第57話 封印術師
三人は城門の前に並んで峠を見渡した。この峠の坑道で離ればなれになった三人は、ここでまた再会した。
ローズとリウトは負傷した騎士達を診てまわった。深手を負っていたモリスンとザックも命をとりとめた。
「
「結果オーライだったろ」モリスンの傷は深かったが、その態度に変わりはなかった。「俺が名誉の負傷をしたおかげで、野郎がトラップを発動したんだから」
「まあ、助かったけど、死ねとはいってないからな」
「へっ、へへ。死ぬもんか、こんな怪我で」
解封師ローズは対になった宝珠を集め、ひとつをリウトに渡した。水色に輝く貝殻のような形状をしている。
いわれた通り、数列は一方通行に組み換えてあり、向こうからの移動は出来ないようになっている。
この異常を知った残りの黒騎士は城塞へくるのか、来るとすれば何処にいて、どうやって来るのか彼女には分からなかった。
「この宝珠がポータルを開いて、漆黒騎士が瞬間移動をしていたのよ」
「ああ、ありがと」
「ううん、私こそありがとう」ローズは懐かしい二人の手を取って言った。「助けにきてくれて。ダリルの腕は大丈夫?」
リウトは自分の回復魔法の効果を確認するように老騎士を見まわした。
「何ともないわい。そもそもリウトの魔術障壁が、まだ効いとる。あのときは、魔術にかかったフリをしとったんじゃ」
「あはは、良かった。じゃあ終わったのよね?」ローズはふたりの手を取りながら、あどけなく跳ねて聞いた。
「……いや、実はまだ何も終わっちゃいない。これからなんだ」
「どういうことよ」
以前のリウトとは違い、気を使っているような言い方だった。これから起こる不幸な出来事を知っているような。
「俺はすべてを裏で操っている〈封印術師〉を倒さないとならない。でもお前は大丈夫だ。少しの間、城門の影に隠れていてくれれば」
「ええ!? いやよ。もう離れない」
危険が去ったかのようないい方をしても駄目だと思った。リウトが魔力を温存するような戦い方をしていたのを本能的に感じていた。
彼は本気の戦いに行くつもりだ。あるいは死を覚悟した戦いに。「私も行くわ。一緒に行くわよ」
「いや、駄目だよ」リウトは目をふせた。「だって、すげー危ないから」
「こっちを見て、リウト。連れて行ってくれないなら……絞め殺すわよ」
「ぶっ!」しばらく会わないうちに、少しは成長したかと思ったが、性格はそのままだ。「どっちにしろ、俺は安らかに眠れるな」
しかたなく顔をあげ、ローズを見つめた。彼女はリウトの手をつかんで、じっと黙った。少しだけ彼女のことを忘れていた。
「……」
世の中には、苦難に立ち向かうタイプの女性がいるってことを。他の誰とも違う、気高い薔薇のことを。
「何があっても、俺を信じてくれるか?」
「うん。信じるよ」
「後悔しないか?」
「それは――約束出来ないけど、もし後悔したら、『やっぱり俺のいった通りだったろ』って言いに来てくれるんでしょ?」
「ずっと前の約束じゃないか。あのときは目の前で泣いて……情けないところ見せちゃってごめんな。もう泣かない。強くなったんだ」
「ううん、しっかり目に焼き付いてるから大丈夫よ。私も強くなったのよ」
「ぷっ……ぷはははは。分かったよ。やっぱ隠し事はなしだ。でもここで待っていてくれ、お前には俺と同じものを見せるから」
峠道には黒騎士がぞろぞろと城塞にむけ上がってくる。その数、ざっと二百。
森の奥に黒騎士の援軍は隠されていた。騎士たちを隠す能力〈死神の
ソフィアとラルフ神父が乗った馬車に続いて、中隊長コリンズとライカが馬を走らせてきた。ライカは老騎士に駆け寄りいった。
「はぁ、はぁ、はぁ、大変ですよ、ダリルさん。大軍です。黒騎士の大軍が攻めてきます」
「そりゃ知っとるわい。来るのは分かっとるが、約束の橋桁は出来たんかい?」
「なんとかな……」共にきたコリンズが馬を降りて応えた。「ダリルよ、あんたのいったとおり人間が三人ばかりし通れる橋桁を作って、周りは岩を崩して通れないように作った」
リウトはアンサラーをダリルに渡そうとした。ダリルは受け取ろうとはせず、黙って首を横に振った。
「それより、自信とか勇気がみなぎるような魔術はないのかの?」
「あったら、とっくに自分に使ってる」
「ぷっははは!」
老騎士は自分の使い慣れたショートソードを抜き、静かに歩き出した。
「こちらは任せておけ。リウト、何時間でも、何十時間でもこいつらを足止めしてやる。儂の命に代えてもな」
「……お、俺も行こう」モリスンは剣を持ちダリルに続こうとした。
「いや、怪我人は休んでおれ。立っているのもやっとじゃろ」
その一本道は小高い山になっており、下から弓や槍を使うことは難しかった。落盤した大きな岩が道をふさぎ、せいぜい二人か三人しか同時に登ってこられない。
あらかじめ話し合ってコリンズやライカたちに作ってもらった小道である。
「な、何をするつもり……む、無茶よ!」その道に向かうダリルにローズが叫んだ。
「た、たった一人でどうしようっていうのよ。ねえ、リウト。ダリルを止めて、お願い!」
「ダリルは一人の方が強いんだ」リウトは優しい目を向けて言った。「俺の知っている騎士のなかで、一番強い。だから臆病なのさ」
リウトは空高く舞い上がって行った。高みから道を見ると黒騎士が列をなして進軍してくるのがよく見えた。そして空を見る。
「上空から来る。とんでもない速さだ」リウトは一旦城門を見おろすと、腕輪に集中しローズに投影魔術をかけた。
「その魔法陣のなかに入れ。意識体だけが、俺と一緒に飛べるはずだ」
『……本当だわ』ささやくような音があった。
「肉体はソフィアに預ける。これなら安全に全部が見えるだろ。神父の通信魔術を応用したら、うまくいったみたいだ」
『リウトが死なない限り、ダリルとも意志の疎通が出来るのね』
「ま、まあね。さあ、いくぞ」
上空三百メートル――霧の雲海の向こうには丸みを帯びた広大な地平線が伸びている。太陽は真上にあった。先に見える山脈に万年雪が光を反射している。
風は無く、音もない――。
リウトは目の前に一人の魔術師が浮いているのを見た。ただの魔術師ではない。
〈吊られた男〉ミルコ、〈魔術師〉アネス、〈死神〉ベイン、〈月〉シャイアまでもが忠誠を誓った男。
高濃度アクセサリーをかき集め、世界を変えようと企てる男である。
「……すこし、話し合えないか?」リウトは言った。「あんたの目的はローズなんだろ?」
〈封印術師〉は真っ黒なローブのフードを下ろして顔をみせた。
「いいだろう」白髪の混じった男は、低く聞き取りづらい声を発した。「きみは魔力の何を知っている?」
濃いブラウンの瞳でこちらを見つめていた。迷いのない、それ自体が魔力を帯びたような視線に射すくめられると、身体が硬直するような緊張を感じた。首筋の毛が逆立っている。
「魔力とは――」リウトはいった。「この〈世界〉自身の力だ。そして、この戦争も世界が自身を守るための仕組みだ」
「……そのとおりだ、若者。人間は環境を破壊する生き物だからだ。世界の形をも変えてしまうほどの生物だということだ。では戦争を終わらせるにはどうすれば良い?」
「俺もこの仕組み〈魔力の根源〉を封印することだと思ったよ。ノア・ジョード」
「!!」
黒いローブの男は、少しの間、口を開けたまま青年を見つめた。成り行きを待ち受けながら、まだまだほんの序の口だという顔をして黙っていた。
「だけど、その考えは間違っていた。まったく逆の発想が必要だったんだ」何気ない口調でそういったが、ノアが内心では驚いているのが分かった。
リウトは話を続けた。「魔力という大きなシステムを魔力で封印することは出来ない。全く逆の能力が必要だったわけだ――それは、解封師の能力だ」
同じ答えに到達した若者に賞賛の笑みが漏れた。三回ほど、手を打ち鳴らし小さな拍手をしてノアは息を吸った。
「だが、解封師は魔術師のトラップが無ければ決して成長しない。ローズがこれほどまでに立派に成長したのは君のおかげでもある。リウト・ランド」
「全て仕組まれていた事だ。あんたにね」
「なかなか鋭いな」言葉とはうらはらに興味はないと目は語っている。
「文字通り、あんたは育ての親だったんだ」
「そうだ、だからローズは貰っていく。私のすることで、この戦争は終わるだろう。戦争がなくなれば世界は平和になるのだ。君と闘う理由など無いと思いたいのだが」
「彼女の命を使って、魔力を独占しようとでもいうのか? 自分に都合のいい呪われた力を解き放つつもりか? それで親だなんてよく言えるな」
何時の間にか――リウトの後ろには、白い
「実際に、この場にいる訳ではなく……投影魔術だな」
「ああ。ローズは誰にも渡さない」
『お父さん!!』
「最初から聞いていたのか」
少女は父の顔を真っ直ぐと見た。その父親の名はノア・ジョード。名の通った解封師。母親はいない。彼女が、ノアの実の娘であるという保証はどこにもなかった。
会いたかった父に、絶対的に信じていた唯一の肉親に裏切られたことは、ローズのこころを傷つけた。
『父さん。私は、私は……
「ふっ」ノアは鼻で笑った。「そんな事は、どうでもいいことだ」
喉の奥に酸っぱい物を感じ、ローズは口元に手をあてた。頬を赤らめ目を落とした。その表情には、二年ぶりに再会を果たした父親に対する感情は何処にも見られなかった。
「同じようなものだ。私にとってはな」ノアはなだめるように言った。
『お父さんの目的は、戦争を終わらせることなのね?』
「そうだ、お前が必要だ。恐れることはない。たった一人の犠牲で世界が救えるのだから」ノアは秘密めいた笑みを浮かべた。
「聞いてくれ、ノア。ローズの命を捧げても争いの呪いは解けない」
「――お前の目は確かだなローズ。見込みのある青年だ。だが、決めるのはその青年ではない」
『私は、リウトを信じる』
「世界はどうでもいいと?」ノアは眉をひそめた。「犠牲になるのは他の子がいいか? まさか、その男を信じる気か」
『ごめんなさい』ローズの頬を涙がったっていた。『……私は、私は約束したの』
リウトは遮るように彼女の前に立った。「ローズは渡さないって言ってるだろ。彼女は
「ほお、誰だろうと邪魔をする者であれば」彼は鼻を鳴らした。
排除するしかないな――。
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