第3話
「やっぱり、大きいなぁ……」
大きなビルを見上げながらバルドはそう声を漏らした。
「クラウス邸……。この大きな都市を治めるクラウス家の豪邸、兼数年前からはプレイヤーの研究所ともなっている、か」
かく言うセルマは自身の携帯電話の画面と建物を交互に見ながらそう呟いた。流石に何も知らない状況でついていくのは良くないと思ったからだ。携帯電話には目の前にそびえ立つビルと同じ建物が表示されている。それでも深夜のため、どこの階にも電気はついていない。バルドはセルマの隣でビルを見上げながら感嘆する。
「こ、怖いなあ。確かにプレイヤーの俺たちが来るべき場所じゃねえよ……ここは」
「はあ……ルカを助けたかったんじゃないのか」
携帯電話を服のポケットにしまいながらセルマはげんなりしてバルドを見やった。
「う、うるさいな! お前は怖くないのかよ。下手したら捕まって実験のサンプルにされちまうんだぞ……」
別にセルマは怖くはなかったが、実験のサンプルという単語に少し引っかかりを覚えた。だが、その引っかかりが何なのか分からなかった。セルマは頭をふるふると振った。知らないうちに苛立っていたらしい。気を落ち着かせるために深呼吸をするとセルマは一歩前へ踏み出した。
「下手をしなければいい話だろう。それに、そんな事を考えている余裕があったら己の心配をするか、ルカを助けることに専念しろ。行くぞ」
時間が深夜帯だったことが幸いだったのか、ほとんどの人間は会社には残っていなかった。そのため警備にも引っかかることなく、セルマとバルドは無事にビルの中へと侵入することができた。侵入に成功してからセルマがバルドにここがどんなことをしているのか見たいと頼むと、彼は快く了承してくれた。それならゆっくり見ていった方がいいだろうと二人で探索していたが、1階と2階はほとんど何もなく、3階まで上がってきてようやく情報がありそうな場所へ彼らはたどり着いたのだった。
「本当に会社みたいだな」
「そりゃあ一緒になってるんだから会社っぽいところもあるだろ。じゃなかったら65階もあるビルなんか建てねえって」
研究所、とはいっても普通の会社のオフィスと何ら変わりはない。この階がそうなっているだけかもしれないが、想像していたような実験器具などはなく、あるのはパソコンとデスクとファイリングされた書類だけだ。流石にファイルの入っているロッカーは鍵がかけられていて開けられなかった。
「それにしても、ここまでしっかりしてるんだな。……そうだ、どんな実験をしているのか見れるかもしれない」
セルマは興味本位で自分に一番近いデスクの上のパソコンを起動させた。暗いオフィスに明るいブルーライトはひどく眩しい。映し出された内容に二人は吸い込まれるように画面を見た。
「『対プレイヤー専用武装部隊、ウルフヘズナルのフェンリル。失踪から一年。行方はどこへ、アスガルデの安全は……』、これは広報か」
──ウルフヘズナル……?
直訳すれば、狼の皮という意味だがここでは狼の戦士という事を表している。バルドは画面に映し出されている原稿を読みながらああ、と声を漏らす。
「ウルフヘズナルって、俺知ってるぜ。普通の人間だけど実験でプレイヤーと同じ能力が使えるようになった奴らの集団だろ」
「そんなものがあるのか?」
「三年前に出来たんだ。そういえば、実験が成功しだしたのも同じ時期だったな……」
バルドは何かに気づくとハッとしてセルマを見る。そしてやっちまったとばかりに自分の額を叩いた。
「悪い、記憶がないんだよな」
「アンタが悪いわけじゃない。……早く、続きを聞かせてくれ」
セルマは早く実験についての話が聞きたかった。だから今ので無意識ではあったがバルドを急かしてしまった。バルドはそんな彼に目を見開くも、特にそれを気には留めず彼の方を見た。
「あ、あぁ。まず、普通の人間にプレイヤーの能力を与えることでこのアスガルデは軍事力を上げようとしたんだ」
「何でだ? オレたち普通のプレイヤーじゃダメなのか?」
セルマの突拍子ない言葉にバルドは目を丸くした。そして呆れたとでも言うように深い深いため息をつく。違うのか、とセルマはまた顔をしかめる。
「お前なぁ……指揮者たちに従うプレイヤーがどこにいるってんだよ。俺たちのほとんどはアイツらに恨みしかないぜ? それに世間一般から見れば俺たちは意味不明な力持ってるバケモノなんだ。あ、え、て、まともな人間に能力移して安全を確保してんだよ。まあ、どうやって能力移してるのかは知らないけど、俺たちだったらいつ仕返しされるか分からないだろ? 恐れつつも戦力としては目が離せないんだ、あっちは」
「そういうことか。完全に向こうのエゴなんだな……」
セルマは顎に手をかけると考え込んだ。彼にとってバルドの話は今まで自分が知らなかった未知の世界だったからだ。それでもまだ、セルマには引っかかりが抜けなかった。それどころか、どんどん強くなってきている気がする。バルドは話を進める。
「その通り。話を戻すけど、実験をされてプレイヤーになった兵士で組まれた隊のことをアスガルデではウルフヘズナルって言うんだ」
「へぇ……そのウルフヘズナルの兵士って結構多いのか?」
「たった六人の少数精鋭だったかな。そもそも実験に耐えられる奴がいないらしいぜ。だけどソイツらはそれに耐え抜いて、俺たちプレイヤーと同じ能力を持てるようになれたんだろうな。どいつも強くていくつもの隊を仕切る隊長格らしいけど……フェンリルって奴だけは他の奴とは違って必ず個人行動で、なおかつ一番強かったんだと」
「フェンリルって……そいつの名前なのか?」
「確か、コードネームだって聞いたぞ。俺もよく知らないんだけど、六人それぞれに神話に出てくる狼の名前があてられてるんだって」
「なるほど……?」
──夢の中でハンスが言っていた実験はこれか? ……そんなわけがない。だって、オレの母さんもプレイヤーだったんだぞ。
セルマは、自分の能力が実験で付け加えられた力だとは確信を持ってそれはないと言えた。彼の脳内に、母親の姿が映し出される。セルマの母もプレイヤーであった。母の姿を思い浮かべたところでセルマは彼女のことを忘れていたのだと気づく。
──母さん……そうだ、オレには母さんがいた。くそ、なんでこんな大事なことまで忘れてたんだ。
「…………」
「どうした? 何か思い出せたか?」
気づけば、バルドの顔がセルマの目の前にあった。どうやら深く考えこんでしまっていたようだ。セルマはバルドから少し離れた。
「……何でもない」
「じゃあ、そろそろ次に行こうぜ。あ! パソコンの電源はちゃんと落としていけよ!」
「分かってる」
セルマはパソコンの電源を落とそうと、電源ボタンを押した。が、パソコンのセキュリティが異常を感知したのか、次の瞬間には画面が真っ赤になり耳をつんざくような警報音が響き渡る。やらかした。ここに来る直前にあんなことを言っていた他でもないセルマが。バルドも普段なら笑い飛ばしているだろうが今回はそんな余裕はない。
「まずいんじゃないのかこれ!」
「まずいな」
パソコンの画面は真っ赤のまま、エラーコードがなんとかと文字が連なっている。先程まで静まり返っていたオフィスは警告音と恐らく警備の一般兵たちが向かってくる足音で騒然としだした。冷静なセルマとは裏腹にバルドの顔がどんどん青ざめていく。
「俺ならともかくお前がヘマしてどうするんだよ! あーマジでどうしようこれ⁉︎ 絶対色んなやつ来ちゃうよ! 俺だってここまでやらかしたことないのに! お前なに呑気に突っ立ってるんだよ、捕まるかもしれないんだぞ!」
お前がミスするのはいいのか、とセルマがツッコむ前にバルドはセルマの肩を掴むとグラグラと揺らした。セルマはされるがまま頭を揺らしていたが、それを止めるとオフィス内を見渡す。
「かといって出口はもう全部塞がれてるに決まってる。戻っても囲まれて終わりだ。それなら……勢いに任せて上に行く方がいいかもしれない」
「はぁあ?」
バルドは意味がわからず眉を下げる。焦りの方が勝って完全に頭が回ってないのだろう。
「ルカのところに行こう」
「……そうか。アイツなら、逃げ出せる方法を知ってるかもしれない!」
「賭ける価値はある。遠いが、エレベーター……いや、危ないから階段を使って上の階に逃げよう。お偉いさんの部屋は上の安全なところにあるのがお決まりだからな。クラウス家のお嬢様なら、私室くらいあるだろ」
「お前の言う通りだな! ここは3階……このビルは65階建てだから、あと62階⁈」
「警備に気づかれないように行くのは流石にキツい。ここまで派手にやったんだからなぎ倒す勢いで行くぞ!」
二人はお互いに武器を取り出すと階段の方へ走っていった。二人が階段の方へ行くと同時に先程まで二人がいた部屋には大勢の一般兵が入ってくる。その数を見てバルドは思わず悲鳴を上げた。もうバレているのだから小さくする必要はない。バルドは以前から何度か一般兵に追われる機会があったが、今回のこれとはほとんど比にならなかった。捕まるかもしれない、という純粋な恐怖がバルドを支配する。その恐怖はバルドの足にしがみついて彼の足を遅らせてくる。セルマはそれを感じ取ると足を止めてバルドの方を振り返った。
「バルド」
「な、なんだよ!」
「怖いか」
「ッ、怖いに決まってんだろ! 俺は実験体になんか、絶対なりたくないんだ!」
「そうか。それはすまなかった」
「お前だって記憶はなくても分かるだろ……! だから、早く逃げようぜ!」
セルマの足と視線は動かなかった。セルマはバルドの方に歩くと武器を消して彼の顔の前でパンッと手を合わせた。突然のことにバルドは声を上げると後ろによろける。
「何するんだよ!」
「アンタこそ、何してる」
「はあ……?」
「アンタ、ここにルカを助けに来たんだろう。捕まらないように逃げに来たわけじゃない。なら、そろそろ腹を決めないか」
「……」
「足がすくむほど怖くても、ルカは一人でここを脱走しようとしたんだぞ。オレたちより小さくて力のないルカが、だ。アンタがそんな調子でどうする。弱音を吐くのは全部終わってからにしろ。ここで決めないとカッコ悪いぞ」
「……ああ、分かったよ! 俺も腹括るよ……!」
「それでこそアンタだろ。さあ、お嬢様を助けにいくぞ。大丈夫、オレがなんとかする」
セルマの言葉に後押しされてバルドは力強く頷いた。セルマも再びチャクラムを出現させて走り出す。途中で行先を妨害してくる一般兵が現れればなぎ倒していけばいい。セルマもバルドも容赦なく己の持つ武器を振るう。上がっては倒し、また上がっては倒しを繰り返してどれほどの時間が経過しただろうか。二人は最上階へと辿り着いた。廊下に出れば目の前に敵こそいないが下の方から無数の足音が自分達と同じように最上階を目指して上がってくる音が聞こえてくる。
「はぁ……はぁ……! なんとか来たぞ! でも、こっちに来る兵士の数も多い!」
「どこか、入れる部屋があれば……!」
65階まで何とか上がることはできた。だが足はガクガクと限界を教えてくるし、息はもう絶え絶えの状態だ。ここに来るまでの双方とも能力を使っているためいつにも増して体への負担が大きい。セルマは肩で息をしながら辺りを見渡した。すると、長い廊下の先に一つ、少しだけ扉が開いている部屋があった。
「……あそこだ。おい、あの部屋まで走るぞ!」
隣で満身創痍のバルドの腕を引いてセルマは駆け出した。ここまで息が苦しいのを無視して走ることは珍しかった。そして部屋の前まで行くと先にバルドを中へ投げ込み、自分も部屋の中に入る。勢いでバンッ、と扉を閉めてしまった。部屋の主がひゃっと声を上げる。
「だ、誰……って、バルド! それに、セルマも……!」
「……ビンゴ」
予想が当たっていたことに安心した。ルカの姿を見ると、先に床に突っ伏したバルドのそばにセルマは腰を下ろした。バルドは顔を上げてルカを見ると歯を見せてニカっと笑う。それも一瞬だけですぐに彼は咳き込んでしまったが。
「はぁ、よかった……助けに来たぜ……!」
「どういうこと……?」
突然の二人の来訪と思いもしない言葉からルカは何が何だか分からない様子だった。だがその目には少しの期待が込められている。言うならば彼女の目の周りに金平糖が浮かんでいる感じだ。
「アンタが、助けて欲しそうな目をしてたから、だそうだ……。アンタのためにここまで上がってきたんだぞ」
「……それじゃあ、ここから連れ出してくれるの?」
ルカの問いにセルマはバルドの方を見やった。バルドは息が上がって声が出せない代わりに首を縦にブンブン振っている。セルマは息を一つつくとルカの方をまた見た。
「アンタがそう望むなら」
「ほんと!?」
「ああ! だから、俺たちと一緒に……」
バルドの言葉は勢いよく開かれた扉にかき消されてしまった。セルマとバルドは扉から身を引き、ルカの元に駆け寄る。入り口からは、ハンスと大勢の一般兵が入ってきた。いつの間に彼が来たのかは分からないが、少なくともこの建物内で大事になっているのはセルマもバルドも理解できた。
「こんな夜遅くに侵入者がいると聞いて来てみれば……何のつもりだ、セルマ」
「…………」
セルマはこちらを睨みつけるハンスの問いには答えずにちら、と二人の方を見た。バルドはここに来る時にセルマより疲弊している。それに彼の目的はルカを救出することだ。セルマは考えた。そして視線をハンスにしたまま下がってルカの元に近づき、小さく口を開く。
「……ルカ、バルドを連れてここから逃げられるか?」
「なにバカなこと言ってんだ! お前を置いて逃げろって言うのかよ!」
セルマの発言を受けて、行かせまいとバルドがセルマの腕を掴む。その手をセルマは乱暴に振りほどいた。二人に背を向け、前に踏み出す。
「ああ、そうだ。オレがここにきた目的はアイツと話をする事だ。オレはオレの目的を果たす。だから逃げられるなら、時間稼ぎだと思って先に行け」
セルマはわざとハンスにも聞こえるように大きな声でそう告げる。
「でも! それじゃセルマが……!」
今度はルカがセルマを止めた。二人は一度、ハンスが現れた瞬間に頭痛に苦しんだセルマを見ている。だから、二度目があることを恐れていた。それはセルマも理解している。だがここで帰るわけには、いかなかった。
「敵を前にして考えるな、目的だけ見据えろ。終わったらすぐに追いかける。ここで全員捕まったら元も子もない」
「……」
「……分かった。バルド、行こう!」
「囲まれてるのにどこに?!」
「上がダメなら……下にいけばいいの!」
「ッ、ぅえッ⁉︎」
ルカは自身のデスクの下に手を回すとそこにあるボタンを強く押した。すると、二人が立っていた床が抜け、たちまち二人は部屋から姿を消した。これにはセルマも驚いて思わず振り返ったが、すでに二人の姿はなかった。彼らが無事なことを祈りながらセルマはハンスの方を向く。
「非常用脱出経路か……。お嬢様も思い切ったことをしてくれる」
ハンスは独りごちると兵士の方へ向いた。
「先回りして1階エントランスの出入り口を全て塞げ。捕まえなくていい。俺が行くまで二人を絶対にこの建物から出すな」
一般兵たちに部屋から出るように指示し、彼らを追い出すとハンスは扉を閉めてセルマの方を見た。先程のように睨まず、かつてのように優しく。
「さて。俺に話とは? 何か思い出してくれたか?」
「……意識を失っている間、」
「ん?」
「アンタの夢を見た」
「ほう? どのような夢を見たのか、詳しく聞かせてもらおうか」
ハンスは扉に背中を預け、セルマに続きを話すよう催促した。
「オレと、アンタが一緒にいて……アンタがオレの能力を褒めるんだ。それに、実験がどうとか言ってて……」
セルマはそこまで話し終えたところで一旦顔を上げてハンスを見た。事実でなかったら恥ずかしかったからだ。心配そうにこちらをみるセルマにハンスは頷くと微笑を浮かべる。
「いいぞ、そのまま続けろ」
「……それでオレは、跡が残るくらい泣いた後で……アンタにそれを馬鹿にされた。悔しくてアンタを睨んだら、アンタは怒ってオレをある部屋に連れて行った。その部屋に入る直前で目が覚めた」
セルマの話を聞き終えるとハンスはいっそうその笑みを深くし、口に手を当てて込み上げる笑いを抑えた。そんなハンスにセルマは悪寒を感じた。同時に自分の見た夢が現実で起きたものであったということも確信することができた。次にセルマが警戒したのはこれでハンスがどう返してくるかだった。息を飲んでその時を待つ。
「っ、ククク……なるほど? お前はその夢を見てどう思ったんだ?」
「え……?」
ハンスが切り出してきた返しはセルマにとって予想外のことだった。セルマからすればこれが正解か不正解かで答えられるとばかり思っていた。呆気にとられ、セルマの体から力が抜ける。考えてもいなかったことを聞かれて、頭がうまく回らない。そんな様子のセルマにハンスは補足する。
「どんな感情を抱いた? 夢と言っても幸せだったり怖かったり……何か感じることはできるだろう?」
「感情……」
セルマは夢の内容を思い出しながら少しの間考えた。実際、分からないことばかりで何かを感じる余裕なんてあの時のセルマにはなかった。でも、その中でも一番強烈に覚えていたことはセルマにはある。それを思い出しながらセルマは言葉を紡いでいく。
「……アンタから、離れなきゃって、思ったな。あと、あの部屋が……オレは怖かった」
思い出しただけでセルマは全身に鳥肌がたつのを感じた。今の自分が忘れていて思い出せないだけで、自分の体は夢で見たことだけでなくあの後のことまで覚えているに違いない。体が緊張していくのが分かる。そんな中、ハンスはセルマに手を見ろというジェスチャーをした。自分の手元を見たセルマは、自身の手が微かだが震えているのに気づき顔をしかめた。
「そうか。っ、クク……やはりお前は面白いな。興味が絶えない」
ハンスの言葉にセルマは震える手をグッと握りしめた。震える声でハンスに聞く。
「あれは……あの夢は、オレの過去なんだな?」
「ああ、その通りだ。おそらく……実験が成功してすぐ、のな」
「実験って、なんなんだ? オレは元々プレイヤーだから、人間が受ける実験はされてないはずだ! オレはいったい、どんな実験をされたんだ!」
昼にハンスと会った時のようにセルマは話していくうちに無意識に声を荒げていた。それだけ知りたくて、焦っていたのもある。ハンスはセルマに問う。
「教えてほしいか?」
「ああ。これは……この事は知らないといけない。そんな気がするんだ」
本当の自分を知るためには、実験を知る必要がある。その結論を短い時間で得てきたセルマにハンスは正直感心した。セルマの受け答え次第では話さないという選択も充分にあり得た。だが、その必要はないらしいとハンスは判断したのだ。
「っ、ククククク……着眼点は、いいところを突いているな」
ハンスはセルマを見て不敵に笑うと、持ち運んでいるケースから指揮棒を取り出した。ハンスが使う指揮棒は普通のものより少し長めのものだ。そして、セルマの敵である前に彼は指揮者であり、彼が指揮棒を持つとやはり指揮者として様になる。張り詰めた緊張感を生むには充分すぎる。
「っ!」
「何もしなくとも素直に教えてもらえると思ったか?まずは俺と戦え。話はそれからだ」
「今ここでアンタと戦うことに、何の意味がある!」
「意味はしっかりあるぞ。俺はお前の今の実力が知りたい。終わった後にちゃんと教えて
やるさ。お前がされた実験についてな」
ハンスが指揮棒を前にして短く口を動かすと、彼の持つ指揮棒が長いレイピアに姿を変える。それを見てセルマも仕方なくではあるが、自身の右腕に力を込めた。青白い光とともにチャクラムが彼の右手に握られる。ハンスは一層その笑みを深くした。
「……それでいい。俺を楽しませてくれ」
──やるしか、ないか。
セルマは、武器を構え直した。チャクラムを握る手には汗が滲んでいた。
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