♯18「麻里子」の鍵アカ

 僕は盗撮犯の手元も映せるようにリュックの改造を試みたが、やはり、被写体が近過ぎて一台のカメラで盗撮犯の顔と手元を同時に映すことは不可能だった。


 やむを得ず、僕はカメラを2台にすることにしたが、それでは、動画の証拠能力が弱くなってしまう。


 顔の映った人物と同じ服を着た別人が盗撮をして、その手元の動画と顔の映った動画を合成すれば冤罪が成立してしまうからだ。


 日本の法律では、被告人が有利となる「疑わしきは罰せず」の精神が基本だった。


 盗撮は犯罪だったが、それと同時に痴漢の冤罪事件も多発していたので、それは、仕方のないことだった。


 僕は方針を変え、盗撮犯を刑事的に罰する事は諦め、彼らの顔を女子高生同士で共有し、注意喚起を促すことにした。


 盗撮をしてる男たちは、意外にもみんな普通の見た目をしていたので、盗撮犯の区別がつかなかった。


 しかし、動画に映っている盗撮犯の顔や行動パターンを知れば、盗撮される事を未然に防ぐことが出来る。


 早耶ちゃんたちも、僕の考えに賛同してくれて、僕の開設した鍵アカを他の女子高生たちに広めてくれた。


 やはり、女同士の横の繋がりは強く、5人だったフォロワーが、あっという間に千人を超え、たったの一週間で一万人を超えていた。


 フォロワーの全てが女子高生という訳ではなく、女子大生や女子中学生もいたが、フォロワーになるには早耶ちゃんたちの承認が必要だったので、男性のフォロワーはいなかった。


 一万人という数は京都の女子高生の約半数で、注意喚起を促すには充分な人数だった。


 その成果なのか「エロ男爵」の新作動画の投稿数は減っていた。


「あの~、麻里子さまですか?」


 本物の制服で女装した僕が瞳美ちゃんと一緒に街を歩いていると、知らない女子高生たちが声を掛けてきた。


「そうですけど…」

「やっぱり! いつも、見てます! 良かったら一緒に写真を撮って下さい!」


 女装した状態の僕…すなわち「麻里子」は、京都の女子高生の間で有名人になっていた。


 盗撮犯の顔を映した「麻里子」の鍵アカには「麻里子」の顔は映っていなかったが、その日の制服のコーディネートを記録する為に、鏡に映った後姿を一緒にアップしていた。


 僕は制服のコーディネートを毎日変えていた。


 それは僕の盗撮動画が「エロ男爵」にアップされた際、コーディネートを見れば撮影された日時が特定でき、僕以外の人でも動画の発見ができるからだった。


 ただ、高身長でショートボブの「麻里子」の容姿は特徴的だったので、後姿だけで僕が「麻里子」だと気付く女子高生は多くいた。


 また「麻里子」と一緒に写真を撮った子が、自分のSNSに「麻里子」の顔写真をアップしていたので「麻里子」が声を掛けられることは更に多くなっていた。

 

「麻里子さまって人気者ですねw」


 すっかり垢抜けて綺麗な女になった瞳美ちゃんが、僕をからかってきたので、僕は話題を変えることにした。


「何言ってるのw そんな事よりモデルの話はどうするの?」


 瞼を整形で二重にした瞳美ちゃんは、複数のモデル事務所から声を掛けられていた。


 僕が瞳美ちゃんにメイクをした僅か1週間後に、彼女は家族を説得して整形手術を受けていた。


 それだけ瞳美ちゃんは自分の容姿に悩んでいたのだ。


 実は、当時の僕は瞳美ちゃんから整形の相談を受けていた。


 僕自身の整形に対する考え方は前向きで「毎日メイクで二重にするか、最初にお金を掛けて整形で二重にするか、それだけのことでしょw」と無責任な発言をしていた。


「う~ん…モデルですか…まだ、考え中です…」


 瞳美ちゃんは整形をしたこと自体に後悔はしていなかった…しかし、人前に出る仕事をして整形をバラされることを危惧しているようだった。


 例え、芸名でモデルデビューしても、本名がバレるのは時間の問題で、ネットには瞳美ちゃんの整形前の写真が多数残っていた。


 デジタルタトゥー…現代社会に生きる僕たちが、この問題を避けて通ることは出来なかった。


 僕自身も「麻里子」の存在を家族や友人に秘密にしていたので、さっきの女子高生たちが撮った写真も、いずれ僕の黒歴史となる筈だ…。

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