第16話 的中した不安と、託される思い・2

 柊也にまだもたれている継が、取り乱しそうになっているその背をゆっくり優しく数回叩いた。まるで子供をあやすように。


 ようやく、柊也はほんの少しだけ落ち着いたように、息を吐く。


「……もし本当に優海さんのお父さんを浄化したい、成仏させてあげたい、そしてみんなを守りたい……心からそう思えるなら、きっとできるよ。……ほら、僕も力を貸すから……」


 言いながら、継が血にまみれた柊也の手に、自身の手を重ねた。


「みんなを、守る……」


 重ねられた手に視線を落としながら、柊也は自身に言い聞かせるかのように、小さく呟く。


 継に触れられた場所に、わずかな温もりを感じた。血の気を失った継の手の方が冷たいはずなのに、どうやら自分の方がもっと冷え切っていたらしい。


 とても小さな、本当にかすかな温もり。そんなちっぽけなものでも、今の柊也に勇気を与えるには十分なものだった。


(そうだ、今生きている人間を守らねーと……! 俺がやらないで誰がやるんだよ!)


 不意に、柊也は手の震えが治まっていることに気づく。緊張や不安、恐怖も感じない。ようやく自分に決心がついたのだとわかった。


「継、ちょっとだけ待ってろよ」


 柊也はしっかりとした口調でそう告げると、背中の傷にさわらないよう、そっと継を地面の上に横向きで寝かせる。


「……もう大丈夫みたいだね」


 継が額に脂汗を浮かべながらも、満足したように口元を緩ませた。その言葉に、柊也は無言で大きく頷く。


(今なら絶対に上手くできるはずだ。俺は俺を信じる……っ!)


 ブレスレットを強く握りしめ、何の躊躇ためらいもなく立ち上がると、まだ苦しんでいる様子の妖魔を双眸そうぼうでまっすぐに見つめた。


 数歩前へと進み、ブレスレットを握った左手を、妖魔の方へと突き出す。手も、青かったはずのブレスレットも、今は赤に染められていた。


 柊也が大きく息を吸うと、ブレスレットはそれに呼応するかのように、まばゆい光を放ち始める。


『……!』


 妖魔は異変に気づいたのか、不気味な目を見開き、動き出そうとしていた。

 そこで柊也は左手を空へと掲げ、一気に言い放つ。


「──我、今こそじゃを断ち、はらい清めん。──天雷てんらい!」


 掲げた手を勢いよく振り下ろすと、これまで暗かったはずの空に白い閃光が走った。


 反射的に妖魔が光の方へと顔を向けようとした時だ。


 天から、妖魔の頭めがけてまっすぐに雷が落ちてくる。次の瞬間には、空だけでなく地上も真っ白な光に包まれていた。


『グアァァアーッ!』


 妖魔の断末魔の叫びが、辺りに響き渡る。


 少しして元に戻ってきた柊也の視界には、悶え苦しむ妖魔の姿がはっきりと映った。大きな翼は、すでに雷によってボロボロになっている。


 声が次第に弱くなっていくのと同時に、妖魔の姿も少しずつ薄くなり、消えていく。

 最後には跡形もなく消え去り、柊也たち三人だけがその場に残された。


「や、やった……!」


 初めて成功した攻撃術──浄化に、柊也が思わずガッツポーズをする。

 しかし次には、その身体がぐらりと大きく傾いた。どうやら力を使いすぎて気を失ったらしい。


 仰向けに倒れてくる柊也を、背中の痛みをこらえながら起き上がった継が、懸命に支える。


「……やればできるじゃないか」


 どうにか無事に柊也の身体を地面に横たえると、その顔を覗き込んで、静かに微笑んだ。


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