第2話 残された少女
「!!」
青年は両手で顔を覆うように防御の姿勢をとったが、息を乱したのが自分だけだと知ると恥ずかしくなった。その少年は既にトラップまで解除しているという余裕の表情をしていた。
「……オッホン」青年が恐る恐る宝箱に駆け寄り中身を覗き込むと、少年と老騎士が肩越しに顔を近づけてくる。「おいおい、すんげぇお宝が入っていやがる」
「どくんじゃリウト。儂にも見せろ」
少年はたった二分で宝箱を開けた。前線の精鋭部隊でも開けられず、いくつもの屈強なパーティーが見過ごしていった宝箱を簡単な算数とピッキング技術、そして解除魔法によって。
宝箱には二本の短剣と僅かばかりの金貨と宝石が入っていた。「ナイフは対になっておるようじゃのう」老騎士は言った。
「ひとつ貰っていいかな」少年は一本を手に取り、鞘からゆっくりと刃を抜いた。不思議なことに、うっすらと光を帯びた刃先は鞘より長く伸びていた。
「ああ、構わんがこのナイフは、二本で一対のようじゃぞ。綺麗な刃先だ、武器というよりは芸術品じゃなかろうか」
「向こうが見えそうなほど薄い刃だけど、飾り物じゃないと思う」
使い方を間違えれば、簡単に指を落としてしまいそうなほど鋭く、美しい刃先に少年は魅了されたようだった。
柄の部分には
「そいつはツイングラスダガー」顎をさすって青年が言った。「プロのアサシンが好んで使ったと言われている。まさに芸術的な戦闘技術が必要ってわけだ」
「ほう、詳しいのお。どうせ使いこなせない武器なら、二本とも坊主にくれてやろう。宝石と金貨は、儂たちが貰うがの」
「待てって」青年は口を挟んだ。「よく考えてから決めろよ。お前が一人で生きていくには、武器なんかより金貨や宝石のほうが良いんじゃないか? 決してそのダガーが惜しくて言ってるんじゃないぜ」
それは親切心だった。確かに美しく装飾された芸術的な武器だが、使いこなせなければ価値はない。何より子供に持たせるには危険すぎる本物の武器でもある。高ランクの
「悪いことは言わない。こんな辺鄙な土地で飢え死にするまえに、俺たちが街まで連れて行ってやるからさ、金にしとけって」
「ダガーを貰うよ」
「ぶっ!!」呆れて吹いた。「あっさり決めるんだな。話聞いてたか?」
少年は嬉しそうに二本のダガーを取り出すと手際よく紐状のベルトに引っ掛けた。見かねた青年は首を左右に振った。
「そうじゃない、鞘には反りがあるだろ。ベルトの内側に収めるのが正しい暗器装備の仕方だ。ほら、ちょっと後ろを向けよ」
青年は少年の後ろからベルトを引っ張り、ツインダガーを腰に収めようとした。
ウエストが細い。あまりにもやせ細った腰周りを感じ取った青年は、戦時下の食料不足と戻らない父親のことが心配にならずには居られなかった。だが、目下、青年には緊急の関心事が産まれていた。
「あ、あれ。お、お前、女か?」
「!!」
「こ、こいつ女だぞ」青年は老騎士にむけて目を見開いて訴えた。すぐにその娘の顔をじっと見つめていう。「なんで男の格好してんの?」
「だ、だから何なのよ」
「……えっ、ああ、そうか」
右手でパチリと自分の口をふさいだ。薄汚れた泥を取り除けば、真っ白な肌をした少女が現れるだろうと思った。
髪を整えれば、醜く映った短い黒髪は魅力を取り戻し、彼女の一番のチャームポイントになるに違いなかった。
麻で出来たブカブカのぼろきれのような服。予想外の高さにあるウエストの下には女性特有の丸い骨盤があった。
「そんなの、ぼ、僕の勝手だよね」
けっこう長い足をしていた。子供のくせに随分とスタイルがいい。そして、この子はかなり可愛い。
「そ、そうか、そうだよな。このご時世だもんな。女子供が一人で生きていくってのは危険だもんな。小綺麗にしてりゃ襲われるわな」
青年はまだ幼さの残る娘がたった一人、ここに置いていかれた事を危惧した。
子供が一人で生きていけるほどこの国は裕福ではない。現にこの娘は、男のふりまでして屋根の上から二人を警戒し見張っていたのだ。
「たったひとり……三ヶ月って言ったか」
「う、うん」
どんな気持ちで、暮らしていたのだろうか。戻ると約束した父を待ちながら。事情を呑み込むのに時間は掛からなかった。
「名前は?」と老騎士が聞くと少女は「ロ、ロイズ」と声をうわずらせて言った。
「もう男のふりはしなくてええ。儂らが敵軍や野盗に見えるか?」
「ううん。ローズ・ジョードっていうのが私の名前。ふたりが白騎士だっていうのは分かっているわ。男の子のふりをしていたのは、女だと魔術師以外は軍に入れないからよ」
「戦場に行きたいのか?」青年は少女の狡猾さに驚き、声を荒らげた。「そりゃ無理だ。さっきは、玩具なんて言ってすまなかったけど」
「別にいいよ。こっちも上手く説明出来なかったから」
「お前さん解封師じゃな。今いくつじゃ」
老騎士は途方に暮れたように視線をおとして聞いた。少女の父親が名の知れた解封師であることに疑いはなかった。目の前で宝箱をいとも簡単に開けて見せた実力は確かなものだ。
「十五歳よ」
「若すぎる……それに女の子を戦場へ連れていくことは出来んわい」
「つ、連れて行ってください。どんなトラップだって解除してみせます!」
「街までじゃ、街までなら連れていく。期限付きじゃが百人隊長の書状もある」
老騎士にはどう話をもっていくべきか考えがあったが、彼女の妥協しない態度で心を決めた。彼らが受けている任務は、宝箱の輸送などではなかった。まさに有能な解封師を最前線へと送り届けることだったのだから。
「儂のことはダリルと呼んでくれ。こっちの若造はリウトだ。家に書き置きを残していくんじゃ。まずはロザロの街へ行くと」
「うん。その街に父さんがいるわ、きっと。聞いたことがあるもの」
「浮かれんのはやめろ。俺は連れて行くことには反対だ」リウトは歯軋りをした。「爺いの甘美な嘘に騙されんなよ、ローズとかいう娘っこ。苦い真実は隠しておけば安心か」
「どういう意味じゃ?」
「騎士たちは命懸けで戦っているなんて偉そうに言ってるが、大部分は魔術師がトラップの仕掛けあいをしてるだけなんだ。
脇道にはいったら魔法の矢が降ってきたとか、藁人形の軍勢から毒霧が撒かれたとか、死骸をどけたら火の手があがったとか、井戸水を汲み上げたら石化されちまったとかさ。
もちろん、もっと大掛かりな地すべりや落雷だって用意されてるが、魔法なんて全部トラップ用にあるんじゃないかってくらいなもんだ」
「私はトラップにかからないわ!」
「俺は……」青年は、言葉を飲み込んだ。自分は馬鹿だから守ってはやれない。
「儂は……」老騎士は、言葉を飲み込んだ。自分は臆病者だから守ってはやれない。
だから彼女と王都まで行くことも、前線で共に戦うことも出来ないとは言いたくはなかった。少なくとも、互いの顔を前にしては。
「あんま期待はするなよ。解封師の召集令状なんか役にたつとは思えない。同じ白騎士だって報償金目当てに解封師を探してる」
「う、うん。分かってる」
「いや、分かってない。親父さんに会う前に前線送りにされるって言ってるんだ」
解封師とは、魔法封印された錠や宝箱、トラップを開ける専門家である。白騎士軍は僅かに戦闘で優位に立っていた。だが戦時中の封鎖地区は魔法によるトラップだらけだった。
せっかく敵地の大都市を占領しても、敵はお宝を素直に渡しはしない。逃走した黒騎士は魔法封陣と殺戮トラップをくまなく仕掛けていく。食料や、水、生活に最低限必要なものにまで。
ヴィネイスの財産には指一本触れさせないというのが、彼らの方針であり大掛かりな作戦でもあった。軍が攻め入れば攻め入るだけ資源が枯渇していく。こんな田舎の食料まで不足していくのはその為でもあった。
そして疲弊した時期を見て、北からヴィネイス軍が攻めてくるというのが、この戦争を長引かせる要因になっていた。鍵や、宝箱を開け、トラップを解除出来る技術者『解封師』は不足していた。
そして優れた解封師はもはや戦局を左右する貴重な存在だった。
「解封師不足は、今に始まったことじゃない。どうしてか分かるか?」
「
「いいや、まっさきに死ぬからだ。あいつらは最前線にろくな武器も持たないで送り込まれる。だが、それだけじゃない。解放されちゃ困る魔法やアイテムがあるから、解封師は微妙な立場に追いやられているんだ。お前の親父さんもトラップにはまって死んでいなけりゃいいが」
「父さんは死んでなんかないわ!」
老騎士と青年は目を合わせて、意気消沈しているように見えた。どちらからともなく話をした。
「お前の考えは分かる。だが、どのみち置いていくことも出来んじゃなかろうか。儂は親父さんに決めて貰うべきじゃと思っとる。この娘は、ここに居るべきじゃない」
「あ、あんた、この娘の親父さんを探すつもりだっていうのか? 俺たちの置かれた立場が分かってるのかよ」
「まあその……そうじゃ」皺だらけの手が老騎士の顔を隠した。性懲りもなく、勝手にことは決まったかのようだった。
少女は目の前に立つ青年を押し退けて老騎士に歩み寄った。「お荷物にはなりません。仕事は教えてください」
青年は皮肉をこめて「まずは年上の俺へのマナーを教えたほうがよさそうだな」と言った。
「武器の使い方を教えてください」
「いいな、リウト」老騎士は、らしからず同意を求めた。「敵軍にも味方の軍にも知られずに、街へこの娘を送り届ける。それから先は分かりゃあせんが、そうせにゃならん」
「あ、ああ。ローズっていったな。自分の身は自分で守るんだぜ。誰もお前の戦力は期待してないから心配するな」
「あなたにも期待してないけど」
「ぷっ……親父さんの無事を祈るよ。それだけは疑わないでほしい」
青年の言葉は充分に礼儀正しかった。少女は共通点のない二人の白騎士が、別々に持っているものと、共に持っているものを感じた。
青年の出し抜く頭と、老騎士の岩をも動かす怪力。共に持っているのは良心、優しい心だった。殺伐としたこの世界では後者のほうが、はるかに重要かもしれないと思った。
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