2節 フリバー・ライヘルド2




 「……わからん」


 あれから暫く。

 人気が無い路地裏で、フリバーは地図を両手に、眉を顰めたまま声を漏らした。


 とりあえず、行動しなくてはと、フリバーは屋敷を出た。

 屋敷空き家を出て、彼を待ち受けていたのは白く大きな街並み。

 そこで改めて確認の為に地図を開いた。

 無駄に大きい地図。


 だが、これがこの“街”の地図であることは間違いないだろう。

 だから”死”がくれた僅か一つだけの情報を元に解読を試みたが。

 ――いや、本当に無駄に広い。

 道のど真ん中で、地図を広げるのもアレだと、路地裏に入ったのだが。


 改めて見て、なんと言うか、この地図。無駄に広いうえに、無駄に細かい。

 線だらけの大きな街の絵が描かれているのだが、良く見ればその線は一つ一つ丁寧に「箱」のような区切りと言う区切りで、更に「箱」の中に様々な「名前」が細々と記されているのだ。

 恐らくだがこの記された名前は“街”にある全ての建物の名称。おそらく店の名前。

 「エキドナの宿屋」だとか「クリムゾンの花屋」だとか。

 店の名と、何の店か、みっちりしっかりずらりと、まるで胡麻の様。

 だから、つまり、この「箱」は一つ一つが建物。


 建物の名前は殆ど黒文字で記されているのだが、中には色文字で記されている場所もある。

 まずは金文字で記されている建物が数十か所。

 更には「エルシュー街」とか、「カルトの町」とか。此方は赤文字で、どう見ても建物が無い場所に記され。それが十数か所。

 

 だからフリバーは眉を顰めていた。

 自身の能力スキルを使って、何とか“死”から教えられた「エルシュー街」を見つけだしたものの、本当に分かりにくく、見にくいのだ。


 黒文字は建物の名前。コレは良い。なら他は。


 多分、おそらくだが、赤文字は『“街”』のそれぞれの「地名」だ。

 地図上には、凸凹で歪な赤い線で、一か所が囲われており、囲いの中心には「エルシューの時計塔」と金色で記された建物が一つあるのだか。その隣に赤文字で「エルシュー街」。

 つまり、この「囲い」全てが「エルシュー街」という地域なのではないか。

 簡単に大きさで言えば、縦4㎝横9㎝ほどの円。この大きさの「囲い」が全て「エルシュー街」


 さらに「エルシュー街」の上には別の歪な赤い囲いがあって、其処には「カルトの町」

 別の名称が書かれているのだ。そんな場所がちらほら。


 これらを見るに、赤文字は其々の地域を現しているのではないか。

 「エルシュー街」はエルシューと言う名の“神”が管轄している地域で。

 「カルトの町」は、コレは推測だが、カルトと言う“神”が管轄している地域。

 何せ、フリバーはこの一日で2人の“神”に出会ったのだから、他に“神”が居ても可笑しくないし。

その神が、管轄している場所があっても可笑しくはない。

 だってほら、似ているのだ。世界地図の国境の線に。

 だから赤字は其々の地域の範囲と名称。そう推測した。



 なら金文字は?

 コレは恐らく“神”が住まう建物じゃないか。

 こちらは確証も無いのだけど。


 ここ迄考えてフリバーは頭を乱暴に掻く。


「細かい!!細かいくせに大雑把!!ここは『エルシュー街』のどこなんだよ!!」


 問題は戻ってくる。

 ここ迄推測したのは良い。

 とりあえず「エルシュー街」は既に見つけた。しかしだ。

 「エルシュー街」。縦4㎝横9㎝ほどの円。

 この中に「エルシュー街」以外の地名はなく、ただ黒い胡麻文字が並ぶだけ。


 ここは「エルシュー街」。それは分かった。

 しかし、「エルシュー街」のどこだというのだ。コレが問題…。


 本当に細かい。細かいくせにあまりに大雑把。

 今、自分が「エルシュー街」のどこにいるのか!…これが問題…。

 フリバーは目を細めて、再び地図に目を凝らす。

 こうなれば、あれだ。今目に見える店と地図を照らし合わせて、このだだっ広い地図の中から現在地を割り出すしかない。


 「ん?」

 目をこらしていると、ふと気が付く。

 ソレは地図の隅。

 其処には可愛らしい文字で捕捉が書かれている。

「大きさは多分大体東京と同じ、いやもう少し大きい多分」――と。

 東京とは、あの東京か。都内じゃなくて東京全土?

 ――随分と大きな『“街”』だ。

 正直「東京の広さ」なんてとっくに忘れてしまったが。一日歩いて全部回れる距離じゃないのは確か。

 東京の大きさとして、縦4㎝横9㎝の区間は現実にすれば、どれほどの大きさだろうか…。


 ――というかやっぱり大雑把すぎる。なに多分って。

もしかしたらもっと狭いのかもしれないし、広いのかもしれないの?


 ――ああ、だから違う。

 こんなに細かく書くならズーム機能は何とかするから、GPS機能ぐらい付けてくれ!

 「スマホが恋しい」なんて、フリバーは久しぶりな苦言をこぼすのである。



 ◇



 「――――!見つけた…現在地は此処か…」

 ようやくフリバーが自分の現在地を確認したのは、屋敷の外に出て一時間程たってからの事。

 周りの建物の名前を確認して、地図と照らし合わせ、探し回った結果。

 なんとか、大よその現在地が判明。

 どうやら、此処は「エルシュー街」の端に位置しているらしい。地図上では、直ぐ上が「カルトの町」である。

 漸く、それが判明した!


 ――……でも、それだけ。


 「………で、何処へ行けと?」

 現在地がおおよそ理解出来た。……だから、次は何処へ行けと言うのだろう。

 いや、向かう場所は普通に考えると「エルシューの時計塔」だ、何せフリバーを巻き込んだ張本人の住まいだ。彼に会う必要がある。

 早速「エルシューの時計塔」に行ってみるか。


 ――……いや、今は会いたくない。会ったらいけない気がする。

 多分、自分はエルシューにナイフで切りかかる。その自信がある。だから今は会いに行かない。

 それほどフリバーは今、エルシューと言う存在に怒りがわいている。


 「だったら、まず宿屋の確保だな……」

 それなら一先ず、まずやる事は寝食の確保だろう。

 まだ日は高いが、近場の宿屋にでも行くか。――今、自分が持つ硬貨は通用するのだろうか…。

 あの”死の神様”。地図くれるんだったら、ついでに、この『世界』の貨幣とかもくれればよかったのに。

 本当に神様はいい加減だ。――なんて、本日何度目か分からない怒りがこみ上げる。

 ――”あの子”に関しては完全とばっちりであるが。

 

 そうやって、一時間かけてフリバーが知る事が出来た情報は、それだけだった。

 他に気付いた事といえば、エルシューが収める区間は意外と『“街”』の端に存在すると言う事か。

 地図から見て、丸い『“街”』の一番下側に、「エルシュー街」は存在していたのだ。どうやら、『“街”』の外に出られる門も存在する。


 「――いや、むしろあの馬鹿神が収めている地域にいるのが腹立つ。歩いていけない距離じゃない。他の地域に移動するか――」

 そんな事実を胸に、地図を手に、ついには怒りのあまりから更に無謀な事をフリバーは考え始めた。

 そりゃ、「カルトの町」ぐらいまでは行けそうだが。

 そもそも彼はまだ肝心な事に気づいていない。

 日が全く落ちる気配が無い事。それに加え、あたりに人通りが無い事。

 ――実は今、夜10時を回っているなんて思いもしていない。

 

 フリバーが考えているのは、どうやったら元の世界に帰れるか。

 元の世界に帰るまでどれほどの時間が掛かるか。

 そして、帰るまで、どうやってこの“異世界”で暮らしていくべきかと言う事だけだった。


 「――いや、神様がいるんだから。そいつらに頼るのが一番なのは分かっているが」

 フリバーはようやく地図から目を離し大きくため息を付く。

 彼の頭はちゃんと冷静だ。自身の目的のために何が一番早いかは気付いている。

 この世界の”神様”に連れて来られたのだから同じ”神様”に頼ればいい。むしろ誰もが一番に思いつく事だろう。

 

 別にエルシューじゃなくても良いのだ。他の神様にダメ元でも頼ってみる。

 其れこそ先ほどの“死の少女”や、カルトと言う“神”に頼んでみる価値もあるだろう。

 「人間一人を別世界から連れて来る」と言う強力な力を、どれほどの“神様”が所持しているかは不明であるが。


 だが、“神様”に頼るなんて馬鹿げた事。

 正直言えばフリバーは願い下げであった。


 もうお気づきだろうが、彼は何より「神様」と言う存在が大嫌いなのだ。

近づきたくもない存在と言ってもいい。

 文句だって面と向かって言える自信がある。殴っていいのなら殴りたい。それほどに嫌い。


 ただ同時に、腹立たしい事に、神故に人間自分より遥かに強力な力を持っているのも分かっている。

 「彼ら」が怒れば、甚大な被害が襲い掛かると言う理不尽な現実も理解している。

 「彼ら」は自分の要求が通らなければ、子供の駄々をこねる感覚で世界を乱す。

 「彼ら」は自分から恩を一方的に押し売りしておいて、後から飛び切りの要求を求めてくる。


 だからこそ、今までは極力神なんぞには関わらないようにして来た。

 険しくとも自分の道は自分で切り開いて来た。

 それがフリバー・ライヘルドという男であった。

 冒険者仲間からは頭が固すぎると散々小言を言われてきたが、変えるつもりも変わる気も無い。


 しかし。

 まさか、“異世界の神”が一方的に巻き込んでくるとは思いもしていなかったが。

 “異世界の神”と言っても自身の世界の神と同じだ。

 身勝手に巻き込んで挙句に放置とか。

 怒りなんてとうに越しているが、それでも相手は「神」だ。


 だからこそ、今は怒りを抑えてエルシューの所に殴り込みに行くのを我慢する。

 怒りに任せた結果、神の怒りを買って元の世界に帰れなくなるのだけは阻止しなくてはいけない事。

 でも、だからと言ってそんな神に頼りたくない。

 でも、その神に頼らなくては元の世界に帰れないのも事実。

 この考えがずっとループしている訳だ。

 ああ、実に腹立たしい事この上ない。

 本当に神なんて大嫌いだ。虫唾が走る――!

 

 フリバーは舌打ちを一つ

 怒りを鎮めさせて地図に視線を戻した。


 「――取り敢えず。寝るところと、食事。コレは調達するか。はあ……腹、減ったな」


 ただ今は”神様”に対して怒るよりも、今この状況を少しでも良い状態にすることだ。

 腰につけている小さなカバンから、硬貨が入った財布を取り出す。

 財布だけじゃない。彼の武器である小柄なナイフや、傷を治すための薬。

 いつも持ち歩いていた物を簡単に確認する。


 安心することに普段身に着けていたものは全て手元にあった。

 唐突に異世界に飛ばされたのだ。何か失っていると思ったが。元の世界で直前まで身に着けていたものは全てそろっている。

 寝る時も、所持品は身に着ける癖があったのだが、此処で役に立つとは思いもしてなかった。

 とりあえず、コレに関しては。自分を褒めよう。


 ――さて、次は肝心な財布を開けて確認する。

 袋の中には銀色に輝くコインが詰め込まれている。

 これがフリバーの世界の通貨。『ジュエロ』と呼ばれているのだが。

 コレ、この世界で通用するだろうか。

 厳密に言えば、ジュエロは銀を唯平らに潰し加工したものだ。

 地球の硬貨の様に国様々の模様が入っているわけでもない。

 これは銀貨、いやただの銀とも言える。――しかも純銀。


 ――いけるか?


 フリバーは目を細める。

 いや、確かにお金だけど――。



 「……質屋、質屋は何処だ…!」

 フリバーの行動は速かった。――決断も早かった。

 もう迷いなしに地図を広げ確認。

 ご丁寧に花屋だとか宿屋だとか店の種類まで地図には記されているのだからコレばかりは有難い。

 一瞬質屋無いんじゃないかとも思ったが、要らぬ心配だった。直ぐ近くに「オードリーの質屋」を発見。

 とりあえず、一晩の宿と食事の分だけでいい。

 ジュエロ――否、銀を売り払ってしまおう!…と漸く路地からでようとしたのである。



 「――そこのシチヤさん。アクシツだからやめたホウがいいよ」

 そんなフリバーを愛らしい声が止めたのは。



   ◇



 思わず声がした後ろへとフリバーは振り返る。


 いつの間にか、フリバーの後ろに少女が佇んでいる。

 またか、と思う。

 だが、先程の“死の少女”じゃない。

 お団子頭の眩いほどのブロンドに、くりくりとした宝石のような空色の瞳。

 小麦色の肌をした10歳ほどの愛らしい少女だ。


 そんな少女を見て、フリバーは思い切り眉を顰めた。

 “死”と違って見た瞬間にフリバーは彼女の正体に気が付いたからだ。

 ――……この子は、”神様”だと。


 いやだって。

 何処の世界に身体が眩いほどに発光し、黄金色の翼が背中から四枚も生えている少女がいる。

 彼女はどこからどう見ても”神様”だ。


 そんなフリバーを前に気にする様子もなく、少女アプロは満面の笑みを浮かべた。


 「――そこはぼったくるから、トオいけどのセトのマチのシチヤさんにいったホウがいいよ。イチバンいいのは“オカネのカミサマ“がケイエイしているシチヤさんだけど、セトのトコロならどこでもダイジョウブ」

 酷く聞き取りにくい喋りで、ニコニコと少女は言った。

 この少女が何の神かは知らない。

 多分気まぐれか何かで声を掛けてくれたのだろうが、今の神許さないモードのフリバーからすれば迷惑な話だ。


 第一いま彼女が言ったセトの町。

 その場所はフリバーも把握はしているが、此処から遠いと言うレベルじゃない。

 「セトの遊戯町」そう記された地域は、『“街”』の端にあるエルシューの地域と完全真逆の位置に存在しているのだから。

 第二に“お金の神”そんなものに頼りたくない。

 それでも、目の前の少女に当たりが強くならないように、出来るだけ冷静に、口を開く。


 「――その助言には悪いが。今はそんなに遠い所まではいけない。本当に今すぐに金が必要なんでな。手ひどい目に合うのかも知れないが、一回だけだ。我慢する」

 「え、でも、10000ルシューのものを100ルシューでカイとるとこだよ?」

 フリバーの拒絶の言葉に少女はキョトンと発した。


 ――……いや、それはぼったくり過ぎではないか?

 流石にフリバーもこの言葉は無視することは出来なかった。

 単価は分からないが、多分、絶対百倍ぐらい違う。


 フリバーは小さくため息を付いて、身体を少女へと向ける。

 改めて少女と対峙することになり、まじまじと見るがやはりどう見ても人間じゃない。

 少女は気にすることもなく、ニコニコ微笑んで、突然路地から出る勢いで駆けだした。

フリバーを追い越して、路地から出る一歩手前で、止まったかと思いきや、白くて細い指を差す。

指し示す場所には、フリバーが目覚めた空き家があった。


 「キョウだけはあそこにトまるといいよ。シ…タナトスもそういってくれたんでしょう?ネごこちはワルいけど、いちばんおちついてヤスめるよ?」

 どうやら、気を使ってくれたようだ。

 その表情から、裏表のない素直な性格の少女と判断し。


 「…いや、腹が減ってるんだよ。何か食べ物が欲しい…あ、いや違う。忘れてくれ」

 思わず、フリバーは空腹を口にする。

 しかしそれは直ぐに撤回した。まるで催促しているような気分になったからだ。

 素直な少女と言っても、少女はどう考えても“神”であったから。

 「神」に催促するなんて、恐ろしい事、絶対にしたくない。後で、見返りに何を要求されるか。考えたくも無い。


 だが撤回しても、もう遅かった目の前の少女は相変わらずニコニコと微笑んでいる。

「そうなの?そうなの?」と呟きながら、きょろきょろ辺りを見渡して、「じゃあ」と笑った。


 「アプロがタスけてあげる」

 「いらない」

 速攻。

「神」は、勝手に人間を助けたその後。大体とんでもない要求を見返りとして望んでくるのだから。

 実際に経験したことがあるからこそ断ってやった。

 目の前の少女は小さく首をかしげる。「うーん」「うーん」と腕組して考えて、またニコリ。


 「じゃあ、こうイウね。アプロにタスけさせて。アプロがカッテにアナタをタスけるの」

 「――は?」

 思いがけない言葉にフリバーは思わず声を漏らす。

 少女はそんなフリバーなんて気にしてないのか、大きな翼をはためかせてふわりと宙に浮かぶと通りに出て行ってしまった。止める暇なんて無かった。

 暫くして何やら人の騒ぎ立てた声が聞こえる。


 ――……ソレイユさま、どうしてここに、ああどうぞどうぞ、お好きなだけ。


 そんな声が彼方此方から聞こえる。

 それがしばらく続いたと思えば、突然通りが異常なほどに輝いて、再び羽音が頭上から一つ。

 フリバーの目の前には沢山の食料を持った少女が舞い降りて来た。


 「はいどーぞ」――と。

 相変わらずのニコニコ顔で。

 手にしていた食料をフリバーに押し渡すのだ。


 「――じゃあね」

 「ま、まて!なんで!」

 食料を押し付けて押し付けるだけ、少女は用が済んだと言わんばかりに、また宙に浮いた。

 この世界の神様は自分の用が済めばさっさと帰る性分なのか。

 思わず飛び立つ少女に声を掛ける。少女は相変わらずニコニコと笑いながらフリバーを見下ろす。


 「――キにしないで。アプロ、オネガイされたからタスけただけ。アナタのことタスけてアゲてって」

 フリバーの問いかけを悟ったように少女はそう口にした。

 これにはフリバーは更に疑問を浮かべるしかできない。

 ――つまり、この神は誰かにお願いされたから行き成り自分の前に現れて手を貸したという訳か。

 

 「なんだそれ?誰かに俺を助けるようにお願いされた?誰にだ。誰がそうお前に願った。見返りは?」

 「――??」

 フリバーの言葉に少女は首をかしげる。

 愛らしい顔に酷く困った表情を浮かべて小さく唸る。

 

 「さあ。ダレかはワカンないの。コエがキコえただけだから。ミカエりとかないよ。アプロそういうの、いらナイ」

 「はぁ?」

 更に意味が分からなくなる。誰に頼まれたかも分からず、見返りも求めないままに突然にフリバーを助けた。それが神に、この少女に何の意味がある。少なくともフリバーの暮らす世界の神ではありえない事だ。

 少女はニコニコ笑う。


 「でもね。でもね。――たぶんアナタのチカラがうらやましかったんじゃないかな?カミサマからモラったんだよね?」

 「――!」

 ニコニコ笑いながら唐突にまるで見透かしたように少女はフリバーに空色の視線を向けた。

 思わず固まるフリバーに”少女神”は正に女神の笑みを名一杯浮かべる。


 「…もしそのコにアウことがデキたら、ちゃんとアリガトウいっておこうね」

 最後にそう言い残して、光り輝く”少女神”は空高く消えていった。


 再び一人となったフリバーは、呆然と立ち尽くしたまま。

 押し渡された食料に視線を移して、小さく、小さく舌打ちを繰り出す。

 ここの世界の”神様”は、やはり言いたいことだけ言い残して、やりたいことだけやれば用が済んだと帰っていくらしい。こちらの事は気にしているようで気にしてない。――全く持って神らしい。


 それに、こちらを見透かすあの目は正に「神様」だ。

 

 それでも、貰ったものは貰ったものだ。押し付けられたのであれば返す手段が無い。


 「…‴盗聴解除レコード・オフ‴」


 フリバーは予め、こっそりと張って置いた魔法を解除する。

 それは先程のアプロと言う少女が現れた時に即座に張り巡らしておいた一応の魔法だ。

 効果的には『録音』

 あの“少女”が神だと気が付いた瞬間に思わず張り巡らせた魔法だ。


 確認すれば、今までの会話が全て録音されている。

 コレはフリバーの神様と対面するときの癖であったのだが、功を成したようだ。これで証拠になる。


 もし、彼女アプロと再会した時の証拠。

もし“彼女”が今の見返りを要求してきた時の為の切り札。

 これがあれば、真面な良い神であれば文句は言ってこないから。


 ――……なんにせよ、あの神は「見返りは要らない」と断言した。

で、あるなら、証拠も手にあるのなら、この小さな恩は有難く貰っておく事にする。


 そんな食料を抱えて、次は自身が目覚めた空き家に視線を移す。

 神様の助言なんぞに従うのは腹立たしいが、腹立たしいのだが…

 此処は受けたも大人しく聞いておくべきだ。

 とりあえず今日の所だけは――。

 フリバーはそう判断したのである。


 だからこそ、大きくため息を付いて明るい街中へと出る。向かうのは勿論あの空き家だ。

 現在お金も無ければ食料もコレだけしか無いのだから、休める時は確実に休める場所で休むべきだと。

 空き家の扉に手を伸ばして

「嫌コレは神様からの助言じゃない。一人の少女からの助言だ」

なんて悪あがきにも似た屁理屈を浮かべ。

 僅かに苦笑を浮かべながら扉を開けるのであった。






 『彼の産まれ持った能力は、彼は何より嫌うのです』

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