第37話 第三隊特別作戦係 —後編—

 空也くうやすぐるは、剣を握ったまま距離を取って向かい合った。


「やるじゃねえか、新入り」


 傑はニヤリと口元を緩めた。


米倉よねくらさんも」


 空也も楽しそうに笑う。


「はっ。だが、剣でのぶつかり合いはもう良いだろう。上も多分文句たらたらだろうから、ぼちぼち第二ラウンドといこうぜ」

「良いですね」


 傑は剣をさやに納め、魔法の構築にかかった。選んだ技は【土包弾エザフォス・ポリオルキア】だ。

 【土弾エザフォス・スフェア】——握り拳ほどの土の塊——が空中に生成され、空也に全方位から襲いかかる。


 空也は彼の左手から来た土をすべて凍らせ、左に跳んだ。そして空中で体勢を整え、お返しとばかりに【土の咆哮エザフォス・ヴリヒスモス】を浴びせる。

 無数の土の槍が傑を襲うが、傑はそれを【土の障壁エザフォス・トイコス】——土で作った壁——で防ぎ切ってみせた。


 いきなりの上級技同士の応酬。だが、それは二人にとっては小手調べのようなもので、威力も抑えていた。


 真剣勝負とはいえ、模擬戦では当然相手を殺すわけにはいかない。

 多少の怪我は支払うべき代償のうちであるし、模擬戦用の【魔法展開補助装置】に組み込まれている技は通常の技よりも殺傷能力は低くなるよう設定されているが、それでも過去に事故がなかったわけではない。


 そのため最初は二人の中にも遠慮はあったが、そんなものはすぐに消え去った。

 先の攻防で、二人は確信したのだ。


 ——この相手はそうそう死ぬことはない、と。


 今度は空也が先に仕掛けた。

 地面を蹴り、【身体強化しんたいきょうか】で距離を詰めつつ【魔の波動マギア・キーマ】を打つ。それを避けた傑に、空也は剣で襲いかかった。


 しかし、それはブラフだった。


 空也は振り下ろそうとしていた武器を手放し、ガラ空きになった傑の胴体を蹴り飛ばした。


「ごふっ……!」


 予想外な攻撃に吹き飛ばされた傑だが、着地と同時に【土の障壁】を発動させた。


 空也目掛けて土の壁が何枚も降ってくる。

 防御技であるはずの障壁を使った変則的な攻撃だったが、空也はそれを無属性魔法【魔の障壁マギア・トイコス】——魔力を凝縮させた壁——で防ぎつつ、再び傑との間合いを詰めた。


「これくらいの奇策は通じねえか……」


 傑は、土属性と水属性の複合技である【泥沼ボルボロス】を発動させた。空也の足元にぬかるんだ大地が生成される。


「おろっ?」


 間抜けな声を上げてバランスを崩した空也に、傑は【土の咆哮】で追い討ちをかけた。

 何発かは被弾するだろう、と傑は手応えを感じたが、空也は傑の予想を遥かに上回る速度で退避をした。


 その足元には、氷の道が生成されている。地面を文字通り滑った空也は、傑の攻撃を避け切ったのだ。


「……なるほどな、そういう手か」


 こいつは面白え——。


 剣を交わしているときにも思ったが、その攻防を経て、傑は空也の独創性を実感していた。


 負けるかもしれない。

 そんな考えが傑の頭をよぎった。


 自力の差ではおそらく負けている。感じる魔力量から推察するに、持久力でもかなわないだろう。正面からぶつかり合えば、勝てる可能性は高くない。


 そこまで分析して、傑はニヤリと笑った。


 正面でのぶつかり合いで勝てないなら、それ以外で勝てば良い。


 これまでの攻防で、傑は実力差と同時に対人戦闘の経験値の差も感じていた。

 空也の戦闘能力は賞賛に値するが、その全ての攻撃に傑は素直さを感じていた。工夫はされていても、そこに駆け引きは存在していなかった。


「必ずしも強えやつが勝つとは限らねえんだぜ? ——新入り」


 傑はニヤリと笑った。




◇ ◇ ◇




 焦る必要はないな。

 傑の攻撃をかわしながら、空也はそう状況を分析した。


 一見互角の戦いをしているように見えるが、魔力の減りが早いのは傑のほうだった。それは肩で息をし始めた傑も気づいているはず。

 傑はどこかで必ず仕掛けてくる。そこを狙ってカウンターを叩き込めば良い。


 空也のその作戦は、そう遠くない未来に実行されることになった。




 数分前と同じように、二人は互いに距離を取った。


「そろそろ決着をつけようや、新入り」

「そうですね」


 この攻防で全てが決まる。

 そのことを、二人は確信していた。


 先に動いたのは傑だった。


 右手で【土の咆哮】を、左手で【土包弾】を放ちつつ、空也に向かっていく。

 対する空也もそれらを【魔の障壁】で打ち流し、【魔の波動】で相殺しつつ反撃もしながら傑を迎え撃った。


 傑はさらに【土包弾】を放つ。しかし、それらは全て空也の背後に落ちた。

 防御しようとしていた空也は、予想外のその軌道に面食らって一瞬反応が遅れる。


 その隙を逃さず、傑は【土の咆哮】を近距離で放った。


「くっ……!」


 しかし、間一髪のところで空也は飛び退き、傑の攻撃を【魔の結界】で防いだ。


「おいおい、このタイミングで結界張れんのかよ」


 傑はため息を吐いた。

 それは一見諦めの言葉だったが——、


「だが、残念だったな」

「うわっ⁉︎」


 空也が足をもつれさせ、体勢を崩した。

 傑が先程放った【土包弾】は、そのほとんどは打撃性の高い石の塊だったが、【泥沼】を球状にしたものも混ぜていた。

 空也の背後に落下した際に泥が地面に広がり、飛び退いた空也の足元を奪ったのだ。


 その罠を仕掛けた張本人である傑も、観戦していた舞衣まい美里みさとも、傑の勝利を確信した。


「終わりだ」


 傑は【身体強化】を発動させ、剣を空也の腹に突き出した。


 剣の切先が空也の肌に届き、丸まっている剣先がその身体を吹き飛ばす。

 そんな傑の脳内イメージが現実となる前に、

 彼の身体は吹っ飛んだ。


(……この感触、まさかっ?)


 傑は慌てて空也に視線を向け——絶句した。


 人体に致命傷を与えないように丸まっている、模擬戦専用の剣の切先。

 傑を吹き飛ばしたそれは、空也の足から生成されていた。


「おいおい………マジかよ」


 苦笑を浮かべた傑の呟きは、今度こそ諦めを感じさせるものだった。




◇ ◇ ◇




「まさか足から剣を出すなんて……絶対空也君の負けだと思った」


 呆然と呟いた舞衣は、ふと隣が異様に静かなことに気がついた。


「……美里?」

「……ふふ」


 美里は突然、不気味な笑い声を上げた、


「足から剣を出すなんて、彼は本当に興味深い……! 無属性魔法もあんなに使いこなしている……! ふふふ、良いですねぇ」


 この子、怖い。

 自分の世界に入り込んでいる美里に、舞衣は決して軽くはない恐怖心を抱いた。


 そして同時に思った。

 この魔法研究の虫の餌食にならないよう、先輩である自分が空也を守らなければならない、と。


 このときの舞衣はまだ知らなかった。

 研究の虫は、何も隣で狂気的な笑みを浮かべている同僚だけではないということを……。




◇ ◇ ◇




 空也と傑の模擬戦から数時間後——。


 ウルフ支部では六人の人間がグラスを手に持っていた。


「それじゃあ空也君の入隊を祝って——乾杯!」

「乾杯!」


 舞衣の音頭おんどでそれぞれがグラスを合わせる。

 グラスを口につけながら——中身はただのジュースだ——、空也は何の気なしに周囲を見回した。


 六人が座っているのは長方形の机だ。

 三人ずつが横に並んで向かい合っていて、空也の正面には傑が、右隣には舞衣が座っている。


 舞衣のさらに隣に座っているメガネの女性は原田はらだ美里みさと

 国防軍随一の魔法研究家という肩書きは十分に興味をそそられたが、自分のことをじっと見つめてくるその視線に、空也はどこか薄ら寒いものを感じていた。


 舞衣の正面、傑の左隣に座っているツンツン頭の男性は柿本かきもと誠也せいや

 陽気そうな見た目にたがわず、出会ってすぐに距離を詰めてきた。おそらくはウルフのムードメーカーだろう。


 最後が、美里の前に座る黒髪ロングの女性、那須なすあかね

 王道の清楚系という顔立ちをしており、雰囲気はどこか皐月さつきに似ている。物腰も柔らかかった。


 ウルフの残り二人、戸倉とくら雄三ゆうぞう木崎きざき梨花りかは任務で遠出しており、玲良れいらは忙しくて来れないということだった。(空也からすれば、来ようとしていたことに驚いたが)


 そんな事情があって六人で開催された「新入りと親睦しんぼくを深めようの会」の第一声は、やはりというべきか誠也だった。


「なあ空也、お前模擬戦でよねに勝ったんだって? やるじゃねーか!」

「ありがとうございます、柿本さん。ギリギリ勝てました」

「嘘吐け。お前まだ余力残していたじゃねーか」


 傑から鋭い指摘が入る。


「最後のアレ、お前狙ってただろ」

「アレって?」

「そう! ちょっと聞いてよっ」


 茜の質問は空也と傑に向けられたものだったが、答えたのは舞衣だった。


「この子、最後の攻防で傑の【泥沼】でバランスを崩しながらも足から剣を出して傑を吹っ飛ばしたのよ! すごくない⁉︎」

「舞衣、食事中の人を揺らしては駄目よ」

「あっ、ごめん」

「ありがとうございます、那須さん」


 舞衣の台詞中、ずっと頭を揺らされていた空也は、制止の声を上げてくれた茜に目礼した。


「足から剣を? そりゃ、面白え発想だな」

「ええ。剣は握るものっていう先入観があったから、そんな発想浮かばなかったわ」

「それにね、剣でも傑と五分だったし、無属性魔法も使いこなしていたのよっ! 【魔の波動】とか!」


 誠也と茜が期待通りの反応を見せたためか、舞衣はさらに饒舌じょうぜつになった。


「無属性魔法も? マジかよ」

「他の属性魔法に比べて習得自体は簡単だけど、実戦レベルで武器になるくらい極めるのは難しいよね」

「だよね~」


 二人がまたしても良い反応をし、舞衣は満足そうにウンウンと頷いた。まるで、友達と遊んだことを報告する子供とそれを聞いてあげる親のようだ。

 しかし、舞衣による報告会(?)はそこで終了した。


「確かにこいつの技の多彩さや柔軟性はすげえ。だが、一番やべえのはそこじゃねえぞ」


 傑の真剣な声色に、皆の注目が集まる。


「えっ、どういうこと?」

「そのまんまだ」


 傑は空也を見据みすえた。


「お前、俺が【泥沼】を使うって知っていただろ・・・・・・・


 その質問に、空也はすぐには答えなかった。


「知っていたって、どういうこと?」

「……まさかっ」


 美里が立ち上がった。

 メガネの奥の鋭い眼光が空也を射抜く。


「君は、【索敵さくてき】で相手が使う技を見抜くことができるのですかっ?」

「その通りです」


 さすがは魔法研究家、と思いながら、空也は頷いた。

 そして、傑を見る。


「なぜ気づいたのですか?」

「お前と一度戦えば誰でも気づく。お前は何回か、俺が技を発動させる直前にすでに動き出していた。ありゃあ、予測にしては思い切りが良すぎる」

「なるほど」


 確かに空也は常時【索敵】を発動させながら戦っていた。【泥沼】に足を取られつつも傑を倒せたのは、背後の地面が泥でぬかるんでいることを知っていたからだ。


「何回か、ってことは、毎度ではないんだ?」

「ああ。最初のほうはそこまで早くは動いていなかった。多分、初見じゃ技を絞りきれねえんだろう……あっ? 何だ?」

「いえ、何でもありません」


 傑に睨まれ、空也は自身の【索敵】の弱点をあっさり見破った彼に向けていた賞賛の目を逸らした。

 まさか馬鹿正直に、意外としっかり考えるタイプだったんですね、などと言えるはずもない。


「つーことは、空也とやるときは決め技は最後まで取っとかねえとな」

「お手柔らかにお願いします」

「そりゃ、こっちの台詞だ」


 ニヤリと笑う誠也に、空也もほほゆるめる——ことはできなかった。

 背筋に悪寒が走る。


「ねえ君、今夜私の研究室に来ない?」

「行きません」


 背後霊のように後ろに立っている美里からのお誘い・・・を、空也は即座に否定した。


「否定はやっ!」


 その速度は誠也が思わずツッコミを入れるほどのものだったが、美里をひるませるには十分ではなかった。


「そう言わずに——」

「はいはい。美里、落ち着きましょうね」


 しかし、美里がさらに空也に詰め寄ろうとしたところで、救いの手は差し伸べられた。


「ぐえっ」


 舞衣に襟首えりくびを引っ張られ、美里がカエルがつぶれたような声を出す。


「助かりました、菊池さん」

「任せなさいっ。先輩がこの物怪もののけの脅威から守ってあげるから!」

「はあ」


 得意げに胸を張る舞衣に愛想笑いを浮かべてから、空也は物怪——美里に頭を下げた。


「すみません、原田さん。今日は夜に友達と会う約束をしているので、またの機会にお願いします」

「そう? それなら仕方ありませんね」


 美里はそれまでの執着しゅうちゃくが嘘のように、あっさりと引き下がった。


 茜いわく、


「約束は本当に大事にしているのよ、美里は」


 ということらしい。




「今日はありがとうございました。それではまた」

「ちゃんと顔見せなさいよー」

「次は勝つ」

「今度は俺とやろうぜ!」

「いつでも研究室にいらしてくださいね」

「気をつけてねー」


 新しい仲間の個性的な挨拶——半数以上はただの私的欲求だったような気もするが——を背に、空也はウルフ支部を出た。


 楽しかったな。

 和気藹々わきあいあいとした雰囲気を思い出し、空也は笑みを浮かべた。


 空也は王宮の近くにある時計塔に目を向けた。時刻は十八時半だ。


「あっ、ちょうど良い時間だ」


 今朝、愛理に十九時に王宮の近くにある広場に来るように言われていたのだ。

 広場で遊ぶような年齢ではないから、そこはただの待ち合わせ場所だろう。


 どんな要件なのか、期待と不安を半々に感じながら、空也はゆっくりと歩き始めた。

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