第13話 ロザロ騎士団
サー・ミルコ・ロウアンは中央独房棟の扉を開いて外へ出た。錆びた
「ミルコ様」白色ウールのチュニックに質素な黒い革帯は、聖職者の証だった。「あのような輩が
「ふん」ミルコはため息を飲み込んだ。「あの解封師の少女は、行動を共にしていた騎士がいると言っていた。調べはついているのか、ラルフ神父」
「分隊長にお聞きになればよろし――」
「百人隊の欠員に十八歳の青年と老騎士の記録がございました。老騎士の名はダリル・ホーク。四番隊では、臆病者のダリルと呼ばれ、荷物運びや穴掘りをやらせていたようです。僻地のガサ入れと解封師探しに後方へまわしたそうでございます」
「……」ミルコは煮えたぎっていた。「くだらん。臆病者の老騎士などに用はない」
「も、もう一人の青年も似たような二つ名でございますれば。運び屋のリウト。七番隊に属してはおりますが、実際どこの部隊かはっきりしません。よほど影が薄い存在なのか、居るのか居ないのかわからないほど……などど。同じく解封師探しにだしたと記録にございます」
「運び屋があの少女を連れてきたのか。そいつの実力は?」
「逃げ足だけは一人前。いえ、それ以上と噂されておりますれば、手前が調べてみると面白い事実がございました。少し調べただけで暴行、盗難、覗きに横領。それらすべてが疑惑でしかありませんでした。つまり――全体の士気が下がる厄介者だったのでございましょう。遅かれ早かれ、そやつの手は後ろに回ることになったようで」
「百人隊の穀潰しか」
神父はまた一人、みせしめが吊るされるだろうと思った。任務の期限はとうに切れていたうえ、配給された武器も防具も放棄していたのだから。そこに人望までもないとなれば、脱走兵として扱われるのは当然だった。
「部隊長が待っています」衛兵のひとりが燭台から松明を引き抜いて、兵舎へ向かうミルコの前を歩いた。
「衛兵、脱走兵の罰はなんだったかな」
恐ろしい質問だと神父は思った。たった数日の期限を守れなかった同胞へ、死刑宣告しろというのだろうか。衛兵は弱々しくこたえた。答えるしかなかった。
「……し、死です」
「そういう決まりだったな。裏切り者は、命で償いをするものだ。わたしは残酷な人間ではないが、決まりは重んじる。やむを得ない」
神父は自分のことをいわれているような気がしてならなかった。騎士たちは、ゆっくりと歩いていたが、小男にとっては早足だった。そして意図せず口にした。
「ミルコ殿。運び屋が遅れたからといって、首を跳ねる必要はございませぬ。手前に預けさせては頂けませんか――」
「口出しは無用だ。ラルフ神父」
「……」
別の衛兵が前に立ち、騎士兵舎へつづく階段の前で待っていた。日は完全に落ちて、中庭には篝火が焚かれ、宿舎から炊き出しの煙があがっている。
「騎士団長殿。前線部隊から、ベルファーレ攻略のため兵を五百、手配するとの伝令が来ました。ひとまず安心ですな」
「敵を軽んじるな。黒騎士の精鋭相手に同じ頭数でどうする。部隊はひとまず、このロザロへ向かうよう指示しろ」
「も、申し訳ありません。てっきり直接、野営地へ送るものと――」
「敵はどこからでも入り込んでくるものだ」ミルコは太い腕を衛兵の首の後ろにあてて、ぐいと野獣のような顔に近づけた。「そんなことだから喉元のヴェルファーレ峠を奪われたのだ」
「す、すぐに伝令をだします」
「そうしろ。峠で戦うのは、わたしの部隊。このロザロ騎士団に課せられた任務だ。前線から疲弊しきった部隊を送ってどうなる」
「か、かしこまりました。団長殿」
「ラルフ神父」ミルコは聖職者を見下ろして聞いた。「サン・ベナール教会から情報はあるのか?」
「はい。王都ではベルファーレ攻略に公爵を立てようとの動きがあります。女教皇アリシア様は、まだいかようにも出来るとおっしゃいましたが――」
「たかが峠の小競り合いに、船頭は不要と伝えろ。ただし解封師はまったく足りていない。国中から掻き集めるのが貴様の仕事だ」
「承知しております」
騎士兵舎に入り、階段をのぼるミルコは愛用の剣に装飾された逆さ十字が無くなっていることに気がついた。
(どこかで落としてしまったようだ)
燻製と塩漬けのソーセージ。その匂いをかぐとまっすぐにクッションのひいてある黒樫の椅子に座り、パンを手に掴んだ。左手にはフォークを持ち、ソーセージを口に入れようとした姿勢のまま動きを止めた。
「驚いた……あの最新式のタンブラー錠をあけることは、可能なのか?」
「出来るわけないわ」
壁は荒削りの黒ずんだ石で、そこには少女の影が映されていた。少女は場所もわきまえずグラスを取り上げて一口飲んでから言った。
「鉄格子を一本外しただけで出られたわ。体が小さくて良かった」
(……どうして先回りできたのだ?)
あの悪臭漂う中央独房棟から、この兵舎の指令棟まで迷わず最短距離で来たというのか。
甲冑を着た衛兵や、革鎧の猛者どもの間を縫って、ただの娘がこの部屋まで見つからずに来れるとは思えなかった。
「なるほど。わたしと同時に部屋に入ってきたのか。牢からずっと……わたしには神父ラルフの部下だと思わせ、神父には部隊の給仕と思わせたわけか。ふっ、解封師に不可欠な冷静さと観察力、大胆さを併せ持っている」
「なんですって?」
「……いや、分からないならいい」
衛兵は少なくとも五人はいたはずだ。部屋の隅に白いローブと水差しが置かれている。変装に使ったなら納得できる。
偶然ともいえるが、地下牢には出入りする神父の脱衣場があるのは確かだ。食事に戻るという情報を活かして水差しを持ち出したのか。
最も頻繁に兵舎を行き来する給仕を止める理由もない。つまり、この娘のテスト結果は予想をはるかに上まわったと認めるしかない。
「歓迎しよう。どこで技術を覚えた?」
「父よ。解封師ノア・ジョードが私の父よ」
「ノアの娘だって?」
男は驚いた顔を見せたが、まるで陳腐でわざとらしい。肩をすぼめて微笑んでいた。初めから分かっていたのだろう。
「父を知っていたわね。はじめから」
「ああ、知っているさ、ローズ・ジョード。指輪に名前が彫ってあったからな。残念ながらノアは、行方不明なんだ。わたしのことはミルコと呼んでくれ」
ミルコはソーセージを口に入れながら言った。自分の事を当然知っているだろうという口調だった。
「合格したご褒美は? 一緒にいた二人の騎士は無事かしら」
「リウト、あいつは脱走兵だ」
「違うわ。彼は私をロザロまで連れてきてくれた、立派な騎士よ」
少女はテーブルを軽く叩いた。ミルコはわざとらしく驚いた表情を浮かべ、手の甲で頬を拭って目をあげた。
「いいや、残念だが彼の経歴は立派とはいえない。少し調べただけで暴行、盗難、覗きに横領。今まで、よく世間がヤツに目を瞑ってきたのか不思議だとしか言いようがない」
「そ、そんな。あり得ない……とはいえないけど、リウトは無実よ。脱走兵なんてとんでもないわ。彼を、リウトを解放して」
「誤解しているのは君のほうだと思うがな。はっきり言わせてもらうと、あいつはロクな人間じゃない。牢屋の中がお似合いのクズだ」
「そんなことないわ」ローズは眼をおおきく見開いた。「違う。誰も、彼を真剣に見ようとしなかったじゃない!」
周りが彼を見ようとしなかった。彼はずっと努力してきたのに、誰も彼に向きあい、話してはくれなかった。少女はリウトを知っていた。
字が書けない。剣が振れない。魔術が使えない。そんな表面上の能力だけで、リウトという人間を計ってはいけないことを。
誰も彼の本質を見抜けなかったのだ。そもそも、それを妨げていたのが彼自身の
「処刑は決定事項だ」フォークを置いて、皿を押し出しながら続ける。腹が減っているなら好きなだけ食べろと彼女に差し出す仕草だった。
「そ、そんな……」
「ベルファーレ峠に
ミルコの問いにためらいながらもローズは、声を低めて返した。「老騎士ダリルは?」
「ふむ。その騎士は残念だが坑道で、ゴブリンに襲われたようだ。我々の部隊が偵察に入ったときにはもう姿は無かった」
「……」
無防備な十五歳の少女の心は揺れ、崩れ、怯えていたことを知られまいと葛藤していた。
「明日には正式に部隊に所属して貰いたい。ノアも、その老騎士も見つかるだろう」
「わかったわ……でも私を使いたいなら条件がある」ローズは潰された逆十字のシルバーアクセサリをミルコの手に戻した。
「リウトは無罪放免にして。彼は鼻がきくのよ。坑道で賢者の石を見つけたのは彼よ。処刑にするには惜しい人材だとは思わない?」
「ほお。絞首刑にするつもりだったが」ミルコは指を鳴らした。「ちょうどいい。運び屋にチャンスをやろう、今は一人でも多く騎士が必要だからね」
部屋へと入って来た部下にミルコは指示をだした。「死刑は取り消しだ。明日までにここへ連れてこい」と。
「仰せのとおりに」
ローズは胸に閉じ込められていた息を解き放った。けっして顔には出さなかったが、彼を救えたことに心から安堵していた。
「目を離さないでね」ローズは二人の部下に言った。「もし彼が逃げたら、二度と見つけられないんだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます