ブレイル

1節 ブレイル・ホワイトスター1 


 「――!」

 夢を見た。夢を見たような気がした。

 誰かに助けを求められる様な、沢山の手が必死に自分に伸びてくる様な、そんな夢。

 そんな何所か曖昧な意識の中、少年は目を覚ました。

 大きく肩で息をする。

 呆然と見たこともない天井を視界に納めながら、自身の手を翳し見た。


 ――ここは何処だ?


 疑問が頭によぎる。

 ここは何処で、どうして今自分はここにいるのだろう?全くわからない。

 だるい身体を起こす。


 あたりを見渡す。小さな部屋だ。しかし綺麗に整えられた部屋。

 壁際に机が一つ。本屋、ノート。筆が転がっている。

 近くには本棚。何やら薬品が綺麗に並んだ戸棚。嗅いだ事もない薬品の匂い。

 その部屋で、薄い水色のシーツが掛けられたベッドの上に横になっているのだと気が付く。


 「あ、起きたのね」


 何処か気の強そうな、少女の声が響いたのは、正にその時。

 声を頼りに顔を向ければ。部屋の入口、少女が一人立っている。

 淡いピンクの髪をツインテールにした。

 声によく合う、これまたどこか気の強そうな青いつり目の可憐な少女。

 そんな彼女は、少年を映して小さな笑みを浮かべている。


 「体調はどう?貴方、私の家の傍で倒れていたのよ。」


 ぼんやりと少女を見つめていると、彼女はハキハキとした様子で、再び声を掛け部屋の中に入ってくる。

 一度手に草が入った籠を入口側の机に置いて。

 また一度、此方に身体を向けると、不機嫌そうに首を傾げながら、不思議そうな瞳で少年を映した。


 「ねぇ。聞いてる?貴方のことよ?」

 「……え?あ、わ、悪い。大丈夫だ」


 本当に少しの間。

 何処か不機嫌な青い瞳を向けられた少年は、漸く我に返り。小さく頬を掻きながら彼女に返す様に笑みをこぼすのだ。

 彼の笑みを見て、少女は安堵。再び歩みを進めて、彼の側。ベッドの隣に立つ。


 「まぁ。無事ならいいわ」


 直ぐに続けて「えっと」と言葉を零して、白い掌を少年に差し出すのは次の事。

 花が咲いたような可憐な笑顔が、少年の目に映った。


 「私はリリーよ。リリー・ヴァリー。貴方は?」


 ――無事ならよかった。私はパルって言うの。よろしくね。


 少女の声が、姿が。

 彼の中にある一番大事な記憶を思い起こし、重なりあう。酷く懐かしい、何より大切な仲間との記憶。

 ただ、それだけで自分が何者だったか、少年は己を思い出す。

 霧がかかったようなボンヤリとした頭が嘘のようにはっきりと。


 自分が誰で、自身が成し遂げてきた事も、此処が何処で、何故自分がこの場所にいるのかも。

 だから差し伸べられた掌を、ごつごつとした大きな手で取って、リリーと名乗る少女の顔を真っすぐと見つめ。


 「俺はブレイル。――ブレイル・ホワイトスターだ。…これでも勇者をしている!」


 彼、ブレイルは人懐っこい満面の笑顔を浮かべて自信満々と『勇者』と名乗るのだ。



 ◇



 ――勇者?

 勇者なんて馬鹿げていると思っただろうか。

しかし驚くことなかれ。少年ブレイル・ホワイトスターは正しく本物の勇者である。

 ほんの数日前に世界を脅かす魔王を倒した、本物の勇者その人だ。


 「フーン。で?その勇者様とやらが倒れていた理由は?」

 「お前、信じてないだろ」


 ただし勇者であるのは事実であるが、リリーが信じるかは別の話であるが。

 ベッドの側の椅子に腰かけて怪訝そうな、興味が無いと言う瞳。手にはカップを持って、聞き流している。

 ブレイルはその様子に、小さく息をついてから、彼女がくれたお茶を啜った。


 もう一度言うが、ブレイルは勇者なのは事実だ。

 15歳の誕生日、自身の生まれ育った村で、使命を持ったパルと言う王国のお姫様に出会い。

 国の秘宝である聖剣に勇者として認められ、魔王を倒すべく彼女と共に旅に出た。


 親友と呼べる戦士に出会って、偏屈でも頼りになる魔法使いに出会って、楽しい事も辛い事も乗り越えて。

 長くつらい旅路の先。仲間と共に遂に人々に恐怖を振りまいていた魔王を倒し、”英雄”と世界から認定された勇者様である。


 でも、そんな勇者様をリリーは余りに興味なさそうに、信じられないという目で見つめるだけ。

 彼女の視線を浴びながらブレイルは、しかし、まぁ仕方がない、と小さく『にっ』と笑みを浮かべた。


 彼女が勇者である自分にこんな対応をするなんて……と、しょぼくれる事は無い。

 何せブレイルは彼女が自分にこんな反応を示す理由わけを理解しているからだ。

 だからこそ、自信満々に笑みを浮かべる。


 「まぁ。俺を知らないのは仕方がない!」


 ベッドの端に腰かけたまま、ドヤついた顔を一つ。

 空いた手で、ビシッと彼女の目の前に、指を差して。


 「俺は勇者だ!そして異世界からやって来た、異世界人だ!!」


 やっぱりドヤ顔のまま。もう一度、自信満々に名乗るのだ。



 ……。

 ………。

 …………。


 いや、しかし、まぁ。なんと言うか。

 ちょっと想像してほしい。


 外で大きな音がしたと思い外に出れば、自宅の前で倒れていた見知らぬ少年。

 善意で助けてやった、そんな彼が目覚めて早々。

 それはもう見事なまでのドヤ顔で、ビシッと指を差して、それもニヤニヤと笑いながら

 「自分は勇者で異世界人だ」

 なんて宣言されたら、少女はどう思うだろうか。


 「きもちわるい…」


 ――コレである。

 ブレイルは「ひどい!」なんて叫んだが、もう遅い。どれだけ事実であろうとも、悲しいけれど第一印象は大事だ。

 リリーの中でブレイルは「ドヤ顔自信過剰妄想男」とインプット。


 ドン引きしているリリーにブレイルは大慌てでベッドから、立ち上がり。

 椅子の上で引いている彼女を、正に迫るような勢いで見た。


 「ちょ!そんなにマジでドン引きする必要ないだろ!」


 慌てふためくった様子で、掌を胸の前で左右に振り回したのち、まるで自分は無実だ!――と言う様に胸元に右手を置く。


 「俺は本当に勇者なんだって!魔王を倒して勇者って認められて…いや!そうじゃない!」


 言い訳の様に自分について語るが逆効果。リリーの視線は段々冷たい物になっていく。

 しかしながら何度も言うが、ブレイルの言っている事は紛れもなく事実、本当だ。


 問題はどう説明すればリリーに信じて貰えるか。

 しかし、もう何を言っても信じてくれない気もしなくはない。


 物的証拠になる可能性がある勇者の聖剣は今手元にない。

 此方の剣、気が付いた時には無くなっていた。嫌、この世界に一緒に来たはずの仲間が持っているはずだ。


 そう思い出す。

 思い出せば、ここで悠長にお茶を飲んでいる暇はない。

 を探しに行かなくては。――聖剣に関しては問題ない。



 だが、今は其れより、何より。

 リリーと言う少女の誤解を解くのが先である。

 初めての異世界。初めて会った人物に変人認定はしてもらいたくない。

 その一心で慌てふためく。

 だが、どうやれば。どう言えば彼女に信じて貰えるか。


 ――困ったら僕の名を出してほしい…。


 思考が極限状態に陥ったからなのか、ブレイルの頭にある言葉が思い浮かんだ。

 思い出して、そうだ。と言わんばかりに手を叩き、リリーに指を差す。そして。


 「エルシュー!俺はエルシューって神に連れて来られたんだ!」


 自分をこの世界に連れて来た、神の名を口にするのだ。


 その名を、「エルシュー」とブレイルが口にした時、リリーは目の色が変わる。

 汚物を見るようだった視線が驚愕の物へと。驚いた様子で、椅子から僅かに身を乗り出す。


 「エルシュー!?あの自称全知全能の残念イケメン神!?」

 「知っているんだな!」


 リリーの反応を見て、ブレイルは胸を撫で下ろす。

 やや気になる言い方をしていたが。

 これで信じてくれるなら、この際どうでもよい。


 英雄と認められたあの日の夜。

 唐突に目の前に現れ「助けて欲しい」と頼ってきた自称異世界の神。

 承諾したら承諾したで、にこやかな笑顔でこの世界に投げ出した神。


 取り敢えず、目の前の少女はエルシューと言う神を知っているのは確か。

 すこし気になる言い方をしていたが。


 変人認定撤回してくれるなら、今はソレで良い。

 とても気になる言い方をしていたが。


 「そうだ。俺はその神様に連れて来られた。つまり異世界からやって来た勇者で…」

 「うわぁ。まじか。『いい策が浮かんだ』とか自信ありげだったけど、次は勇者を呼び出すとか…。さっすが、自称全知全能の無力の神様…」

 「……は?」


 いや、どうやら「やや」でも「すこし」でも「とても」ではないらしい。

 呆れ交じりの溜息と共に、椅子に深々と座るとリリーはポツリと呟いた。続いて大きなため息をこぼして。

 そして、側に立つブレイルに、改めて哀れなモノを見る視線を送るのである。


 「自称勇者様。貴方多分騙されているわよ」

 「……。」

 「どんな風に騙されたか分からないけど。『この世界が危機に瀕している』と言われたなら残念貴方には多分何もできないわ。もしも魔王討伐して欲しいなんて言われていたのなら取り敢えずそんなモノいません」

 「………」

 「貴方を呼んだ自称全知全能の神。いいえ。生命の神エルシュー。この世界の更なる繁栄だけを願って、手あたり次第に人間と言う人間をこの世界に呼び込むのが趣味の困った神様だもん」

 

 衝撃の事実とは正にこの事。

 少しの間をおいて、ブレイルは当たり前のように絶叫した。



 『勇者は目を覚ました!』



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