第54話 浪人部隊

「は、速い――」


 御者台の下から老騎士が顔を出す。目の前に立っていた騎士は喉に槍を受け、首の後ろに刃先が飛び出していた。


 あちらこちらで槍が伸び、血飛沫が散っている。互いに呼び交わす怒声が聞こえる。


「ふうっ……ふうっ」


 ダリルは呼吸を整えながら剣のグリップを握る。皺のよった指先を見ると、爪には土がはさまり手のひらに汗をかいている。


 落ち着かなくてはならない。〈恐怖〉とは自分をコントロール出来なくなることだ。剣の擦れる音、鞘の擦れる音、鎧の当たる音、騎士たちの絶叫と罵声に混じってミルコの声が響く。


白騎士ステイトを皆殺しにしろ!!」


「……まずいぜ、全員殺されちまう。やつは俺が吊るしてやる」ホロ付きの馬車から初めに飛び出したのはモリスンだった。


 続いたのは浪人部隊のちぢれ頭の男〈土竜もぐらのザック〉。さらに後ろの馬車からは十名近い浪人騎士が飛び出し黒騎士に斬りかかった。リウトが眼帯野郎、坊主頭、バンダナ野郎と呼んだ男たちだ。

 

「みんな死ぬんじゃないぞい!」


 一番最後に、後方を確認した老騎士は叫び、重い腰をあげて走り出した。ほんの数歩前に立っていた騎士が魔術弓に頭を撃ち抜かれ血飛沫をあげ倒れた。


「何てこった」ダリルは上を見て叫ぶ。「そこの浪人どもは、儂と来るんじゃ」


 死体につまずきながら、老騎士と数人の浪人騎士たちは城塞入口の落とし格子へ退く。矢倉へ繋がった回廊を押さえるためだった。


「……なんだと? まだ悪あがきする馬鹿がいるのか」


 ミルコは冷静にあたりを見た。這いつくばっている白騎士を除けば、動いている人間は十名程度。こちらには精鋭部隊がその五倍はいる。


 無謀な戦いを挑まれるのは、大歓迎だった。用なしの騎士をまとめて始末するため、ここに集めたのだ。更に少数の雑魚が引っ掛かるなら上等な酒を用意したかいもある。


「おいおい、術師殺しのモリスンに臆病者と、運び屋。なんだ? 貴様は〈土竜もぐらのザック〉か。まるで役立たずのオンパレードじゃないか。貴様らが手を組むとは、どんな魔術にかかったんだ」


 ザックは伝説の剣アンサラーを向け真っ直ぐにミルコに走った。左右に斬りかかる黒騎士に見向きもせずに剣を捌いていく。


「ふん! 魔術なものかよ」


 囲んでいた黒騎士達は同時にバタバタと倒れた。さして戦力にならず、部隊からはじかれた浪人騎士のはずだった。


「ほう?」


 まず、理性と欲望を自制できもしない連中がまとまって行動していることに驚く。そして隙のない剣捌きに。


「腕をあげてきたのか。いや、武器に秘密があるのか」


 止まらずに前進を続けるザックに黒ローブの魔術師は、慌てて魔術弓マジックアローを放った。着弾したと思われたザックの体には傷一つ付いていない。


「な、なんだと!?」


 魔術弓は弾かれてはいない。つまりリフレクトリングや防御魔術のたぐいではない。魔術はかき消されたのだ。


 先頭に立つ〈術師殺しのモリスン〉によって、魔術攻撃が無効化されているのだ。


 ちぢれ頭は魔術師の心臓を貫いて笑った。無限増殖された〈伝説の剣アンサラー〉を浪人騎士の全員が持っていた。


 

「ひゃっはっは!」笑っていたのは神父が考えうる最強の組み合わせで強襲をかける浪人部隊だった。「役立たずはどっちだろうな」



 ロザロの兵舎で手を組めと言われた時、もちろんザックは断った。魔術師が、どんな説得力のある話をしても、酒場が娼婦を寄越しても断るつもりだった。


 あの晩、ロザロの兵舎に現れた魔術師リウトは高笑いをして浪人部隊の傷を癒した。


『嘘をつくんじゃない。スパイじゃないのにどうして黒騎士を逃がした?』


 やつは俺の手を握っていた。指を落とされ血も乾かない俺の手を、あの野郎はしっかりと掴んでいた。刺すような痛みに包帯が赤く滲んでいく。


「……いっ、痛え! は、離しやがれ」


『ザック、どんな犯罪者か調べたよ。穴を掘って捕虜にした黒騎士の子共たちを逃がしたらしいじゃないか。人を臆病者扱いしているだけあって、随分と勇敢じゃないか』


「ふんっ……俺さまは臆病者じゃねえからな。団長や副団長はガキや女が恐いのさ。俺たちは恐くねえっ、恐くもねえ奴らを……わざわざ殺す必要なんかねえだろうが!」


『じゃ、また同じ命令をされても背く気か?』


「ふん、俺たちは高山育ちよ。高山じゃ、どの民族だろうと子供にだけは刃をむけねぇんだ。それが敵の子だろうが悪魔の子だろうがな」


『俺の命令でもか?』


「こっ、殺すならさっさと殺せ。俺たちはグリードの部下だが、人身売買にだけは手を貸さないと誓ってるんだ」


『まさか、荒くれ集団が大卒エリートのぼっちと気が合うと思わなかったな』


「いっ……いたっ…く……ねえ?」


 指はすっかりと元に戻っていた。組むつもりの無い俺の手はいつのまにか、やつと握手を交わしていたのだ。


『なんか、お互いに誤解があったんじゃないかな』


 リウトがどんな魔術を使ったかは問題ではない。やつの考え方は、シンプルで公正だった。子供に罪があろうはずがない。


 誰しも罪を持って生まれてくるわけなんかない。浪人部隊にいた半端者は、たったひとつの誓いの元に団結していた。


『子供にだけは手を出さない。いい誓いだな、俺もそれ誓いたいんだけど、いいかな? むかし貴族のガキに手を出そうとして、家族が酷いことになった』


「こっちは貴族のガキに喧嘩を売られてを突き飛ばしただけで犯罪者だ。俺は家族に食わせるためにパンを盗んだ。まだガキだったが、しこたま殴られたうえに犯罪者になった。ここにいるみんなが、だった。少し運が悪かっただけのな」


『うんうん。俺の場合は運じゃなく、頭が悪かったんだ』


「ぷっ……なんなんだ、あんた」


『ただの美男子ハンサムじゃないぜ。なあ、団長や副団長に一泡吹かせてやらないか?』


「は、ははは、ははは」


 ずっと軍の規律や命令を愚弄して生きてきた連中にとって、それは救いの言葉だった。浪人部隊の人間は、法や教会までもが自分達をのけ者にしてきたと思っていた。


 超田舎の村から来た魔術師は浪人部隊の連中と共に誓いをたてた。様々な過去を持った浪人部隊の唯一のルールが彼らを繋いだ。


 罪のない子供は誰であろうが殺さない。たったそれだけの誓いが、浪人部隊の忠誠心を勝ち得たのだ。


「俺たちが見たのは魔術なんていうインチキじゃない」剣を引き抜き、黒騎士を蹴り飛ばしてザックは叫んだ。


「……あれは本物の奇跡だ」


「ふん、正面から魔術弓が効かないなら、背後から矢を放て。魔剣は、たっぷり時間を掛けて疲れさせろ。使い手の体力を削れば、勝手に自滅する手合いのものだ」


 矢倉から火炎が立ち上ぼり、騎士たちが、バラバラと落ちていく。魔術弓を構える黒騎士を老騎士が叩き落としていくのが見えた。


 リウトは立ち上がった。「ザック、まだトラップがある! うかつに近づくな」


 叫び声に反応し、倒れている白騎士の間から一筋の青い光――魔術弓が放たれた。リウトは両手で光を受け止めると、手を開き火花を左右に散らした。


「アネス!」


 一瞬にして中庭全体に青い煙幕が広がり、視界は遮られたがアネスの居場所だけは丸見えだった。リウトはマントを脱ぎ捨てて真っ直ぐ上空に舞い上がっていた。

 

 かすかな青い煙の筋が一本、空へ立ち上っている。この煙は妙な刺激臭がして、長く留まれば意識を奪われる麻酔煙だった。


 リウトのマントは、煙を吸い込むように回転して青い煙幕を吹き飛ばしていった。


「ポイズン・トラップ。教科書どおりの魔術で俺に勝てると思うなよ」


 女魔法使いは、毒の煙で身を隠そうという試みだったが見上げた瞬間にリウトと目を合わせてしまった。


「貴様、魔術が使えたようだな」


 慌てて魔女アネスは魔術弓を撃ち放つ――今度は二発。リウトは空中で角度を変え、二本の閃光弾が交わる場所に立つと、両手で受け止める。「本物のアネスは元気かよ」


 指の間に青い光が火花を散らし、留まっていた。ただの魔術弓ではなく、目標を追尾する魔術が付加されている。


 アネスは笑って言った。「何とも言えぬな。二年も前に死んでいる」


「……くっ」学生時代に新品の術着を着て微笑んでいたアネスが過る。指先の腹の皮が裂けて、真っ赤にただれていた。


「お返しだ!」リウトは両手を振り上げると三本の魔術弓を撃ち出した。


 アネスは魔法の矢を一瞥し、その能力を推し量っているようだ。〈風の呪文〉を使い左右へジグザグに後退する。


 魔術弓は足元に轟音を鳴らしながら着弾していく。一発、二発。砂利がまき散らされるように、巻き上がる。


「ただの魔術弓マジックアローではないな」


 三発目は、巻き散らされた砂利に紛れて、粒子状になって降り注いだ。小さなつぶてとなった魔術弓がアネスの頭上から襲い、その体を蜂の巣にした。


 だが、そこにアネスの姿は無く穴だらけになったのは脱ぎ捨てられた外套だけだった。


「!!」


 突然、アネスのなだらかな肌が目の前に飛び込んでいた。肩の開いた服から伸びた腕は、真上に振り上げられていた。


「ほら、ほら、動きが遅いな」


 彼女は半透明のアローグラスを乱造し、足場になる階段を作り駆け上がった。しなやかな動きが曲線を描くように見えた。


 通称、殴り魔法。一気にリウトの背後まで距離を詰めると手にしていた魔術杖ワンドを思い切り振り降ろした。


「くたばれ!」


 リウトは振り向き様に頭部を殴られた。鈍い音と飛び散る鮮血。少しでも魔術杖に当たれば、重力を利用した打撃魔術によって相手は地面に叩きつけられる。


 魔女は、血で黒く濡れた魔術杖を横に振った。打撃と魔術効果の合間に生じる、ノックバックによりグリップは指の関節に食い込み、血が滲んでいる。


 細腕の慣れない者がこの魔術を使えば何本かの指を飛ばしてしまうこともあるのだ。親指の血をペロリと舐めていう。


「ちっ……雑魚の分際で」


 舌を鳴らして地面を見下ろし、微笑んだ。潰れたハエのようになって死んでいるリウトの姿がそこにあった。


「ふふっ、ふはははははっ」


 脳髄をしたたらせながらリウトはうごめいていた。よたよたと、少しずつ立ち上がろうと、もがいている。


「何が亡霊ワイトになっても倒すだ。馬鹿が」


 魔女はため息をつき冷酷な眼を落した。魔術を唱え、火炎を纏いながら急降下してリウトの身体ごと踏み潰す。


 炎が消えると消し炭になった死体が横たわっていた。アネスは袖を口にあて煙の匂いを避けようと息を止めた。足を器用に使い、黒焦げの体を仰向けにする。


「ひっ!!」


 魔女は驚きを隠しきれず、奇声をあげた。死んでいるはずのリウト目がパチリと開いて、こちらを見ている。


「足を退けないとスカートの中がまる見えだぜ。まあ、その黒いパンツも偽物か」



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