が成立しない…。おかしいわ、言葉は通じてるはず…嫌味も理解できないのね。」


 学園を卒業して正式に王太子としての執務を始めたラウールだったが、この三名揃って会うのは卒業パーティー以来であった。

 あれほど派手に婚約破棄を宣言したにもかかわらず、結果的に国王陛下からははっきりとした裁可は出ず有耶無耶にされ、未だ公式にはアンネマリー・アクロディア公爵令嬢が婚約者のままであった。

 二人の間に発生したトラブルが、最終的に致命的な結果になっておらず、むしろ国家的にはプラスの結果ばかりだったし、良く良く調べても公爵令嬢には深刻な悪意や害意が認められなかったのが理由だった。

 ミツキ規格外聖女以外なら数回死んでいた気もするが。


「ミツキ!仮にでも聖女を名乗るのならば、もう少し正式な立ち居振る舞いを身に着けなさい。このままでは恥ずかしくて他国の賓客の前に出せないわ!」


「え?私、何か変ですか?」


「いや、ミツキはそのままで良いよ。その自然な振る舞いが魅力的だよ。」


 ラウールの言葉に頬を染めてやだーもー、などと言っているミツキを何とも言えない視線でアンネマリーは見ていた。

 この王太子を含めた周囲の行き過ぎた甘やかしが諸悪の根源ではないかと皆思っているが、王太子妃として正しい教育を受けている身としてはここであからさまに王太子の行動を否定することは憚られた。

 実際のところ、現時点で最も王族、王太子妃としての見識と資質があるのはアクロディア公爵令嬢だった。ちょっとこれまでは聖女の振る舞いを正すときに用いた方法が過激すぎて婚約破棄騒動にまで発展してしまったが…いや、原因のほとんどは取り巻きAの行動やり過ぎからだったのたが。


「そうそう、今日ミツキに来てもらったのは、また教国絡みの悩み事があってその相談をしたかったからなんだよ。実は宰相から連絡があったんだけど、先日の親善団に続いて、今度は正式な使節訪問があるらしいんだ。」


「えー、またなの?聖女誕生の挨拶ならこの間来た司教様?にしたばかりでしょ。今度は何だろうね。」


 先日の親善団訪問では反教皇派の刺客が紛れ込み、危うく聖女に対して危害を加えられるところであった。

 それを防いだのは意外にもアンネマリーだった。

 あまりにもマナーのなっていないミツキを強制的に退場させようと紅茶でドレスを汚すことで実現しようとしたアンネマリーだったが、ミツキが避けた事で意図せずその襲撃を防ぎ、更には襲撃者を退場させていた。

 結果、問題行動だったがイジメ行為と指摘されず、そして刺客の襲撃を防いだ功があり、しかし致死毒が使われていて更に混乱させたり等、収集のつかない状態になってしまっていた。 

 その因縁の教国の訪問がまたあると言うのだから、ミツキが面倒だと感じるのも仕方ないことだった。


「今回は教国の定例的な各国巡行の一環だよ。オリュンポス教を主に信仰している周辺の諸国家に対して、本国から高位の神官が年数カ国を対象に順に巡っているんだけどね。今年は急遽我が国も組み込まれたようなんだ。これもミツキ、聖女誕生の影響だと思うけどね。」


「高位の神官?」


「ああ、まだ確かでは無いけど。どうやら今年は枢機卿猊下が、あるいはもしかすると教皇聖下が来る可能性があるらしいよ。」


 特大の爆弾が放り込まれ、アンネマリーはその情報に驚愕した。

 高位と言っても通常大司教レベル、特別な時でも枢機卿がこれまではせいぜいだった。唯一無二の教皇聖下が巡行とはこれまでとはレベルが違う。

 ミツキも戸惑っていた。


「教皇せいか?」


「うん?」


「せいか?って何?」


 常識の前のレベルで戸惑っていた。


「あ〜、うん。聖下は教皇様の敬称だよ。父上なら陛下だし、枢機卿なら猊下、だね。あんまり難しく考えないでそういうものだと覚えておくと良いよ。」


「ミツキ!貴き人の敬称やその意味を覚える事はマナー以前の問題ですわ。今まで聖女として何を学んできたのですか。これではとても教皇聖下との謁見の場に出せるものではありませんわ!」


「まあまあマリーもそこまで言わなくても。」


「いいえ、我が国の威信と常識を疑われますわ。」


 ラウールが取り成そうとしたが、アンネマリーとしては許せるわけはなかった。


「わかりました。明日からマナーの指導を我が公爵家で承ります。ミツキ!良いですわね!?明日から我が家に来て常識とマナーを学び直すのよ!」


「え?アンネマリー様の家に行けるんですか?わー!嬉しい!」


「遊びに来るのではありませんわよ!?」


「楽しみです!」


 ラウールは二人のやり取りを微笑ましく見ていた。先日のパーティーで気づいたのだ。自分はこの二人の間に入ることは出来ない。なんとか被害を最小限にする、それに徹するしかないと。

 宰相も同様なことを言っていた

 それによりこの国は一層発展していく、の、ではないか、なと。


 全ては神の御心のままに。

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