第38話 もう一人の空也

 愛理あいりが待ち合わせの公園に到着したとき、そこにはすでに空也くうやの姿があった。


「空也ー!」


 愛理は小走りで空也の元まで駆け寄った。


「やあ、愛理」

「ごめん、待った?」

「全然。僕も今来たところだよ」

「そっか」


 あれ、と空也が愛理を眺める。


「その服、新しく買った?」

「あっ、わかる?」


 現在愛理が着ている服は、つい先程購入したばかりのものだ。

 それを空也が気づいてくれたことが嬉しくて、愛理はだらしなくほほを緩ませた。


「どう? 似合う?」

「すごく似合っているよ。大人っぽい感じで」

「でしょー?」


 服のテイストまで空也が気づいてくれたことに、愛理のテンションはますます上がった。


 ——なお、そういうところはまだまだ子供だな、と空也に思われていることを、彼女は知らない。


「それで、この後はどうするの?」

「こっちだよ」


 愛理は空也を先導して歩き出した。




 目的地には数分で到着した。


白井しらい様ですね。こちらへどうぞ」


 女性の店員に案内され、愛理と空也は二階の個室に通された。


「ここって……【森重もりしげ亭】だよね?」


 空也がぐるっと部屋を見回しながら問いかけた。


「そうだよ」


 愛理は悪戯が成功したような気分になりながら、頷いた。


「雰囲気にも味にも防犯にも定評のある、人気のお店。今日は私が奢るから、空也は好きに食べちゃって」

「……でも、ここって結構——」

「良いのっ」


 躊躇いがちな空也を、愛理が勢いよくさえぎった。


 愛理は基本的には鈍感だが、さすがに空也の言いたいことはわかる。それは、端的に言えばお値段だ。

 【森重亭】は雰囲気、味、防犯に定評のある飲食店だが、そうなれば当然、値段は高くなる。十代の子供が軽々しく入れるところではない。


 それでも、愛理はこの店を選んだ。なぜなら、


「これは私から空也への、ほんのちょっとしたお返しだから。昨日、私は空也に命を救われたし、一緒にいてもらったし、宿代だって払ってもらった。それに、昨日だけじゃない。私が王都に来てから、空也には数え切れないくらい助けてもらっている。いつもありがとう、空也」


 愛理は深く頭を下げた。

 顔を上げると、とても穏やかな表情の空也と目が合った。


「助けられてきたのは僕のほうだと思うんだけど……でも、そういうことなら今日は甘えようかな。ありがとう、愛理」

「全然。どんどん甘えちゃって」

「それは何か別の意味になりそうだけど」


 空也がクスリと笑った。


「それじゃ、僕は飲み物はこれにしようかな。愛理はどうする?」

「私は——」




 それから二人で注文を決め、その料理の豪勢さに語彙力を失いつつも、二人は穏やかな食事の時間を楽しんだ。




◇ ◇ ◇




「愛理は今後、どうするつもりなの?」


 デザートを食べ終えて一息吐いているとき、空也が愛理に尋ねた。


「うーん……」


 愛理は唸り声をあげた。

 親元を離れて一人で生活するようになってからはずっと【流星メテオロ】にいたせいか、具体的なことがなかなか思いつかない。


「冒険者は続けるの?」

「そのつもりではいるよ。魔法は楽しいし、他に何か特技があるわけでもないから」

「となると、やっぱりパーティには入ったほうが良いね。愛理はサポートメインだから。どこかある?」

「入れてくれそうなところはいくつかあるけど……」


 頭に浮かんだパーティは、言葉を選ばずに言えばしっくりこなかった。パーティメンバーは文字通り一蓮托生だ。中途半端な気持ちで入れば、全員が不幸になる。


 それに、愛理は少しパーティというものが怖くなっていた。【流星】は完全に崩壊した。もし次のパーティもそうなったら——。

 そんな考えがよぎってしまうのだ。


「……空也はどうするの?」


 愛理はネガティヴ思考を追い払うため、話題を切り替えた。


「僕も冒険者を続けるつもりではいるよ。けど、さすがに今すぐに表舞台に復帰するのはタイミングが悪すぎるから、僕が・・冒険者を再開するのはもう少し後かな」

「そうだよね……」

「だから、一つ提案があるんだ」

「何っ?」


 愛理は俯いていた顔を勢いよく上げた。


「愛理の所属するパーティが決まるまで、俺とパーティ組まない?」

「……えっ?」


 愛理は衝撃で固まった。ただしその衝撃は、空也からパーティに誘われたことでも、彼が「俺」という一人称を使ったことによるものでもなかった。


「……誰⁉︎」


 愛理の目の前には、空也とは似ても似つかない、紫髪の雰囲気の鋭い少年がいた。




◇ ◇ ◇




「【認識阻害にんしきそがい】っていう技なんだけど——」


 愛理の完璧なリアクションが見れたところで、空也は元の姿に戻って・・・・・・・説明を始めた。


「イメージとしては幻術に似ていて、文字通り相手の認識を誤認させるんだ」

「……っていうことは、空也の見た目が変わったわけじゃなくて、そう思わされているってこと?」

「そういうこと」

「……本当にすごいね、空也は」

「【認識阻害】に慣れている人とかには見抜かれるかもだけどね。まあ、そのときはそのときとして——どうする? 愛理」

「パーティ組むってこと? 空也が良いなら是非!」


 即答だった。


「……わかった」


 空也も、余計なこと・・・・・は聞かなかった。


「じゃあ、愛理が理想のパーティを見つけるまでの暫定にはなるけど——よろしくな」

「だから誰⁉︎」

「そっか。俺の名前言ってなかったね」


 空也は愛理に名乗った。


「俺はやなぎ宗平そうへい。よろしくな、愛理」




◇ ◇ ◇




 【森重亭】で夕食を食べた翌日、空也——もとい宗平と愛理は【夕焼けへーリウー・デュシス】というパーティ名でパーティ登録を済ませ、さっそくいくつかの依頼を受けた。


 現在は依頼を終え、宿に戻ってきている。


「それじゃあ、またね」

「うん」


 これから行くところがあるという空也を見送り、愛理は自室へと戻った。


 まだ陽が沈み切ってはいないが、愛理は冒険者用の装備を外した。

 空也にも「今日は軽めのほうが良いよ」と言われていたし、愛理もそれは同感だった。思った以上に疲労感を感じている。


 しかし、もっと空也と依頼を受けていたいという思いも、愛理の中には同時に存在していた。

 魔力の増えた空也は、その実力を見せつけるようなことはせず、愛理に合わせてくれた。魔物との戦闘中での的確な指示や裏表のない賞賛は、まさに愛理が求めていたものだった。


 ……だからこそ、新しいパーティが決まるまでの臨時の期間でしか組んでもらえない自分が、愛理にはもどかしかった。


 空也と愛理がどちらも正式にパーティを組もうと言わないのは、それが非現実的な話だからだ。パーティは普通、実力の近い者同士で組む。そうしないと全員が遺憾なく実力を発揮できないからだ。

 その意味では、現時点で空也と愛理は実力差がありすぎる。空也に合わせれば愛理がお荷物になるし、愛理に合わせれば空也は役不足になってしまうのだ。


「……もっと頑張ろう」


 愛理は気合を新たにし、入念にストレッチを開始した。




◇ ◇ ◇




 今後について考えを巡らせていたのは、空也も同じだった。


 これからしばらくは柳宗平として冒険者をしつつ、ウルフにも時々顔を出そうとは思っているが——現在も、ウルフへ向かっている最中だ——、いつまでも架空の人物を演じているのは色々な面で良くないので、いずれは瀬川せがわ空也くうやとして冒険者稼業を再開するつもりだ。

 しかし、どのタイミングで再開するのが良いのか、空也は判断しかねていた。


 ——ウンウン空也が頭を悩ませていた、その矢先だった。


(っ——!)


 戦闘中以外も常時発動させている【索敵さくてき】により、空也は記憶に色濃く残っている魔力の気配を捕捉した。


(この魔力は……侑斗ゆうと⁉︎)


 その魔力は、九条くじょう家襲撃の際に捕らえた侑斗のものだった。

 そして侑斗の魔力の気配は空也の目的地、つまり王宮のほうから発せられていた。


 空也は【索敵】を強化しつつ、足を早めた。


 王宮の門の手前で、空也は二十名ほどの集団を発見した。暗くなってきていることもあり、それぞれの顔は視認できなかったが、それは空也にとっては大した問題ではなかった。


 その集団には、空也の知っている魔力が複数存在していた。

 国防軍第一隊の時谷ときや小太郎こたろうと九条家襲撃の主犯格の侑斗。そして【無能力者アヴィナモス】のコウやその他のぞくのメンバー——、


「なぜ、国防軍と襲撃者たちが王宮へ……⁉︎」


 空也は状況を把握しきれなかった。

 それでも、何か良くないことが起きているということだけはわかった。


 空也はウルフへ向かうのをやめ、九条家に直行した。

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