第55話 動き出した計画

愛理あいりを、あんたらのパーティに入れてやってくれないか?」


 その宗平そうへいの言葉を聞いても、愛理は驚かなかった。事前に相談を受けていたからだ。

 だが、初耳であろう【陽光イリョス】のメンバーは、一様に驚きの表情を浮かべていた。


「ど、どういうことだ?」

「順番に説明する」


 動揺が見られる【陽光】のリーダー、恭一きょういちとは対照的に、宗平は落ち着いた口調で話し始めた。


「まず、俺と愛理は正式なパーティを組んではいない。理由としては、実力がアンバランスだからだ」

「……ああ」


 宗平のAランクの冒険者カード、そして愛理のCランクの冒険者カードを見たのだろう。【陽光】のメンバーが、納得した表情を浮かべる。

 愛理としては悔しい事実だが、原因は彼女自身にあるので、そこは受け入れるしかなかった。


「その点、あんたらはCランクのメンバーもいるし、治癒魔法が得意な魔法師がいない。愛理は魔法に幅広い適性を持っているが、特に得意なのが治癒魔法だ」

「だから、俺たちのパーティにも合うということか」

「そういうことだ。愛理はすでに同意している」


 皆の視線が自分に集まるのを感じながら、愛理は頭を下げた。

 恭一が唸り声を上げる。


「確かに、治癒魔法が使えるのはありがたいが……」

「もちろん、これはあんたらにとっても愛理にとっても大事な話だ。十分に相談してもらって構わない」

「ああ。そうさせてもらうつもりだ。だが……それが謝礼で良いのか? 正直、その話は俺らにとってもメリットしかないと思うんだが」

「構わない。別に、俺はあんたらに身をけずってほしいわけじゃないからな」

「……けど、命を助けられたことの見返りとしては小さすぎます。もしご遠慮おなさっているなら——」

「勘違いするな」


 千佳の言葉を、宗平はピシャリとさえぎった。


「俺は遠慮なんてしていない。愛理がパーティに受け入れられること、そしてそこで大切にされるということは、俺にとっては人の命と同じか、それ以上の価値があるというだけの話だ」

「っ——!」


 愛理は息を呑んだ。

 たとえ【認識阻害にんしきそがい】を使っていたとしても、ずっと空也のことを見てきた愛理には、その言葉が彼の本心であることがわかってしまった。


 胸にどうしようもない嬉しさが込み上げてきて、愛理は慌てて視線を下げた。これからパーティを組むかもしれない人たちに、こんなだらしない顔は見せられない。


「……なるほどな」


 頭上から、恭一の声が聞こえる。顔を見なくても、苦笑している気配が伝わってきた。


「お前の意志は確かに受け取った。ただ、相性とかもあるから、まずは試験的な加入って形にしようと思うんだが、どうだ?」

「構わない。いつからだ?」

「千佳のリハビリで数日欲しいから、一週間後からで良いか?」


 宗平が愛理に視線を向けてくる。

 それで大丈夫です、と愛理は頷いた。


 それからの話し合いで、一週間後の今日、午前十時に冒険者ギルドに集合となった。




◇ ◇ ◇




 いつも通り愛理と依頼をこなした後、空也は【認識阻害】を解いてウルフへ向かった。

 王宮内にあるウルフ支部には、すぐる誠也せいや舞衣まいの姿があった。


「おう、空也じゃねえか!」

「数日ぶりねー」

「よう」


 三者三様の挨拶に「こんにちは、皆さん」と会釈をしてから、空也は周囲を見回した。


「今日、原田はらださんと那須なすさんはいらっしゃらないんですか?」

美里みさとはいつも通り研究室で、あかねは今日は私用でお休みよ」

「那須さんがお休みなんて珍しいですね」


 勝手に皆勤のイメージを持っていた茜の欠席に驚いていると、傑が何かを投げてきた。


「っと」


 受け取ると、それは模擬戦専用の【魔法展開補助装置キクロス】だった。


「やるぞ」

「あーっ、ずるいぞ傑!」


 その大声は、もちろん誠也のものだ。


「お前一回やっているんだから俺に譲れよー」

「先言ったもん勝ちだ」

「いやいや待て。それとこれとは——」

「あのー」


 空也は言い争う二人に声をかけた。

 傑に【魔法展開補助装置】を差し出す。


「あっ?」

「僕、ちょっとした報告と顔出しのために来たので、今は申し訳ありませんが模擬戦はできません」

「……ちっ」


 舌打ちをしつつ、傑が【魔法展開補助装置】を受け取った。


「報告って?」


 舞衣が聞いてくる。


「そんな大したことではないんですけど、瀬川せがわ瑞樹みずきに会うためのアポを取ろうと思っているんです」


 瑞樹の名前を出すと、大きさや方法に違いはあれど、皆何かしらの反応をした。


「えっ、ど、どうして?」

「ちょっと聞きたいことがありまして」

「……大丈夫なの?」


 舞衣の顔には心配の文字が浮かんでいる。


「はい、大丈夫です」

「なら良いけど……」


 舞衣は心配の色を残しつつも、それ以上は言葉を重ねてこなかった。


「まあ、それなら仕方ねえな」


 誠也が一つ頷いた。


「今日はアポ取るだけか?」

「会えるなら会ってこようと思います」

「そうか。気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」

「そんで、アポ取れようが取れまいが、早めに終わらせて——」

「さっさと模擬戦やるぞ」


 傑が誠也に言葉を被せた。


「俺のセリフ取んないで!」

「良いからやるぞ、誠也」

「えっ、今から?」

「当たり前だ」


 傑が誠也の襟首えりくびを掴んだ。


「えっ、ちょっ⁉︎」


 誠也が傑に引きずられる形で、二人は模擬戦を行う闘技場へと消えていった。


「また治療しなきゃだわ……」


 ガックリと肩を落とす舞衣に「ドンマイです」と声をかけてから、空也はウルフ支部を辞去した。




 その足で、ウルフ支部とは別の、国防軍第三隊の支部を訪れる。

 中には、りんの姿があった。


「あっ、空也君」

速水はやみさん、ご無沙汰しています」

「久しぶり。どうしたの? こっちに来るなんて珍しいじゃない」

「瀬川瑞樹に会いたいので、そのアポを取りに来ました」

「……えっ?」


 凛は一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情をして顔を寄せてくる。


「何か、重大なことが関わっているのね?」

「僕的には、ですけど」

「……わかった。けど、本来なら事件の被害者が加害者に会うことは許されていないから、まずは玲良れいら様にその事情をお話ししてみて。王女の許可が出れば。特例として会えるから」

「わかりました。玲良様は今どちらに?」

「今はここの執務室にいるはずよ。取り次いでみようか?」

「お願いします」




◇ ◇ ◇




 三十分後、空也は第三隊支部の執務室で、玲良と向かい合っていた。玲良のすぐ後ろには彼女の執事兼護衛である杏奈あんなが、壁際には凛が控えている。


「なるほど。それは確かに重大な話ですね……」


 事情を説明すると、玲良は難しい表情を浮かべた。

 が、彼女は比較的すぐに答えを出した。


「わかりました。瀬川瑞樹との面会を許可します」

「えっ、よ、よろしいのですか? 今回のはほとんど私用に近いと思うのですが……」


 あっさり許可されるとは思っていなかったため、自分の望んだ通りの結果になったにも関わらず、空也は食い下がってしまった。


「ええ。少しでも呪術が関わっている可能性があるなら、それは真偽を確かめなければなりません。それに、被害者が加害者と会ってはいけないのは、何かしらの事件が起こる可能性が高いからです。空也さんに、その心配はありませんから」


 玲良がにっこりと笑った。


「……ありがとうございます」


 玲良の示した理由はいささか大雑把だったが、空也はそれ以上は引き下がらなかった。

 過程はどうあれ、瑞樹に会えるならそれで良い。


「玲良様。瀬川瑞樹とはいつ会えますか?」

「空也さんがお望みなら、今すぐにでも会えますよ。一応向こうにも話は通しますが、それは形式上のものですから」


 形式上。つまり、瑞樹に拒否権はないということだ。


「どうなさいますか?」

「では、今が良いです」

「わかりました」


 玲良が凛に、瑞樹に空也が面会に来たことを告げるよう指示を出した。

 敬礼をして部屋を出ていった凛は、ものの数分で戻ってきて、瑞樹が了承した旨を玲良に告げた。


「わかりました。では、空也さんを瀬川瑞樹の元までお連れして」

「承知しました——行きましょう」

「はい」


 空也は凛とともに部屋の扉へ向かった。最後に玲良に頭を下げてから、空也は部屋を出た。




◇ ◇ ◇




 空也と凛の後ろ姿を見送る玲良の耳に、杏奈が口を寄せた。


「素直におっしゃれば良かったのですはありませんか? ——空也さんの記憶を取り戻すのに協力したかったのだ、と」

「なっ⁉︎ そ、そんな私情を挟んでなどおりませんっ。私はただ、王女として、呪術が関わっている可能性を考慮して——」


 玲良は必死に否定の言葉を並べるが、その赤くなった顔を見れば、彼女の本心はバレバレだった。

 そんなおもちゃ・・・・を杏奈が見逃すはずもなく、彼女はさらに言葉を重ねようとした。


「っ——!」


 しかし、彼女が実際に行ったことは揶揄からかいの言葉を紡ぐことではなく、息を呑むことだった。


「杏奈、どうしたの?」


 杏奈のただならぬ気配に気づいた玲良が、その顔を見上げる。

 杏奈は厳しい表情で告げた。


「——たった今、地下で膨大な量の魔力が使われました。それこそ、呪術級の」

「なっ……⁉︎」


 玲良が驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。

 しかし、さすがは王女というべきか、彼女はすぐに冷静さを取り戻した。


「行きましょう、杏奈」

「ええ」


 二人は頷き合い、第三隊の執務室を飛び出した。




「っ——!」


 杏奈とともに階段を駆け降りた玲良は、目の前に広がる光景を見て言葉を失った。

 彼女の視界に映ったのは、呆然と立ち尽くす空也と凛、そして——、


 泡を吹いて倒れている、瑞樹と二名の看守の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る