死霊術師なんじゃが、ゾンビパンデミックが発生して困惑しておる

ひなまる

第1話 生きるゾンビ(哲学ではない)

「うぬぬぬ、眩しいのぅ……」


 陽の光が瞼を直撃して、その明るさで目を覚ます。

 今は昼か少しすぎたくらいじゃろうか。


 昨日は停滞魔法の研究で徹夜をしておったから、こんな時間に起きてしまった。

 寝ている最中に外してしまったであろうメガネをかけ、バレッタで前髪を留め直して髪を撫でる。


 しかしなんじゃ、ガシャガシャと外が妙にうるさいのぅ。

 そう思い窓から顔を出して外を見下ろすと、そこには異常な光景が広がっておった。


 通常、この時間ならば開いているはずの正門は閉ざされていた。

 それだけでなく、その門を何人もの人がこじ開けようとしておったのじゃ!

 門を開けようとする大量の不審者がいるにも関わらず、職員は誰一人として正門の近くにはおらぬ……。


 何が起こったのじゃ?


 普通に窓を開け、顔を出していたのが急に恐ろしくなる。

 わしは急いで窓を閉め、人目につかぬようこっそりと窓の外を観察する。


 やはり、閉まっている正門を開けようとする人達の他に、人はいない。


 状況が全くわからん。

 状況を整理するとしよう。


 ここはドントリオ国にあるバーサル魔法学院。

 魔法使いの育成と魔法の研究及び研究者を育成するための学院じゃ。


 二年前までの戦時下、それ以前の魔族が蔓延っていた時代では実践的な魔法使いの育成を重要視していた。

 じゃが、戦争は休戦協定が結ばれ、魔族の脅威も去った今では魔法使いの育成と魔法研究どちらも偏りなく教育がされておる。


 そんな学院に、わしは通常十五歳で入学する所を若干十二歳で入学した天才美少女魔法使いである。


 入学して学院生活の勝手もわかっるととある研究室に入り、すでに半年以上がたった。

 ここ最近は停滞魔法理論の研究で研究室からはあまり出ておらん。


 とはいえ、食事やお風呂で昨日も研究室から出ておったんじゃが、こんな異常事態は起っておらんかった。


 昨日までは本当にいつも通りだった。

 わしが寝ている間に、何があったのか。

 怖いが、もう一度外を確認してみることにするかの……。


 今度は慎重に、しかし落ち着いて正門を見る。

 すると、とあることに気付く。


 正門にいる人らは開けようとしているのではなく、ただぶつかっているだけではないか?

 しかも、正気の顔ではない?


 門にいる人達は全員目は虚ろで、口をぽかーんと開けておるのじゃ。

 これによく似たのを、わしは知っておる。


 ゾンビじゃ。


 ゾンビは基本的に死霊術士によって作り出される。

 死霊術士とは死霊術と呼ばれる死者を操る魔法を使う者のことじゃ。


 世間にはほとんど知られておらぬが、死霊術におけるゾンビは大きくわけて二種類存在する。

 死後、強制的にその死体を操る物と、生前から術者と契約し、死後にゾンビとなって術者に従う物じゃ。


 前者は簡単な命令しかできぬが、後者であれば様々なことを命令できるし、意思の疎通もできる。

 平時であれば優位性は言わずもがな後者であるが、戦時下などでは前者の方が物量を確保できるという大きなメリットもある。


 が、前者は戦時下であった数年前ならともかく、平時では世間からとても嫌われておる。

 死者を冒涜しておる、だとかの。


 まぁ、わしも勝手に操られるのは嫌じゃし、実際そう思う。

 じゃから、良識のある死霊術士や悪目立ちしたくない死霊術士は後者しか行使しないのじゃが……。

 今正門の前にいるのは前者で間違いないであろう。


 あ、そうそう。

 なんでこんなことを知っておるかというと、わしは死霊術士一家の次女、ユーレ・イコーデルなのじゃ。

 家族はもう、おばあさまを除いてみんなわしを置いていってしまったがの。


 しかし、あんな意思を持たぬゾンビを作り出すとは腹立たしい奴がいたものじゃ。


 意思を持たないゾンビなど、魔法を操るこの学院の教授や生徒の前では容易く葬られてしまうじゃろう。

 死者となり、意思に関係なく操られた挙句に葬られてしまうなど、あまりにも不憫じゃ。

 仕方あるまいて、かの死者達はわしが黄泉へと返してやることにするかの。


 わしは研究室に備え付けてある紙とペンを用意する。

 そして、紙に魔法陣と呼ばれる、発現したい魔法の内容を刻んだ紋様を書く。

 魔法の発動は魔法陣の内容を理解した上でイメージし、術者の魔力を流すことによって発動する。


 わしが死霊術士であることは学院では内緒にしておる。

 ここでばれるわけにはいかないんじゃが、外には誰もおらんようじゃし、大丈夫じゃろ。


 サラサラと淀みなく魔法陣を紙に刻み、紙を窓に押し付けて魔力を送る。


「死者よ、眠るが良い。<リバースネクロマンス>」


 魔力を得た紙は仄暗い光を放ちつつ、正門へと向かっていった。

 それは思い描いた通りにゾンビ達を包み込み。


 弾かれ、消滅した。


「なんじゃとぉおぉぉぉおお!?」


 思わず叫んでしまう。

 いやいやいや、おかしい。

 おかしいのじゃ!

 あり得ないのじゃ!


 あの反応、生者に対して死霊術の魔法を発動した時と同じ反応なのじゃから!!

 ど、どいうことなのじゃ……。


 お、落ち着くのじゃユーレ。

 おばあさまがよく言っていたではないか。


 『ありえないと、勝手に考え、決めつけてしまうのが人間という生き物よ。

 でも、それが実際に起っているのならそれは単にあなたの思い込みに過ぎなくて、あなたが間違っているの。

 もう一度、全ての可能性を考えなさい』と。


 ふぅ。

 改めてよく考えるのじゃ。

 生者に対してと同じ反応であるのなら、可能性としてすぐに思いつくのは二つかの。


 一つ、今まで生者に発動した時の反応の結果が実は、生者であることが条件ではない。

 二つ、そもそも正門にいる人々は死者ではなく、生者である。


 一つ目の可能性は限りなく低いと思うのじゃ。

 何故なら、今まで数々の死霊術士が研究し、実際に試した結果だからじゃ。

 何百、何千と行われてきたことが、今の状況だけ例外になるとは考えづらい。


 ならば、彼らは生者である。

 そう結論付けるのが、自然ではなかろうか。

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